皇国 ライオット皇子視点 大祭の後始末 裏
大祭翌日。二の地の刻。
アルケディウス王宮 謁見の間にて。
舞踏会の事件。
『精霊神』降臨に関する一通りの事情聴取を終えた父上 アルケディウス皇王陛下は
「子細、相分かった。其方にはあの時の記憶は何もないのだな」
「はい。騒動を巻き起こし、申しわけございません」
母に付き添われ、跪いた孫娘に優しく、首を横に振って見せる。
前代未聞の大騒動。
『精霊神』の降臨と大神官の不老不死剥奪について、新しい情報は何一つ入っては来なかったけれども。
それでも、この場に満ちる緊張は消えない。誰もが、あの瞬間を自らの目で見たのだから。
「今回の件については不可抗力である。
『精霊神』が全てなさった事。『神』たる超越存在の御意志に我々が逆らえることではあるまい」
皇王陛下の言葉はマリカに言うと同時、この場に集まる皇族や大貴族、国のトップ達に王の意を告げる意味合いも、もっている。
原因追及はここまでだ。と。
それ以上踏み込むことは許さぬという、明確な線引きでもある。
「其方は『神』と『精霊神』と人を繋ぐ『聖なる乙女』であることが皆の前で明らかになった。
いささか早い気もするが『精霊神』の復活も含めいずれ知らせなければならなかったこと。
気にするな」
「はい」
「大祭の後片付けの区切りがつき次第、『精霊神』の復活とその言葉を民に伝える。
孤児、廃棄児の保護、育成にもさらに力を入れよう。
今後、万に一つもペトロザウルのような手段で其方を脅す者が出ないようにな」
「心から感謝申し上げます」
「うむ、だが、マリカ」
王として冷静な判断の後、マリカにそっと語り掛ける。
その眼差しには孫娘を案じる祖父の思いが浮かんでいた。
「其方はアルケディウスの皇女だ。
大事に守り、育てていくが同時に、其方自身も自覚を持つ様に。
其方、『精霊神』様が止めて下さらねば、神殿に上がると口走っていたのはないか?」
「それは……」
「皇族の一員として、一時の感情に心を動かされるでないぞ」
「……肝に銘じます」
これは、マリカがもし『精霊神』の介入が無ければ神殿長 ペトロザウルの脅迫に屈し神殿に上がる、と言っていたかもしれない事に関する注意だ。
マリカは低く、頭を下げてその注意を受けとめた。
ように見える。
だが、その奥にある意思までは測れない。
「……まあ、其方がいざとなれば我らの静止など聞かぬは解っているがな。
今日はもう良い。下がれ」
「ありがとうございます」
クスッと、小さな同意の笑みがティラトリーツェから零れ、マリカが苦笑いした。
確かに。
己の信念を決して曲げないこの頑固な娘は、こと子どもと大事な存在を守る為なら躊躇なく繰り返すだろうから。
二人の退室を確認して後、
「さて」
皇王陛下は場に居並ぶ、国の重鎮たちに顔を声を向ける。
そこにはさっきまで孫に向けていた好々爺の雰囲気は欠片も見えない。
冷徹な為政者としての顔が、静かにその場を支配する。
「お前達もその眼で見た通り。
マリカはアルケディウスに数百年の時を経て齎された真実の『聖なる乙女』だ。
『精霊神』の祝福と加護をその身に宿す『聖女』
『神』もその力を認めている。
努々忘れるでないぞ。ペトロザウルのように『精霊神』の不興を買いたくなければ、な」
厳重に、大貴族達にくぎを刺す皇王陛下。
「はっ!」
彼等は全員従属の礼をとって見せた。
例え表向きだけだったとしても。
それでも、その背に滲む緊張は隠しきれない。
あの光景を見た以上、軽んじることなど誰にもできない。
これだけ言っておけばこの先、国の大貴族達はタシュケント伯爵のように強引に誘拐したり、ペトロザウルのように子どもやゲシュマック商会を使って脅したりすることはしないだろう。
永遠のものと思い込んでいた自らの未来が消え失せる可能性を怖れない者はいないだろうから。
政務の話やいくつかの確認事項を終えて、大貴族達が謁見の間から退室すると、残ったのは我々。
三人の皇子と皇王陛下、文官長のみになった。
護衛士達も外に出し、人を払うと皇王陛下は
「それで、お前達。此度の件、どう思う?」
俺達三人にそう声をかけられた。
「どう、と申されましても……今迄の常識が次々と覆されて頭が混乱している、というのが正直なところですね。
本当に、あの娘はよほど精霊に愛されていると見える」
代表するように告げたケントニス兄上の言葉にうんうん、とトレランス兄上も同意の頷きを返す。
「でも『精霊神』様が復活し、加護を約束下さったのですからひとまずはこのまま様子見でいいのでは?
不老不死の解除は確かに恐ろしいですが要は『精霊神』様のお怒りを買わなければいいのですから」
私は子どもを使ったりしていないし、傷つけたりもしないから何の問題も無い。
とトレランス兄上は堂々と胸を貼る。
一周回って清々しいな。
「お前は気楽だな。まあ、最終的にはそうするしかないのだが……、私はなんだか引っかかる気がしてならん」
「何がですか?」
「それが解ればちゃんと口にしているわ!
何かを忘れているような、逃しているような……。」
ぶつぶつと口の中で噛みしめるケントニス兄上。
……本当に侮れない人だ。
ただの違和感では終わらせない人間の目。
王の視点を持っている。
「確かに、トレランスのようにやましい所が無ければ『精霊神』の不興を買う事も無いだろう。
結局のところ結論はそれしかない」
二人の会話をくつくつと笑いながら聞いていた皇王陛下が頷く。
「良いな? ケントニス」
「何故、私にだけ言うのですか? 確かにマリカにキツく当たったこともありますがもう昔の事ですよ」
「それならばよいのだがな。
来週からマリカはアーヴェントルクに向かう。
アドラクィーレにできる範囲で良い。アーヴェントルクにおける注意点などを纏めておくように伝えておけ」
「かしこまりました」
兄上達が退出すると謁見の間はまた人が減り、残るは三人だけになった。
俺と、文官長と、父上と。
それを待ちかねたように
「どう思う? ライオット」
父上はさっきと同じ問いを今度は俺だけに向ける。
「何でしょうか? 父上」
「お前は気付いているだろう。ケントニスが言葉にできなかった引っ掛かりを?」
「……父上や兄上のそれと同じであるとは限りませんが。はい……」
思い出す様に目を閉じて答える。
「かつてプラーミァの『精霊神』様は、不老不死を外すのは『精霊神』であっても簡単ではない。とおっしゃっておいででしたから。
その割に今回、随分とあっさり外されたものだな、とは思いました」
以前、マリカが『神』の降臨を受け、お助け下さったプラーミァの精霊獣は確かに言ったのだ。
人の不老不死を外すのは『精霊神』でさえ簡単ではない。と。
あの言葉と、今回の出来事の差異が、どうしても頭から離れない。
「うむ。その点を私も確認したかったのだが、お疲れの御様子だし、『精霊神』様の方からその気になって下さらない限りは言葉を交わすことはできないようだな」
「『精霊神』が復活し、お力の一端を拝見し、あまつさえ会話するなど、アルケディウスの歴史上誰も体験した事の無い事です。
前例はありません」
「プラ―ミァの『精霊神』には難しくてもアルケディウスの『精霊神』には可能、ということもあるかもしれんが……。
あるいは二柱の『精霊神』が揃ったからこそなし得た奇跡なのか……」
唸る父上と文官長の前で俺は沈黙する。
口にする訳にはいかない。
例えマリカが魔王の転生で在る事を知る二人の前であろうとも。
マリカの血液を口にすれば即座に不老不死が解除される。
その可能性が高い、などとは絶対に……。
「どちらにしても本人も言った通り『精霊神』の所業だ。
どんな状況であれマリカ本人が『不老不死の解除』自分の意志で行う事は無いだろう。
あれは優しい娘だからな。
だが本人の意思に関わらず『できる』ということが問題になる」
「はい」
俺は深く頭を下げた。
マリカの本人も知らない『力』を知られたら。
神殿は、いやありとあらゆる者達がなりふり構わずマリカを狙ってくる。
「マリカが神殿に取り込まれることは今後も全力で阻止するつもりだが、大神殿が今回の件を知りどう対応して来るかが気がかりだな。
来週からはアーヴェントルクに向かう事もある。
ライオット。
マリカの身辺に警戒を怠るな。リオンや護衛兵たちにも良く申しつけておくように」
「心得ましてございます」
父上の御前から辞し息を吐き出した俺は頭の中に、やるべきこととその優先度を書き出していた。
まずはアルフィリーガやフェイと話をして、同行の騎士団やカマラにも注意を与える。
後は、可能であるなら『精霊神』達と話をしたいものだが……。
だが、それが叶う保証はどこにもない。
その後、俺はマリカの事を含む大祭の後始末に騎士団長として忙殺されることになる。
故に先手を許してしまったのだと後で悔やむ事態の発生を前に。
まさか、騒動から中一日。
大聖都から神官長本人が、アルケディウスにやってくるなど思ってもいなかったから。




