皇国 大祭二日目 父と娘の攻防
大祭二日目。
夕食を終えた親子の穏やかな一時――の筈なのに、なんだか部屋の空気は張り詰めている。
いや、そう私が感じているだけかもしれないけれど。
「来たか。
今、これを書き終えてしまうから。
まあ、そこに立って待て」
部屋にいるのは私と、お父様とお母様。
お父様はどうやら、何か執務机で書き物をしていたようだ。
「リオンも呼ばれてたの?」
「ああ、会議の護衛の後、用事があるから館に来て泊れと言われて……」
双子ちゃんと、そのお世話を手伝うミーティラ様。
柔らかい絨毯の上で、コロコロのんびりしている二匹の精霊獣。
それから、何故かリオンも呼ばれている。
他の側近はシャットアウトの上で。
「何の御用でしょうか?
お父様、お母様」
「私は知りません。貴方達に話があると呼んだのはこの人です」
「ああ、お前達に聞きたい事があってな」
「聞きたい事、ですか?」
ゆりかごですやすやと寝息を立てる双子ちゃんが可愛い。
昨日はなんだかんだで遊べなかったし、また旅行に行って忘れられる前に、双子ちゃんとたっぷり戯れたいと思うのに。
私は呼び出されたお父様が座す椅子の前。
その傍らに立つお母様の前に、立っている、というか立たされていた。
「『精霊神』様の復活については報告した通りです。
あの場であった細かい会話とか、『精霊神』様の外見とかについてお知りになりたいんですか?」
リオンがいるということは、昨日の『精霊神』復活の儀式について、多分、公向けでは無い本当の報告を聞きたいのかな。と最初は思っていた。
まさか、昨日の今日で、祭りの精霊の噂がお父様の耳にまで届いていることはあるまい。
届いていたとしてもしらばっくれよう。
そう身構えていた。
「いや、違う。
その辺は後でいい。『精霊神』様が復活されたのなら急ぐ話でもないしな」
だから、意表を突かれた。
「マリカ。リオン。
ガルナシア商会から、お前の肖像画や絵姿を作って売りに出したい、という話が出ているのだがどう思う?」
「え?」
お父様が切りだしたのは、まったく想像もしていなかった別の話だったからだ。
「肖像画……ですか?」
「ああ、そうだ。不老不死の世界では今まで、そういうものは需要があまりなかった。
解るだろう? ああいうものは、思い出や時を留めておきたいという願いから生まれるモノだ。
いつまでも人が変わらない世界ではそんなに必要ない」
「はい。なんとなくは理解できます」
昨日の宴会でも思ったけれど、この世界にはトキメキが無いのだ。
衰えない身体、変わらない日々と人々。
神から気力を奪い取られている、という理由とかもあるかもしれないけれど、人々が何かに憧れるとか、そういうのが殆ど無いように思う。
「民は皇族、王族や勇者に憧れたりしているだろうが、勇者アルフィリーガの肖像画や装飾は基本的には製作を許可されてない。
皇族王族の肖像画も禁止されている」
「あ、禁止されてたんですか? でも、植物紙でできた娯楽誌がありませんでした?」
「あれは大神殿が聖典の作成を委託する報酬として、特別に許可している。
ただしそれも絵師を必ず変えて、勇者の絵姿は同じ外見にはしないようにという制限がついていてな。
勇者は生まれ変わり、いつか再びこの地に戻って来る。
その時に外見で判断しないようにという名目だ」
「名目……」
「本当の理由ではないとは思うが、どうしてかは解らん。
俺自身もアルフィリーガを知らぬ者が作るアルフィリーガの似姿など腹が立つだけだから気にもとめていなかった」
「神像とか、神画も禁じられてるんですか?」
「はっきりと禁止されてはいないが、暗黙の了解のようなもので作られてはいないな。
よっぽど自分の腕に自信があるならともかく、下手なものを作って売って神殿や、精霊神を祖とする王族に睨まれたくはあるまい」
勇者も、神も、その姿や名前が秘されている。
多分、何か理由はあるのだろうけれど…………。
「私、お茶会で『精霊神様』の絵姿を描き起こしてみる、って言っちゃったんですけどそれって拙かったりします?」
「『お前が見た精霊神』を描く分には神殿も文句は言えないと思うが、何に使うんだ?」
「貴婦人方の心の潤いとかに……」
私はこう見えても保育士だし。
そんなに上手ではないけれど、基本的な絵くらいなら描ける。
素描を描いて、それをギルに清書してもらおうかと思っていたのだ。
退屈しているから色々と悪だくみとかするのだと思う。
何かに夢中になれるものがあれば、人生色々と幸せになる。
夢中になり過ぎると問題が起きる事もあるけれど。
「ガルナシア商会の提案もお前の言うのとほぼ同じだぞ。
『聖なる乙女』と『若き少年騎士』の人気が急上昇している。二人に憧れ、絵姿などが欲しいと願う者もいるので、製作、販売させて貰えないか、というものだ」
「私みたいな子どもの絵を欲しがる人がいるんですか?」
「たくさんいるだろうな。
勿論、絵は丁寧に製作し、しっかりと管理して販売する。
権利料も支払うと言っているが……」
「嫌ですよ。なんだか変な事に使われそうで……」
向こうの世界でいうアイドルのブロマイドだ。
気持ちは解らなくも無いけど、現代日本人元オタクとしては海賊版とか、魔改造違法グッズとかが頭を過って、嫌な感じしかしない。
勿論、大切にしてくれる人もいるだろうけれど。
そういうのも仕事のうちと割り切る芸能人程、覚悟はできていない。私はパンピー保育士なのだ。
「『精霊神』様の絵姿を作るのはいいのか?」
「あー、それはその、実体のない方々ですから実害もないですし、神様の絵を悪い事には使えないんじゃないですか?」
……一応、後でラスサデーニア様に許可を取ってからにしよう。
萌え心育成計画もちょっと見直さないと。
他人事に思ってたけれど、自分自身が偶像扱いされるのは、ちょっとイヤだし怖い。
「解った。そう伝えておく。
少し前ならごり押しが来たかもしれないが、今なら高い権利料を払って無理は言ってこないかもしれない」
「どうしてですの? 精霊神を復活させた『聖なる乙女』を使っての商売を企むなら、むしろこれからだと思うのですけれど……」
「『精霊神の復活』は今の所表に出てはいないし、今、王都は別の話題で持ちきりだからな」
あっさりと引いたお父様に、お母様が首を傾げた。
そっか。そういう需要も出て来るんだ。
違う。
流されるところだった。
「お父様。別の話題……とは?」
ドキドキしながら問う私に、いや、私達に、お父様はにやりと笑って見せる。
その笑みを見た瞬間、私の心臓がギュン、と音を立てた。
ヤバい。
理由は解らないけれど、相当にヤバい雰囲気だ。
「側近達にでも聞いてはいないか?
昨日の大祭、宵祭りに精霊の恋人達が現れた。と。
貴族は下町の情報に疎いから、流石に今日の茶会では話題にならなかったろうが、国務会議では少し話が出たぞ」
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
下町だけで話が終わればと思ったのに、国務会議で『大祭の精霊』が俎上に?
っていうか、何でお父様、今その話を?
「大祭に精霊が? しかも、恋人達ですか?」
「男女の二人組だったそうだ。同じ黒髪の美しい一対で、息を呑むほどに美しく、光の精霊を従え、髪に星を煌めかせていたという」
「黒髪? 精霊と言えば金髪と思っておりましたけれど」
「精霊にも色々な存在がいるということなのではないか?
その精霊は見つけられると詠唱も無しの魔術で天空に炎の花を咲かせ、瞬きの間に消えて逃げたという」
驚くティラトリーツェ様と正反対に、笑いをこらえるように、お父様は私達を見ている。
……解った。
リオンも気付いただろう。
ここまでの展開、全部お父様の手のひらの上だ。
「どうだ? マリカ。リオン。
お前達は精霊に詳しかろう? 心当たりがあるのではないか?」
「……知らない。俺達も精霊の全てを見知っている訳じゃないし」
「そうですよ。魔術師の杖みたいに、国を離れて彷徨う精霊とかじゃないですか?」
全力しらばっくれモード。
でも多分、お父様には通じていない。
「そうか? 下町ではそれはもうとんでもない人気だぞ。
女の服装は白いウィンプルに、清楚なワンピースドレス。星の髪飾り……だったかな?
男は目立たない格好に帽子をかぶっていたが、長い髪を一つに後ろに縛って流していた。
その髪紐に星が煌めいていたという。
……マリカ。
俺はお前が、宝石のついた髪紐や、こんな髪飾りを持っていたような気がするんだが……」
そう言ってお父様は服の隠しから、髪ピンを取り出して、見せつけるように弾くと手の中に握りしめた。
マズっ!
あれ、昨日落した髪ピンの片割れ!
なんでお父様の手の中に、って…………お父様は騎士団長で、この国の警備の総纏めだもんね。
鋭い、射抜くような。
嘘を許さぬ戦士の目で私達を見据えて、お父様は問う。
「マリカ。リオン。
昨日、大祭に現れた『精霊』はお前達だな」
「あなた?」
「違います。証拠はあるんですか?」
引き続きしらばっくれモード。
お父様は、私達が大人になれることを知っているから、カマをかけているだけだ。
ここでお父様の追及に負けると、ラス様との契約や精霊神の憑依についてもバレる。
何より、リオンが『能力』で私の部屋に来れる事は絶対に知られる訳にはいかない。
「証拠は逃げた精霊の能力と髪飾りだ。
術も使わずに空間飛翔できる能力者はアルフィリーガだけだろう?」
「他にもいるかもしれないじゃないですか?
それに宝石のついた髪紐はともかく、そんな髪飾りなんてもってませんよ」
「そうか? お前が皇女になった時の祝いの品の中に似たようなものがあった筈だぞ。
いや、レヴィーナ出産の時の祝いだったか? プラーミァからの贈り物の中に確かにあった。
ミーティラ。マリカのタンスを見て来てくれ。おそらくどこかにある筈だ」
ヤバい!
タンスを探られる訳にはいかない。
何せタンスの中には本当に髪飾りと、『精霊が着ていたドレス』が入っているのだから。
「止めて下さい!」
なんとか阻止しないと!
「なんでガラス細工の髪飾りがプラーミァから贈られてくるんですか! 出まかせ言わないで下さい。
お父様とはいえ、娘のタンスを漁るなんてサイテ……あ!!」
「マリカ!」
「……かかったな」
その瞬間、お父様がニヤリとした笑みを浮かべる。
頭に血が上って、致命的なポカをしたことに気付いて、私は口を押えるけど、正しく後の祭り。
口から出た言葉は戻らないし、何より。
その行動自体が、既にどうしようもない証拠でもある。
「ミーティラ。本当にマリカの部屋のタンスの中を見て来い。
昨日の夜に戻ってから今日までのことを考えれば、少なくともマリカは証拠を外に隠したり捨てに行く時間は無かった筈だ。
部屋の中のどこか。多分、服を隠すなら服の中、でタンスの中に大人用の服を、多分髪飾りと一緒に紛れ込ませている」
「は、はい……」
事情を完全に把握しきらないまま、ミーティラ様が小走りに走っていく。
「一体何の話をなさっているのですか?」
「昨日の夜、こいつらは館を抜け出して大祭に遊びに出掛けた。大人の姿に変身してな。
そこで騒ぎを引き起こし逃げて来た。
街では精霊が祭りに現れた、と大騒ぎになっている、ということだ」
「なんですって!」
完璧にお見通し……か。
やられた。
肩から力が抜け、膝が落ちた。
最初から最後まで、お父様のペースに飲み込まれた。
身構えていた私達の警戒を別の話で解いて油断させ、気を抜いた所で一気に切り込んで、隙を見逃さず急所を一突き。
完全な、私の負けだった。




