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皇国 フェイ視点 『神』の降臨 後編

 地面に這いつくばり、必死で重圧に耐えるライオット皇子とリオン。

 昂然とした笑みでそれを、場を見下ろすマリカの容をした存在に、


「輝かしき御方よ」

『ん?』

「恐れ多くも尊き方に下から声をかける無礼をお許し願いたく」


 声をかける者がいた。


 ライオット皇子のように喧嘩を売るでもなく、静かに礼節を守ってかけられた声に、マリカの姿をした『神』はゆっくりと顔を向ける。

 ぴんと張り詰めていた空気が、その一瞬だけ、ほんの僅かに弛緩した。


『ほう……。

『神』への礼節を守って対せる者がいたか。

 良い。許す。我に何用だ?』


 やっと自分に相応しき遇を得た、とでも言いたげに。

 満悦の笑みを浮かべ応じたそれに対して、この国において誰にも膝を付く必要のない存在が、深く頭を垂れる。


「私はこのアルケディウスを精霊神より預かりし、皇王 シュヴェールヴァッフェにございます」


 皇王は今、己の孫、少女の姿をした存在に両膝を付き、上位者にするように拝していた。

 その姿は屈しているようでいて、少しも折れてはいない。

 むしろ静かに機を窺う獣のような、冷えた緊張があった。


「偉大なる『神』よ。何故、ここに降臨なされましたのでしょうか?」

『それは、我が依代。我が巫女。

 我が乙女を迎えにだ』


 その礼に応えるように、『神』は答えを賜す。


『この娘は『星』が作り出した今現在、最高の器。

『神』と『精霊』と人を繋ぐ者。

 この身体と精神があれば、我が念願に近づく。

 我が子達を、真実の輝かしき未来へと導くことが叶うのだ……』


 恍惚としたその表情は、己の言葉に、己の紡ぎ出す『未来』とやらに酔っているようにさえ見えた。

 けれど、その声音に宿る熱は慈愛などではない。

 ただ一方的に世界を塗り替えようとする、支配者の酔いだ。


「では『神』がマリカを召されましたなら、我が皇女 マリカはどうなりましょう?」

『愚かなことを問うな』


 解りきったことを、と。

 その深碧の瞳が暗く揺れた。


『これは我が依代、我が手足。我が花嫁。

 その全ては我が物に』

「それはつまり……」

『抱かれ、我が身に溶け、大いなる『神』の一部となる。

 不服か?』

「そんな!」

『手足に、道具に心など不要。

 我はそれをよく知っている』


 悲痛な声を上げたのはティラトリーツェ妃だった。

 けれど、言葉に発しなくても誰もが同じ思いで『神』と名乗る者を見ている。


 僕だって怒りに身体が震えた。


 奴は言ってのけたのだ。

 このまま奴を見過ごせば、マリカという存在は『神』に呑み込まれ、その一部となり、失われるのだと。


「……フェイ」

「リオン」


 僕を呼ぶ声がする。

 皇王陛下と『神』の会話に皆が気を取られている、その微かな隙。

 それをついてリオンが僕に向けた声に気付き、そっと顔を向けた。


「どうしたんですか? リオン」

「これを……」

「え?」


 苦し気に息を荒げるリオンが僕に向けて差し出したのは、カレドナイトの短剣だった。


「隙を見てそれを風の術で射てくれ。

 そして……サークレットの額の緑柱石を壊すんだ」

「え?」

『あの緑柱石が端末のコア(心臓部)

 コアが壊れれば接続が切れて『神』はこの世界に力を発揮できなくなる筈だ』

「俺はあいつに……マリカに刃を突き立てることができない。

 そうしようと近寄っても、奴に阻まれてしまうだろう」

『だが、魔術師。貴様なら奴の注意の外から、それを射出して石を砕く事ができる筈だ』


 精霊獣――いや、精霊神が、くいと顔を動かす。

 それしかマリカを救い出す方法はない、と。


「でも……」


 自分の手が、みっともないほど震えていることに僕は気付いた。


 サークレットは文字通り、マリカの額にある。

 手元が狂えば顔や頭を傷つけ、命を奪う可能性がある。

 そうでなくても、万が一失敗すれば、今はまだ油断の見える『神』が警戒し、マリカを本当に連れ去ってしまうかもしれない。


「やらないと、マリカは『神』に連れ去られてしまう。

『向こう』に連れていかれたら、本当にマリカを連れ戻す事はできなくなってしまう。

 頼む……フェイ」


 唇を噛みしめるリオンの声が、やたらと大きく僕の耳に、胸に、心に響いた。

 本当に潜められた小さなものであったのに、その一言がはっきりと僕に決意を刻みつける。


 何を迷う必要があるだろう。


 二人を救う為なら『神』であろうと弓を引くと決めた筈だ。

 僕は、二人に命と、運命の全てを捧げたのだから。


 マリカを。

 リオンを。

 大事な二人を、あんなよく解らない存在に渡してなるものか。


「解りました」

「フェイ!」

「ただ杖を出す、一瞬。

 呪文を紡ぐ時間を僕に下さい。二、いえ一呼吸で構いません。それでやりとげて見せます」

「解った……」

「俺にも……やらせろ」

「皇子……」「ライオ……」


 僕らの会話を聞いていたのだろう。

 ライオット皇子がこちらに顔を向けた。

 その闇の双眸には、今にも噴き出しそうな怒りの炎がはっきりと宿っている。


「これ以上……あいつに俺の国で、いいようにされて……たまるか。

 大事なものを、目の前でまた奪われるのは御免だ……」

「解った。頼む」


 親友にして戦友の、言葉にならない会話は、ただ一言で終わる。

 彼らはその言葉通りやりとげるだろう。

 ならば僕は、その一瞬を決して逃しはしない。


『……ん?』


 皇王陛下と会話をしていた『神』が、自分の――マリカの手を眇める。

 何か予想外だ、と言わんばかりに。


 見れば、マリカの指先で光がチリチリと不思議な音を立てて爆ぜている。


「どうか……なさいましたか?」

『いや、マリカの身体がどうやら、もたぬようだ。

 未発達の子どもというのは、脆いものだな』


 伺う皇王陛下に、『神』はなんでもないことのように、とんでもないことを言い放つ。


「な、なんと?」

『これくらいで、限界を迎えるとは。

 私の力を受け止め、変化に堪えられるようになるまで、あと数年はかかりそうだ……』

「では、今は、マリカの身体をお返しください。

 まだマリカは十一。

『神』の花嫁となるには世を知らず、また幼すぎます。

 大切に……『神』に相応しき身体に育ててご覧に入れますから」


 マリカを何とか取り戻そうと、皇王陛下が話を持ち掛けてくれているのが解った。

 だが『神』は頭を振る。


『その必要は無い。これは持ち帰り、我が元で作り変える』

「!」

『いつまでも、穢れた『星』に関わってはいられぬし、今手放せば今度はアーレリオスのように『精霊神』どもや『星』も邪魔しに来るだろうしな。

 ……お前達も、いい加減に……?』


 鷹揚に顔を皇王陛下から、リオン達の方へ向けかけた『神』は、その瞬間目を見開いた。


「ウーーーー、ウオオオッーーー!」


 まるで獅子が吼えるような唸り声が、部屋に轟いたから。


 空間全てを支配するような獅子の咆哮(リーガ・ルッシード)

 ありとあらゆるモノを引き付ける挑発の雄叫びに、部屋中の人間、そして『神』の目視も一点に集まる。


 声の主――ライオット皇子へと。


 その、次の瞬間。


『な、なんだ!!!』


 シュッ!


 風を裂く音と共に、リオンがマリカの背後に現れる。

 足場も無い空中へ躍り出たリオンは、マリカの――いや、『神』の背中にしがみ付き、己の両腕で固く羽交い締めにした。


『お前! まだ……』


 光がまたマリカの周りに集まり、リオンを焼く。

 けれど、苦痛に歪みながらも、リオンはその腕を決して放しはしない。

 肩上の精霊獣がリオンを守る様に光を放っている。


「マリカを、返せ!」

『ええい! いつまでも遊びに付き合ってやっている暇はない!

 お前達も纏めて………』


 二人、いや三人の連携に、『神』の意識が逸れた。

 出来た時間は刹那。


 けれど、僕が杖を出し、精神を整え、狙いを定めるには十二分な時間を与えて貰った。

 ならば、後は狙い違えず射抜くのみ。


「シュルートスレローク!!」

『なに!!!』


 風を纏い、打ちだされた短剣は、放たれた矢のように一直線に飛翔する。

 マリカの額の緑柱石中央、黒点を正確に射抜き――打ち砕いた。


『がっ……』


 砕け散った破片が、星のようにキラキラと光になって煌めく。

 その中で、


『ぐ、ぐあああああっ!!』


 靄のような何かが、マリカの身体から引き剥がされるように離れ、サークレットが床に落ちた。

 眩しいまでに輝いていたマリカの身体から光が消えると同時に、浮かんでいた身体が落下する。


「うっ……」

「マリカ!」「リオン!!」

「大丈夫だ……。マリカ!?」


 マリカを抱えていたリオンが、空中で身体を抱え直して着地したので、床に叩き付けられることは免れたようだ。精霊獣はリオンをマリカに譲り、浮かぶ空中から周囲の様子を伺っている。


 心配そうにマリカを撫でるリオンの元へ、圧力が完全に消えたのだろう。

 ティラトリーツェ妃や皇王陛下、他の皇子やカマラも一斉に集まって来る。


 サークレットが離れた瞬間、マリカの頭から金髪は抜けるように落ち、元の、夜を宿したような艶やかな黒髪に戻っていた。

 抜け落ちた髪は床でほんの数瞬、揺れ、蠢いた後、空気中に溶けるように消えていく。


「な、なんだ? これは?」


 声を上げたケントニス皇子の見据える先。

 落ちたサークレットの裏側を見れば、細い錦糸のような、虫のような、金色の何かがウネウネと蠢いている。

 すぐにそれも消えていったけれども、あれがもしかしたらマリカを変質させていたものなのだろうか。


『やってくれたな……人間ども……』

「!」


 微かな声が、部屋の――どことも知れぬところから聞こえた、気がした。

 さっきまでのマリカの唇から紡がれた明瞭なものではない。

 遠く、遠く、ここではない場所から滲むように届く、微かな声。


『……暫く、それは預け…。

 言葉通り……育て……守れ……。三………』


 もう聞き取れないほどに小さくなった声を、必死で捕まえようとしてみるが……。


「う……」


 そんな思いは、一瞬で消え去った。

 首を苦し気に左右に動かしたマリカの眉が、ぴくりと揺れ動いたのだから。


「あ……、う……ううん……」


 リオンの腕の中、マリカはゆっくりとその瞼を開ける。

 輝いた瞳の色は、碧ではなく紫。

 僕達の――マリカの色だった。


「マリカ!!!」

「おか……あ……さ……ま? り……おん?」


 マリカの首に抱き付き、涙を流すティラトリーツェ妃。


 まだ状況が解っていないのか。

 それとも、身体にかけられた負荷に動かないのか。

 あるいは、その両方なのか。


 蕩けるような眼差しで笑みを浮かべた彼女は、また目を閉じる。

 けれど、呼吸はしっかりとしていた。

 心臓も、確かな律動でリズミカルに拍動している。


「良かった……。本当に良かった」


 張り詰めていた空気が、ようやく解けていく。

 安堵の息が幾重にも重なり、重苦しい部屋をゆっくりと満たしていった。


 正直、何がどうして、どうなったのか。

 今もなお、混乱の海を漂っているような気分だ。


 ただ、一つ確かな事は、マリカはここに在ること。

 我々の腕の中に残ったこと。


 でも今は、それだけで十分な気がした。

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