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夜国 立てられたフラグ

アーヴェントルク滞在十二日目。

地の日。


「マリカ様。今日、この後の御都合はいかがですか?」


 私は調理実習の後の説明を終えたところで。

 ふと、柔らかな声に呼びかけられた。

 振り向けば、そこに立っていらしたのはアーヴェントルクの皇妃 キリアトゥーレ様。


 今日の調理実習は午餐で。

 午前中はアーヴェントルクの商人との契約関係でドタバタしていたので、時間としては少し遅い。

 二の火の刻が、もうすぐ終わろうとしている。

 体感では夕方の七時くらいだろうか。

 夏とはいえ、夜の帳はすっかりと落ちた時間帯だった。


 皇帝陛下は仕事があると退出され、今、この場にいるのは私と皇妃様の二人だけ。

(側仕えや護衛はいるけどね)

 静かな空気の中、改めて考えてみると、皇妃様とゆっくりお話するのはこれが初めてだ。


「今日は部屋に戻って、明日の準備です。

 私のアーヴェントルクでの契約は二週間で、風の日に最後の晩餐会、

 空の日に帰国の予定ですので、明日からは晩餐会用の準備に入ります。

 献立を用意したり、料理人さん達と打ち合わせをしたり、でしょうか?」


「では、失礼は承知しておりますが、これから私の部屋に参りませんか?

 お茶会、というにはお恥ずかしいですが、アーヴェントルクの為に御尽力下さいましたマリカ様に、個人的にではございますがお礼を申し上げたくて…」

「これから…ですか? それはちょっと…」


 夕食を終えた午後八時。

 普通だったら来客、しかも子どもを招く時間ではあまりないと思う。

 ましてや皇妃様の私室となれば、なおさらだ。


「では、明日の午前中は如何かしら? 調理実習は今日と同じ時間でしょう?

 アンヌティーレが色々とご迷惑をおかけしましたでしょう。そのお詫びがしたいのです」

「アンヌティーレ様は、まだ神殿からお戻りになられず?」

「ええ。マリカ様の前に恥ずかしくない『聖なる乙女』として立てるようになるまでは戻らないそうですわ」


 私はアンヌティーレ様の修行は皇帝陛下の御命令かと思っていたけれど、どうやら自主的に行っていたらしい。

 でも、『聖なる乙女』の力って修行してどうこうできるものではないと思うのだけど……。


「今朝、ポルタルヴァから花の香り水の試作品が届けられましたの。

 とても素晴らしいお品で。アンヌティーレも修行の慰みになると、とても喜んでおりました。

 シャンプーもアーヴェントルクで生産できるようになったことが嬉しいようです。

 本来なら直にお礼を申し上げたいようですが、二度も醜態を晒した身。

 『聖なる乙女』として恥ずかしくない自分にならねば、顔向けできない。代わってお礼を言ってほしいと頼まれたのです」

「醜態だなんて…そんな…」


 一度目はともかく、二度目は醜態って言う程の事ではなかったと思う。

 ただ、アンヌティーレ様のプライドが傷ついたのは事実だろうけれど。


「細やかですが、アーヴェントルクの伝統菓子などを用意し、鉱山から産出される貴金属で作られたアクセサリーなどをお贈りできればと考えております」


「アーヴェントルクの伝統菓子、ですか…」


 ちょっと興味は無くも無い。

 アクセサリーも欲しい訳ではないけれど、アーヴェントルクの細工がどんなものかは見てみたい気がする。

 それに、聞いてみたい事もあったし。

 時間的にも明日はまだ少し余裕がある。

 明後日以降は、帰国の準備に入らないといけないのだから。


「では、明日の一の火の刻でよろしければ」


 皇妃様直々のお誘い。

 断るわけにはいかないだろうし。

 二の刻になったら調理実習がある。

 午前中なら、なんとか時間を捻り出せそうだ。


「解りました。時間になりましたら使者を遣わしますので。

 アンヌティーレの分も、姫君とゆっくりお話ができますことを楽しみにしております」


 皇妃様は静かに、そしてどこか心から嬉しそうに微笑まれたのだった。


「そういう訳なので、明日、皇妃様の主催のお茶会に行く事になりました。

 皆について来て欲しいのですが…」


 宿舎に戻ってから、私は随員達にお願いした。


「皇妃様のお茶会であるのなら、あまり人数が多くなるのも良くないと思います。

 私室への特別なお誘いでしょうし……」


 ミュールズさんが、わずかに眉を潜める。

 慎重さを欠かないその表情に、私も自然と背筋が伸びた。


 プラーミァで皇子妃様の招待を受けた時は、三人の随員とミーティラ様だった。

 そのくらいが、多分最大だと思う。

 でも……


「ミリアソリスは手が離せませんよね」

「マリカ様のご命令とあれば最優先いたしますが、あまり人数が多いと、というのであれば今回は留守居に回らせて頂きたいと思います。

 帰国を前に契約関係や置いていくレシピの管理などがございますので」

「じゃあ、カマラ、ミュールズさん、ミーティラ様ですね。

 セリーナとノアールは午後の調理実習の準備をお願い」

「かしこまりました」


 プラーミァのようにプライベートエリアが男女で分かれているなら、リオンは入れない可能性がある。

 その場合には念の為、リオンにプライベートエリアの側で待機して貰って。

 あと、皇子にも一応報告しておこう。


 皇妃様のご招待だから、特に念入りにお風呂に入って、髪や身体を整えて……。

 私はあれこれの準備の後、早めに眠りについたのだった。


 そして……その夜。

 私は不思議な夢を見た。


『マリカ。神殿には近づくでないぞ』


「あれ? アーレリオス様。どうなさったんです?」


 真っ白な空間。

 所謂『七精霊』の『聖域』によく似た無重力空間に、私はふわりと浮かんでいる。

 そこに立っているのは、アーレリオス様。

 腰に手を当て、人間、というか精霊神してる。

 その姿はどこかいつもより厳しく、少し怒っている、というか説教モードに見えた。


『いいか? 決して神殿には近づくな!』


「だから何ですか? どうしたんですか?」


 意味が解らなくて小首を傾げた私に、一応アーレリオス様は説明して下さる。


『この国を守る『精霊神』がお前を呼んでいる、という話は前にしたな?』


「はい。確か伺いましたね。私の中に『精霊神』様のお力が混ざっている、と」


 指先を見た。

 紫に染まった指は、まだ元に戻っていない。


『この国に来てから二神(ふたり)で色々呼びかけていたのだが、一向に返事がない。

 あいつは元から陰に籠りやすい性格であったから、封じられていることを加味しても仕方ないかと思っていたが、どうやらそうではないようだ』


「そうではないって?」


『お前に救いを求めて来た。その指先のメッセージを見て、調べてやっと解った』


「え? これってメッセージだったんです?」


『凝縮された奴の力。情報だ。あいつがそれを読み取れる私達の存在にまで気付いていたかは解らぬがな。

 あいつは歪んだ『聖なる乙女』に長い間、『歪んだ気力』を送られて変質しかけているのだ』


「歪んだ……気力?」


 精霊神様の力の源。

 多分、精霊を使うのにも必要な力。

 気力(ナトゥラム)と呼ばれる力は、人間がもつ力で精霊神を回復させることができると前に聞いた。


 普通の人間<王家の人間<聖なる乙女<精霊の貴人()

 の順番になぜか強くて、私が力を送ると『神』が『精霊神』を封じるためにかけた軛も壊すことができる……。


『そうだ。『神』の巫女として人の力を吸う歪んだ『聖なる乙女』は、奴に『神』の影響力の混ざった気力を送り続けているようなもの。

 おそらく奴は、正気を失い『神』の傀儡になる寸前。

 お前の気力を吸い、僅かに清浄化された意識で、お前に助けを求めているのだ』


「! だったら、早く助けに行かないといけないんじゃ…」


『だが、アーヴェントルクの『神殿』そのものが、とんでもない闇と呪いに犯されている。

 今、ラスサデーニアが調べているが、アレは『神』の影響下にあるとしてさえ、在りえぬほどにおかしい。

 故に、お前は奴との連絡がついて、見通しが立つまで決して神殿に近付くで無いぞ』


 ここ暫く精霊獣達が大人しいな。なんなら姿を見ないな。

 と思っていたら、そんなことをなさっていたのか。


「解りました。神殿にはアンヌティーレ様がいらっしゃるそうですし、自分から進んで行くような真似は致しません。

 何か要請があってもお断りします」


『そうしろ。いいか? 変質の原因は間違いなくこの国の『聖なる乙女』だ。

 神殿にもアーヴェントルクの『聖なる乙女』にも、最低でも調べが付き、我らが戻ってくるまで決して近付くで無いぞ!』


 目が覚めた時、部屋を見回しても二匹の『精霊獣』はいなかった。

 というか、今までいなかったことに気付いていなかったことに、私はその時初めて気付いた。

 ステルス機能っぽいものでもついてるのかな、と、場違いなことまで考えてしまう。


 夢の言葉を信じれば、多分『精霊神』様を助ける為に動いていらっしゃるのだと思う。

 心配ではあるけれど、私にできることがあれば言って下さるだろう。


 とにかく私は『神殿』に近付かないようにする。

 お誘いがあっても断る。

 そう心に決めて、ベッドから体を起こした。


 ――そう思った時点で。

 既に最悪のフラグが、もう立っていたのかもだけれど……。

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