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皇国 ライオット皇子視点 明かされた真実(偽) 前編

「まったく、一体何だったのだ! あれは?」


 イライラと苛立ちをぶつけるように吐き出す一の兄 ケントニスの態度はともかくとして、気持ち的にはまったく同感だ。


 長旅を終え、二カ月ぶりに戻ってきたマリカの帰還を祝う歓迎の宴は、『神』の降臨、というとんでもない事態と共に幕を下ろした。

 大聖都からマリカに預けられた『神』の額冠が、まさか、あんな事態を引き起こそうとは……。

 つい先ほどまで祝福と歓声に満ちていた帰還の空気が、今は重く、冷え切ったものへと変わっている。誰の胸の内にも、あの場で見た異様な光景がまだ生々しく焼き付いて離れない。


『其方達が住む場所と、我々『精霊』『神』と呼ばれる者達の在る場所は同じようでありながら実は違う』

「精霊神様」


 テーブルの上。

 小さくふわふわのうさぎのような純白の小動物は、額の石を輝かせながら息を吐く。


 その姿を見ていると義兄上がため息をついている姿が思い浮かぶから不思議だ。

 太くたくましい声と可愛らしい姿は違和感しかないというのに。

 だが、その小さな身体に宿る威圧と気配は本物で、誰一人それをただの愛玩動物と見誤ることはできなかった。


『力が大きい者ほど、世界の間にある壁は大きく、乗り越えることや力を顕すことが難しくなる。

 それを繋ぐ為には、その為に調節された存在や物が必要なのだ』

「あのサークレットはその為のものだったのか?」

『というより、その存在を作り出す為のモノ。人の子を狭間の存在に作り変える為のものだ』

「あんなものがいくつもあって、手当たり次第に『神』が降臨されたらとんでもないことになるぞ!」

『いや、それはあるまい』


 我々の不安を、精霊獣――いや精霊神はとりあえず否定してくれる。


 その短い一言だけでも、張り詰めていた場の空気がほんの少しだけ緩んだ。

 誰もが最悪の想像をしていたのだ。もしあれが一つではないのなら。もし、あの支配者が気まぐれに次々と降りて来られるのだとしたら。この国どころか、世界そのものがどうなっていたか解らない。


『人をこちらの世界に取り込むにしても、その為の品を作り出すにしても無から生み出すには膨大な力と時間が必要なのだ』

「では、プラーミァの精霊神様。

 マリカに授けられたあのサークレットと同じものがまた用意され、同じことが起こる可能性は当面ない、と思ってよろしいですかな?」


 父上。

 アルケディウス皇王陛下の問いに、うむと、小動物の姿をしたプラーミァの精霊神は頷く。


『あそこまで強力な品は、正しく秘宝。

 二つとはあるまい。

 私がもし同じものを作れ。と言われれば、国の加護を放り投げて集中しても十数年かかるだろう。

 無論、あの方ならもっと早く作れなくもないだろうが、あの時の様に身体と心、全てを操る為には脳のある頭に密着させねばならぬ。

 一度失敗して警戒されている以上、愚行を繰り返しはすまいよ』

「なるほど。

 確かにまたあのような騒動が起きるかも、と思えば我らとて同じ轍は踏みませんな」

「……父上は、本気で神殿とことを構えるおつもりなのですか?」

「お前はあれだけバカにされて、黙っていられるのか!」


 控えめに問いかけて来たのは二の兄トレランスだったが、その伺うような声を、父上よりも先にケントニス兄上が叱り飛ばす。


「確かに不老不死を与えたもうた『神』のお力は比類無き強さであった。

 だが、我らを虫けらの様に見下し、一族の娘の身体を意思も関係なく召し上げ、作り変え、存在を溶かすと言い切る存在に忠誠など捧げられるものか!」

「兄上……」


 少し感動する。

 解りあえないと思っていた兄。

 マリカの事も便利な道具としてしか思っていなかった筈の第一皇子が、まさかマリカの為にここまで憤ってくれるとは。


 マリカの存在と『食』は、人をここまで変えるものなのか。

 それとも、兄上もまた、あの場で目の当たりにした暴虐に、王族として、人として、我慢ならぬものを感じていたのか。どちらにせよ、その怒りは本物だった。


「フッ、言うではないか。ケントニス」


 小さく笑みを落した父上は、飄々とした顔に、だが強い意思を湛えている。


「私も同感だ。

 己の巫女、花嫁と呼ぶ娘でさえ、神の前では道具でしかない。

 なれば我ら等、本当に、地面の上を蠢く羽虫にしか過ぎなかろう。

 脆弱で、手の一振りで潰されようとも、羽虫には羽虫なりの矜持があるのだ」

「それは、解りますが……、もし『神』の怒りに触れ、不老不死を奪われたら……」


 トレランス兄上も、さっきの事を怒っていない訳でも、『神』に従わなければならないと思っている訳でもないのだろう。

 ただ相手が、人間に不老不死を与えた『神』。

 不老不死を奪われることを考えれば、これ以上の恐怖は無い。


 この世界で五百年を生きてきた者にとって、それは死よりもなお切実な脅しだ。築いてきたもの、守ってきたもの、積み上げてきた歳月の全てを、一瞬で失うかもしれないという恐怖。トレランス兄上の怯えは決して臆病ではない。


『そこまで、心配する必要は無いだろう』

「そうなのですか? 精霊神様」


 父上の問いに、精霊獣は首をゆっくりと縦に動かす。

 人であるのなら腕組みして頷く、と言ったところだろうか。


『一度、人の身体に入れなじんだ力を取るには多少なりとも時間がかかる。

 我らとて、指先一本でできることではない』

「そうでございましたな。

 罪人の処刑時、司祭は一刻以上かけて、神の祝福を取り去っていた」

『そうだな。

 あの方がこの星から完全に消え去るか。

 はたまた同格以上にして対の力を持つ『星』がその力を打ち消さぬ限りは、一度与えられた不老不死が即座に消え去るということはあるまいよ』


 俺は、無意識に壁沿いに控えるリオン。

 アルフィリーガの方に顔を向けていた。


 奴は精霊神の言葉を、唇と共に強く噛み絞めている。

 表情は抑えているつもりなのだろうが、拳の強張りと、目の奥に沈んだ色が、それだけでは済まない感情を物語っていた。『神』と『星』。その言葉一つひとつが、奴の内に深く刺さっているのが解る。


「『神』と『星』いうのは違うモノなのですか?

 しかも対、と?

 私等は『神』とは『星』の別称……、力の容と思っておりましたが」


 父上の疑問を、


『違う』


 精霊獣は首を横に振り否定した。


『詳しい説明はできぬが、この世界に精霊を生み出し、人間やあらゆる命、全てを支えるのが『星』

 我ら『精霊神』は手足となり、そやつが生み出した精霊を操り、子ども達……人を守る存在だと思えば良い。

 あの方『神』も本来はそうなる筈だったのだがな……』

「精霊を操り?」


 首を傾げたのはケントニス兄上だ。


「確かに目に見えない力を自在に使っていたが、魔術師の使う術が効き、退けられていたではないか?

 全能者、星の支配者を名乗るにしては甘くはないか?」

『勘違いするでない』


 人間の姿をしていたらきっと、苦笑交じりで肩を竦めていたであろう精霊神は、視線を逸らし哂う。


『……言ったが、我らも、勿論あの方も全能の支配者、創造主などでは無い。

『星』が作り出した精霊という名の道具を使う、職人に過ぎぬ。

 共に作りだしたが故に構造を良く知っている。

 使い方も理解しているが故に、人よりも的確に強い力を行使できるだろう。

 だが、それは道具が我らを傷つけない、訳ではないのだ』


 なんとなくだが理解できる。


 刀鍛冶は、作り出した剣の事を熟知している。

 下手な剣士より、上手く使える事もあるだろう。

 でも、その剣で鍛冶師自身が殺されることは在りえるのだ。


 神であろうと精霊神であろうと、結局は扱う側に過ぎないというのなら。

 だからこそ、強くもあり、同時に脆くもあるのかもしれない。

 全能ではないというその言葉は、妙に現実味を持って胸に落ちた。


『故に、あの方は我らを封じた。叛逆を怖れてな……』


 いつの世も、十二分に。


 力ある者ほど、自らに最も近い存在を恐れるものだ。

 その一言には、五百年では到底消えぬ苦味と、積もり積もった怨嗟のようなものが滲んでいた。


『まったく、こちらの事情や思いも少しは聞いて欲しいものだ』

「事情?」

『こちらの話だ。これ以上語ることはできぬ。流し忘れよ』


 白い獣が大きく伸びをする。

 額の石の輝きも薄れている。


 俺は動物を愛玩した事など無いが、疲れて眠る前の仕草、というものではないだろうか。

 あれほどの力を振るい、『神』の降臨を相手取った直後なのだ。消耗していないはずがない。


『悪いが力を使い過ぎた。少し眠る。

 ほぼ無いと思うが『神』が再臨したとしても、数日は反応できないと思え』

「了解いたしました。

 お力添え、感謝いたします」


 精霊獣は頷き、机の上に丸まるとそのまま動かなくなった。

 さっきの言葉を信じるのなら、眠りについたのだろう。


 小さな身体が上下するのを見て、ようやくこの場に残る全員が細く息を吐いた。

 張り詰めた緊張の糸が完全に切れた訳ではない。だが、今は一先ず語るべき相手が沈黙したことで、こちらも次を考える余地を得た。


 息を吐き、それを見守った父上は、気持ちを切り替えるように肩を上げると俺達を見る。


「とりあえずは様子見だ。

『神』もあの場でマリカを連れ去れなかった以上、直ぐに強硬な手段に出る事は無い筈。

 先ほどの精霊神様の話からすれば、同じ道具で同じことを仕掛けて来るにしても時間がかかるだろうからな」

「はっ!」

「大神殿にも言いたい事は山々あるが、こちらも対応は保留とする。

 マリカの取り込みに失敗したと大神殿が知り、動いて来たらその時改めて対処しよう。

 やらなくてはならない事が多すぎる。

 それまでお前達も口外したり、変に動くでないぞ」

「承知しております」


 父王の決定に、俺達は頭を下げた。

 異論は勿論ない。


 今は怒りで動く時ではない。下手に動けば、向こうに情報を与え、こちらの手札を晒すだけだ。

 父上の判断は冷静で、そして正しい。だからこそ、なおのことこの先の話から逃げるわけにはいかなかった。


「父上。今日は下がらせて頂いてもよろしいでしょうか?

 精霊神様ではありませんが、いささか疲れました」


 話の区切りに合わせ、そう切り出したのはケントニス兄上だ。


「許す。おそらくマリカもあの様子では直ぐには動けまい」


『神』から解放されたマリカはまだ、完全に意識を取り戻していない。

 ティラトリーツェが付き、カマラとソレルティアが今も看病を手伝っているはずだ。

 母上、アドラクィーレ、メリーディエーラも心配して様子を見に行っていた筈だが、もう日も変わった。

 流石に戻っているだろう。


「今後について話し合うとしても数日は間を置く。

 他国、大聖都との関係については特に慎重に対処せねばならぬからな。

 その間、社交シーズンに向けて集まり始めた大貴族達の対応はケントニス。トレランス。

 二人で頼む。

 ライオットにはマリカの関連で動かさねばならぬ故」

「お任せを。では失礼致します」


 ケントニス兄上に合わせて、トレランス兄上も退去の礼を取る。

 一人動かぬ俺に視線を向けたケントニス兄上は、


「お前、随分と娘婿候補を可愛がっているようだな」


 俺に向けて、ふふんと鼻を鳴らして見せた。


「だが、身分差はわきまえさせておけ。

 子どもが皇子を兄にさえ許さぬあだ名で呼ぶなど、他人から見れば在りえぬ、と目を向かれても仕方ないぞ」

「!」


 あ、と。

 声にならない声をあいつが溢したのが解った。


 しまった、と思った時にはもう遅い。

 極限状態の中で自然に零れた呼び名。あの一言を、あの兄上が聞き逃すはずもなかったのだ。


「……兄上?」

「次の夏の戦は本気で勝ちに行く。そいつも思いっきりこき使う予定だ。

 あの場で見せた『能力(ギフト)』とやらも含めて後できっちり説明して貰う。

 覚悟しておけ。

 行くぞ、トレランス」


 それ以上の追及を紡がず、トレランス兄上を連れて去っていくケントニス兄上。


 閉まった扉を確認した後、父上が俺に向けて落したのは明らかな苦笑であり、俺達に向けた失笑であった。


「奴を甘く見たな。ライオット」

「はい。正しく。

 恥じ入る思いです」


 極限状態。

 戦場で、互いを知り尽くした相手であるからこそ自然に漏れ出た、当たり前の一言。


 それをまさか『あの兄上』が聞き逃さなかったとは。

 正直、甘く見ていた。舐めていた。

 我らが長兄。

 アルケディウス第一皇子を、自分は相当に侮っていたのだと面映ゆくなる。


 ……父上には、気付かれていただろうと覚悟はしていたが……。


「後で、奴にも話してやれ。

 全て、でなくても構わん。アレはアレなりにお前達を案じているのだ」

「はい」


 兄上にしては気を効かせて引いてくれたのだと思う。

 告げる内容については、後でアルフィリーガと相談して決めればいい。


 父上の言葉は、命令であると同時に、こちらに逃げ道を残してくれる配慮でもあった。

 すべてを暴けとは言わない。だが、何も明かさぬままで通すことも許されぬ。そういうことだ。


「さて、ライオット」

「はい。父上」


 気持ちを切り替える。


 ここから先が、俺にとっての本番だ。

 逃げる事もできない。

 適当な話では納得してはくれないだろう。


 俺は『神』との対決の場で見ていた父上の胆力を、先を見通す洞察力を、そして何より、家族と民を思う優しさを、尊敬している。


 だからこそ怖い。

 誤魔化しも、半端な虚偽も、この人の前ではすぐに見抜かれる。

 それでも、話さねばならない。話せる形に整えて、俺達とマリカを守らなければならない。


「いい加減、ちゃんと紹介してくれるつもりはないのか?

 蘇ってきた親友を」

「……やはり、お気付きでしたか」


 フェイは驚きに目を見開いているが、アルフィリーガの方はうすうす気づいていたのだろう。

 神妙に頭を下げていた。


 何の手加減も無しに俺達の胸元、急所を的確に見つけ、深く刃を突き立てる。

 やはりこの方は強敵だ。

 しかも悪意なく、こちらの守りたいものの中心を正確に射抜いてくるのだからたちが悪い。


 絶対に敵に回すにはいかない父皇王に、何を話し何を隠すか。

 俺の手腕に、これからの『俺達』の命運がかかっている。


「リオンが勇者アルフィリーガの転生。

 はっきりと『解って』いるのは、それだけだ」


 それだけ、とあっさり言ってくれる。

 俺達にとっては秘中の秘であるというのに。

 一周回って笑えてしまう。


 父上にとっては、それだけでもう十分過ぎる情報なのだろう。

 いや、むしろそれ一つで、ここまでの全ての辻褄が合ってしまうのか。


「故に命じる。

 話せ。お前達が隠している真実を。

 それが、アルケディウスに害を及ぼすものでない限り、私はそれを洩らさぬと誓おう」

「ありがとうございます」


 俺は一度だけアルフィリーガを見た。


 何も言わず、頷いてくれる奴は、俺に全てを預けてくれているのだろう。

 まったく、いつもながら人使いが荒い。

 だが、その信頼があるからこそ、俺も腹を括れる。


「お話いたします。父上」


 跪き、俺は息を整え、語りはじめた。


「俺の娘。

 貴方の孫 マリカは『魔王』の転生。

 精霊国女王 『精霊の貴人(エルトリンデ)』の生まれ変わりにございます」

「なんだと!?」


 事実と嘘を織り交ぜて。


 俺達の『真実』を。

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