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夜国 宵闇の引きこもり達

 私ながら、変な気分ではあった。

 薄紫の靄の中。


 私は、私の身体の中にいるのに、私の身体を俯瞰している。

 アーヴェントルクの『聖なる乙女』アンヌティーレ

(もう様なんて、つけてやるもんか!)

 に埋め込まれた何かが、私の中に根を張っていくのを、少し離れたところから見ているのだ。


 小さな結晶。

『神石』だったっけ?

 それはその固い殻を破ると、金色の毛虫のようなものに変化した。


 そして、にょろにょろと増殖しながら、私の脳や身体へと――

 何だか触手じみたものを、物理法則完全無視で絡みつかせ、溶け込もうとしている。


 自分の身体の中を覗き見るのも、それに触手がうねうねと蠢いているのも、ハッキリ言ってスプラッタ。

 気持ち悪い。


『気になるのは解るが、見ていて気持ちの良いものではなかろう?

 心が壊れるぞ』


 容赦のない指摘に、私は後ろを振り返る。

 この不可思議空間にいるのは、私だけではないのだ。


「ナハトクルム様……」


『焦らず待て。ここに引きこもっている限りは安全だ。

 これ以上の悪化は無い。

 例え肉体が奪われても、それを動かす精神が無くば奴らの目的は達成できぬ故』


「いや、身体が奪われちゃったら困るんですけど」

『……そうか、色々と不便はあるか』

「不便なんてものじゃないですよ」

『すまぬな。身体など意識する事など、ついぞ無くなっていたから、よく解らぬ』


 大胆なのか、それともリアリストなのか解らない『精霊神』様は、私の言葉に苦笑するように肩を竦めていた。


 夕暮れの空に似た薄紫の闇の異空間。

 不思議と暗さや恐ろしさを感じない。


 それは、おそらくこの方が側にいるからだろう。


 艶やかで長く美しい紫紺の髪。

 夜そのもののような漆黒の瞳。


 彼は私に、自分はアーヴェントルクの『精霊神』だと名乗り、私をここへ連れて来たのだ。


『神石』から生まれた毛虫というか触手。

 あれはまず、私を取り込もうと迫って来た。


『神』の額冠とは比べ物にならないくらい弱い、とは感じたけれど。

 捕まったら、あの時と同じように喰われる。


 そう感じた私は、とにかく逃げようと、逃げたいと思ったのだ。


 ただ、自分の内側――インナースペース。

 その中に当然、逃げ場など在る筈も無く。


 捕まる、と思ったその時。


『こっちだ! 来い!!』


 私を呼んで、手を引っ張る力を感じた。


 あの時は誰か解らなかったけれど、触手に捕まるよりは万倍マシだということだけは理解できた。

 だからその手と一緒に逃げて、今、ここに至る。


「助けて下さって、ありがとうございます。

 それで……貴方は一体?」


『私はお前達が『精霊神』と呼ぶ存在。

 私は『夜』。

 死と再生。眠りと目覚めを守る者。名を『ナハトクルム』という。

 まあ、ここに在るのはその分身、というか分割意識、端末だがな?』

「分割意識……」


『私の本体はあそこ。あの『精霊石』だが、見てのとおり力を封じられている上に、死霊と怨念に犯され、身動きができぬ。

 その為、お前の中に、言ってみれば複製というか端末を作って、そこから外に介入を試みている。

 まあ、お前が連れているアーレリオスやラスサデーニアの精霊獣の、形が無い版だと思っておけばいい』


 ここは、私の意識の中なので普通に戻っているけれど。

 紫に染まった私の指――あれがナハトクルム様が私に刻んだ端末の元だったらしい。


『精霊神』様達が

『私の中に混ざっている』とおっしゃったのは、そういうこと、か。


「お二人が心配しておられましたけれど、連絡は取れたんです?」

『いいや。あくまで欠片の欠片。

 奴らに異変を伝える程度の力しかない。『精霊石』と同じ場にいるから、今はこうして多少のズルはできているがな』


 うーん。

 つまりはハッキング用のパソコンみたいなものかな?

 本体を守って、外に働きかける為に一時的に乗っ取った、と。


「っていうか、ここ『精霊石』の間だったんですね?

 他の国の聖域と随分違うんで、気が付きませんでした」


 周りを見ている余裕は、正直無かった。

 今『精霊神』様が外の様子を窓に開けて見せてくれて、初めてここが神殿の隠し部屋。

『精霊石』の間だと解ったのだ。


『この部屋は他者が簡単に入ってこれぬのをいいことに、悪さのし放題だ。

 ……『神』を崇めるアレらにとっては、『精霊神』などもはやお飾りで無意味なモノなのであろうさ。

 私は他の奴ら程、解りやすい恵みを与えられる訳ではないし、不老不死になってから死と再生など殆ど意味を失くしているし……』


 あ、拗ねた。

 なんかこう、頬を膨らませているというか、膝を抱えて部屋の隅っこでいじけているような感じだ。

 外見年齢は二十代前半位。

 落ちついた知的美青年なのに、なんか惜しい。


「落ち込まないで下さい。

 夜と眠りが存在しなければ、人間は正気ではいられないんですから。

 ナハトクルム様の存在が重要だってことは、みんな。

 少なくとも私は、解ってますから」


 身長はかなり高いので、頭なでなでとかはちょっとできない。

 なので想いを込めて、ぎゅっと手を握って見せる。


『……そう言ってくれる者など、私の『聖なる乙女』以来だな。

 すまぬ。気を遣わせた』


 逆に頭をくしゃくしゃと不器用に撫でてくれるナハトクルム様の手は暖かい。

 引きこもりがちな暗い性格だと他の精霊神お二人は言ってたけれど、それだけに気配りができる優しい方なのだ。

 きっと。


「あ、で。

 なんとかする方法はないんですか?」


『今の状況下では無い。現状維持が精いっぱいだ』


 私は聞いてみたけど、断言されてしまった。


『『聖なる乙女』の本質を忘れ、己の立場と名誉にのみ固執する私らの娘(アンヌティーレ)は、あろうことか『子ども』の命を奪い、吸い上げる邪悪な存在と化した。

 毒なる母親の歪んだ教育の果て、とはいえアレも子ども達も哀れとしか言いようがない』


「……」


 今回の件、主犯はどうしようもなくアンヌティーレだけれども、諸悪の根源はきっと皇妃キリアトゥーレだ。

 彼女は『七精霊の子(アルプリエール)』の一人でありながら、身体的な理由で『聖なる乙女』になれなかった。

 自分が得る筈だった栄光を、きっと娘に託したのだろう。

 皆に崇められ、愛される『聖なる乙女』を守る為に、きっとあらゆることをして、邪魔する者を許さなかった。

 そしてアンヌティーレには我が儘放題を許し、力を与える為に子どもの命も犠牲にした。


 考えが飛躍しすぎかもしれないけれど、前王とその関係者の殺害にも関与しているのかもしれない。

 幼い姫が生まれた、と言っていたし。


 そう考えれば、アンヌティーレも犠牲者と言えなくはないかもしれない。

 だからと言って、子どもの命を吸い取り、殺めてきたことは決して許せるものではないけれど。


「ナハトクルム様は死と再生を司る、とおっしゃっていましたよね?

 封印が解けてお力が戻れば、殺されて彷徨う子ども達の魂や怨念を浄化して、再生に導く事はできますか?」


『できなくは、ない。

 というか、できる。だが、今は見てのとおり、長年汚れた『気力』を送られてきたことで、どうしようもなく穢れ、弱ってしまっている。

 浄化するには其方の力が必要だ』

「私、ですか?」

『ああ、純粋で濃厚な『星』そのものの力。

 前を見て生きる者の生命力。

 其方が『気力(ナトゥラム)』を送ってくれたから、私はなんとかこうして、一部を純化して会話することが可能になったのだ』


 あのまま穢れた力を送られ続けていたら。

 自意識も消え失せた禍神か、あるいは『神』の傀儡になっていたかもしれない――と、ナハトクルム様は静かに語る。


 そう考えると、アーヴェントルクの無茶ぶりに振り回されて、無理やり踊らせられたのも、無駄では無かったということだろう。


『私の元に来て、封印を解いてくれるか?』


 アーヴェントルクの『精霊神』ナハトクルム様が、真剣なまなざしで私を見つめる。

 その瞳は、夜のように深く――そして、どこか救いを求めるような色を宿していた。


「それは構いませんけれど、今の状況では……」


『まあ、そうだな。其方の力を借りて封印を解ければ、問題はほぼ解決できる。

 だがその為には其方の身体に入れられた『神の力』を解かねばならぬ。

 身体の内側に物理的に入れられ、根を張った力を解くには中から焼き切るのが一番だが、その為の力が私にも其方にもない。

 うむ、これは盛大に詰んでいるか』

「他人事のようにおっしゃいますが、解決する方法は無いんですか?」

『今の我々には無い。まあ、今は待ち、だ』


 あっさりと告げられたその言葉。

 けれど、その声音には不思議なほど焦りが無い。


「あの『神の力』とかいうのが完全に融合しちゃったら、もう戻れないとか無いです?」

『普通の人間であればな。あれは簡易型の『変生』を不特定多数の人間に行う為のモノだ。

 本来の『変生』は資質が重要だが、あれは強い心があれば、誰でもある程度『精霊』の世界に介入できるようになる』

「じゃあ、私は?」

『元より『変生』は済んでいるから大きな身体的変化はない。

 むしろ問題なのは『精神』を汚染されることだ。

 下手をすると『うちの聖なる乙女(アンヌティーレ)』の二の舞になるのではないか』

「二の舞?」

『『神』と『神に選ばれた自分』に酔い、自分が何をしても良いような気分になる。

 まあ、其方の場合は、自分の影響下に入ったことを察知した『神』が喜々としてやってきて、己が部品として連れ去る目の方が高い気がするかな』


「そんなあ~」

『何、ここにいる間は少なくとも安全であるし、外に出られる状況になれば、私が内側から焼き切ってくれる。

 そこまで心配する必要はない』


 今の状況を自分達で改善できないのに。

 それでもナハトクルム様は、どこか確信めいた余裕を持っている。


「ナハトクルム様は、外に出られる状況にもうすぐなる、と信じておられるのですか?」

『其方にも、外に仲間、友がいるのであろう?

 そ奴らが『神』の餌食になる其方を、黙って見ていると思うのか?』

「いえ、思いませんけれど……」


 リオン達は必ず来る。

 それは、疑いようのない確信だった。


『それと同じだ。

 引きこもり、というのは基本、外に助けてくれる存在がいないと成立しない。

 外を拒絶しているように見えて、実は外に依存している』


 なるほど、と私は思う。


 引きこもりが引きこもっていられるのは、

 それを許し、支えてくれる誰かがいるから。


 いなければ、それはただの孤独でしかない。


『覚えておくがいい。どんなに孤独に犯され、絶望が身を支配しようとも。

 誰か。

 たった一人でも己を信じ、手をさしのべて受け入れてくれる存在がいれば。

 いると信じられれば――』


 その声は、静かで、けれど確かに力強かった。


『世界中が敵に回ろうと、敵に回そうとも。

 その為に泥に汚れようとも、生きていける』

「ナハトクルム様……」


 その言葉は、胸の奥に、すとんと落ちた。

 それから、少しの後。


『お、来たな……やっぱり、ラスか』


「え? ラス様?」


 頬を緩めたナハトクルム様が手を開くと、

 緑の光が、まるで雪のように静かに舞い降りる。


 その光は、柔らかく、そして確かな生命の気配を帯びていた。


 ――そして。


『あー! もうバカナハト!!!

 いい加減に引きこもり止めて出て来い!! 僕の力を貸してあげるから!!』


 そんな声が、確かに響いた。


 神の威厳とは程遠い、

 まるで兄弟を呼びつけるような、遠慮のない声音。


『まったく……せっかくの再会の第一声がそれか。

 だが……まあ、怒っている時では無いな……』


 小さく口角を上げると、ナハトクルム様は手をかざす。

 緑の力が渦を巻き、その掌へと吸い込まれていく。


 ――力が、戻る。


 その瞬間、空気そのものが変わった。

 ナハトクルム様は、豪快に笑みを浮かべ、私へと手を差し伸べる。


『マリカ。外に出るぞ。暫く身体を借りるが許せ。

 その代わり『神』の力は私が、完全に焼き切ってやるから安心しろ』

「はい、解りました」


『ラスの力を借りても消耗が激しい。

 場を片付けたら私は眠ることになるだろう。

 帰国前に必ず私を開放に来い』

「皇子にお願いして、必ず……」


 細身の青年には似合わないほど大きく、頼もしく、力強い手。


 その手は、私を助けてくれた。

 そして、これからも助けてくれると――知っている。


 だから私は、迷いなくその手を握りしめた。


『行くぞ! 少し苦しいかもしれんが我慢しろよ』

「は、はい!!」


 紫の守りがほどけるように消え、

 私達は外へと引き戻される。


 次の瞬間――


 視界いっぱいに、金の触手が襲いかかってきた。


「う……ああっ!!」


 全ての感覚が、一気に戻る。


 身体の内側を侵される感覚。

 冷たい悪寒。

 逃げ場の無い絶望。


 ――けれど。


 それを、叩き割るように。

 強い、意志の籠った声が響いた。


『無礼者!』


 ナハトクルム様は、己の腕を振り上げ、

 壮絶なまでに力強い笑みを『敵』へと叩きつける。


『『神』本人ならともかく、貴様ら如き意思の無い部品が――

 私を、私達を消せると思うな!』


 次の瞬間。


 視界を埋め尽くしたのは、純白の闇。


 闇でありながら、光のように暖かく、

 すべてを包み込むような優しさを持った力。


 その奔流と共に――


 私達は、帰ってきた。


「マリカ!」

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