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皇国 騒動の顛末と皇王妃の茶会

「え? 下町の大祭に精霊が出た?」 

「え? 下町の大祭に精霊が出た?」

「はい。今、国中がその話題でもちきりです」


 翌朝。

 まだ空気に夜の名残がわずかに残る早い時間。

 ミュールズさんが起こしに来る起床時間よりも先に、私は目を覚ましていた。


 頭の奥がじんわりと重く、鈍い痛みが残っている。身体もどこか気怠い。

 それでも私は、ベッドから起き上がると、自分で身支度を整え始めた。


 どうして違う服で寝ているのか、とか。

 昨日着ていた服はどうしたのか、とか。


 そんなことをツッコまれる訳にはいかないから。


 後でセリーナに訳を話して、洗濯して貰ったことにしておこう。

 そう思っていたのだけれど…………。


 服の事は話題にならなかった。


 大祭を見に行った側近たちは、みんな。

 朝一番から目を輝かせて、私の前に集まり、口々に昨夜の出来事を報告してきたのだ。


「美しい、男女の精霊で、人間に扮して祭りを見て回り、ダンスを楽しんでいたそうです」

「人間そっくりに化けていたようですが光の精霊達が、ダンスに引き寄せられ集まってしまって。

 正体に気付かれた精霊は、空に美しい火と光の花を咲かせて、祭りを祝福し姿を消したのです」

「……それはお忍びの魔術師とかではなく?」

「杖も詠唱も無しで、あんな大きな魔術を使える魔術師などおりません!」


 皆、頬を紅潮させ、瞳をきらきらと輝かせながら。

 興奮冷めやらぬ様子で、その光景がどれほど幻想的で、美しかったのかを語って聞かせてくれる。


 言葉の端々に、まだ昨夜の余韻が残っているようだった。

 やっぱり、みんなあの時中央広場にいたんだ。


「男性はチュニックに、大きな帽子。女性はワンピースドレスに白いウィンプル。

 服装はありふれた目立たないモノですが、とにかく目立っていたと言いますわ」

「私は……多分、男性精霊と踊ったのです!」


 中でも頬を上気させて語るのはカマラだ。

 思い出すだけで胸が高鳴るのだろう。指先までそわそわと落ち着かない様子で言葉を続ける。


「皆に勧められて踊りの輪に加わったのですが、彼から一目見て解るくらいの『強さ』を感じました。

 下手したらライオット皇子より強いのではないか、というくらい、均整の取れた肉体と、鍛えあげられた手をしていたのです。

 大きな帽子をかぶっていて、顔立ちがはっきりと見えた訳ではありませんが、涼やかな口元が魅力的で。

 長い夜を紡いだような髪には星が輝いていたのです」

「星?」


 思わず問い返すと、カマラは少し首を傾げながらも確信を込めて頷いた。


「もしかしたら飾りか何かだったのかもしれませんが、私にはそう見えました。

 少女精霊と踊った男性達も、同じように言っていたのです。

 顔を合わせるのでさえ、躊躇う程の美貌。その(かんばせ)を飾るように星が煌めいていた、と」

「精霊達が立ち去る時、帽子とウィンプル、それからウィンプル留めの髪飾りを落して行ったそうです。

 騎士団が証拠として回収して行ったみたいですが、みんな欲しがっていましたわ」

「少女精霊が付けていたのは、明確に、市販品の飾りだったと聞きます。

 旅商人の店で精霊が身に付けていたものと同じものを売っているのを見つけた男が聞いたら、精霊と思しき少女に店の主がプレゼントした、と言っていましたから。

 壊れ物の破棄商品であったのに少女が身に付けたら、そんなことも気にならない程に輝いて見えた、と」


 言葉の一つ一つが、まるで夢物語のように紡がれていく。

 それでも、それが現実に起きた出来事であると皆が信じて疑っていない。


 貴族なので、輪に入るのを躊躇ったのが心底悔しい。

 精霊と踊れなかった、と残念そうに言うのはミリアソリス。


 未成年二人は、踊りの輪そのものに入れなかったんだって。


「おかげで昨日、その商人の店は初日完売したそうです。

 特に精霊の少女が付けていたという髪ピンと同じものは熾烈な争奪戦があったとか……。

 私も欲しかったので騒動の後、本気で探したのですが買えませんでした」


 貴族であるミリアソリスが手を打っても買えない位?


 私は必死に平静を装いながらも、頭の中では冷や汗を流していた。


 うっわ~。

 なんだか、とんでもない騒ぎになってる。


 そういえば、あの時髪飾り、二つ付けて貰ったんだよね。

 でももみくちゃにされた時、ウィンプルごと一つ落としちゃって……。


 箪笥の奥のもう一つの髪飾り、見つかったらえらい事になりそう……。

 シンデレラの靴みたいにそれを使って探す、なんてされないよね?


 そんな想像が頭をよぎって、思わず背筋がぞくりとした。


「今夜の祭りにも精霊が来るかもしれない。街の皆は大騒ぎしているみたいです。

 きっと、昨日にも増して賑やかになりそうですね」

「今日も行ってきていいですよ」


 今日は多分、精霊は出ないだろうけれど。

 そんな言葉と思いは胸の奥にそっと封じて、私は軽く笑って言う。


 けれど。


「今日はダメです。ついでに言えば明日も」


 側近頭にして女官長のミュールズさんは、きっぱりと、迷いなく言い切った。


「今日は午前中に皇王妃様主催のお茶会がございます。

 戦勝とマリカ様による精霊神の復活を寿ぐものですから、マリカ様の出席は不可欠です。

 その後は明日の晩餐会の献立の助言などで、昨日程早くは部屋に戻れませんでしょうし、明日は大祭を締めくくる晩餐会と舞踏会です。

 準備をしっかりとしなくては」


「ですよねー」


 まあ、その辺は解ってる。


 貴族の大祭は外でバカ騒ぎとかできない分、最終日の晩餐会と舞踏会が楽しみなんだって。

 去年の二回の大祭も二日目、三日目が大騒ぎになってたっけ。


「何より、主を置いて側近が下町で祭りに参加して騒ぐなど等身分の高い方にお仕えする自覚が足りません」

「昨日の件については私がお休みをあげて、行ってきてと頼んだのですから怒らないで下さい」

「まったく。姫様は朝まで身動きも出来ない程にお疲れであったというのに浮かれて……」

「途中、目が覚めて着替えたりはしたんですけどね」


 ミュールズさん、私が黙って、側近達に休みをあげた事をお怒りなのかな。


「ごめんなさい。ミュールズさんにもお声かけしようかとは思ったんですが」


 謝りかけた私に、ミュールズさんは静かに首を振った。


「私をお誘いして頂いてもお断りしたでしょうから、その点はお気になさらず。

 ただ、祭りに行けなかった姫様に、お祭りの話をさも自慢げに話すのはどうかと思っただけです」

「あ……」

「申しわけありません。マリカ様」


 私を気遣って下さったのか。

 しょんぼりと頭を下げる側近達に、私は慰めるように手を振って見せる。


「私の事は気にしないで下さい。祭りの話を聞かせて貰えてとても嬉しかったです。

 人とそっくりの高位の精霊というのもいるのですね」

「きっと、マリカ様が『精霊神』様を復活させたので、アルケディウス全体で精霊の力が高まっているのですわ。

 夏の戦も勝利しましたし、きっとこれからもアルケディウスは発展していきますわ。

 大祭の精霊はきっとその証です」

「そうだといいですね」


 ミリアソリスの言葉は、あながち間違いじゃない。

 あれはある種の『精霊神』の祝福だし、アルケディウスも『精霊神』が復活したから、きっと今までより発展していくだろう。


 そうだといいな、と。

 心の底から、そう思う。


「ほらほら、おしゃべりをしている暇はないのです。

 姫君の身支度の準備を。お風呂の準備と、香油を。

 口紅と化粧品も出してありますか?

 昼餐を兼ねた皇王妃様のお茶会は一の夜の刻には始まるのですからね」


 パンパン、と小気味よく手を叩くミュールズさんの声が部屋に響く。

 その音を合図にしたかのように、弾ける様に側近達は動き出した。


 水の用意をする者、衣装を整える者、香油を温める者。

 それぞれが自分の役割を迷いなくこなし、部屋の中は一気に慌ただしくなる。


 私も、ぼんやりしている場合じゃない。


 気合を入れ直さないと。

 皇王妃様のお茶会は、大貴族の貴婦人達が勢ぞろいする大舞台なのだから。


 皇王妃様主催のお茶会に、私はお母様と一緒に参加した。


 王宮の中でも格式の高い一角。

 磨き上げられた床に、光を受けてきらめく装飾。

 柔らかな香が漂うその空間は、静かな華やかさに満ちていた。


 今、丁度男性達は国務会議の真っ最中。

 国の方針や法律、今後について話し合う、年に二度の議会の間、女性達もこうして集まって交流するのだという。


「もっとも、大貴族の夫人全てが集まるのは皇王妃様主催のこのお茶会だけですけれどね。

 女性達にもそれぞれ派閥や関係がありますから」


 とおっしゃるのは、この国の婦人達の派閥の半分を纏めるお母様。

 穏やかな微笑みの裏に、揺るがない意志と力を感じさせるその姿は、やはりただ者ではない。


 以前に比べると関係は幾分和らいだとはいえ、

 まだ国を二つに割る第一皇子(ケントニス皇子)お父様(ライオット皇子)の派閥の関係は良好とは言えない。


 大祭から始まる社交シーズン中も、敵対派閥同士が交流する事は殆ど無いのだと聞く。


「貴女は今日の所は余計な事は言わずに、私の側にいなさい。

 精霊神の復活についての説明は打ち合わせた通りに。

 質問への応えは慎重にね」

「はい、宜しくお願いします。お母様」


 背筋を伸ばし、私は小さく頷いた。


 ちなみにお母様にはまだ大祭での騒動は耳に入っていないらしい。

 その事実に、胸の奥でそっと安堵の息をつく。


 お母様には『精霊の貴人モードの私』は見せたことないし、話してないから繋がらないとは思うけれど。


 それでも、知られていない今のうちに落ち着いて対応したい。


「そうそう。

 あの人が、今日の夜、明日の打ち合わせと話があるから戻って来る、と言っていたわ。

 マリカも同席させてほしいと。急で悪いけれど予定に入れておいて」

「……解りました」


 ヤッバ。


 お父様には私達の大人モードが知られている。

 思わず心の中で声が漏れる。


 今日は女性の宴なので、リオンと打ち合わせもできないよ。

 頭の中でどう立ち回るかを必死に組み立てながら、私は表情だけは平静を保つ。


 まあ、とりあえずはしらばっくれモードかな。


 お母様に促されて、小広間と呼ばれる会場に入ると。

 既に集まっていた人達の視線が、一斉に私達に集まった。


 ざわり、と空気が揺れる。


 視線の重さに一瞬だけ足が止まりそうになるけれど、

 そんなことを気にしていたら皇女なんてやってられない。


 私は静かに息を整え、顔を上げたまま歩を進める

 壁沿いに豪華なソファがいくつもあるけれど、基本は立食形式で話を楽しむ方式だ。


 お菓子はクッキー二種と、パウンドケーキにシフォンケーキ。

 それに新作として揚げドーナッツを提案してみた。


 ようやく食油が使えるようになってきたからね。


 輪っかの形のは火の加減が難しいので、丸のボールの形をたくさん作って貰う。

 油の中でふわりと膨らむ様子を思い浮かべながら、私は内心で小さく頷く。


 チョコレートや砂糖を絡めて爪楊枝で刺せば、手軽に食べられるだろう。


「本日はお招き下さいましてありがとうございます。皇王妃様」

「来てくれてありがとう。ティラトリーツェ。マリカ。

 待っていましたよ」


 私達がお辞儀をして挨拶をすると、今日のホストであり主役である皇王妃様は、柔らかな笑みを浮かべて直々にお言葉をかけて下さった。


 その声は穏やかでありながら、場の全てを掌握する力を持っている。


「マリカは特に長旅と、帰国して早々の大祭での大役ご苦労様でした。

 今日は精霊獣は連れてきていないのかしら?」

「食べ物と貴婦人の方々のご衣裳を傷める危険がありましたので、置いて来ております」

「そうね。

 でも、最終日の舞踏会には連れて来てもいいのではないかと思うの。

 皆も見たいでしょうし『精霊神』の化身なら獣のような悪さはしないでしょう?」

「解りました」


 私は頷く。

 お二人にお願いしてついてきて貰おう。


「今日は、貴女から譲られたレシピとお土産で場を整えました。

 料理やお茶を楽しんで。

 それから皆に、旅の話や『精霊神』復活の話を聞かせてあげて頂戴」

「かしこまりました」


 皇王妃様にご挨拶した後、広間の一角に私とお母様が立つと、

 次から次へと挨拶の人達がやってくる。


 足音、衣擦れ、香水の香り。

 様々なものが入り混じり、場の密度が一気に上がる。


 お母様の派閥の方だけではなく、第一皇子妃様の派閥の人もちらほら。


「第三皇子様もお人が悪い事。

 自らの娘に使用人の真似ごとをさせるなんて」

「こんなに幼いのに、『聖なる乙女』の責任や仕事を背負って大変でいらっしゃますね」

「お気遣い下さり、ありがとうございます」


 そのうちの幾人かは去年、ゲシュマック商会の料理人としてアドラクィーレ様のお手伝いをしたこともあって顔を合わせた事があるし、名前もうっすら覚えている。


 私を憐れむような目で見て、表面上は優しい言葉をかけて下さる。


 その視線の奥にある本心までは読み切れないけれど。


 味方になって欲しいとは思わない。

 けれど、敵を増やしたい訳でもない。


 だから今は、従順な皇女に徹しておく。

 それに、今日に関してはアドラクィーレ様も、私が主役のような形になることを怒ったり邪魔したりはしない。


 皇王妃様のおっしゃるとおり、他国の話や『精霊神』復活の顛末を皆も知りたいのだ。

 期待と探るような視線が、絶えずこちらに向けられている。


 なので私は、打ち合わせ通りに。


 聞かれるまま、精霊神復活の顛末などを、丁寧に、慎重に話して聞かせたのだった。

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