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皇国 新『神殿長』の就任

 その日は朝から町中が熱に浮かされているようだった。

 と、後でアルは教えてくれた。

 大祭の始まりと同じ、いや、もっと興奮していたようだ。と。


 木の曜日、儀式の日。

 私はいつもの通り、目覚めると身支度をしてお母様と一緒に食事をとった。

 まだ朝だというのに、空気のどこかがそわそわと落ち着かない。

 城の中まで、今日という日を待つ人々の気配が満ちているような気がした。

 

「お父様は? どうなされたんですか?」

「先に城に向かわれました。『聖なる乙女』を皇族として城で迎えるそうです」


 今回の『聖なる乙女』の認証と『神殿長』の就任儀式は今までにない初めての行事だ。

 前例など勿論ないからどうしたらいいか、上の皆様も色々と困ったらしい。

 最終的に私が、皇王陛下の元に挨拶。

 馬車に乗って神殿へ。

 神殿で大神官が私を承認。任命。

 儀式の後、馬車で街中をぐるりと巡って戻って来る感じになった。

 戻ってきたら、大貴族との『神殿長就任のお祝い』&『旅の無事を願う』舞踏会。


 明日の朝一で孤児院に挨拶に行って、戻って着替えて。

 二の木の刻に出発という超ハードスケジュールになった。


 練習もする時間が無くてぶっつけ本番だけど仕方ない。

 今週の空の日までにはアーヴェントルクに到着しないといけないのだから、これ以上時間はかけられない。


「本当は大祭並みに祝いたいところだがな。

 まあ、それは其方の帰国後で良かろう」


 とは皇王陛下の談。

 別にいいです。帰国後にお祝いなんて、とは言えなかったけど。


 

 食事の後は禊という名目で水風呂に入って、身体を清めて、それから儀式の為の衣装を身に付けた。

 冷たい水が肌を打つ度、余計な熱や迷いが洗い流されていく気がする。

 神事の前に身を浄めるというのは、きっとこういう感覚なのだろう。


 純白で美しい奉納舞用の衣装に、神殿長の豪華な式服の上半身を直したチュニックを羽織る感じだ。

 腕には煌びやかな黄金の指輪から流れるチェーンのついたブレスレット。

 金に銀糸の刺繍のみっちり施された装束は、法衣であると言えばそう見えるけれども、私が今まで身に付けてきたドレスよりも明らかに豪華絢爛。

 布の上を流れる刺繍の光はまるで祈りそのものを縫い込んだようで、動く度にきらり、きらりと神々しく瞬く。

 身に余る。

 

「な、なんだか踊り用の衣装よりも派手になっていませんか?」

「仕方がないでしょう。踊り用の衣装に装飾を縫い込んだ神殿長の肩掛けを合わせたのですから。

 これを仕上げさせるために、シュライフェ商会は針子総動員で安息日も無しだったそうですよ」

「そ、それは……謝って、費用を弾んであげて下さいね」

「勿論です。戻ってくるまでには貴女の『神殿長』用式服もデザインして仕立てます。

 それから、マリカ……これを」

「え? これって!」


 衣装を大よそ身に付け終わり、髪も整え終わった最後の仕上げ。

 お母様は、テーブルに置いてあった机からあるものを取り出した。

 美しい緑柱石が中央に填まった青銀のサークレット。

 でもこれは……


「安心なさい。これはあの時の『神の額冠』を皇子が修復したものです。

 緑柱石もごく普通の宝石。

 つけても何も起こらない筈です。現に私達が普通に手に取ることができますから」


 そう言ってお母様は私の頭にサークレットを乗せ、純白のヴェールを被せた。

 ひやりとした金属の感触が額に触れた瞬間、思わず、ビクッと身体が震えてしまったけれど、本当に、何も起きない。

 よかった。

 と胸をなでおろしてしまう。


 本当は儀式で神殿長がこのサークレットを私に授ける予定だったけれど、危険だとお父様が猛反対。

 なら身に付けて来いと言われていたそうだ。

 お母様が、私のヴェールを直し、前で降ろすと上半身がすっぽりとミディアムヴェールに隠れる形になった。

 薄絹だから前は見えるけどね。

 白く柔らかな布越しに世界を見ると、朝の光までどこか遠く、静かで、儀式の前の聖域に閉じ込められたようだった。


「貴女は、真っ直ぐに祭壇の前に向かい、大神官の前に跪く。

 大神官が貴女のヴェールを上げ、祝福と任命を行い笏を授ける。

 貴方は『『星』と『神』と『精霊』の名において、精一杯努めを果たします』

 と誓って立ち上がり、渡される笏を受け取り、立ち上がり退場する。

 それだけで構いません。くれぐれも余計な事はしないのですよ」

「はい」


 今回のエスコートは全てお母様。

 神事だし、還俗して神殿長を辞するまで基本、結婚はできないのでリオンは神殿でのエスコートはできなくなるのだそうだ。

 ただ、婚約は解消されない。

 舞踏会など神殿以外の公式の場では今まで通り、リオンが私をエスコートする。

 これは、アルケディウスが皇女を神殿に捧げた訳では無く、あくまでアルケディウス皇女が神殿長に就任した、という姿勢を表明する為なんだって。

 アーヴェントルクへの嫌味のような気がするけど、私もリオンと婚約解消するのは嫌だからそれでいい。


 身支度を整え、皇王陛下にご挨拶をし、馬車で神殿へと向かう。

 今回の随員も護衛のカマラだけ。

 精霊神復活の儀式と同じく、他の随員はお留守番だ。

 皇王陛下と皇子達は挨拶の後、神殿へ。


 私の馬車の、先回りして行くのは大変だと思うけど、私だって大変なのだ。

 何せ一般街はおろか、貴族区画でさえ沿道は人がいっぱいに集まって、私の姿を一目見ようとしている。

 手を振るなら、最初から最後まで。

 振らないなら、軽はずみに振るな、と言われているので、微笑みを作りながら手を振り続ける。

 皇王家に箔付けし、親しみを持ってもらう為にはこういうのは重要だから。

 人々の視線は熱く、けれどどこか祈るようでもあった。

 歓声の波の奥に、期待と敬意と、何か新しいものの始まりを見届けようとする息遣いがある。


 人々の熱の籠った見送りを受けて、私は神殿に向かう。

 今回は、神殿前そのものが人の出入りがシャットアウトされていたので、一般の人はいなくて静かだったけれど、一昨日と同じように、神殿に仕える者達はずらりと、全員が集まって私を出迎えてくれた。

 白い石畳の上に整然と並ぶその姿は、まるで祈りの列のようでもあり、神殿そのものが息を潜めて私を待っていたようでもある。

 その中を、顔を上げて歩く。

 気迫だけは負けないように……。


「聖なる乙女 入場」


 厳かな声と共に、大きな扉が開かれて、眩い大聖堂が私の前に広がる。

 重い扉が開く音はまるで鐘のように空気を震わせ、聖堂の高い高い天井へと吸い込まれていった。

 今まで、人がいたのを見たことが無かったけれど、両脇に長椅子の並ぶ広い空間に、沢山の人達が整然と座っていた。

 私が入った瞬間、人々の視線が一斉にこちらに向いた。

 知った顔もある。殆どが大貴族達なのだろう。

 少し、ドキドキするけれど。なるべく顔に出さないように。


 中央には真っ赤な絨毯が奥の祭壇まで続いている。

 磨き上げられた床、天井近くまで伸びる柱、壁を彩る装飾、色とりどりの光を零すステンドグラス。

 その全てが今日の為に息を潜め、見守っているようだった。

 そこを歩いていくのが向こうの世界の結婚式のようだ。と思った。


 奥で待つのは新郎では無く、敵とも言える『神』の『神官長』だけれど。

 手を差し伸べて下さるお母様と共に、真っ直ぐに絨毯の上を歩き祭壇の前に立った。

 足音は絨毯に吸われて静かに消えていくのに、不思議と一歩ごとに胸の鼓動だけが大きく聞こえる。

 小さな段のある、その下で付き添いは終わり。

 お母様と、後ろを守っていた護衛の二人も跪く中、私はゆっくりと段を上がって跪く。


 祭壇の前で待つ神官長は儀礼用なのだろうか。

 今まで見た事がない豪奢な式服を身に付けて大きく見える。

 帽子もでかい。

 昔マンガなどで見た教会の司祭とか枢機卿のような感じだ。

『神』の権威を顕す方法って、万国共通なのだろう。


「尊き『七精霊の子』真実の『聖なる乙女』よ。

 大いなる『神』と『星』と『精霊』の御前にて、汝を祝福し、ここに『神殿』を預ける。

 麗しき顔を上げ、『神』の前に聖なる誓いを」

 

 低く、よく通るその声は祝詞のように聖堂に響き、石の壁にも天井にも反響して幾重にも重なった。

 まるでこの場に在る全てが、その言葉を証人として受け取っているみたい。

 私の前にかがんだ神官長が私の顔の前のヴェールを上げる。

 隠すものが無くなった私の視線の先には緑のビロードの幕と華やかなステンドグラス。

 そして蝋燭と祭壇があった。

 今は木の刻。丁度、太陽が中天に在る為だろうか。

 私のいる周囲は虹の光を弾いたように煌めいていた。

 七色の光は祭壇の白、法衣の金、蝋燭の炎に溶け合って、この場所だけが俗世から切り離された聖域になったように見える。


 神では無く、ビロードの幕の奥にある精霊神。

 ラスサデーニア様に誓うつもりで、私は手を祈りに組んで目を閉じた。

 胸の奥で、静かに言葉を選ぶ。

 どうか、届きますように。

 私が預かることになるものが、誰かを縛る為ではなく、守る為のものでありますように。


「『星』と『神』と『精霊』の名において、精一杯努めを果たします」


 声に出した瞬間、その言葉が自分の中で重さを持った。

 誓いは空へ消えるものではなく、胸に落ちて根を張るものなのだと思った。


 神殿長は私が顔を上げると、司祭から宝石のついた笏を受け取り私の額に向けたあと、それを渡す。

 笏は冷たく、しかし不思議と掌に馴染んだ。

 祝福を受け継ぐ証。任を負う証。

 私は恭しく受け取り、人々の前に顔を向ける。

 これで、儀式は終了だ。


「ここに今、真なる『神』の祝福を受けた『聖なる乙女』が誕生した。

 アルケディウスにさらなる栄光があらんことを……」


 神官長に背を向け、並ぶ形で祭壇に立つと

 

「え?」


 手に持った、錫杖が不思議な光を放ち始めた。

 光の鱗粉のようなものが私の周りを舞い始める。

 ……なんだか、大聖都での登録の儀式の時と似てるかな?

 と思った同時、今度は緑色の光がキラキラと聖堂に全体舞い降りる。

 金と緑の光はぶつかるとパチパチ。

 私の周囲で火花を弾けさせてる。なんだろこれ。

 光はただ舞うだけではなく、祝詞に応えるように天井から降り、柱の影を撫で、祭壇の前に集い、まるで見えない誰かが祝福の花びらを撒いているみたいだった。


 やがて金の光が消えてしまうと、広間に舞うのは緑の光だけになった。

 手に落ちると淡雪のように消えてしまう。

 不思議だな。

 その淡い緑はどこか優しく、厳かでありながら、冷たくはない。

 見守るような、包み込むような、精霊らしい祝福の色だった。


「わあっ!」「『精霊神』様の祝福か?」


 子どものように目を輝かせ、光に手を伸ばす大貴族と反対に、段下のお母様は私を睨むけれど、これは私じゃない。絶対に私じゃない。

 ……ラス様が、箔付けにお力を貸して下さったのかも?


 ちょっとやりすぎのような気もするけれど。

 でも、ざわめきすら祈りに変わっていくこの空気の中では、それもまた神意の演出に思えてしまう。

 まあ、ありがたいと思っておくことにしよう。


 かくして私の『聖なる乙女』と『神殿長』の就任の儀式は無事(?)終わったのだった。

 


「では、今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

 マリカ様」


 そう言って、神官長は儀式を終えた足で大聖都に戻って行った。

 舞踏会にも出ずに。


 神殿の転移門は、ルペア・カディナ直通なんだって。

 ルペア・カディナからは七国に行けるけれど、七国からはルペア・カディナにしかいけない。

 しかも荷物とかあんまり多くは運べないし、力もいるから多用はできないとのこと。


 これを使えれば冬に行く秋国や、お正月の参賀が楽になるかな、と思ったのだけどそう甘くはなさそうだ。

 儀式の余韻をまだ纏ったままの神殿は、行きに見た時とは少し違って見えた。

 石造りの回廊も、差し込む光も、どこか静かな威厳を帯びている。

 今日からここは、ただ訪れる場所ではなく、私が預かる場所にもなったのだと思う。

 

「では、改めて宜しくお願いします。皆様。

 私は一月、留守にしますがよろしくお願いしますね」

「お戻りを心からお待ちしております」


 儀式を終えた私は、神殿の皆さんにそう声をかけて城に戻ったのだった。

 私がここに戻るのは一月後。


 その時、どんな風に変わっているだろうか。

 少しでも良くなっているといいな。


 そう思いながら。 

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