地国 地国との別れ
翌朝、私達は麗水殿を引き払った。
今日で、エルディランドともお別れ。
美しい瑪瑙宮を歩くのも、今日が最後だ。
私がピュールをだっこして宮の外に出ると――うわっ!
沢山の人達が膝を付き、ずらーっと並んでいた。
その先頭に立っているのは、グアン様とユン君。
お二人も跪いてくれている。
「マリカさま。二週間、大変お世話になりました」
「太礼殿で大王陛下達がお待ちです。
どうぞこちらへ」
荷物やその他の馬車は先に出してもらい、主な随員達と太礼殿へ向かう。
瑪瑙宮は、プラーミァと違って、小さな――といってもかなり広いけれど――宮や宮殿が集まっている御殿だった。
ほぼ麗水殿と太礼殿、あと王子の宮くらいしか行かなかったから、もっとじっくり見たかったなあ、という気持ちはしないでもない。
それは、次があったらのお楽しみにしよう。
馬車が太礼殿に着くと、私が最初にエルディランドに着いた時と同じように、中でもずらりと随員さん達が膝を付いていた。
彼等の間の道を抜けて、階段を上り、扉の奥の謁見の間へ。
大王と、后と、第一王子。
三つの席があるのは最初の謁見の時と変わらないけれど、今回違うのは、席に座していたお三方が席を立ち、私を出迎える為に下段に降りて来て下さっていたこと、だった。
「姫君。
二週間に渡り、エルディランドをお導き下さいまして、ありがとうございました」
大王様ご自身が立ち、深くお辞儀をして下さった。
側近の方達も驚いたようだけれど、大王様は気に留める様子も無く、歩み寄って私の手を握ると、膝を付く。
大王陛下に膝まで付かせては申し訳ないと思うのだけれど、側に付く大王妃様も、そしてスーダイ王子も、それに従って跪く。
「そんな、顔をお上げください。大王陛下」
「そうですな。確かに大王が他国の姫とはいえ、他者に跪くなどあってはなりません」
そう言いながらも、大王様は膝を付いたままだ。
「ですが、それを押しても、私は貴女にお礼を申し上げたかったのです。
一人の父として。
マリカ皇女、聖なる乙女よ。
我が国とスーダイをお救い下さいましてありがとうございます」
「ありがとうございました」
大王陛下と大王妃様はそう告げると静かに立ち上がったけれど、唯一人、スーダイ王子だけは、まだ膝を付いたままだ。
「スーダイ王子……。
大王となられる方が、いつまでも下の者に膝を付くのは……」
「いいのだ。これは、私が聖なる乙女と精霊に捧げる誓い、なのだから」
オロオロする私に首を振り、王子は胸に手を当てる。
本当に聖なるものに捧げるような、神妙な目で彼は私を見た。
「マリカ姫。我が導きの聖なる乙女。
精霊神と聖なる獣、そして聖なる乙女の前に誓います。
私は、良き大王となり、エルディランドの民を幸せに導くと……」
「……スーダイ様」
なんと声をかけて良いのか戸惑った私だったのだけれど、気が付いてみれば王子は顔を上げ、私を見ていた。
「……私を振ったことを後悔させてやる」
「スーダイ様」
スッと立ち上がり、私を今度は見下ろして言う。
ちょっと傲慢な膨れっ面。
いつもの、私が良く知るスーダイ王子の顔に戻って。
「今に見ていろ。世界で一番若い王として、エルディランドをこれでもか、ってくらい豊かにして。
そうして、私の妃にならなかったことを、いつか後悔させてやるからな!」
「……はい、そうして下さい。スーダイ様」
ホッとする。
前と変わらない様子で、私に接してくれることに。
王子を振る形になった私が気に病まないで済むように、してくれたのだと思う。
大丈夫だ。
この優しくてカッコいい王子なら、大王なら、太っていようと間違いなくモテモテになる。
お妃様が見つかるのも直ぐだ。
「私より、もっと素敵なお妃様を見つけて、幸せな様子を見せつけて下さい。
王子の結婚式の時には、必ず駆けつけて、悔しがりながら祝福の舞を踊りますから」
「そんな安請け合いしていいのか?
また来年もエルディランドに来ることになるかもしれんぞ?」
「え? もうそんなご予定が?」
私に笑う王子は、なんだか自信に満ちている。
昨日、別れたあと、何かあったのかな?
「ああ。私はけっこうモテるんだからな」
「王子がステキなのも、モテるのも解ってますから。
ですから、私が悔しがるくらい、幸せになって下さい」
「其方もな。エルディランドの次期大王を振ったのだ。
幸せにならないと許さないぞ。
お前が不幸になるようなら、相手を私が罰してやる」
「大丈夫です。不幸になんかなりませんから」
兄妹のように交わし合う対等な軽口は心地いいけれど、これで終わりだと思うと少し寂しい。
「そうだ。これ、昨日お借りした肩掛け、お返しします」
「いや……いい。やるから、持っていけ」
「え? でも、これ……」
セリーナが持ってきてくれた肩掛け。
お返ししようとしたら、断られてしまった。
凄く上質で、でも新品じゃない。
長い間、丁寧に使われて来たことが解る逸品。
大事な品じゃないのかな?
「エルディランドに来た記念として持っていけ。
良く働いてくれたのに、大した土産も用意してやれなかったからな」
一度だけ目を伏せ、そう笑う王子の瞳があんまり優しかったので、私はそれ以上固辞するのは申し訳ない気がした。
気を利かせたようにピュールが肩に移ってくれたので、私は肩掛けを胸に抱きしめた。
「解りました。頂きます。
大事に使いますから」
「そうしてくれ」
私達の会話が終わるのを待っていたように、大王陛下がもう一度進み出る。
「アルケディウス皇女 マリカ様のエルディランドにおける公務、これで終了となります。
本当にありがとうございました。
願わくば、今後も末永い両国の友好が続きますように」
「はい。私も心から、そう願っております。
皆様の上に、精霊の祝福がありますように……」
最後に深いお辞儀をして、私は王座に背を向けた。
階段を下り、ゆっくりとまた広間を渡り、入口へと向かう。
開かれた入口の前で、もう一度だけ振り返ると、階段近くに王子がいた。
大王様達はいないから、きっと無理をして降りて来てくれたのだと思う。
私はそのまま、広間を埋め尽くす人達と、スーダイ王子に静かに笑いかけ、最後のお辞儀をして太礼殿を、瑪瑙宮を後にする。
これで、二国を巡る長い旅は終わり。
やっとアルケディウスに帰れるというのに。
走り出す馬車の中。
私は、零れ落ちる涙を止める事ができないでいた。




