大聖都 帰宅の喜びと……
水の二月 最終週。
私は二か月間の旅を終えて、アルケディウスに帰還した。
城門を馬車で潜ると――
「!」
新年の参賀や、戦の帰還の時と同じように、ファンファーレと沢山の人の笑顔が私を迎えてくれた。
新年の時は皇王陛下達と一緒だったからだと思っていたけれど、今回は私一人。
でも変わらない。
むしろより熱が籠った歓迎に、胸が熱くなる。
私を皇女として受け入れ、帰還を祝ってくれる民の思いが嬉しくて、私は出来る限りの笑顔で手を振って応えた。
門の内側に満ちる歓声。
振られる手。
花びらのように舞う布や飾り。
その全部が、長い旅の終わりを祝ってくれているようで、目の奥がじんわりと熱くなる。
ちゃんと帰って来られた。
無事に戻れた。
そう実感した途端、こみ上げてくるものがあった。
中央大路から貴族門をくぐり、アルケディウス王宮へ。
二か月しか離れていないのに、本当に何もかもが懐かしかった。
アルケディウス王宮の正門前に馬車は到着する。
大聖都やプラーミァ、エルディランドの王宮などと比しても、やっぱり引けを取らない美しい宮殿だな、と思う。
見慣れた白い石壁。
磨き込まれた階。
整えられた庭と噴水。
異国の華やかさや壮麗さも確かに凄かったけれど、私にはやっぱりここが一番しっくり来る。
帰る場所、というのはこういうものなのだと、改めて思った。
正門をくぐり、大広間に入れば、使用人達がいつものように身動き一つせずに跪き、出迎えてくれた。
絨毯の上を俯かずに歩き、最奥で待つ皇王陛下の元へ。
横には皇王妃様。
赤ちゃんを抱いた第三皇子と皇子妃だけではなく、第一皇子夫妻、第二王子夫妻の姿も見える。
「皇王陛下」
前に進み出て、膝をつく。
「アルケディウス皇女 マリカ。
ただいま戻りました」
「うむ、二か月の長旅ご苦労であった。
両国から、其方の活躍に感謝する旨の文書が其方を追い抜いて届いている。
……随分と、大活躍だったようだな……」
「……ご心配をおかけして申しわけありません」
微かに鼻を鳴らした皇王陛下は、顔を合わせられず下げた私の頭をぽんぽんと、優しく撫でるように叩く。
そしてエスコートするように、私を立たせて下さった。
「よい。二国はどちらも新たなる道、いや歴史を選び歩み出した。
其方は五百余年の停滞を吹き払う新たな風となったのだ。誇るが良い。
流石は我らが娘。
精霊神に愛されし『聖なる乙女』だ」
「皇王陛下……」
皇王陛下が私を見つめる瞳は優しい。
『聖なる乙女』と呼ばれるのは、嬉しい事では無いけれど。
心の底から私を認め、誇って下さっているのが解るから、それは素直に嬉しかった。
大聖都で向けられたそれとは違う。
役目でも、記号でも、都合の良い偶像でもない。
ちゃんと私を見た上で、娘として、家族として誇ってくれている。
その違いが解るからこそ、胸の奥がじんとあたたかくなった。
「まあ、それと色々やらかしてきた孫を心配する思いは別だがな。
……疲れている所悪いが、早急に確認しておかねばならないことも多い。
通信鏡では確認できなかった事、大聖都での話を含め、全部聞かせて貰うぞ」
「はい」
「まずは晩餐会までゆっくり休め。
久しぶりに両親に甘えるがいい」
「ありがとうございます」
「ライオット、ティラトリーツェ。
長旅の間、無事、誰一人欠かすことなく守り、職務を終えた立派な娘だ。
説教は後にしてやれよ」
私の手を第三皇子の前で放した皇王陛下が片目を閉じる。
説教はするな、ではないんですね。
解ってます。ぐっすん。
「新年の参賀の時以上に、またやらかしてきたな。其方は」
「お父様」
ライオット皇子はわざとらしく肩を竦める。
「本当に。
何故大人しくできないのやら。まあ、それが貴女……ですね。
もう諦めました」
「お母様」
ティラトリーツェ様は大きく息を吐き出しながらも微笑んで、腰をかがめると私の前に赤ちゃんを差しだした。
「ほら、レヴィ―ナ。
お姉ちゃんが帰ってきましたよ」
「………?」
「レヴィ―ナ……ちゃん」
まあるい、大きな水色の瞳が私を見つめ、手を伸ばす。
「ただいま……」
小さな身体を受け取った私は、頬を寄せた。
人見知りせずに、素直に抱っこさせてくれる優しいいい子だ。
伸ばされた手が私の頬に触れて、体温が伝わる。
ぽろん。
涙が零れた。
ああ、やっと私は帰って来たんだ。
どうやら、自分で思っていた以上に、色々と溜まっていたようだ。
吸いあげられるように、すっと何かが心の中から溢れて来て止まらない。
怖かったこと。
張り詰めていたこと。
帰るまでは泣かないでいようと、どこかでずっと踏ん張っていたこと。
そんなものが、レヴィ―ナちゃんのぬくもりに触れた途端、一気にほどけてしまった気がした。
「……しょうがないな。ティラトリーツェ」
「はい」
自分が抱っこしていたフォル君と、私が抱っこしていたレヴィ―ナちゃんをお母様に渡して、
「わっ!」
お父様が私を抱き上げて下さる。
「晩餐会まで少し休め。
お前は疲れているんだ」
「そうですね。今はゆっくり休みなさい」
「……はい、ごめんなさい。ありがとうございます」
幸い、第一皇子夫妻も、第二王子夫妻も
……特に、アドラクィーレ様は何かを言いたげであったのだけれども。
今は声をかけずにいて下さって。
私達は控えの間の一室で、晩餐会まで家族水入らずの時を静かに過ごした。
心が大人でも、身体が子どもだと、思いとか引きずられてしまうのだろうか?
それでも十一歳なんだから、そんなに甘えちゃいけないと思うのに。
我ながら、情けないな。
「ほらまた余計な事を考える」
……と思う私の心を読んだように、お母様の腕が私を抱き寄せて下さった。
「二か月もの間、多くの人員を率いて異国を旅し、重大な役目を成し遂げたのです。
少しくらい、ただの子どもに戻って甘えていいのですよ」
「悪いが、甘えさせてやれるのは今だけだ。晩餐会が始まったら多分、それどころではないからな」
「……はい」
お父様とお母様に守られて、子どもとして甘えて、可愛い盛りの双子ちゃんと戯れる。
二国の旅が楽しくなかった訳ではけっしてないけれど。
それは、本当に幸せなひと時で、やっとアルケディウスに、私の居場所に帰ってこれたんだと安堵した。
緊張も、怖さも、責任も、一旦だけ脇に置いて。
家族の中でただ抱き締められて、笑って、息をつける。
そんな時間がどれほど有り難いものか、今はよく解る。
帰ってきたのだと、身体の奥まで染み込むような安堵だった。
ちなみに晩餐会の料理は、皇王陛下達にも、皇子夫妻にも大好評を博した。
流石ザーフトラク様。
お米炊きは初めてのミッションだった筈なのに、炊き加減も完璧。
おむすびはまあ、男の人らしく、ちょっと硬めだったけど、パンと違う触感を楽しんで頂けたと思う。
メインは和風照り焼き風ハンバーグ。
ハンバーグは『新しい味』の定番だけれども、ナツメグで臭みを消し、醤油と酒でとろみをつけたそれは、今までのものとはちょっと別次元で。
『新しい味』に慣れた皇王家の方々も唸らせたのだった。
今回はソーハ、大豆も茹でてサラダと煮物に使うくらいしかできなかったけれど、時間が取れたら今度、ザーフトラク様とゆっくり研究したい。
豆腐、厚揚げ、油揚げ、豆乳に湯葉。
作ってみたいものは山ほどある。
料理の話になると、少しだけ心が軽くなる。
大聖都でのことも、神のことも、サークレットのことも重いけれど。
それでも新しい食材や味の可能性を考える時だけは、純粋にわくわくできる。
それが今の私には、ちょっとした救いだった。
プラーミァのお土産の果物は、残念ながら永くはもたなくておおよそ使ってしまったけれど、ココナッツミルクと乾燥ファインたっぷりのパウンドケーキはとっても美味しくできていた。
あと目玉はアルケディウス初公開のバニラ。
バニラアイスは香り高くて、向こうでも滅多にないくらいの美味だと思う。
特に女性陣がうっとりとした顔で召し上がって下さった。
「マリカ。
夏の戦は私が準備その他を担当します。
今回の料理を主軸に献立の立案を」
「かしこまりました。アドラクィーレ様
「社交シーズンの始まりを告げる大事な場です。遺漏の無いように頼みます」
「全力を尽くさせて頂きます」
美味しい食事をしながら嫌な話はできないものだ。
だから、大聖都の時と同じように晩餐会は終始和やかに。
ココの実を獲った時の話や、バニラを発見した子どもの事。
エルディランドの醤油やお酒の醸造の様子などを交え、スムーズに進んだ。
第二皇子トレランス様は、お酒……日本酒、エルディランド酒とでも呼んだ方がいいのかな?
が酒精として気に入ったようで、ゲシュマック商会に個人的に輸入を頼むおつもりらしい。
王家の御用達みたいに、箔が付いていい流れになればいいと思う。
こうして旅で得たものが、ちゃんとアルケディウスに根を張っていく。
それを見ると、今回の旅は大変だっただけじゃない、確かに意味があったのだと少し救われる。
料理も、食材も、技術も、ちゃんと次に繋がっていくのだ。
食後。
「どうぞ。エルディランドからお土産に頂きましたテアの新物でございます」
「ありがとう。流石、良い香りね」
「プラーミァからも、エルディランドからもたくさんお土産を頂いております。
もし失礼でなければ後で献上させて頂けませんか? 皇王妃様」
「楽しみにしていますよ」
丁寧に、スーダイ王子から教わった淹れ方でお茶を入れた私は、大聖都と同じように、まず精霊神復活の顛末を話すつもりだった。
「マリカ。
このサークレット。つけてみなさい」
第一皇子妃 アドラクィーレ様が、一言。
私に大聖都から預かったサークレットの箱を渡して、そう告げるまでは。




