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皇国 剣の無い決闘 後編

 比較的穏やかと言えた食事会の後、私は通信鏡で皇王陛下やお父様達と打ちあわせた通りの説明を行った。

 全ては『精霊神』のお力。

 私という存在はただ、外部からの最後のきっかけとして力を捧げたに過ぎない、と。


「一度受肉で大量の力を消費した神々は、死んだわけでなく、眠りについていただけで、五百年という時を経てゆっくりと力を取り戻しておられたようです。

 封印さえ無ければ、きっともっと早くにお力を示されていたことでしょう」

「魔王の封印というのはそんなに簡単に解けるものであったのか?」


「封印も永い年月を経て弱まっていたのではないでしょうか?

 私は子どもですが、神に呼ばれた聖域で、直接力を捧げた事により精霊神様が、ご自分で封印を破られたのですから」


 あくまで封印をかけたのは魔王ってことにしておきたいんだね。

 呆れるけど、神官長のシナリオをここは敢えて否定はしない。

 藪から蛇を出したくないし。


「其方は……『精霊神様』を見たのか?」


 この質問は大司祭の一人から。

『神殿』が崇めるのは主神であるところの『神』だけだけれど、『精霊神』は『神』に仕える従属神として聖典にも載っている。

 決して侮る事のできない存在であり、『伝説』なのだろう。


「はい。プラーミァの精霊神様とエルディランドの精霊神様、その両方とお会いし、お言葉を賜りました」

「精霊神より、聖なる獣も授かった、というが?」

「プラーミァの精霊神様より白い獣を授かりました。

 表向き普通の動物に過ぎないので、聖なる獣という実感はございませんが……」


 精霊神様と繋がる端末だとか、精霊神様と会話できるとかは言わない。

 言ったら間違いなく盗られるから。


 ピュールはただの可愛い獣。

 それでも置いて行けと言われそうだけれど、断固拒否する。


「何故、其方は二国の精霊神を復活させられたのだ?

 プラーミァはまだ解るが、エルディランドは血縁関係も無かろうに……」

「私にも解りません。

 ただ、プラーミァの精霊神様は私の事を特殊な色の力を持つ、とおっしゃっておりました。

 もしかしたら二国の王家の血を受けているから、かもしれません」


 これはワイルドカード『精霊の貴人』の説明をできない時の言い訳として、フェイが用意してくれたものだ。

 聖なる乙女が珍重される事もあり、国同士の同盟を作る為の王族同士の政略結婚とかは少なく、不老不死時代になってからは殆ど行われていないのだそうだ。


 例外は二件。

 プラーミァのティラトリーツェ姫と、アーヴェントルクのアドラクィーレ皇女のみ。

 そして今、二カ国の王家の血を継ぐのはアルケディウスのライオット皇子と、その子だけだから。


 うん。

 私達の言い分を嘘だと否定できる存在は、誰もいない筈だ。


「成程。二つの精霊の血を引く者は英傑の才を顕すとは、昔から言われておりましたな」

「異なる精霊の祝福を身に宿すことで、力が高まるのか?」


 在りえない事では無いので、司祭たちも納得してくれているようだ。

 神官長は討論を黙って聞いている。

 勿論、真実に気が付いているだろうけれど、私達の正体を大神官が戻るまで口外しないと誓っているから、文句をつけるようなことは言わない筈だ。


「では、其方が他国で祈りを捧げれば、他国の精霊神も目覚めるのでは?」


 やっぱりそういう話になるよね。

 私としては別に、そうしてもいいんだけれど……。


「その可能性はあるかもしれませんが、各国が国の祖である『七精霊の石』を簡単に他国の人間に晒すでしょうか?」


 古の時代。

 多分、今より色々と大変で疑心暗鬼だったから、だろうけれど、他国は『精霊の貴人』に精霊石を晒さなかったという。

 その頃『精霊の貴人』は、神による『精霊神』の封印を知っていた筈だけれど、他国には教えなかったのだろうか?


「各国の協力が得られるのなら、儀式を行うのか?」

「要請があれば前向きに検討いたします」


 やらない、とは言わない。

『精霊神』の復活を願うか、否か。

 決めるのはそれぞれの国だから。


「……姫君」

「はい、何でしょうか? 神官長猊下」


 長い説明と討論が一段落したところで、神官長は私を強い眼差しで見据えた。

 広間の空気がわずかに張り詰める。

 来る、と胸の奥で身構える。


「姫君にはぜひとも、大聖都に居を移し『聖なる乙女』としての任について頂きたいのですが……」

「嫌です」


 即答。

 コンマ秒の間もなく、私は答えた。


 自分でも驚くほど迷いがなかった。

 口をついて出た言葉は、少しも揺れない本心そのものだった。


「私の故郷はアルケディウスです。

 かの地に家族と、皇女としての職務と責任、友など全てがあります。

 離れる事、捨て去ることはできません」

「姫君は、『神』と『精霊神』の祝福を一身に宿す『聖なる乙女』。

 類まれなる知識と料理技術と合わせ、一国が独占して良い存在ではないと私は考えます。

 無論、皇女として、神と精霊の力を扱う巫女姫として最上級の待遇をお約束しますが」

「そういう話ではありません」


 何をどう言われようと、大聖都に属するつもりはない。

『魔王』が大聖都で『神』の巫女なんて、絶対にないし!


「私は皇族とはいえ、一庶子に過ぎません。

 仮に特別な力があったとしても『大神殿』が独占し抱えるのも在りえぬ話だと思いませんか?」

「少なくとも他国の余計な妬み嫉みからはお守りできるかと」

「自分の身は自分と、アルケディウスの者達が守りますので心配は無用です。

 それに私を抱えた場合、『新しい食』の舵取りはどうなさるおつもりです?

『新しい味』のレシピが二度と手に入らなくなってもよろしいのですか?」

「『新しい味』の主導を大聖都が行えば……」

「丸一年以上も『新しい味』を育てて来たアルケディウスと同じことが、大聖都に今すぐできるとでも?」

「それは……」


 言いよどむ神官長に、畳みかけるように追撃する。

 ここはきっちりさせておく。

 曖昧にしてはいけない。

 一歩でも譲れば、その隙を逃さず踏み込まれる。


「私を無理やりに拘束しても無駄ですよ。

 家族や国を盾に脅して私を大聖都に拘束しても、私は一切の儀式を行いませんし、レシピも渡しませんから」


 四カ国を巡り、貴族関係との駆け引きにも慣れて来た。

 敵の目的は私の力と知識にあるのだから、自由意思で協力させなくてはならない。

 なら、強引で手荒な真似はできない筈だ。


 ちなみに、私の背後で随員達も、神官長の誘い言葉以降ずっと身構えている。

 強引な手段や、私の意志に沿わない方法を取る気なら、この場での戦いも辞さないでくれると信じている。

 だからこそ、私はこうして強気に出られるのだ。


「私はアルケディウスの皇女マリカにございます。

『聖なる乙女』としての職務は要請があれば、他国での儀式同様に検討致しますが、大聖都のものには絶対になりません」


 失礼な……。

 神官長に小娘が生意気を。

 神に逆らうのか?


 そんな大司祭たちの囁きが耳に届くけれども、無視だ、無視。

 ここは絶対に譲らない。

 何度でも言う。

 私の帰るべき場所は、ここではないのだ。


 私を見、さらにその背後を見て。


「……解りました」


 深い諦観の溜息と共に、引いたのは神官長だった。


「神官長様!」


 反論を紡ごうとする大司祭たちを手で制した彼の言葉は、驚くほど静かだ。

 怒りも苛立ちも表には出さず、ただ押し留めるような声だった。


「姫君の言う通り、無理を強いて協力を仰いでも良い結果は得られません。

 他国が、大聖都が姫君を抱えたと知れば良い思いをしないというのも、姫君のおっしゃる通りです。

 何より、『神』と『精霊神』の祝福を受ける『聖なる乙女』の言葉に、『神』の臣下である私達は逆らう事などかないません」


 滔々と言い聞かせるように大司祭達へ語った後、神官長はゆっくりと私達を見つめる。

 その眼差しは穏やかに見えて、底の方にはまだ何かを測るような色が沈んでいた。


「姫君が『新しい食』によって人々に活力を与える事。

『精霊神』様達の封印を解く事を『神』はお望みです。

 それを為して頂けるのであれば、あえて大聖都が仲介をする必要もございますまい」


 うーん、おかしい。

 色々矛盾してる。


 前にも言われたけれど、人々から活力を奪っている『神』が、なんで『新しい味』の発展を願うの?

 なんで『精霊神』を封じた本人が、封印の解除を望むの?


 ……と、勿論言葉に出して聞くことはできない。

 だから答えも返らない。


「マリカ様。大聖都にも年に一度大祭があり、姫舞を求められる時がございます。

 その時は正式にアルケディウスに協力を要請致しますので、お力をお貸し下さいませ」

「私の派遣は皇王陛下の御意志によるものです。

 検討するとしか今は申せません」

「はい、それで構いません。

 真実の『聖なる乙女』が復活した。今は、それで……」


 後はプラーミァとエルディランドと今後行う貿易の内容などについて軽く打ちあわせて、夕食会談は終わりを告げた。

 明日は朝一でアルケディウスに戻ることが許されているから、大神官と話す機会はもう暫く無いだろう。


 その間、私は考えようと思ったのだ。


『神』のこと。

『星』のこと。

『精霊神』のこと。

 そして何より、私達の事を。

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