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夜国 浄化の星

 前に、私の身体を使って『精霊神』様が動いた時。

 無礼を働いた神殿長 ペトロザウルに罰を下された時は、意識が切られてしまっていた。

 なので、あの時の事はまったく覚えていない。


 多分今回ナハトクルム様は、状況把握できるように、わざと見せて下さっているのだと思う。

 お祭りで憑依された時と、逆バージョンかな?

 私は、私の肩の上に意識があって、私が動く様子を見ているという状況に陥っていた。

 レアだと思う。

 かなり。


『バカとはなんだ。まったく。何百年経ってもお前は先達への礼儀を弁えん。

 まあ、今回は怒れんがな……』


 意識と世界が真っ白に染まった、あの衝撃。

 光とも闇ともつかないそれは、全てを塗り潰すように広がり、私の中にあった“何か”を焼き払っていく。


 おそらくナハトクルム様曰く。


『私の中に入れられた、『神の部品』を内側から焼き切った』


 ――それが、今起こった事。


 影響はどうやら現実世界にもあったようで。

 目元を押さえたり、呆然としたり。

 何がなんだか解らない、と顔に書いてある人々の動揺が波のように広がっている。


 だというのに。


 祭壇に寝かされていた、私。

 正確には――私の身体に乗り移った『精霊神』ナハトクルム様は、そんな空気など一顧だにせず。


 泰然と身を起こし、ゆっくりと祭壇に腰を掛け、そのまま立ち上がる。


 胸元に香箱を汲む様に頭を埋め、動かない短耳灰色うさぎ。

 アーヴェントルクの『精霊神』ラスサデーニア様の端末。

 その精霊獣を、壊れ物を扱うように、けれど確かな温もりを込めて胸に抱いたまま。


 私――祭壇に寝かされた時は、両手両足を拘束されていたと思うんだけど。

 今は、身体の動きを邪魔する者は無い。


 鍵が外されていたのか。

 それとも『精霊神』様のお力で壊れたのかは解らないけれど。


「マリカ?」


 一番に駆け寄ってくれたのは、リオンだったけれど。


『……跪け』


「うわああっ!」


「リオン?」


 抱いていた精霊獣を肩にひょいと乗せ、落とすなよ、と軽く思念を送るナハトクルム様。

 その何気ない仕草とは裏腹に。


 翻した手の先から放たれたのは、風などという生易しいものではない。

 重く、押し潰すような衝撃の波。


 空間そのものが歪んだかのように揺れ、リオンの身体が弾かれ、吹き飛ばされる。


(ちょっと、待って下さい。ナハトクルム様。彼は私の……!)

(解っている。だがこういう威厳は最初が肝心なのだ。

 後で謝れと言うなら、いかようにも謝ってやる。だから今は大人しくしていろ)


 抗議は、あっさりと切り捨てられた。


『伏して、拝せよ。

 我は汝らが『精霊神』と呼ぶモノ。闇を司どるアーヴェントルクの守護者なり』


 私の抗議など意に介さず。

 ナハトクルム様は場にいる全員へと、静かに、しかし絶対的な威圧を放つ。


 その声は大きくはない。

 だが、逆らうという選択肢そのものを奪うような重みを持っていた。


 ハッとした顔で、最初に膝を折ったのはヴェートリッヒ皇子。

 それに続くように、隠し部屋にいる全員が跪いていく。


 キリアトゥーレ。

 アーヴェントルクの者達だけではなく。

 私の随員達やアルにフェイ。

 衝撃波に吹き飛ばされたリオンでさえも、例外ではない。


 不思議な感じだ。

 声帯も身体も、私のものを使っているはずなのに。

 明らかに“違う”と解る。


「せ、精霊神……様? でございますか。失礼ながら……本当に?」


『そうだ。我が末裔よ。

 聖域での騒動と『聖なる乙女』の力が、私を眠りから目覚めさせた。

 本当なら、眠りについていた間、よく国を守ったと褒めてやりたいところだが……』


 にこやかな笑みでヴェートリッヒ皇子を労う。

 その声音には確かな慈愛があった。


 ――だが。


『生憎と、それより先にやらねばならぬことがあってな』


 くるり、と。

 私の身体が踵を返す。


 視線の先にいるのは――アンヌティーレ。


 ただ一人。

 膝を折る事も忘れて立ち尽くす彼女を。


『跪け』


「きゃああ!」


 今度は逃げ場のない圧。

 重く、暗く、逃げ場を与えない波が彼女を打ち据える。


 膝が、強制的に折られる。


 自然と、私――の身体を借りた『精霊神』は彼女を見下ろす形になる。


『……解っていような。愚かなる我が娘よ』


「わ、私は……ただ……」


 凍りつくような漆黒の気配。

 怒りというよりは、冷え切った断罪。


『『神』の軍門に下り『精霊神(わたし)』をないがしろにしたことは、許しがたいが――まあ、不問にしてやっても良い。

 マリカを捕え無体を働いたことも、怒る権利、赦す権利はマリカにある。

 だが……』


 空気が変わる。


『国を守る王族が、守るべき民。

 しかも子どもらを、私利私欲の為に殺めたことは――許しがたい……』


「……私は、皇族で……七精霊の血を継ぐ……選ばれしもの。

 その尊さを高める為に……必要とされぬモノが役立てるのは……むしろ……」


『恩寵だ、とでも教えられて育ったか?

 我が娘ながら……哀れだな』


 その声は、怒りではなく。


 深い、諦めにも似た哀れみ。


『今回はあまりにも引いた親が悪かったか……。

 子の罪全ては親の罪、ではないが。

 アンヌティーレの罪は、お前の罪だ。

 お前は間違ったのだ』


 我が娘キリアトゥーレ、と。


『精霊神』様は、アンヌティーレの背後。

 頭を上げず、俯いたままの皇妃を呼ぶ。


 石畳に食い込むほど握り締められた手。

 噛み締められた唇。

 そこにいるのは皇妃ではなく、たった一人の、妄執に囚われた『母』だった。


「貴方様も……やはり私を役立たず、とおっしゃるのですね?」


 掠れる声。

 それは、叫びにも似たかすかな音。


「……踊る事の出来ない私は、いくら努力して学問を学び、王女に相応しい知識や作法を身に着けても!

 王族として役立たずだと。貴方もおっしゃるのですね! 『精霊神』!!!」


(キリアトゥーレ様……)


「私は努力した! アーヴェントルクの王女として相応しくある様に、と!!

 精霊達の姿も見えた、彼等も私を応援してくれていた。

 ……なのに、足が悪い。踊れない。

 ただそれだけのことで、家族の愛も、『聖なる乙女』の名声も、次期王の妻の位置も――

 全ては妹に奪われた!!!

 自らを高める努力も、精霊への愛もない、ただ健康で美しいだけの妹に!!」


 それは、紛れもない悲鳴だった。


 私は、その妹姫を知らないし、彼女が本当に家族から身体不自由を理由に虐げられていたのかも解らない。

 周囲からどんな仕打ちを受けていたかも知らない。

 キリアトゥーレだけの言い分だから、もしかしたら本当は愛されていたのかもしれない。


 けれど、彼女は乾いた心を癒せぬまま大人になり。

 誰にも気づかれぬまま子を設け、育ててしまった。

 誰も、それを知ろうとしなかった。助けてあげることができなかった。

 故に彼女はアンヌティーレを愛しながらも、自分の分身として。


『聖なる乙女』


 それ以外のものを何も与えずに歪ませてしまったのだ……。


『……そうか。我々も間違えていたのだな』


 静かに、噛みしめるように『精霊神』は呟いた。

 そこにもう怒りや威圧は見え無い。

 ただ、道を踏み外してしまった子孫への哀れみがあるだけだ。


「え?」


『『聖なる乙女』に必ずしも舞は必要ではない。

 お前は『聖なる乙女』になれたのだ』

「う……そ……」


 キリアトゥーレの身体が小刻みに震えている。

 自らの全てを肯定し、そして同時に否定される――その言葉の重みに耐えきれないかのように。


『必要なのは真摯な命と願い。

 ああ、知っている。覚えている……。

 精霊に愛された娘の、真摯で優しい歌声を。

 私は待っていたのだ。お前を……』

「そんな……」


 その一言は、崩れ落ちる心の音だった。


『長き年月、歪められて来た信仰や伝承……。

 もし、私が、私達が導いてやれていたら、また状況は変わっていたのか?

 まったく、『神』には恨みを言っても言い足りぬ』


 小さく、深く。

 吐き出されるのは嘆息。


『だが、それはそれとして、罪は罪。罰は罰だ』


 その声が落ちた瞬間。

 空気が、張り詰める。


 パチリ、と。

 乾いた音が空間に響く。


 アンヌティーレに向けて。


「きゃああ!」


 薄紫の靄が、抱きしめるようにアンヌティーレを包み込む。

 逃げ場のない、柔らかくも圧倒的な拘束。


 意味も解らず悲鳴を上げる皇女。


 その内側へと――有無を言わさぬ強い意思が、侵入していくのが解る。

 魂に触れるような、深い干渉。

 やがて、それは弾けるように消え、元の静寂へと戻る。


 だが。


「な、なに?」


 ほんの瞬く間の出来事だったはずなのに。

 まるで全力疾走したかのように、息を荒げるアンヌティーレ。


 その姿に、『精霊神』は静かに言い放つ。


『アンヌティーレ。其方から不老不死を剥奪した。

 お前はこれより常命の皇女として、己の罪を償い続けるがいい』

「え? そ、そんな……。どうして……私だけ……」


 その声は、理解を拒む子どものように震えていた。


『後は人の裁きに任せる。任せたぞ。ヴェートリッヒ』

「は、はい……」


 一方的で。

 抵抗もできない、絶対の裁き。


『精霊神』が下した『罰』に、人々が慄いたのが解る。


 不老不死を解かれる。


 私達は見るの二回目だけど。

 これを怖れない不老不死者はいないだろう。


『私は、お前達を見ている。其方達が忘れようと。

『精霊神』がお前達を見ている事を、忘れるな……』


 静かに微笑むと、アーヴェントルク『精霊神』ナハトクルム様は、私の身体を使い両手を高く掲げた。


 その指先から、全身から――闇が広がっていく。

 だがそれは、すべてを覆い隠す漆黒ではない。


 昼と夜の境界。

 暁に染まる空のような、柔らかな宵闇の紫。


 部屋全体。

 いや――神殿全体を包み込むかのような広がり。


 その中心に、ひとつ。


 星が、見えた。


 青緑に輝くそれは、静かに、しかし確かに存在している。

 それに引き寄せられるように。

 周囲のあちらこちらに、黒い靄の塊が浮かび上がる。


『さあ、還るがいい。子ども達よ。

『星』の懐へ。あの方が待っている』


 黒い靄は、『星』へと吸い込まれるように集まっていく。


 触れた瞬間。


 ジュウ、と。


 まるで炎に焼かれるように、溶け、消えていく。


 あれが、ここで殺された子ども達の魂で。

 聖なる力に浄化され、還っていく。


 ――そう思いたい。


 願いかもしれないけれど。


『くっ……』


 微かに。

 私の身体が内側から軋むような音を立てた


 負荷。

 限界に近い力の消耗。


(私の力、使えるようならもっと使ってもいいですよ?)

(いや、大丈夫だ。あと少し……)


 そのやり取りの最中。


『やせ我慢をするな。引きこもりの体力無しが』


 ぴょーん、と。


 その時、私の左肩。

 意識のない短耳灰色うさぎがいる、その反対側に飛び乗ったのは。

 純白の獣だった。


『アーレリオス』

『私の力も使え。浄化には相性も悪くない筈だ……』

『悪いな。借りる。遠慮はしないぞ』


 その瞬間。

 ぶわり、と。


 私の髪が風に舞い上がる。

 力が、増幅されたのが解った。


『星』が、強く、強く輝きを増す。


 やがて。

 すべての黒い影が、『星』の前に消えていった。


 それを見届けるように。

 私の指先から――


 パチン、と。


 何かが割れる音がした。


「あ……うっ……」


 気が付けば、私は戻されていた。


 自分の身体に。

 いきなり襲いかかる、重力。


 耐えきれない。

 肉体も。心も。


「マリカ!」


 抱き支えてくれたリオンの腕の感触。

 その温もりを感じながら。


 私は、ゆっくりと目と意識を閉じた。


 ここのところ、気絶が癖になっているな、と。

 本当にどうでもいいことを思いながら。



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