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皇国 神の『額冠』

 大聖都から預けられた、というか押し付けられた『聖なる乙女』の額冠――サークレット。


 多分、カレドナイトと銀か白金の合金で作られたそれは、薄青に煌めき、見ているだけで息が止まりそうなほど美しい。

 灯りを受ける度に、冷たい湖面のような淡い光が静かに揺れ、見る者の視線を吸い寄せて離さない。


 銀のワイヤーで翼のように繊細に編まれた両翼の中央には、大粒の緑柱石がはめ込まれている。

 人の瞳ほどもあるカボッションタイプ。

 それでいてインクルージョンも、傷もまったくない。深みと透明感を併せ持つ、吸い込まれそうなほど澄んだ碧だ。


 こんな見事な石、向こうの世界でも庶民の私は見たことがない。

 魔王城や王宮では多少見かけたけれど、それでもこれは間違いなく最高級品だと一目で解る。


 値段など、付けられない逸品。


 けれど……。

 これは……。


 これと、よく似たものを私は知っている。


「マリカ。

 このサークレットは『聖なる乙女』が身に付けられなかった品。

 『神』の額冠なのですよ」

「聖なる乙女が身に付けられなかった? それは……どういう意味でしょう」


 今回の話を仕切るのはアドラクィーレ様。

 各国の精霊神復活の話よりも先にしなければならないほどの、重要事項なのだろうか。

 大聖都が私に寄越したこのサークレットは。


 私の疑問を読み取ったのだろう。

 アドラクィーレ様は静かに言葉を続ける。


「これは、アーヴェントルクの秘中の秘。

 くれぐれも吹聴しないように。

 ……まあ、このサークレットが其方の手に渡った以上、もう隠し切れない事ですが」

「それは……勿論」


 多分、私がサークレットを預けてからの二日間で、他の皇族の方達には情報共有が済んでいるのだろう。

 部屋の空気は妙に張り詰めている。

 誰も軽く口を挟める雰囲気ではない。


 アドラクィーレ様は語り始めた。

 私と、私の配下達に知らせる為の話を。


「それは、勇者アルフィリーガが魔王を倒し、世界に不老不死が齎されて、本当に直ぐの事。

 混乱の三十年と呼ばれる時、その黎明。

 アーヴァントルクに大聖都から要請の文書が届いたのです」

「要請? 何の要請、ですか?」

「『神』に仕える『聖なる乙女』を神殿に遣わすように、です。

 多分、プラーミァにも届いたのではなくて? ティラトリーツェ?」


「届いていたとは思います。

 ですが、私はもうその頃にはライオット皇子に嫁ぐと決めていたので、無理強いはされませんでした」


 ティラトリーツェ様はきっぱりと答える。

 迷いのない声音だった。

 ライオット皇子は愛しげに妻を見つめている。

 けれど、その瞳の奥にはどこかバツの悪そうな色が滲んでいた。


 そう言えば聞いたっけ。

 大聖都で『神』に仲間を殺されたも同然だった皇子は、混乱の三十年、不老不死を得ずに死ぬと決意し、結婚も断り続けていたと。


「『乙女の舞』は元は国で守護神に感謝と力を捧げるものでした。

 それに魔王討伐後、不老不死を与えたもうた神への感謝を捧げる役目が加わったのです。

 各国共に不思議に生まれる子どもは王子、皇子が多く、不老不死発生時点で未婚の姫がいたのはアーヴェントルクとプラーミァのみ。

 プラーミァに断られた事もあったのでしょうね。

 大聖都はアーヴェントルクに『聖なる乙女』を大聖都に捧げるように、と願い出て来たのです」


 当時、七国で唯一、二人の未婚皇女を擁していたアーヴェントルク。

 元が農産物に恵まれていない貧しい山地の国だったこともあり、自国の精霊神よりも、食を必要としない不老不死を与えた神に他国より強い感謝の念を抱いていた。


 急激に力を増した『神殿』のバックアップを約束した要請に二も無く頷き、姫君の一人を神殿に捧げる事となった。


「『聖なる乙女』に選ばれたのは第一皇女で正妃の娘。アンヌティーレ皇女でした。

 国には他に正嫡の王子が一人。妾腹の皇子が三人と皇女が一人いたので、一人を神殿に捧げても問題ないと父皇帝は思ったのだと思います。

 当の皇女も、神に仕える聖女。巫女姫として世界中から崇められる存在になる。

 と、結婚ができなくなることにさしたる憂いもなく、自らの立場を受け入れて『神の乙女』になることを喜んでいました。

 ですが……」


 思い出す様にアドラクィーレ様が息を吐く。

 その吐息には、今でも消えない苦い記憶が混じっているようだった。


 きっと、大神殿やアーヴェントルクの思い通りにはいかなかったのだと解る。


「大神殿で行われた『神の乙女』になる為の洗礼の儀式で、それは起こりました。

 神の花嫁の証『額冠』を神官長から授けられた瞬間、

 『額冠』は弾ける雷光を放って『乙女』を拒絶したのです」

「え?」

「額に『額冠』を乗せる事さえ叶いませんでした。

 冠に拒絶された『乙女』は意識を失い、儀式は中断されたのです」


 私は思わずサークレットに目をやってしまう。

 静かに輝いているそれは、先ほどまでと何も変わらない。


 けれど今は、ただ美しいだけの宝飾品には見えなかった。


「それは……このサークレットだったのですか?」

「おそらく。

 私は直接触れる事も被ることもなく、姉上の侍女として付き添い、身支度を手伝い、側で見ていただけですので確証はありませんが。

 同じものだろうと私は見ています」


 アドラクィーレ様はその場に立ち会っていたんだ。

 でも、世界の聖女となる筈だった皇女が『神』に拒絶されたんじゃ、面目丸つぶれのような気がする……。


「幸い、儀式は最奥で為されたので『乙女』が『神』に拒絶された儀式を知るものは両手に足りない程度。

 徹底的な口止めが為され、儀式の失敗は秘されました」


「失敗の理由は?」


「解りません。

 既に『乙女』ではなかった、という理由が一番濃厚でしたが姉上は当然否定しています。確かめる事ができるものでもありませんし」

「そう……ですね」

「不老不死になっていたから、『神』が姉上をお気に召さなかった。

 どれもあくまで推論です。


 『神』は理由を明かされず、御意志も表されなかった、と聞いています。

 少なくとも、神官長は理由を語られませんでした」


『神』に拒絶された『聖なる乙女』か。

 色々、心中複雑だろうなあ。


「とはいえ、その時点で『聖なる乙女』は姉上しか存在しなかったのも事実。

 アーヴェントルクは事の隠ぺいを命じられ、表向き儀式は成功したことになりました。

 国から大聖都に『乙女』を移すことはされず、年に二回夏と新年の儀式の時に『乙女』を派遣。姫舞を大神殿に奉納する事となりました。

 税金の永久半額免除と引き換えに」

「姫舞は拒絶されなかったのですか?」

「ええ、あくまで『額冠』を身につけることだけだったようです。

 以降五百年。

 アーヴェントルクのアンヌティーレ皇女は『神の乙女』『星の聖女』として世界中から崇められてきました」



 そこで、言葉は途切れ、全員の視線が私に注がれた。


 部屋の空気が、わずかに変わる。

 さっきまでの昔話めいた語りとは違う。

 これは――今、この場の問題だ。


 五百年、たった一人の存在であった『聖なる乙女』に、いきなり今年、私が加わった。

 しかも、勇者の転生を助けるという『奇跡』をやらかし、封印されていた『精霊神』を復活させたのだ。


 新年のあれは単なる人命救助だけれど、見ていた人達がそう思っていないのはもう解っている。

 そして『精霊神』復活は言い逃れのしようもない。


 場の空気は静かだったけれど、その沈黙の重さが肌に刺さるようで痛い。


「アンヌティーレ様がお国で舞われた時はどうだったのですか?

 精霊石の反応は?」

「薄ぼんやりとした光は宿っていますが、それだけですね。

 私が一度だけ舞った時もほぼ同じ。姉上の時より光は少し強かったようだ、と思っているのは自惚れが過ぎるでしょうが……」

「だからだな。アーヴェントルクから急に其方の婚姻の申し出があったのは」

「ええ。

 私には以降、機会は与えられませんでした。姉上の地位を脅かしてはならぬという、父皇帝の御心でしょう」


 皇王陛下が寂しげに微笑むアドラクィーレ様の言葉に息を吐く。


 そっか。


 万が一、妾腹のアドラクィーレ様が額冠に拒絶されず『聖なる乙女』になってしまったら、姉姫の面目はさらに粉々になる。

 世界唯一の『聖なる乙女』の立場を守る為に、アドラクィーレ様は隣国に嫁に出されたんだ。


「その『額冠』。

 皇王陛下に事情をお話しし、私が身に付けようとしてみましたが手にした時点でパチパチと小さな雷鳴が弾け、手に取る事さえできませんでした。

 ティラトリーツェ、メリーディエーラも同じ。

 やはり資格無き者には身に付ける事はおろか、手に取ることさえ許されないのでしょう」

「私には資格がある、と?」

「確かめる為に身に付けてみなさい、と言っています。

 大聖都が今迄、一度も外に出さず、儀式の時も模造品を使っていた神の秘宝とも言える『額冠』。

 それをあっさりと其方に渡した時点で、大神殿が其方を『真実の聖なる乙女』と見込んでいるのは解っています。

『真実の聖なる乙女』が『額冠』を身に付けたらどうなるのか。

 私は確かめたいのです。

「だが、義姉上よ」


 今まで沈黙を守っていたお義父様(ライオット皇子)が声を上げる。


「『額冠』がマリカをも拒絶したらどうする? 危険ではないのか?」

「拒絶されても数分意識を失うだけの事です。

 姉上に後遺症は残りませんでした」

「それは不老不死者だったからだろう?

 マリカは不老不死を得ていない子どもだ。

 危険度は高いぞ」

「ですが『額冠』を渡された以上、それを身に付けずに済ませることはもうできないでしょう。

 拒絶される、もしくは何か別な事が起きるにしても早いうち。

 そして身内だけであるなら隠蔽、対処も可能。

 儀式の直前や最中に思いもかけぬ何かが起きたら、それこそ取り返しがつかないことになるかもしれませんよ。

 これはマリカの身の安全を守る為でもあるのです」


「それはそうだが……」


 アドラクィーレ様の言葉は正論かつ事実。


 でも――


 正直、怖い。

 怖すぎる。


 このサークレットは、私が子どもの頃に持っていた品というものと、あまりにも似すぎている。

 色合いも形も雰囲気も。


 隠匿していた大貴族から取り戻し、魔王城に持って帰った時、

 魔王城の守護精霊(エルフィリーネ)は言ったのだ。


 身体に負担のかかる、思いもよらぬ危険が起きる可能性がある、と。

 みんなに相談しておけばよかった。


 私のものであるからと、出所も問わず右から左に返して下さったお二人は、まさかサークレットを身に着けることが危険に繋がっていたかも、なんて思いもよらないに違いない。


 リオンやフェイにも言わなかったから、彼等にも止める理由がない。

 魔王城の事や私の正体を知らせられない以上、拒絶できない。

 私の不安、葛藤の理由を知るよしもなく、皇王陛下は命じる。


「マリカ。身に付けてみよ」

「皇王陛下!」「父上!」


 私は目を閉じる。

 アルケディウス最高権力者の決定が下ったら、もう逃げられない。


「確かに、神殿で『神』の使徒達の中で事が起きるよりは、身内しかいないこの場であった方が対処もしやすい。

 不安材料は早めに潰しておく方が良いだろう」

「……解りました」

「案ずるな。拒絶されても直ぐに手をうつ」


 皇王陛下は拒絶される不安を案じて下さっているのだろうけれど、正直、拒絶されて終わりになるのならまだ良い方だ。


 この不安は誰とも共有できない。


 一度だけ振り返ると、壁沿いに心配そうなリオンとフェイの顔が見える。

 不安を隠すように、私は精一杯の空元気で微笑んだ。


 そして――

 サークレットを手に取る。


 冷たい金属の感触。

 けれど、不思議なほど軽い。

 今のところは、何も起こらない。


 アドラクィーレ様達は手に取る事も出来なかったというけれども、拒否の電撃が弾けることも無い。


 私は大きく深呼吸。

 意を決して、冠を頭に乗せた。


『……見つけたぞ!』


 次の瞬間。


 頭の中で――バチン!

 閃光が弾ける。


「あ! うああああああっ!!!」

「マリカ!!」


 拒絶の雷光、と呼ばれるものかと思った。

 けれど、そうではない。


 むしろ逆。

 少し大きめに思っていた冠が、唸るような音と共に私の頭にぴたりと収まり、額に貼りつく。


 そして同時に。

 冠から、何かが私の頭の中に喰い込んでくるように感じた。

 見えないけれど。


 前に、プラーミァの精霊の間で、精霊神アーレリオス様にやられたのと同じ感覚。

 金の触手が貼り付けられ、脳の中に入り込んで記憶を盗んでいった。

 あの時とよく似ている。


『抵抗するな。全てを受け入れろ』


 髪の毛も頭蓋骨も、全部無視して伸びて来る無数の『何か』。


 それが私の中に入り込み、侵食していくのが―

 はっきりと『解る』。


 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。


 吐き気がする。

 頭が割れる。


 比喩ではなく、メリメリミシミシと音を立てて「私自身」が砕かれそうだ。

 異物が私の中に、音を立てて侵入して来る。


 止められない!


「イヤ! 止めて! 私の中に入ってこないで!!!」

「何が起きているのです?」

「マリカ?」「しっかりしろ!」


 目の前はホワイトアウト。

 私の眼球には何も映らない。


 がくん、と足の力が抜ける。

 膝が落ちた。


 必死でサークレットに手をかける。

 外そうとした。


 けれど――

 細かい根が張られたかのように固い。


 まるで動かない。


『……少し黙れ……』


「キャアアア!」

「マリカ!」


 微かな声が耳に届く。


 その瞬間。

 頭の中――いや、身体全体が。


 電気ショックを受けた様に激しく揺さぶられた。

 ドクン。


 全身が巨大な心臓になったように拍動する。

 崩れて床に倒れる筈だったのを、誰かが支えてくれた感覚はあった。


『お前は……私のものだ……。

 今度こそ……逃がさない』

「……あっ……」


 怪しげな光が輝き、思念が私に絡みつくように響く。


 それが――

 最後の記憶。


 私の意識は、ぷつりと切断された。


(誰か……、助け……て。

 リオン……、た……す……け……)


 真っ白で、真っ暗な闇底に堕ちていく。

 沈んでいく。


 助けを求める言葉を、声にできたかも解らないままに。

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