表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
555/612

夜国 攻防の始まり

 ヴェートリッヒ様との会談の後、私はそのまま、皇帝陛下との面会に臨んだ。

 謁見の間にいるのは皇帝陛下のみ。

 隣の皇妃の席は空席だ。アンヌティーレ様の姿も見えない。


 皇子と護衛、リオンとカマラと一緒に。

 念の為、フェイにもついて来て貰って謁見の間に立つと、皇帝陛下は泰然とした様子を揺るがすことなく、私を見た。


「『聖なる乙女』よ。

 昨晩は見事な舞とアーヴェントルクへの祝福を賜り、感謝する。

 お疲れの御様子であったが、体調の方はいかがかな?」


 思ったより優しい口調でかけられたねぎらいの言葉に、私は頭を下げる。


「一晩休みましたので、問題はございません。必要とあらば、今日より仕事に戻ります。

 残る日数もあとわずかでございますので」

「そうして頂けると助かる。昨夜の晩餐会で、姫君が差配された料理の数々。

 大貴族達も多くが興味を示し、我が料理人も指導に預かりたいという要望が引きも切らぬ。

 五名の料理人が直接調理し、五名の料理人がそれを見学するという今迄の形式でよろしいか?」

「はい。こちらはそれで構いません。既に私共の派遣料は支払われておりますので、調理実習の形式や参加者の選択はアーヴェントルクにお任せします」


 今更だけれども、今回の七国の訪問にあたり、一カ国から旅費、滞在費別で私達は金貨二百枚を貰っている。

 単純に換算はできないけど、一回に二億くらいの計算になるのかな。

 我ながら、けっこうな金額だ。

 でもこの中には、二週間で約五十種の料理レシピと調味料の作り方、活用方法なども含まれている。

 一枚だけの約束で、文書化したものも残して行く。


 醤油や砂糖、酒、胡椒や香辛料などは持ち込んでいるし、調理道具なども各国には無いものが多いから、もってきて貸与している。

 大抵は滞在中に、各国共、道具を鍛冶工房に持ち込んで国内で作れるようにして、新しい産業のきっかけにしているので、ぼったくりだとは思わない。

 思わないから、貰った分の金額はちゃんと仕事をする。


「料理の文書化したレシピは、アーヴェントルク皇家に残してまいります。

 それを希望者に販売するのは妨げませんが、契約通り基本的に高額での転売は禁止とさせて下さい」

「了承している。料理の裾野を広げる事で、食材確保を円滑にする為、であったな」

「はい。いくらレシピがあっても、材料が無ければ食べられません。その為に各国で一度は絶滅した生産、加工業を復活させるのが、我々の目的なのです」

「アルケディウスの意図は理解している。

 我が国の牧場経営者に新しい商圏と、無駄にしていたものの再利用を提案頂いた。

 流石、大神殿が認めた『聖なる乙女』。

 神や精霊神に愛される能力と、聡明さをお持ちだ」

「ありがとうございます」


 流れるようになめらかな口上には感情が見えない。

 まるで決められた文章を読み上げているようにさえ思えるなあ。

 褒めてはいるのに、そこに温度が無い。冷たく磨かれた刃のような響きだけが残る。


「アーヴェントルクは、強き者、力ある者、賢き者を尊重し、敬する。

 後、残り一週間、国の力の底上げにご協力を賜りたい」

「全力で努めます」

「うむ、助手として愚息を付ける。

 必要な事、食材その他があれば何でも申しつけると良いだろう」

「お心づかい、感謝いたします。皇子の顔の広さや、知識にはいつも助けられております」

「武勇に欠ける出来損ないだと思っていたが」

「人の強さとは、戦いの力だけではないと思います。皇子にはアーヴェントルクを支える力があると存じます」

「ふむ、精霊神の祝福を受ける乙女の言葉であれば、多少の信用もできるか……。

 まあ、引き続きこき使ってやるといい。

 ヴェートリッヒ。『聖なる乙女』のお力になるように」

「御意」


 私達がお辞儀をして、これで会話は終了。なのだけれど。

 このまま、本気で話を終えられてしまったら、昨日の騒動におけるアーヴェントルクの反応や対応が知れないままになってしまう。


「失礼ながら、皇帝陛下。

 アンヌティーレ様はどちらにおいででしょうか?

 私、舞の衣装をお借りしていたのですが、大きさが合わず、自分のを使ってしまって……」


 ちょっと強引ではあるが、少しでも反応を引き出したくて、私は会話を振ってみた。


「アンヌティーレか」


 小さく唇を上げると、アンヌティーレ皇女を可愛がっている、という皇帝陛下は思いもかけない事を言う。


「アレは今、神殿にて修行をやり直させている」

「修行の、やり直し……ですか?」


 初めて聞く言葉に目を瞬かせる私に、ああ、と皇帝陛下は頷いて見せる。


「『聖なる乙女』として認められたばかりの皇女に、五百余年『聖なる乙女』として立ってきた者が遅れを取った。

 これは恥ずべき事。強さ、力を尊重するアーヴェントルクでは許されぬ事だ。

 ただ一人の『聖なる乙女』と驕っていた結果だろう。

 故に神殿に籠り、力を高めるための修行を科している」

「……修行をして、力が高まるものですか?

 私は……失礼ながら、修行、などということをしたことが無いのですが」

「知らぬ。神殿長が、神殿に預かる。『七精霊』の精霊石と対話をすることで力が高まるのではないか、というので預けたまでだ。

 最低でも、皇女と同じく『精霊神』か『神』の祝福を得るまで戻って来るなと申し伝えてある。

 皇妃はその世話だ。

 暫く、下手したら皇女の滞在中には出てこれぬだろう。お気になさるな」


 私は思わず右手の指を左手指に重ねる。

 この指は、精霊獣達が言うのだからアーヴェントルクの『精霊神』様からのメッセージなのだろうけれど、この様子からして私が神殿に行く事とかはできそうにない。

 むしろ、今の神殿に近づく方が危ないのかもしれない。


「解りました。

 以前、アンヌティーレ様に花の香りについて望まれたことがあったのですが、蜂蜜シャンプーの製法と共に、その採取方法の一部をアーヴェントルクにお譲りしていく事になりました。

 お戻りになりましたら、ぜひお使いになって下さいと伝えて頂ければ……」

「ほほう。いいのか? 特殊な技術と聞いているが?」

「花の時期しか採取できないので、出し惜しみするよりは活用して頂いた方が良いと思いました。

 既に皇子に概要はお伝えしてありますので、数日中に見本をお渡しできるかと思います」

「了解した。ヴェートリッヒ。アンヌティーレも皇妃も暫くは動けぬ。

 花の香りについては其方の妻達と差配して、確保を進めておけ」

「はい」

「では、改めて引き続きお世話になる」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 謁見の間を退出して、私達五人はそれぞれ、五者五様の反応で、でも同じ思いで息を吐き出した。

 張り詰めていたものが、一斉にほどけたような、そんな深い吐息だった。


「昨日の事、本当に、殆ど話題にも上りませんでしたね。

 無かった事にしたいみたいです。

 でもアンヌティーレ様、神殿で修行とは、思わなかったなあ」

「弱力者は皇女でも容赦なしですか。厳しいですね」

「僕もちょっと予想外。

 私に恥をかかせた、って怒って乗り込んで来るか、逆に優しい笑顔で君を持ち上げて油断させて、懐に入ってバッサリとかしてくるかと思ったのに」

「そこまでします?」

「イザとなればすると思ってたんだけどね。

 まあ、流石の父上もアンヌティーレが暴走して、他国の皇女に手を出させるのは避けたいところだったか……」


 怖いことを皇子は言うけれど、とりあえずは暫くアンヌティーレ皇女と顔を合わせないで済みそうで、ホッとした。


 でも……代わりにとは言わないけれど。


「マリカ皇女の婚約者 リオン! 決闘を申し込む!」


 そんな無謀な求婚者が増えて来た。

 正式に文書で申し込んで来た三人を蹴散らした後、とにかく増えて来た。

 通りすがりのように手袋を投げつけて来る者もいる。

 この世界でも、手袋ぶつけるの、決闘の申し込みなんだ。

 じゃなくって。


「麗しの乙女。

 昨夜の貴女の舞に心を奪われてしまいました。

 どうか私の妻になって下さい。私の強さを示しますから……」


 だそうだ。

 皇子が調べて下さったけれど、どうやら大貴族達に、


『聖なる乙女を手にしたくば、婚約者を倒すだけの実力を示せと父皇子が言っていた』


 と広まっているようだ。

 他ならぬ皇帝陛下から。


 つまり、他国と同じく皇帝陛下も、あわよくば『聖なる乙女』をアーヴェントルクに、という意図があるのだろう。

 皇子を付けてはいるけれど、とにかく手数を増やして私の確保を試みる。

 リオンのことも、私達の事も子どもだから、って侮られているのかもしれない。


 勿論、リオンは即日。

 ホントもう、速攻で片付けてくれるのだけれど、プラーミァの時よりももっと酷く、次から次へと仕掛けてくるのは本当にめんどくさい。

 笑い話みたいに始まっているのに、その根っこにあるのは、私を奪う、というはっきりした意思だ。


「厄介だな。マリカの側に付いている時間が減る」


 リオンはそう言ってため息をつき、ヴェートリッヒ皇子は、


「仕掛けてくるのは、低級騎士ばかりだから君にとっては面倒だろうね。

 戦に参加して君の実力を知っている連中は、仕掛けてこないだろうから」


 そう困ったように笑っていた。


 後で、反省する。

 私達にとっては笑い話のような求婚決闘劇も、実は『アーヴェントルク』からの目に見えない攻撃だったということを、この時の私達は気付く事ができなかったのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ