魔王城 みんなで幸せ朝ごはん
異世界で迎えた、二度目の朝は――快適、とは言えなかった。
一度目は身体が鉛のように重く、ろくに動けなかったけれど、今朝はぐっすり眠れたせいか頭がすっきりしている。
ただし、身体が重い(物理的に)。
まるで、昔実家で飼っていた猫が胸の上に乗ってきた時みたいな感覚だ。
独り暮らしを始めてからは、責任を取れないからと飼うのを諦めていた。久しぶりの『重み』に、少しだけ懐かしくなる。
そっと目を開けると、すぐ目の前にいくつもの瞳があった。
「わっ!」
「ギル、ヨハン……ああ、みんなも起きてたんだ」
どうやら私より子どもたちの方が早起きらしい。
本当は私が先に起きて朝食を用意するつもりだったのに。
「おはよう。じゃあ、まず顔を洗おうか?」
声をかけると、子どもたちは小首をかしげた。
……そっか。もしかしたら、言葉がまだうまく通じていないのかもしれない。
ここにいるのは、向こうの世界で言えば小学校入学前の子ばかり。
言葉も身体も。生活習慣も、きっとまだ未発達だ。
「おはよう、って言うの。朝になって出会った人にかける言葉よ」
私はゆっくり、笑顔で話しかけた。
意味がわからなくてもいい。繰り返していくうちに、耳が覚えていくものだ。
「お、は、よ?」
比較的年長のアーサーが、オウムのように真似をする。
「そう。上手上手。おはよう」
頭を撫でて褒めると、彼は目をまん丸にして固まった。
――褒められたことが、きっとなかったのだろう。
「おはよ」「おはよう?」
小さな声が次々に重なり、やがて部屋中がおはようの大合唱になった。
声を出せない子まで、もごもごと口を動かしている。
「うん、みんな上手よ。焦らないで少しずつ覚えていこうね」
頭を撫で、抱きしめ、昨日の入浴で風邪をひいていないか確かめる。
どの顔も元気そうで、ほっと胸をなで下ろした。
「じゃあ、待っててね。水を汲んでくるから」
保育士としては、子どもだけで残すなんて絶対やっちゃいけないことだけど――人手がない。
私は長い髪を後ろで束ね、廊下を駆けた。
『廊下は走らない』という鉄則も、今だけは後回しだ。
鍋を抱えて水を汲み、洗い布を持って戻ると、みんな静かに待っていた。
固く絞った布で顔を拭いてやると、昨日とは違って、くすぐったそうに笑い声を上げた。
「うん、気持ちいいね」
清潔は命を守る。
病気や薬の状況がわからない以上、衛生管理は最優先だ。
そこへ、扉の向こうから朗らかな声がした。
「おはよう。おー、チビ共も起きたか。元気だな?」
リオンが現れた。
「リオン兄、おはよう。ちょうど良かった。みんなを見てて。私、朝ごはん作ってくる」
「任せろ。フェイもすぐ来るだろう」
「ありがとう。行ってきます!」
――私は走る。台所へ。
調理台には岩塩と肉、水も用意されていた。
「リオン兄たちが準備してくれたのかな?」
踏み台がいつの間にか置かれている。昨日はなかった気がするけれど……まぁ、使わせてもらおう。
火打石を打ち、薪に火を移す。
子どもたちとキャンプでやった野外炊飯を思い出す。
「……便利な世界じゃないけど、なんとかなるか」
肉を小さく切り、塩をまぶして鍋に入れる。
骨から少しでも出汁が出るといいな。
今度、時間があったらじっくりとスープを取ろう。
野菜も香辛料もないけど、今日はこれで。
最初の一杯には、やさしい味がいいと思う。
と、自分に言い聞かせる。
本当は野菜が欲しい。
胡椒とか香辛料も欲しい。
…無いものねだりをしても仕方がないけれど。
肉だけだと栄養が偏っちゃうよ。
煮込む間に台所を改めて調べる。
調味料はなかったのだけれど食器棚には結構な数の食器があった。
皿とカップ、ボール。カラトリー。
磁器や陶器のけっこういい食器だと思う。
総動員すれば、みんながとりあえず使う分くらいはありそうな感じ。
「あれ?」
微かに感じた違和感を、でも今は後回しにする。
食事の準備が優先だ。
今日はスープだけだからお茶のカップなどを優先して取り出す。
割れない様に気を付けないといけないけれど、小さい子の分は後で木のお皿とか作るといいかもしれない。
「あ、カートみっけ。ラッキー」
部屋の隅に埃にまみれてはいるけれど、装飾の着いた2段カートを見つけた。
これを使えば一気に料理と食器を運べる。
「よいしょ」
煮上がったスープを小さな鍋に分けて入れ、食器と一緒にカートに乗せた。
あとはスプーンを人数分乗せて注意深く押していく。
大人用のカートだから子どもには重いけれど、これくらいならなんとか…。
台所を出ると滑らかな床だから、少し運ぶのは軽くなった。
「お待たせ。ご飯の用意できたよ」
「待ってました!」
「手伝いますよ」
何時の間にかやってきていたアルとフェイが運ぶのを手伝ってくれた。
暖かいスープをティーカップに注いで子ども達に渡す。
「?」
直ぐに口につけるかこぼすか、だと思っていたのに子ども達はじっとカップを見つめるばかりだ。
「これは、食べ物です。こうして食べる、というか飲むんですよ」
フェイが子ども達の前でくいっ、とカップを口に当て飲みこんだ。
それを見て、私は思い出す。
…ああ、この子達にとっては初めての『食事』なんだ。
「こうやって、ふうふうして。ね。ほら、口を開けてみて」
まだ食器も持てない一番小さなジャックの前に私はスープを入れたスプーンを差し出した。
そしてぽかん、と開けられた口にそっと注ぎ入れる。
「!」
ジャックの目の色が変わった。
ぼんやりとしていた顔に不思議な力が宿った気がする。
「あ! ああ!!」
もっと欲しい、というように開けるジャックの口に、私はスープを運ぶ。
あっと言う間にカップは空になってしまった。
その様子を見て他の子達も集まってくる。
「リオン兄、フェイ兄。大きい子達をお願い。
アル兄、私と一緒に小さい子達に食べさせてあげて」
「解った」
どの子達も一口スープを食べたとたん、顔つきが変わった。
がつがつ、としか表現しようがないほどに貪るようにスープを飲み始めたのだ。
それぞれが手を動かし、カップからスープをすくう。
みんなの顔が変わっていく。
初めて『味』を知った。
『おいしい』という感情を得た。
もっと作ってあげたかった。
けれど、それ以上に――この世界で初めて芽生えた『喜び』に、私は涙をこらえられなかった。
「美味いな、これ」
リオンの笑顔に頷きながら、頬を伝う涙を拭った。
その涙は、きっと幸せの味をしていた。




