皇国 大祭二日目 『子ども時代』の終わり
お父様に、屋敷を抜け出し大祭に行ったことがバレた。
力が抜け、膝を落としてへたり込んだ私の頭と膝の上に、ぴょん、ぴょん、と二匹の精霊獣が跳び乗った。
柔らかな重みと温もりが、震える身体にじんわりと伝わってくる。
『祭りに連れていけ、とこいつらを誘い出したのは我々だ。
あまり怒ってやるな。ライオット、ティラトリーツェ』
『うん。この子達は別に悪くないと思うんだ』
「『精霊神』……」
精霊獣たち、いや『精霊神』様達が庇う様に私達を見るお二人に声をかけた。
庇う様に、じゃなくって実際に庇って下さっている。
その事実に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
『精霊神』の抗議にお父様はどこか困ったような顔で、肩を軽く上げて見せた。
わずかに視線を逸らし、ため息を飲み込むような仕草。
「俺は別に、館を抜け出したことや大祭に行ったことを責めるつもりで暴いた訳ではありません……ただ」
「いいえ。『精霊神』様。悪い事をしたのです。この子達は」
ちらりと横を見るお父様の視線の先には、厳しい目つきのお母様がいる。
静かに立つその姿は、怒鳴るでもなく、ただ揺るぎなく私達を見据えていた。
「リオン、マリカ。それは解っていますね?」
「はい……お母様」「……はい」
静かに私達を見るお父様と違い、私達の前に進み出るお母様の目には、優しくもはっきりとした批難の色が宿っている。
その視線から逃げることはできない。逃げてはいけないと、身体の奥で理解していた。
「周囲に気付かせない変装や、大人になった、ということの意味は今は問いません。
大祭に行きたいという願い、リオンと一緒にでかけたいという思いも理解しています。
ただ、誰にも知られず館を抜け出した、ということはリオンが『能力』を使い皇女の部屋に入り、マリカがリオンを招き入れた、ということ。
それは、例え婚約者であろうとも『皇女』と『護衛騎士』である二人に対する私達の信頼を裏切る事です」
言い訳はできない。
胸の奥で何かが沈み込む。息が詰まるような重さ。
今まで旅先で緊急事態を言い訳に、なあなあにしてきてしまったけれど。
男子が女子の部屋に入り込むこと。女子がそれを許し秘密にするということは、所謂不純異性交遊。
未成年を守り、育てるちゃんとした保護者なら怒って当然のことなのだから。
それを許す親、赦す世界があればその世界ごとの常識など理由はあれ、そっちの方が多分おかしい。
自分で書いてきた物語の中でさえ、何度も見てきたはずの「大人の責任」。
それを今、突きつけられているのは自分自身だった。
『この二人が、お前達が心配するようなことをしでかすとでも?』
「二人が安易に一線を超えるような事はしないということも解っていますし、信じています」
アーレリオス様の言葉にティラトリーツェ様は毅然とした顔で首を振る。
その声音には揺らぎがなく、迷いもない。
「けれど、マリカは『私の娘』であり『アルケディウスの皇女』です。
私には、娘の心と身体を守り、大切に養う義務があります。
そしてマリカにはアルケディウスの皇族として、他人の規範になり人々を導く義務があるのです」
偽りの皇女であっても、いやだからこそ義務と責任をわきまえる必要がある、とお母様は言う。
その言葉は静かに、けれど確実に胸に突き刺さる。
「マリカは十一歳、リオンも十三歳。
成人こそしていなくても、関係を持つ事は可能と周囲は見るでしょう。
今後、マリカもリオンも人々の上に立ち、導く立場になる。
誰かに知られた時、後ろ指を指されるような行動を許すわけにはいかないのです」
「はい。その通りです。お母様」
私はお母様の前に膝をつく。
床の冷たさが膝を通して伝わる。背筋が自然と伸びた。
一言一句、お母様の言葉に間違いはないし、私に反論の余地も無い。
「兄弟のように育ったリオンとの関係に甘えて心配をかけ、誤解を招くようなことをして申し訳ありませんでした」
「いえ、ティラトリーツェ妃。
……全ての罪は、自分の能力に驕り、自制を怠った俺にあります。
罰はどうか俺にこそ……」
「リオン……」
私の隣にリオンも跪いた。
罪悪感で真っ青な顔をしているけれど、その瞳は真っ直ぐにお母様を見つめている。
逃げることなく、受け止める覚悟を示すように。
裁可を仰ぐように。
誰も、言葉を発しない沈黙が場を支配した時間はそんなに長くは無かったと思う。
けれど、永遠のようにも感じられた。
トントン。
ノックの音が外から響いた。
「ミーティラです。品物をもって参りました」
「少し待っていてちょうだい。今、取り込み中です」
皆が我に返ったように空気が揺れる中、お母様は、私達をもう一度強く見据え、息を吐く。
「私から下す罰はありません。
リオンを護衛から外す事も、遠ざける事も今の状況では不可能ですから」
元々公式に発表されていない婚約者であるから婚約解消などできないし、そんなことをすれば余計に私の周囲が危険になる。
とお母様もお父様も解っている。
リオンは最強のボディーガードであり、何より私がリオンを好きなのだ、ということも。
「ですが、今回の行動は貴方達を信じ、案ずる私達の思いに傷をつけた、ということを覚えておきなさい。
そして互いに、今後『皇女として』『護衛騎士として』自覚のある行動を求めます」
「はい」「精霊に誓って……」
お母様が私達に与えた『罰』は軽いように見えて厳しいものだった。
目に見える形で罰を与えられた方が、そこで償って終わりにできたかもしれない。
与えられないからこそ重い罰なのだ。
少なくとも今後、リオンはよっぽどの、命を懸けた非常事態でもないかぎり転移術で私の部屋に入ってくることはしないだろう。
私も、リオンを簡単に受け入れる事はできなくなる。
「まあ、俺個人の判断と思いで言うのなら、お前達が必要と思って行い、自分で責任を取れる範囲であるのなら何をしても構わんとは思っている。
身体を交す事も含めて、俺は止めるつもりは無い」
「あなた!」
眉を上げるティラトリーツェ様を片手でスッと止めて、真顔で腕組みしながらお父様は私達を見る。
「お前らは見かけは子どもだが、実際はそうじゃない。
知識や判断力が未発達で、容易に周囲に染まってしまいがちな子どもと違い善悪の判断。
やっていいことと悪い事。物事のケジメと護るべき社会の約束ごと。
それらを理解し、身に付けていると俺は知っているからな」
私とリオン。その両方が転生者であることをお父様、ライオット皇子はご存知だ。
だから本当の意味で私達を信じて下さっているのだと、私達も解っている。
「だが、それと娘を心配し、友を思う気持ちは別だ。
お前達に今度こそ、この世界で幸せに生きて欲しい。
皆に愛されて、願いを叶えて。……戦いは避けられないだろうが……その中でも幸せを見つけて生きて欲しいと願っている。
俺は、何度も言うが、本当に……大切なものを目の前で。俺の力の及ばない所で失うのも、誇りと願いを歪められるのを見るのもまっぴらなんだ」
「……ライオ」
「だから、余計な事かもしれんが口出しはするし、間違っていると思えば注意も与える。
必要とあれば力づくで、ぶん殴っても止めると覚えておけ」
「はい。ありがとうございます。身に染みました」
「……忘れないようにする。絶対に」
「そうしてくれ」
私達は幸運だと思う。
こうして本気で怒って、注意して、愛してくれる人に恵まれて。
…………本当の子ども時代、こういう注意や指導は面倒だと思っていた。
放っておいてほしい。
自分をもっと信じて欲しいと思ったりもした。
でも、大人になり、結婚して子どもこそできなかったけれど子どもに携わる仕事について、保護者の思いは解ったし、親の気持ちも理解した。
多くの場合、心配だからこそ、信じているからこそ、愛しているからこそ大人は子どもを注意するのだ。
子ども達がより良い人生を歩めるように……。
と。
私はそれを正しい事だと思う。
信頼に応えたいと思う。
ただ、好きで互いに甘えていられた『子どもの時間の終わり』。
その言葉が胸の中で静かに重みを持つ。
自分達が選んで手にした立場への責任と自覚を、改めて噛みしめたのだった。




