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大聖都 剣の無い決闘 前編

 豪奢ではあっても比較的『神殿』らしい静謐さを保っていた表側と違い、裏側にあるここは本気で豪奢だった。

 磨き上げられた床は灯りを受けて柔らかく光り、壁には精緻な彫刻と金糸を織り込んだ織物が飾られている。天井から下がる燭台の灯は穏やかに揺れ、まるで王宮の迎賓の間のような華やかさだ。

 今までいくつも見て来た王宮にも負けないくらいの絢爛な小広間である。


 けれどそこで今、行われていることは明らかに場にそぐわないものだった。


 華美な装飾の施されたテーブルや椅子。

 それに負けないくらいの美しい衣服を身に纏った男女が、明らかに小娘に向かって礼を取り、さらには跪いたのだ。


 何?

 これ、一体?


 思わず胸の奥でそう呟いてしまうほど、その光景は異様だった。


 最上段に座す、この場の最上位者。

 大聖都の支配者――神官長フェデリクス・アルディクスもまた、彼らと変わらない敬意の籠った眼差しで私達を見つめている。

 流石に膝こそつかなかったけれども。


「ご無事のお戻り、お慶び申し上げます。

 マリカ様。

 いえ、真なる『聖なる乙女』よ

「この度は、お招きくださいましてありがとうございます。

 アルケディウスに帰還する前、疲れを癒させて頂きたいと存じます」


 私の席は神官長の右隣、上座に用意されていた。

 手を伸ばせば届きそうな程に近い距離だ。


 神官長に準じる者――そんな扱いなのだろう。


 黙って受け入れれば、そのまま『大聖都の聖なる乙女』にされかねない。

 だから、ここはきっぱり否定しておく。


 私はアルケディウスに帰る前に、ここで泊まっているだけなのだ。

 私の言葉の意味に気付いているだろう神官長は、その点には触れず、胸に手を当てて頭を下げた。


「魔王に力を封じられていたプラーミァとエルディランドの精霊神を復活させて下さったとの連絡も、両国から受けております。

 心から御礼申し上げます」


 ふーん。

 そういうことになっているのか――というか、そういうことにしたのか。


 礼を取り、意味深に微笑む神官長。

 言葉遣いも、プラーミァに行く前に寄った時には上から口調だったのに、今は丁寧な敬語。

 どうやら本格的に、私は精霊の力を伝える巫女――『聖なる乙女』扱いになってしまったらしい。


 覚悟はしていたけれど、居心地悪い事この上ない。


「大聖都……いえ、神殿は精霊神が封じられていたことをご存じなかったのですか?

 もしくは知っていて、ずっとそのままに?」


 いけしゃあしゃあと、魔王に罪を被せる大聖都。

『魔王』ではなく、力を封じたのが『神』だと私は知っている。

 けれど、それを今ここで口外するわけにはいかない。

 そこを突けば、藪から色々な蛇が出るから」。


「恥ずかしながら、知らなかった、というのが実情ですな」


 神官長もまた私の正体と事情を知っている。

 だから軽い嫌味程度に受け流し、肩を揺らして哂った。


「『七精霊』は人の世に自らの子孫という形で力を残した後、お姿を消された。

 亡骸たる精霊石を残して。

 魔王が降臨し、世界を闇に染めた時にも、『七精霊』の復活は無かった。

 代わりに『星』の意思たる『神』が姿を現し、人々を導いて下さいましたので。

 私達は『七精霊』たる神々は今も死に準じた形で、我々『神』と『人』に表舞台を譲り深い眠りについていると思っていたのです。

 まさか、魔王に力を封じられながらも、長い年月の間にその力を取り戻していたとは思いませんでした」


 うーん。


 私も聖典を読み込んだ訳じゃないけどさ。

 色々、矛盾大きすぎない?

 言い訳じみてません?


 そりゃあ、神が『精霊神』を封印していました、なんて言える訳ないだろうけど。


「そうでしたか。

『神』もそんな大事な事を手足たる『神官』にも伝えていなかったんですか。

 あんまり信用がないんですね」


 思わず、言葉に棘が零れた。


「これは、手厳しい」


 神官長は苦笑しながらも怒ったりはしないようだ。

 あくまで、私を立てている感じ。


「ですが、それも『神』の御意志であるとお考えにはなれませんか?

『神』が全てを与え、教えては民の成長は無い、と。

 我々自身が気付かなければならなかったのだ、と」

「そういうものですか?」

「ええ。

『神』は私達人間を愛して下さっている。だからこそ不老不死という大いなる愛を与え、その後は我々の生き方に口出しすることなく見守って下さっている。

 私達は神の力に頼らず、自分の力で生きていかなければならない。

 それが神の教えであるとお考え下さい」


 笑みを作りながらも言い繕う神官長。

 その言葉は、一応筋は通っている。


 一応、だけどね。


「では、私が『精霊神』様達を復活させたのは、神の御意志に背く事だったのでしょうか?」

「いえ。姫君がお生まれになり、世界を巡ることになったことそのものが『神』の御意志。

 姫君は『神』と『星』の寵愛を得た巫女姫なのです。


『精霊神』の復活も、そろそろ人は新たなる段階に進まねばならないという思し召し。

 むしろ『神』の眷族たる『精霊神』の復活を『神』もお慶びになるでしょう。

 この先も、どうぞ御心のままに」

「解りました」


 色々と言いたい事、聞きたい事も無くは無い。

 というか、たくさんある。

 でも食事前に、いつまでも人々を床に跪かせておくわけにはいかない。

 料理も冷めちゃうし。


「各国の精霊神復活の顛末は、食事をした後でもゆっくりお聞かせいただきましょう。

 皆も『新しい味』を一刻も早く味わいたいと願っていることでしょうから」

「解りました。

 皆様にも失礼を致しました。どうぞ立って席に付いて下さいませ」


 声をかけると、来客達もほっとしたように立ち上がり、それぞれの席に着いた。

 私もリオンに椅子を引いて貰い席に付く。


「では、皆の上に『神』と『精霊』の祝福があらんことを。

 エルトゥルヴィゼクス!」


「エルトゥルヴィゼクス!」


 精霊の祝福を願う乾杯の言葉は、神殿でも同じらしい。


 そんな、どうでもいいことをぼんやりと思いながら。

 私は彼らを真似て盃を掲げたのだった。


 午餐の宴は、一刻で作った突貫のお手軽料理にしては、まずまずの出来ではあったと思う。


「これは!」

「今まで味わった事がないぞ!」

「こんなに鮮やかで鮮烈な味わいがあるなんて」


 集まった来客達は、目を輝かせて料理を口に運んでいる。

 葡萄酒とはあまり合わない和食もどきだから、興味のある人にはと麦酒とエルディランドのお酒も出しておいた。

 けっこう売れている。


「姫君。この白い粒の固まりは食べ物ですか?

 柔らかく、不思議な食感だ」

「リア、という穀物です。

 麦などと違い粉に挽く手間などが少なく、手軽に食べられます」


 リア、お米はかなり好印象のようだ。

 美味しいし腹持ちもいいもんね。


「この味付けに使われている黒味がかかった液体は?」

「醤油と言います。エルディランドの特産ですね」

「酒精というのは葡萄ばかりではなく、麦やリアからでもできるのですか?」

「神の奇跡なくば生まれないものだと……」

「流石、聖なる乙女……」

「いえ、酒精は人の努力と精霊の恵みが生み出すものですから……」

「この黒い甘味の味の鮮やかなこと。

 これはどのような品で?」

「チョコレート、と申します。

 プラーミァのみで取れる食材から作られますの」


 そんなこんなの話が続き、食事中は精霊神の話をしている余裕は無かった。

 ありがたいことに。


 ちゃんと紹介された訳ではないけれど、ここにいるのは半分は大神殿の上層部、残り半分の女性連れの人達は首都ルペア・カディナの長とか大臣クラスのようだ。


 大神殿の長にして大聖都の王が神官長 フェデリクス・アルディクス。

 その下が司祭長と呼ばれる者達で、各国の神殿長をしたり、ルペア・カディナ大神殿の実務、儀式、徴税などを預かる。

 さらに下に司祭、助祭、神官という階級があるとかは、ちょっと予備知識として学んだけれども、あんまり私達には関係ないことだと思うから気にしない。


 トップの食事会であるこの場にいるのは、多分、司祭長と騎士団長クラスだ。

 下座に騎士団長のレドウニツェがいるのは、多分、神殿において神の力を預かる『神官』の方が、それを護衛する騎士団長よりも上だからなのかもしれない。


 そのさらに下座がルペア・カディナの首脳部。

 街を治める代表という事らしい。


「姫君、我々も料理人をアルケディウスに派遣する事は可能でしょうか?」

「ぜひともこの美味を日常で味わえるようになりたいのですが……」


 大聖都において神殿以外は一段下に扱われているようだけれど、人がいるところだから支配階級もいるし、社交場もある。


 この先、世界を変えていく料理というカードは、きっと誰もが握りたい筈だ。

 それがどれほど強い影響力を持つものなのか、彼らも既に理解しているのだろう。


 けれど――。


「現在、各国から派遣されて来た料理人達でアルケディウスの留学生寮は飽和状態のようです。

 彼らが研修を終えて帰国次第、新しい人材を入れていくという形になると思いますが、留学生の派遣にかかる費用はかなり高額です。

 現在留学中の大聖都料理長様が戻られたら、神官長様と相談してみてはいかがでしょうか?」


 料理人気がうなぎ登りなので、各国からの料理留学生と、アルケディウスの大貴族達。

 アルケディウスの豪商達が派遣した人材達で、そろそろ受け入れ人数がいっぱいになりそうだと聞いている。

 この先は、希望してお金を払えば直ぐに――というわけにはいかないだろう。


「留学生が習い覚えた料理を広める事は禁止なさらないのですか?」

「はい。レシピは販売価格金貨一枚より極端に高額で転売する事も禁止しています。

 私はできるだけ多くの人に食事を楽しんで欲しいのです」


 あ、神官長が困った顔をした。

 留学生が戻ってきたら、高値で希望者に売りつける気だったかな?

 でもこれは、留学生受け入れの時の規則にもある。

 売る時には1.1倍まで。


 自分の支持者以外には売らないという策略まで止められはしないけれど、高値転売を許していたら、いつまでも料理が一般に普及しないからね。


 転バイヤー滅ぶべし。


 料理が終わり、デザートまで全員が欠片も残らず平らげられた後。

 食後の余韻のような静かな空気が、広間を満たしていた。


「姫君。今宵は素晴らしい体験をありがとうございました。

 もしよろしければ、大聖都の街にも足をお運び下さい。

『聖なる乙女』の行幸を賜われれば、民も喜ぶ事でしょう」

「はい。機会がありましたら」


 丁寧な挨拶を交わした後、名残惜しそうな目をしながらもルペア・カディナの首脳陣は早々に席を立ち去っていく。

 彼らの足音が遠ざかり、扉が静かに閉じられる。

 残るは大聖都の者達。


 そして――神殿の中枢。


 皆、射るような目つきで私を見ている。

 ……つまりは、ここからが本番ってこと。

 空気が変わったのがはっきりと分かった。


 口火を切ったのは、やはり神官長だ。


「彼等と言葉が重なるようで恐縮ですが、今夜の料理も真に美味でございました。

 ただの料理ではなく、他国の特産や良さを取り入れた素晴らしい料理。

『新しい味』の神髄を見せて頂いたように思います」

「時間や食材に余裕がなく、ありきたりのものしか用意できませんでしたが、喜んで頂けたのなら幸いです」

「流石は精霊と『神』の祝福を一身に受けた『聖なる乙女』。

 無理をお願いしたかいもあったというものです。

 後ほど代金はご請求ください。

 一切の出し惜しみは致しません」


「ありがとうございます。

 ですが先程も申し上げましたが『新しい食』は『神』のご加護ではなく、人の知恵と努力が生み出すものでございます。

 褒め言葉は私よりも、時間がない中未知の食材を使い料理を仕上げてくれた私の随員や、大聖都の料理人。

 そして食材を作りました人々にこそ」


 にっこりと。

 表向き朗らかに互いを褒め合う。

 一瞬の、穏やかな空気は。


 けれどその次の瞬間の命令と共に凍り付く。


「では姫君。

 そろそろお話を頂けませんでしょうか?

 我々が知らなかった『精霊神』の封印。

 それを解いた顛末について」


 静かな声。

 けれどそこには、逆らう事を許さぬ圧があった。


 感情を一切排した声で、彼は願いという名の命令を放つ。

 本当に――ここからが、本番。


 真剣勝負だ。

 アルケディウス皇女マリカ。

 ……いや違う。

 星の精霊。

『魔王城』に住まう『精霊の貴人(エルトリンデ)』。


 そして――。


『神』の現世の代行者。

 神官長 フェデリクス・アルディクス。


 私達の間に流れる、見えない緊張。


「解りました。お話いたします。

 プラーミァとエルディランドでの『精霊神の復活』その顛末の全てを」


 視線がぶつかる。

 微笑みの奥で、互いに一歩も退く気はない。

 目に見えない戦いが今、始まるのだ。

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