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皇国 フェイ視点 『神』の降臨 前編

 マリカがサークレットを額に乗せた瞬間、それは発生した。


 バチン!


 鋭く空気を裂くような音と共に、マリカの周囲で閃光が弾ける。

 眩い光が一瞬、部屋のすべてを白く塗りつぶした。


 マリカの額冠が、マリカごと激しく光り輝く。

 サークレットの中央、緑柱石の中心に黒点が浮かび上がる。


 まるで――

 額に穿たれた瞳のように。


「あ! うああああああっ!!!」


 空気を劈く悲鳴が轟くと同時、マリカの身体が金色の燐光を放つ。


 あまりにも神々しく。

 そして、あまりにも禍々しい光。


 その異様な光景に、誰もが息を呑む。

 何が起きたのか理解することもできないまま、僕らはその様子を一瞬、魅入られたように見つめていた。


 大神殿。

 『神』より『聖なる乙女』マリカに預けられた額冠――サークレット。


 その検証の場に立つことを許されたのは、本当に限られた存在だけだった。


 元皇女であるアドラクィーレが語るアーヴェントルクの秘事もあり、食事を終えた小応接間での検証となった。


 この場に残ることを許されたのは、三組の皇子夫妻と皇王夫妻。

 マリカの皇族の他は、マリカの護衛であるリオンとカマラ。

 そして僕と宮廷魔術師、文官長だけだ。


 他の者達は必要な時に呼ぶとして、控えの間に待機している。


 アルケディウスという国の中枢たる者達の前で、それは起きた。

 まず、サークレットを置いたマリカの頭上で小さな光が弾ける。


 最初、それは拒絶の閃光だと思われた。


 神の冠は、やはりマリカをも拒絶したのだと。

 誰もがそう思ったのだ。

 けれど、それはすぐに違うと解る。


 マリカの額に乗せられたサークレットは、奇妙な音を立てながら、マリカの頭にぴたりと填まった。


 まるで冠の方から、マリカの頭の大きさにその身を合わせたかのように。

 次の瞬間。


「イヤ!」


 マリカの悲鳴が部屋中に響き渡る。


「マリカ!」

「止めて! 私の中に入ってこないで!!」


 頭を押さえ呻くマリカの元へ、二つの影が弾けるように駆け寄った。

 リオンとライオット皇子だ。


「マリカ! しっかりしろ!」


 僕も我に返り、側へと駆け寄る。

 その時には既に、後ろから抱き留めてマリカを支えたリオンが、前に立つライオット皇子に叫んでいた。


「ライオ! サークレットを外せ!」

「解っている。だが……なんだ? びくりとも動かないぞ!」


 ライオット皇子が細いフレームに手をかける。

 しかし本当に、頭に根を張ったかのように。

 鍛え上げられた戦士の怪力を前にしても、サークレットは曲がりもせず、場所を動かすこともなかった。


「は………あ…ああっ!」


 ぴくぴくと痙攣を続けながら荒い息を吐き出すマリカ。

 その額に貼りついたサークレットが、さらに強い光を放つ。


 同時に、その場にいた全員が思わず目を向けた。


「な!」

「あ、ああああっ!!」


 マリカの黒髪が、サークレットの触れている場所から金を帯びる。


「なんだ、これは?」


 見えない筆が髪を染め変えていくかのように。

 瞬きの間に、マリカの頭部は昏き夜の黒から、眩い昼の金へとその輝きを変えていった。


「何が起きているのです?」

「マリカ?」「しっかりしろ!!」

『少し……黙れ』


 バチン!!


「くっ!」

「な、なんだ!」


 再び弾ける閃光。

 いや、それは閃光というより雷光に近かった。


 稲妻にも似た電撃がマリカに触れていた二人を弾き飛ばす。

 電撃はマリカ自身も焼いたのか。


「あっ……」


 サークレットを押さえ、何かに抗っていたマリカの手も身体も力なく崩れ落ちる。

 地面に膝から倒れ伏す筈だった身体を、リオンが必死に手を伸ばして支えた。


 でも――


「な、何だ。一体?」


 実際は支える必要は無かったのかもしれない。

 次の瞬間、マリカの身体は高く浮かび上がったのだから。


 まるで重さを持たない羽のように。

 あるいは翼を持つ鳥のように。


 大地の軛に逆らい、静かに空中へと浮かんでいた。

 気が付けば、テーブルも椅子も消え失せて。

 人以外のものが何もない空間。

 その中心で、重い声が紡がれる。


『控えよ』


 空中に浮かび立つマリカ。

 その額で青白い燐光を放つサークレット。


 その中央。


 緑柱石の黒点がぎろりと、音を立てて蠢く。

 次の瞬間、それは細く瞳孔を持つ目玉となって輝いた。

 同時に、巨大な電撃が部屋中に散り爆ぜる。


「くっ!!」


 頭から足先まで、全身を雷に打たれたかのような衝撃が走る。

 気をしっかり持っていなければ、膝をついてしまいそうだ。


「キャアア!」

「うわあっ!」


 悲鳴を上げて王子妃や皇王妃が膝をつく。

 第一、第二皇子も。

 カマラと王宮魔術師もだ。


 かろうじて立っているのは、ライオット皇子とリオン、僕に文官長。

 そして――

 マリカの前に怯むことなく立ち睨む皇王陛下だけだった。


『控えよ。人の子よ』


 それは、澄んだマリカの少女の声ではなかった。


 形容しがたいが――

 それは間違いなく男性的な特徴を持った、誰もが頭を上げられないほどの重量感を持つ声。

 上位者の声。


 やがて閉じられていたマリカの瞼が、ゆっくりと開く。

 マリカの瞳は深い紫色のはずだった。


 だが今、その瞳は額の緑柱石と同じ色――

 濃い緑に。

 何物にも侵されない碧へと変わっていた。


『伏して、拝せ。

 我こそは汝らが「神」と呼ぶモノ』

「何!」


『お前達に不死不滅を授けた全能の支配者である』


 誰も声を出せない。

 嘘だ、と言葉を紡ぐことさえできない。


 全身から放たれる黄金の光。

 抗わねば指先一本動かせないほどの圧倒的威圧。


 ただ対峙しているだけで、膝が震える。

 全身が震える。


 その言葉が事実であると、身体そのものが理解してしまっていた。


『何をしている!』


 ぶわり、と空間を飛び抜けるように、いきなり空中に白い塊が現れた。

 次の瞬間、それは一直線にリオンの方へと飛び、軽やかな動きで肩に飛び乗る。


「精霊神!」


 精霊神――とリオンが呼んだそれは、マリカが授けられたプラーミァの精霊獣だ。

 額の宝玉を紅く輝かせ、その瞳には不思議な光が宿っている。

 白く、毛玉のように愛らしい姿。


 だが、その口から発せられた声は、その姿からは想像もつかないほど低く、男性的な響きを持っていた。


『リオン! お前がついていながら、何故あれをマリカに身に付けさせた?』

「あれ? やっぱりあのサークレットのせいなのですか? あれは一体何だと?」


 精霊獣、と聞いてはいた。

 だが、まさかこうして人の言葉を話すとは思わなかった。


 思わず目を丸くしてしまう僕をよそに、リオンは焦る様子もなく、むしろ冷静に問い返している。


『まだ解らないのか?

 あのサークレットは『神』とこの世界を繋ぐ端末だ。

 マリカがサークレットを身に付けている限り、あの方は彼女を依代に、この世界に力を発揮できる』


「何!」


 思わず声が漏れる。

 それはつまり――

 今、目の前にいる存在は。

 サークレットを通して、マリカの身体を借りて現れているということか。


『ほう……。アレーリオス』


 リオンと精霊獣の会話に、それはゆっくりと顎をしゃくるように視線を下げた。

 マリカの姿をしているそれを見上げ、精霊獣は、獣の姿とは思えないほどはっきりとした声で応える。


『……お久しぶりです。我らが長よ』

『貴様、どうやって私の枷を外した?

 ああ、この娘だな』


 返事を待たず、一人納得したような笑みを浮かべる。

 その笑みはマリカの形をしているのに、明らかに異質だった。


 人のものではない。

 もっと冷たく、もっと残酷な――何か。


『この娘は素晴らしい。流石だ』


 ゆっくりと、楽しむように声が落ちる。


『五百年待っただけのことはある。

 真正の『乙女』

『星』が作り上げた最高傑作。

 この娘を手にした今、今度こそ私は『あれ』から、この星の全てを奪い取れる』

「ふざけるな!」

「マリカを離せ!」


 その言葉と同時に、二つの閃光が走った。

 ライオット皇子とリオンだ。

 床を蹴り、一直線にマリカへ――いや、マリカの姿をした存在へと飛びかかる。


『下がれ、無礼者!』

「うっ!」

「うわあっ!!」


 それは、軽く手を動かしたようにしか見えなかった。

 だが次の瞬間。


 この国最高の戦士二人は、なす術もなく弾き飛ばされていた。

 精霊獣も巻き込まれ、一緒に吹き飛ばされる。

 壁際まで叩きつけられ、重い音が響いた。


『まったく、貴様らは……』


 為す術もなく地面に転がされる二人と一匹。

 呻く彼らを、それは呆れたように見下ろした。


『いい加減、遊びを止めて我が軍門に下り戻ればいいものを。

 いくら諌められても、まだ解らぬようだな』


「俺は!」


 何かを言いかけたリオンを、ライオット皇子が片手で制した。

 そのまま、『神』と名乗った存在を鋭く睨み付ける。


「あの時も、その後も言ったはずだ。

 歪んだ不老不死。

 虐げられる子ども達。

 そんなものを、俺達は平和な未来として望んだ訳ではない。

 貴方は間違っている、と……」

『誰もが死の苦しみを味わうことなく、永遠に愛する者と生きる事ができる世界を。

 それを間違っているというのか……』


 ゆっくりと息を吐き出す。


『五百年の時をくれてやっても、なおそれは変わらないのか』


 呆れたように首を傾けると、それは視線を動かした。


『お前らも同意見か?

 そして変わらず私に叛旗を翻すのか?』


 お前達、とその視線の先には、リオンと、肩に乗る精霊獣。

 二人はどちらも口を固く結び、目を逸らしていた。


『相変わらず、愚かな子ども達だ。

 やはり『(あいつ)』が選んだ道は間違っている』


 まるで出来の悪い奴隷を躾ける主のような目で。


『これは、私が正してやらねばなるまいな……』


 マリカの身体が、軽く手を翻す。

 その瞬間。


「ぐっ!」

「うわああっ!」

「ライオット!」


 二人の身体が、地面へと押し潰されるように叩き付けられた。


 目には見えない。

 だが解る。


 彼らの頭上に、圧倒的な圧力が降りている。

 こうして側にいるだけで呼吸さえ許されないような『神』の怒りが、二人を押し潰しているのだ。

 ここに至って、僕は。


 いや、僕だけではない。

 この場にいるすべての者が理解していた。

 理解させられていた。


 目の前に在るのは――『神』。


 この世界に不老不死を齎した、今現在の星の支配者。

 それが、サークレットを通してマリカに降り。


 その身を使い、僕達の前に立っているのだと。

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