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夜国  夫婦の容

 翌日、早朝、地の刻前。

 私は女性随員を中心に、城の花園に向かった。


「先日はお世話になりました。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、我が牧場をお引き立て下さいましてありがとうございます。

 今日も楽しみにしておりました。

 よろしくご教授下さいませ」


 ヴェートリッヒ皇子の第一妃 ポルタルヴァ様が迎えてくれる。

 丁度、城の花園は花盛り。

 ロッサの花が満開だった。

 朝露を帯びた花弁は薄明の中でも鮮やかで、辺りには甘く濃い香りが漂っている。


「夜明け前に花の香りが一番高まるので、丸ごと摘み取って、お湯で香り成分を煮出すのです」


 概要を説明すると、私とポルタルヴァ様、両方の随員が花を摘み始める。

 昨日、連れてこられた子ども達も、仕事がないとかえって所在なく辛そうなので、一緒に連れて来て手伝って貰う事にした。

 もし、アルケディウスより故国であるアーヴェントルクに残りたいというようなら、皇子にお願いして保護して貰えないかという下心もあったから。

 でも、皇子は出てこない。アザーリエ様も。お留守なのかな?


「棘に注意して下さいね。

 セリーナ、ノアール、やり方を教えてあげて下さい」

「「解りました」」


 セリーナやノアールは何度かやっていることで勝手も掴めているけれど、ポルタルヴァ様の随員。

 ヴェートリッヒ皇子の使用人達も少し見るとコツを覚えて、手際よく花を摘んでいく。

 慣れないながらも丁寧に、花を傷めないように扱う手つきには好感が持てた。


「マリカ様の使用人や随員は子どもが多いのに、皆、とても優秀ですのね」

「ありがとうございます。私の自慢の随員達ですから。

 子どもであっても、やる気や意欲があれば、大人に負けない仕事ができるのです」


 私の気合の入った言葉に、ポルタルヴァ様はクスッと小さく笑みをこぼす。


「私、何かおかしい事を言いましたか?」

「いいえ、失礼を致しました。

 皇子と姫君が同じことをおっしゃるので。

 時々思うのですが、お二人はとてもよく似ていらっしゃいますわ」

「お二人?」

「皇子とマリカ様です。顔立ちがどうの、とかではなく、考え方や行動などがよく似ていると感じます。

 傍から見ていると、アンヌティーレ様よりも兄妹のようで」


「そうですか?」

「ええ」


 私と、ヴェートリッヒ皇子が似ている。

 考えた事も無かった評価に、私が首をかしげていると、ポルタルヴァ様は何かを懐かしむ様に目を伏せた。


「ヴェートリッヒ皇子は第一皇子でありながら、アーヴェントルクの皇宮では、不遇な立場に置かれることが少なくありませんでした。

 皇帝陛下は皇子にひたすらに強さを求められ、厳しい教育を施され、皇妃様は『聖なる乙女』アンヌティーレ様にかかりきり。

 不老不死時代になってからは特に、永遠に皇帝になれない皇子に、周囲の目は優しいものではありませんでしたし」

「……解ります」


 実際に解る。

 今まで行ったどの国でも、アルケディウスでも、王になれない王子の扱いは不遇なものだった。


「貴族、大貴族の殆ど全てが皇帝陛下の配下。

 ですから、皇子は自分の信頼できる部下をご自分で育てられたのです。

 弱い者は、決して弱いままではないのだと、身分その他分け隔てなく」


 私の目からすれば、皇子は決して弱くはないし、愚かでも役立たずでもないのだけれど。

 皇帝陛下の基準は解らない。


「妻だって、本当なら皇子にはもっと上位の貴族の娘が用意されていても不思議はなかったのですわ。

 それでも、私達を愛して下さり、そして大事にして下さった。

 だから、私達は、王子の……思いに応えたいと思っております」

「ポルタルヴァ様……」


 顔を上げたポルタルヴァ様は、何か決意したような眼差しで私を見て、


「……マリカ様。

 マリカ様は不老不死前の、アーヴェントルクの『無血戴冠』をご存知ですか?」

「ポルタルヴァ様?」


 そう囁いた。


「『無血戴冠』……。はい。現皇帝であらせられるザビドトゥーリス様が、病に倒れられた兄上に代わり皇帝になられた話でしたら、伺っております」


 五百年前、流行り病で亡くなった先王とその家族の死が、ザビドトゥーリス皇帝の毒殺であったのではないか。

 というのは他国にも知れている公然の秘密らしい。

 でも、アーヴェントルクにとって、大きな醜聞であり、あまり大っぴらに知らせられる話でもないとも思う。


「私などは生まれる前でしたが、父などはよく申しておりましたわ。

『あの頃の王国はとても素晴らしかった、と。

 貧しくても、皆が前向きに、生活を良くしていこうという思いをもっていた』

 と。

 姫君の『食』と最近の王子を見ていると、あの頃のことを良く思い出すそうです」

「ポルタルヴァ様……それは一体……?」

「花を摘み終わりました」

「マリカ様、次の工程を教えて頂けますか?」

「あ、はい。今行きます……」


 そこで、中途半端に話は途切れてしまったけれど。

 ポルタルヴァ様は私に何か、大事な事を伝えようとしていたのではないか。と、私はその後、随分と考える事になった。


 今日の調理実習は午餐にしていただいたので、一の夜の刻に、アーヴェントルクの代理店契約を、二の木の刻にオルトザム商会との話し合いをすることにした。

 代理店契約の方は特に問題なくスムーズに終わった。

 誠実でやる気のある商会だ。発注から一週間と経っていないのに、卓用チーズフォンデュ用の小鍋と足台をしっかり揃えてくれたのには感心する。


「これで、最終日の宴にチーズフォンデュを出せます。ありがとう。

 今後、こういう道具も需要が出てくると思います。引き続き宜しくお願いしますね」

「こ、こちらこそ『聖なる乙女』のお役に立てて光栄にございます」


 お礼を言ったら、商会長は顔を真っ赤にしてお礼を言ってくれた。

 アーヴェントルクの人は基本的に純朴で真面目な人が多いから、私はけっこう好きだ。

 一方で怖い人は本当に怖いんだけどね。

 ヴェートリッヒ皇子とか、アンヌティーレ様とか、皇帝陛下とか。

 そういえば、皇妃様とは結局殆どお話してないや。

 どんな方なんだろう。

 と今更ながらに思う。

 アンヌティーレ様を可愛がり、我が事のように大事にしているというから、あんまり仲良くしては頂けないと思うけれど……。


 そうして、二の木の刻。


「本日は、お会いできて光栄にございます。

『聖なる乙女』

 オルトザム商会の商会長。ボントルモと申します」


 私はオルトザム商会の商会長と面会した。

 ボントルモはデブでお祖父さんで、禿。

 プラーミァの商会長と、アルケディウスの商業ギルド長を足して二で割って、脂でまみれさせたような顔をしていた。

 いかにも強欲な商人、と言った感じだ。

 横にアデラを従え、手もみするボントルモに、私は営業モードで笑いかける。


「始めまして。ボントルモ。

 私はマリカです。ゲシュマック商会のガルフとは商会立ち上げからの長い付き合いをしています。

 こちらは、アル。ゲシュマック商会の外商を担当する幹部候補生です」

「ボントルモ様、どうぞよろしくお願いいたします。

 我が主ガルフより、貴方方によろしくと、伝言を預かっております」


 子どものアルが、幹部候補生と聞いて、明らかに呆れたような、見下した目線をしたボントルモだったけれど。

 アルの『伝言』には、本当に苦虫を噛みしめた、としか言いようのない容に顔を歪めた。


「……それはそれは……光栄な話でございますな。

 アーヴェントルクにも、一度は見捨てられた食品扱いを復活させ、新しい商圏を築いた剛腕のガルフの名は轟いております」

「あら、面識は無かったのですか?

 本当に世話になった、と言っていたのですが……」

「いいえ、いや、はい……。まあ、その辺は昔の話です」


 そりゃあ、まあね。

 他国の新婚の商人の妻に恋慕して、借金の肩代わりを引き換えに寝取ったなんて、皇女を前に言えるわけがない。

 今ので知られている、と解っただろうけれど。

 全力で場を濁そうとするので、それは追及しないでおく。

 それは。


「それで、今日、場を設けて頂いたということは、我が商会の誠意が伝わった、ということでしょうか?」

「はい。私達が想定していた答えとは違っていますが、あの子達を寄越して頂いたことには感謝しております。

 ただ、その件に関してお伺いしたい事があってお呼びしました。

 商売についての話はその後で」

「聞きたい事?」

「ええ、正直に答えて下さい。何故、私達にあの子ども達を送って来たのですか? 子どもの、奴隷を?」

「それは……『聖なる乙女』がお喜びになると思ったからでございます」


 即答。

 自信満々で誤答するボントルモ。


「何故? 確かにゲシュマック商会は子どもを重用していますが、それだけに奴隷を求めた事はありませんよ」

「先の贈り物はゲシュマック商会に、ではなく、マリカ皇女。

『聖なる乙女』へのものでございます。

 ゲシュマック商会へは、先に注文を頂き揃えられなかった鍋や食器類などを……」

「だから何故? 何故『聖なる乙女』が子ども奴隷を欲すると思うのです?」


 なるべく平静に、声を作って問いかけたつもりだった。

 苛立って怒鳴ったりしては、聞き出せる情報も聞き出せない。

 でも、声に怒りは滲んでいたのだろう。

 どこか焦り顔で、ボントルモは答える。


「何故、と言われましても。

 アーヴェントルクの『聖なる乙女』

 アンヌティーレ様へは、いつもお近づきの品として、子どもをお望みでございました。

 故に……」


 私にも、という言葉の先は正直聞こえなかった。


「アンヌティーレ様が、子どもを?」

「はい。毎年に片手程の数ですが、ご要望があり、お納めしておりました。

 つい昨日も急な依頼を受けまして、五名ほどの子どもを神殿に届けたところです」


 え? ちょっと待って。

 年に、五人? 昨日、も?

 アンヌティーレ皇女は神殿で修行中では無かったの?

 背中に冷水を浴びせかけられた気分だ。


「その、子ども達は……?」

「さあ? 商売上のことはお答え致しかねますし、実際として存じません。

 何名かは小姓としてお使いになっておられるのを見ましたが……」


 ……嫌な予感がする。凄く……。


「ボントルモ」

「はい。なんでございましょうか?」

「貴方の店でも、子ども奴隷を使っていますか?」

「? いえ、あ、まあ。

 子ども奴隷は基本的に、上の方への贈り物です。

 多少は下働きやその他の仕事をさせることもございますが、基本的には古くからの従業員で仕事をしております」

「そうですか……。では、今後、少なくとも貴方の店で子どもを使用人として使う時には、性的虐待を含む、過剰な労働を控えると約束できますか?」

「は? 何故?」

「理由は必要ありません。できますか? と聞いています」

「それは……姫君がそうせよとご命令であるのなら」

「では命令します。ゲシュマック商会と、アルケディウスとの商売を望むのなら、子どもの虐待は厳に慎んでください。

 もし、ヴェートリッヒ皇子に抜き打ち監査をお願いし、もし違反していたら、その時点で、取引を中止します」

「それは……あまりにも横暴で……」

「でしたら、取引そのものは無かった事に……」


 私は、全力全開でボントルモに脅しをかけた。

 ふわりと、髪が揺れたから、風の精霊でも力を貸してくれたかもしれない。

 多分、怖かったのだと思う。


「い、いえ……解りました。そういたします」

「よろしい。あの子ども達は贈り物としてではなく、私が正式に買い取ります。

 今後、あの子達の将来に一切の手出し、口出しを禁じます」

「承知いたしました」


 身震いしながら頭を下げるボントルモ。

 怖いと思う様に、声に怒りを乗せたのだけれど。

 こういう演技(?)は得意なのだ。

 保育士には読み聞かせも、演技能力も必須だったし。


「アル。オルトザム商会との契約については昨日打ち合わせをした通りに」

「解りました」


 オルトザム商会とは代理店契約は結ばない。

 当面はカトラリーなど単純な商品の売買のみとし、簡単なレシピをいくつか譲って様子を見る。

 商売が誠実であるなら、次年以降は代理店候補として再度検討する、とした。

 とりあえず、餌をぶら下げて、首に縄を付けるだけ。

 いくら躾けても聞かないようなら、たっぷり解らせる予定だ。


 契約を行う代表者としてアルが進み出ると、明らかにボントルモはアルを見下したけれど、


「子どもが、本当に契約権限を与えられているのか?

 ガルフの店はそんなに人手がないのか?」

「……私の前で、まだそんなことを?」

「……申し訳ありません。失礼致しました」


 私の威圧に小さく舌打ちして下がってくれた。

 っていうか、子ども。

 特にアルへの暴言を私は許さない。

 アルは、その辺の大人なんかより、ずっと優秀なんだから。


 むしろ、ボントルモの方がガルフと肩を並べるには役者不足だ。

 情報収集力とか、人を見る力とか、ガルフやアルケディウスのギルド長の足元にも及ばない。

 ぬるま湯の中にずっと浸り続けているとこうなるのか……。

 汁に漬けられ、ぶよぶよにふやけたおむすびのよう。

 手に取る価値も無いと思う。


 スムーズに契約は終了。


「以上です。

 ボントルモ。努々、約束を忘れないように」

「かしこまりました。ゲシュマック商会とは過去の遺恨は互いに忘れ、良い関係を築いていければと思います」

「……了解しました。主にはそう伝えておきます」


 ……こういう時、人間の業の深さを感じる。

 いじめとかもそうだけど、やった方は直ぐに忘れるんだよね。

 やられた方がどれほど傷つけられているかも解らない、というか考えようとしないから。

 今の伝言を聞いたら、ガルフと『良い関係』は作れないと思うけど。

 まあ、アデラの顔は立ててあげた。

 後は、ボントルモの才覚次第だ。


「アデラ」

「はい。マリカ様」


 契約を終え、帰ろうとする間際、私は今までずっと沈黙を守って来たアデラに呼びかけた。


「幸せで、いますか?」


 それだけ、気になっていたのだ。

 泣き落としの為かもしれないけれど、契約を果たせなければ帰れない、と言っていたし。

 ガルフはきっと今も気にしているだろうから。


「……不自由のない、生活をさせて頂いております。

 子には恵まれませんでしたが。

 遠い日々を、美しく懐かしく思い出す事もあります。

 でも……今はこれが運命であったのだと思うのです」


 幸せだ、と彼女は言わなかった。

 愛し、愛してくれたガルフを捨て、自分と親子以上に歳の離れたボントルモに嫁いで。

 多分、辛い事はたくさんあったのだろう。


 でも彼女は戻りたい、とは口に出さなかった。

 夫の前であることを差し引いても。

 自分にはその資格は無いと、十分に理解しているから。

 ガルフが再縁を望んでいるなら、そして彼女があまりにも酷い目にあっているようなら助けるつもりだった。

 けれど、ガルフはもう過去の事と切り替えている。

 そうして、彼女が今の夫の元に残ることを選んだのなら、私がもう言う事は無い。


「遠き、アーヴェントルクより、ガルフ様のご成功を心から願っております」

「解りました。そう伝えておきます」


 お辞儀をして静かに去っていく二人を、私は、私達は黙って見つめていた。

 今はもう遠くなってしまった、夫婦の容を。

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