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大聖都 精霊との内緒話

 大聖都での午餐会を終えたその日の夜。

 私は寝所でこっそりと本を読んでいた。


 もう夜の刻は過ぎているから、早く眠れと言われるのは解っている。

 けれど、どうしても気になることがあったからだ。


 部屋に戻って寝支度を整え、侍女達を部屋から出してから探してみれば、ここは大聖都の賓客用エリア。

 整えられた部屋の一角に、それは簡単に見つけることができた。

 向こうの世界でもホテルとかにけっこう置いてあったりするもんね。


『聖典』


 この世界の聖書のような、神の教えが描かれた本である。


 私は魔王城にいた頃、当時のガルフにこの本を持ってきて貰った。

 比較的小さな手書きの本は比較的手に入りやすいとは言っていたけれど、羊皮紙の本なので金貨数枚はしただろうと後で思う。

 高額銀貨数枚の植物紙本も出回り始めているというけれど、一般人にはまだまだ高価だ。

 識字率が向こうの世界と比べると比較にならないくらい低いから、本を読む人そのものがまだ少ないのだろうけれど。


「エル・フェイアルス」


 燭台の蝋燭に火をつけてベッドサイドに置くと、本を広げた。

 ピュールは私の布団の中に猫のように潜りこんで寝ている。

 ふわぬくで気持ちいいけれど、今は浸っている場合じゃない。


 私は本を広げた。


 魔王城で読んだ時に思ったけれど、この『聖典』は聖書で言うところの新約と旧約が一冊になっている感じだ。

 アルフィリーガ伝説が新約部分にあたるなら、前半は旧約部分。

 天地創造と、神と従属神の物語が描かれている。


 うーん。

 のっけからいろいろおかしい。


 最初に星があり、光を司る大神が夜昼を分かち、七つの従属神が力を発揮し、大地に生命を生み出した。

 そして従属神は人間と交わり、関わり、導いたとある。


 奔放な性格に描かれているのは七人。

 この場合は七柱とでも言うのかな?

 精霊神だ。


 人々を愛し、導きながらも、思考や能力の違いで一緒に生きられず不幸にしてしまう話が多い。

 それを諌めるのが大神。

 ギリシャ神話だったらゼウスみたいなポジだと思うけれど、この大神だけは神の世界から人々を見守る優しい存在として描かれている。


 この大神が『神』、ということなんだろうけれど。

 でも、『神』の出現は魔王降臨の後からじゃなかったのかな?


 読み進めるほど、胸の奥にもやもやした違和感が積もっていく。

 知っていることと、本に書かれていることが、少しずつ、でも確かにずれている。


「でーも、この神々色々勝手!

 自分を信じないからって言って、大地からの恵みを全て奪っちゃうとか、人々を一日で全部滅ぼしちゃうとか、なにやってんの?」


 思わず声に出た。


 特に夜の神が色々と厳しい。

 自分の国を民が言う事を聞かない、と岩だらけにしちゃうとか。

 元が死と眠りを司る存在らしいので、手放しの信仰が得られにくいのもあったのかもしれないな。

 その後、聖なる乙女に諌められて岩から恵みを齎すようになったらしい。


 聖なる乙女、というのは精霊神の寵愛を受ける巫女で、各国の始祖を生み出した存在。

 神には寵愛を授かって、子どもを産んでも『乙女』らしい不思議。


「火の神は好色神だね……。

 巫女姫以外にも気に入った女性に手を出しては、子どもを産ませてる。

 うわー、アーレリオス様そういう方だったんだ?」


『失礼な! 冤罪だ!』

「あ! アーレリオス様? 聞いてらしたんですか?」


 ベッドの中に潜りこんでいたピュールがぴょこんと顔を出し、太い声で抗議し出した。

 今の声はプラーミァの精霊神、アーレリオス様だろう。

 前にもあったし、この精霊獣はアーレリオス様の端末で、向こうから繋がるのは知っている。

 額の石がぴこぴこと光って、目が薄い虹の被膜を宿していた。


 でも。


「一体どういう仕組みになってるんですか? ピュールとアーレリオス様の接続って。

 ピュールが普通の小動物だと思ってるから、私寝所に連れて来てますけど、まさかずっとアーレリオス様が見ていて、私の着替えとか覗いて?」

『たわけ! 其方まで妙な冤罪をかけるな!?』


 怒ったように、ピュールは顔を上げ、ぶんぶんとお尻を動かす。


『基本は音声しか繋がらぬし、其方が言う通り表層は無害な獣。

 私は関与しておらぬ。

『神』についてや特殊事情が聞こえた時のみ、短時間映像を拾うだけだ。

 其方らの私生活を見るなど余計なリソースは使わぬわ!』


 精霊神様と映像が繋がっている時は、見れば解るようにしてあるとおっしゃる。

 額の石の輝きと、虹の瞳がそれかな?


「なら……いいですけど」


 我ながら、不信感が視線と声に混じっていたのだと思う。


『そもそも、私の好みはもっとだな……。いや、違う。そういう話をしているのではないのだ』


 墓穴になりかけた穴を一生懸命埋めて、アーレリオス様は話を続ける。


『我々が人の形をとった目的は、人々の生活を助ける為。

 精霊の力を効率よく人世に送り、使う方法を授ける為。

 変な欲望の為では断じてない。

 我が力を受け止める存在を探すことはしたが、誰彼構わず子を産ませたなどというのは冤罪だし、基本的に私の子を宿したのは王族の始祖、『聖なる乙女』のアリシャだけだ』

「基本的に、ってことは他の女の人にも手は出したんじゃ……」

『違う!!』


 必死で言い訳するアーレリオス様によれば、『精霊神』が分身である子どもを作る事そのものが、大量の力を消費する事なのだそうだ。

 故に子どもが宿ったら、その子の成長に全力を注ぎ、生まれた後は彼らに任せて回復の眠りについた、と。


『アリシャには後の世で言う『魔術師』のような形で身体を作り変えて子を産ませた。

 かなり無理をさせたと今でも申し訳なく思ってはいるが……』

「アーレリオス様……」


 その一言に込められた悔いの色が思ったより深くて、私は少しだけ眉を寄せた。


『人の身で『精霊』の力を宿すのは身体に著しい負担をかけるのだ。

 それを減らすには身体を作り変える事になるが、そうすると人間の軛から外れてしまう。

 愛しい子らにそんな負担をそうそう強いるわけにはいかぬ。

 そも、我々は子ども達を直接害することはできない。間接的なら不可能では無いが、積極的に『そう』しようとする精霊などおらぬ』


「じゃあ、この本の話はデタラメ?」

『無論。

 我々『精霊神』の立場から見れば名誉棄損ものだ』

「つまり……」


 なんとなく、解った気がする。

 ばらばらだった違和感の欠片が、少しずつ線で繋がっていく。


「この聖典は後の世に、人間、もしくは神の手の者が偽造したんですね?

 人々に『不老不死を与えた』以外何もしていない『神』に、箔というか権威を付ける為に」

『おそらくは、そういうことだろう』


 魔王降臨の後に『神』は姿を現した。

 一時期『精霊の貴人(エルトリンデ)』と同格扱いだったらしいから、そんなに高く見られていた訳でもないのだろう。

 それが魔王を滅ぼし、世界に光を取り戻し、不老不死を与えたことで、一気に唯一神に躍り出た。

 この聖典は、その『神』に背景と崇める理由を付ける設定資料集なのだ。

 勇者アルフィリーガを自分の配下に書き換え、他の神も部下に取り込んで。


 神々はその奔放さを大神に諌められ、子どもを残した後、神の世界に戻り眠りについた。

 彼らに代わり、大神が現身を作り出して地上に降り『神』となった。

『神』は人に精霊術を与える為の精霊石を授け、王族以外にも精霊の力を使う事ができるようにした。

 そして人世の人間を信じ、見守り、他の神のように無体をすることなく、今も守っているのだという。


 ……綺麗にできすぎている。

 綺麗に整いすぎていて、むしろ作り話の匂いがする。

 そう思ってしまう自分がいた。


「各国の王族は実際に『精霊神』の流れを汲んでいますから、事実に近い所を知っていますよね」


『おそらく、な。

 聖典をそのもの鵜呑みにしてはおるまい。

 だが『精霊神』も性質、性格は様々だ。

 人を優しく見守るだけでは無い者もいる。

 そういう輩に困らされた者達の中には、『精霊神』よりも『神』を頼りにする者もいたかもしれん。

 夜のあいつなどは陰に籠りがちでもあったし、聖典と似たようなことが実際にあったとも聞いている』


「『七精霊神』って皆さん男性神なんです?」


 私の問いに獣の顎が下に動いた。


『別にこの状態に性別の括りがあるわけではないが、どちらかというと男性寄りだ。

 人間に子を孕ませなければならなかった関係上、受肉の為の肉体は男性体だったしな』

「孕ませ……」

『事実なのだから仕方あるまい。

 他の者は知らぬが、私は『妻』として『巫女』として大切に遇したつもりだぞ』

「解ってますけど……」

『今の王太后とよく似たいい女でな……』

「のろけはまた今度お願いします」


 少しずつ、色々な事が繋がってきた。


 前にちらっと、神官長も言っていたけれど、今の『神』は人に『不老不死』以外のものを与えない。

 姿を見せることもなく、何か目的の為に人から力や気力を搾取し続けている。


 そんな『神』が、人々が活力を取り戻す食事の推進や、『神』がおそらく邪魔で封じていたであろう『精霊神』の復活を望む理由は……。


 パタン。


 私は聖典を閉じて、ベッドサイドのテーブルに置いた。


『マリカ?』


 心配げに私を見つめる紅い瞳に、私は首を横に振って応える。


「魔王城にもどってからにします。

 悩むのは。

 私には判断する為の知識が足りないので、皆と相談してから……」


 一人で悶々と悩んでいても仕方ない。

 リオンやフェイ、アル。

 できればお父様(ライオット皇子)お母様(ティラトリーツェ様)も交えて相談しよう。


 今ここで無理に答えを出しても、きっと思い込みで走るだけになる。

 それは駄目だ。

 私一人の問題じゃない。

 皆のことに繋がる話だからこそ、ちゃんと考えたい。


「アーレリオス様は魔王城の守護精霊はご存知ですか?」

『『星』の補助精霊(エルフィリーネ)であろう?

 多分、旧知ではある』

「彼女も、言えない事があると言っていました。

 でも、辿り着いた答えを否定する事はしないでくれているんです。

 だから、聞いてみます。

 それからみんなで考えます。このまま事業を進めていいのか、他の精霊神様を助け出していいのか……」

『ああ、それでいい……。

 だが、無理はするなよ。『精霊の貴人(エルトリンデ)』』


 額の石の光が消え、多分アーレリオス様が離れたのだろう。

 ピュールの瞳が無垢な獣のものに戻ったので、私は胸の中に抱きしめた。

 小さな体はあたたかく、やわらかくて、少しだけ強張っていた心がほどける。


 燭台の灯りを消して横になる。


 神。

 精霊。

 精霊神。

 聖なる乙女。


 色々な事で頭がごちゃごちゃだけれども、とにかく明日はアルケディウスに、そしてもうすぐ魔王城に帰るのだ。

 今は、それだけを楽しみにしていよう。


 問題を先送りにしているだけだと解っているけれど。

 何も問題は解決していないと解っているけれど……。

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