魔王城 精霊国の騎士
魔王城は、相変わらず美しい白亜の城。
初夏の日差しに溢れ、眩しいくらいに輝いている。
澄み切った青空の下、白い城壁は光を受けて柔らかく反射し、遠目にも神々しいほどだった。
風が木々の梢を揺らし、森の香りがふわりと運ばれてくる。
そして、その足元。
豊かな森で、楽しそうに走り回る子ども達。
「カマラお姉ちゃん! 鬼さんこちら! 手の鳴る方へ」
「うーん、こっちですね!」
「ソレルティアお姉ちゃん。こっち見て見て。
凄くいい匂いのお花でしょ? ジャスミンって言うんだって。
マリカ姉が教えてくれた~」
「本当に、良い匂いですね」
「昼食ができました。マリカ様直伝のおむすびですよ~」
子ども達が来訪者達と一緒に楽しげに笑う様子を見て
「あ~、幸せ~~。本当に帰って来たんだなあ」
私は膝上で眠るピュールをそっと撫でながら、オルドクスのぬくぬく移動ソファに背を預け、
胸いっぱいに広がる『帰ってきた喜び』を噛みしめていた。
ピュールの柔らかな毛並みが指先をくすぐり、温もりがじんわりと伝わってくる。
それだけで、張りつめていた心がほどけていくようだった。
プラーミァとエルディランドへ料理指導の旅から戻ってきた私達、使節団一行は皇王陛下から直々にお褒めの言葉とお給料と共に
「一週間の休暇を与える」
という言質を頂いた。
本当だったら、夏の戦の直前で社交シーズンも始まっている。
休みなど無いという話だったのだけれども
「これからの仕事の為にじっくりと休養して参れ。まだ完全に体力も戻っておらぬだろう?」
そうお気遣い頂いたのだ。
一番は、歓迎の宴の後の騒動のせいだろうけれど。
大神殿から預かった額冠は『神』が『聖なる乙女』と接続する為のモノ。
私は冠を付けた直後の苦しさの記憶が少しあるだけで、完全にバタンキュしてしまっていたので実感は無いのだけれど、聞けば私に『神』が降臨。
意識を完全に乗っ取られたあげく、皆に攻撃を仕掛け、下手したら連れていかれるところだったのだという。
気が付いた時にはベッドの上。
サークレットの中央のエメラルドは粉々。
そして身体は怠くて指一本動かせない、という感じだった。
この感覚はアレだ。
変成成長の後と同じ。
体力気力を全部前借してもっていかれたという奴だと思う。
お気遣い下さった皇王陛下が、とりあえず療養するようにと無理にお休みを入れて下さったのだ。
こんなことでもなければ一週間のお休みなんて無理だったろうから少し嬉しい。
まあ、報告書の作成とか宿題もちょっとあるし『神』が降臨したなんて安心できる状況ではまったくない。
ないけれど、リオン、フェイ、アル、セリーナとみんなで魔王城に戻って来れたのは本当に嬉しかった。
魔王城の門の前。
転移陣の間から出ると、既に気付いて待っていてくれたのだろう。
子ども達が勢ぞろいの出迎えを受ける。
「マリカ姉おかえり!」「おかえり~」「さびしかったよ~」
口々に思いを伝える子ども達の中で
「「うわあーーん」」
ジャックとリュウは、スカートにしがみ付いて大泣きしていたっけ。
寂しい思いをさせちゃったね。
まだふらつく身体で、それでも精一杯抱きしめて、私は彼等の小さな背中を何度も撫でた。
震える肩を感じながら、彼等の気持ちをそのまま受け止める。
「お帰りなさいませ」
「エルフィリーネ。ティーナ。ただいま。
長い間留守を守ってくれてありがとう」
子ども達の後ろから魔王城の守護精霊と親友も出てきてくれた。
二ケ月という時間は、本当に長かったんだと実感する。
二人の顔を見て、やっと本当の意味で力が抜けた気分になった。
「ご無事のお帰り、心からお慶び申し上げます。マリカ様。
少し見ない間に随分と変わられたように思います」
「皆様、ずっと心配なさっていたのですよ」
「うん、心配かけちゃったね。ゴメン」
一通りの挨拶を受けた後、立ち上がり、私は魔方陣の上のノアールとカマラ、それにソレルティア様に向き合う。
魔王城の秘密を知らせる為に私は三人を連れて来たのだ。
勿論、お父様とお母様の許可は取っている。
でもノアールはともかく、カマラとソレルティア様は不老不死者だから、城の中に入れる訳にはいかないんだよね。
「三人は、まだこの城の中に入れないから、こっちに来てくれる?
城下町に宿があるから、そこで話を聞いて欲しいの」
城への入り口とは反対方向に彼女達を促す。
「セリーナは、ごめん、少しだけ付き合って。
リオン、フェイ、アル。私は大丈夫だから、子ども達と遊んであげていて。
話が終わったら、直ぐに行くから」
せっかくのお休みを、魔王城の島に無理を言って連れて来たのだからまずは説明、と思ったのだけれど。
…おっととと。
「俺は、お前の方に着く。まだ、足元ふらついてるだろ?」
くらりと揺れた足元をリオンが支えてくれた。
腕を支えられた瞬間、体の力がふっと抜ける。
悪いけど、ちょっと助かる。
「こっちは僕とアルに任せて下さい。
アーサーや、アレクもいます。子ども達はちゃんと見ておきますから」
「ほら、みんな。お土産いっぱいだぞー」
「わーい!!」
「マリカ姉。早く戻ってきてね~!」
「うん、すぐ行くから」
気を効かせて席を外してくれたであろう子ども達に感謝して
「じゃあ、行きましょうか?」
私は城下町に向かって歩いて行った。
今回私達が三人に話したのは、私が魔王、元精霊国女王の転生であること。
リオンが勇者アルフィリーガの転生であること。
そして魔王と呼ばれる存在が、実は魔王では無く『神』の陰謀で貶められた存在だ、ということだ。
三人が、私達の話を聞いて、正直なところ、どう思ったのかは解らない。
まだ聞いていないし。
「とりあえず、一週間、この島でのんびりして下さい。
最終日に、私達の真実を聞いてどう思うか、これからどうしたいかを聞かせてほしいと思うのです」
そう伝えてはある。
ただ……、翌日からの三人が三人とも、子ども達と積極的に関わり、遊ぼうとしてくれているのが解った。
ノアールはエリセやミルカと一緒に料理を教えあいっこしているし、カマラは子ども達と身体を使って思いっきり遊んでくれている。
ソレルティア様は、ギルやジョイと一緒にフィールドワークをし、フェイがもってきた魔王城の蔵書を夜は読みふけっているそうだ。
昼は森で子ども達と笑い合い、夜は静かに書物を開く。
そんな穏やかな時間が、この島には流れていた。
口外されるとか、敵に回るとかの心配は、たぶんいらないと思うのだけれど……
「マリカ様」
「カマラ」
気が付けば、ぼんやりと子ども達を見つめていた私の横にカマラが膝を付いていた。
木漏れ日の差す草地の上で、彼女の金色の髪が柔らかく光っている。
「お疲れの所、申しわけありません。
昨日の話の返事、私の誓いを聞いて頂いてもいいでしょうか?」
「もう、良いんですか?
自分の一生の事です。よく考えて決めてくれていいんですよ?」
私に本当の意味で仕えるとなれば、『神』と敵対する事も含めて、色々と危険な目に合う事は避けられない。
女性護衛として、ある意味リオンよりも長い時間を共にすることになるカマラには、できるなら自分の意志でどうするか、決めて欲しいと思ったのだ。
「いえ。
もう最初から決まっていたのです。
ただ、自分の中でこの思いをどう表し、どう告げたらいいのかを考えていただけ」
そう言って微笑むと、カマラは背筋をすっと伸ばした。
その仕草は、まるで昔からそうする事が決まっていたかのように迷いがない。
その前に、私は立つ。
カマラは腰の剣を抜き出し、私の前に差し出した。
陽光を受けた刀身が、静かにきらりと煌めいて眩しい。
「マリカ様。
影に隠れていた私の一族を見出し、光を与えて下さった『聖なる乙女』
そして、私のような廃棄児の子ども上がりを信じ、秘密を明かし、なおかつ選択を許して下さった優しい方。
私は貴族でもなく、騎士でもない、ただの護衛士に過ぎませんが。
もし許されるのなら、私の剣を捧げます。
私の主となって頂けないでしょうか?
私の命、忠誠、その全てをマリカ様に捧げます」
それは、昔、向こうの世界の本で見たそのままの騎士の誓い。
真摯で、真っ直ぐで、迷いのない言葉。
差し出された剣の向こうにあるカマラの瞳は、ただ一つの決意だけを宿していた。
その思いを、私は丁寧に受け取る。
「貴方の剣と、思い、確かに受け取りました。
貴方に精霊の祝福がありますように」
この世界でどうするのが正解かは解らないけれど、私は抜き身の刃にそっと口づけしてから、剣でカマラの肩を叩き、彼女に返した。
剣を受け取ったカマラも、刀身に口づけすると、静かに剣を鞘へ戻す。
これで、多分、終了だ。
「これからも宜しくお願いします。カマラ」
「こちらこそ。
私がいる限り、姫君には指一本触れさせません。
などと、大きな口を叩く自信はまだありませんが、この命と誓いにかけてマリカ様を守って見せます」
彼女の誓いと思いが、胸の奥で温かく広がる。
とても心強く、そして嬉しい。
「うわー、カッコいい。
おれもいつか、あんなのやってみたいな~」
わわっ!
気付けば、周囲には子ども達が鈴なりになっていた。
リオンやフェイ達までいる。
さっきまで鬼ごっこをして遊んでいたクリスなどは、羨望の眼差しでカマラと私を見つめていた。
「あ、リオン。騎士の誓いの受け方ってあれでいいの?」
「問題ない。別にどうしなきゃならないって決まりがあるわけじゃないんだ。
騎士が剣を捧げて主に仕えたいと願い、主がそれを受けて返す。
基本はそれでいい」
少し戸惑う私に微笑むと、リオンはカマラに近寄り、手を差し出した。
「これからも、よろしくな。
もし、俺が教えられることとかがあったら、いつでも言ってくれ」
「マリカをよろしくお願いします。頼りにしていますよ」
傍らに立つフェイと共に、自らに手を差し伸べてくれる勇者の転生に、頬を赤らめながらも手を取り、カマラは立ち上がった。
瞳に強い意思を宿して。
「はい。どうかご指導のほど、宜しくお願いします。
私の剣は我流で、ちゃんと教えを受けた事は無いのでちゃんと学びたいです。
絶対に頑張ります。
『精霊の貴人』に相応しい騎士に、なってみせますから!」
二人の言葉に嬉しそうに破顔するカマラ。
正式な祝福や儀式はないけれど、魔王城の島で、みんなの立ち合いの中の誓いは、私達に相応しいと思う。
白亜の城を前に、魔王城。
ううん。精霊国エルトゥリアに
数百年ぶりの精霊国の騎士が、再び誕生したのだった。




