地国 『精霊神』の復活
二度目の不思議空間への落下。
ふわり、と身体が浮くような感覚。
足元の感触はなく、上下も左右も曖昧で、けれど落ちているわけでもない。
慣れたとは言えないけれど、どこか既視感のある不思議な浮遊感だった。
今度は私一人かな?
リオンは一緒じゃないのかな?
と不安に思ったけれど。
「マリカ!」
「リオン!」
後ろから声をかけられて、私は振り返る。
リオンがちゃんといた。
ふわりと浮かびながらこちらへ近づいてくる姿が見えた瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張が一気にほどけた。
良かったと、直ぐに安心できるのは我ながら単純。
それでも、安心するものは安心する。
こういう場所で、リオンが一緒にいてくれるだけで、心強さが全然違う。
それから気が付けばピュールと
「ここは、どこだ。足がつかないのに、落ちて行かないぞ?
な、なんだ? 何が起こったんだ??」
「スーダイ様?」
慌てた様子で首を左右に動かすスーダイ王子も。
大変だ。
いきなり、この状況じゃ本当に訳が分からないだろう。
空間には床も壁もなく、上下も曖昧で、ただ静かな光だけが満ちている。
目が見えない王子にとっては、なおさら混乱する話だろう。
「動かないでいて下さい。スーダイ様」
「マリカか? どうした? 何があったのだ?」
「『精霊神』のお呼び出し、なんです。
力を捧げ、封じられている力を開放する代わりに、願いを叶えて下さると……」
「何?」
そんな会話をしているうちに、うねっと、金色の触手がまた伸びて来た。
ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる金色の触手。
光を帯びたそれは、どこか生き物のように滑らかに動いている。
これに絡めとられてはいけないのは解っているけれど、これ、精霊神様の多分手なんだよね。
払いのけるのも拙い気がする。
どうしよう……と思っていたところに
ぴょーん。
私達と触手の間を遮り、ピュールが飛び込んだ。
小さな身体が、まるで弾丸みたいに真っ直ぐ。
金色の触手がピュールの額の水晶に吸い込まれるように入っていくと、触手と、水晶。
その両方がピコピコと不思議な光を放つ。
小さな点滅が何度も繰り返され、空間の光がわずかに震えた。
と、同時。
また映像が見えてくる。
「あ、あれは……」
全身を鎖で拘束され。
形こそ違うけれどプラーミァの精霊神様にも似た重々しい面覆兜を被らされた大きな、男性の姿。
巨大な影のような存在。
側に居るだけで呼吸し辛くなる様な、圧倒的な力。
衣装は……中華風、髪もアーレリオス様程長くない。
間違いない。
彼が、きっとエルディランドの『七精霊』だ。
「リオン」
「ああ」
余計な会話はしなくても、リオンは解ってくれる。
短い言葉だけで、意思は通じる。
それだけで、今やるべきことがはっきりした。
頷き、確かめあったあと、私はスーダイ王子の手を握った。
温かい。
少し震えているのが伝わる。
「少しだけ、待っていて下さい。
多分、直ぐに終わりますから……」
「何?」
ピュールが王子の腕に行ってくれたのを確かめて、私はリオンに目配せした。
リオンは私の手を掴むと、飛翔。
男性の兜の上に連れて行ってくれる。
身体が軽く引き上げられ、視界が一気に高くなる。
今度は、触手の妨害は無い。
苛立ちの攻撃も無い。
だから、全力集中できる。
私は足元の床、正確には精霊神の兜に手を触れた。
残ってる力を全部注ぎ込む気持ちで、能力を使う。
軛よ。壊れて。
精霊神様、今、助けますから!!
二回目、だからだろうか。
軛の抵抗は、前より軽かった気がする。
カシャン!
と軽い音が聞こえて、私の足元が崩れ消えた。
「わわっ!」
「マリカ!」
こっちも二度目。
身構えていてくれたであろう、リオンがさっと私の手を掴み後ろに跳び戻る。
崩壊の衝撃に、今度は巻き込まれずにすんだっぽい。
強い力が男性の周囲で、渦を巻き消えていくと……
渦の中から立ち上がるように大きな……男の人が現れた。
軛と兜が外れ、顔が良く見える。
茶髪……金茶の瞳。
精霊だけにやっぱりとんでもない美形だけれども、目元や口元になんとなくスーダイ様と似たような雰囲気がある。
外見年齢は二十代くらい?
多分、スーダイ様が痩せて、身体を鍛えたらこんな感じになるんじゃないだろうか?
もったいない。
いや、慣れればスーダイ様のぽにぽにした体形も、ティディベアみたいに愛嬌と味があっていいかもと思うけど。
じゃなくって。
「貴方が……エルディランドの精霊神様、ですか?」
『そうだ。……聖なる乙女。
我は大地、実りと豊穣を守る者。名をエーべロイスという。
此度は、我が封印を解き、また、我が子を救わんとしてくれたことに礼を言う……』
ニコリ、いや、にやりとした笑みを浮かべた精霊神様には、ちょっと何かを企んでいるようなもったいぶった表情が宿っている。
これは、あれかな。
アーレリオス様が、情報を共有してくれたから、そしてそこにスーダイ様がいるから。
『精霊の貴人』とか『精霊の獣』とか、その辺の事情は言わないでおいてやるぞ、ってやつ?
「あ、まずはスーダイ様を!
治せますか?」
『解っている。大丈夫だ。任せておくがいい……』
「わっ! な、なんだ?」
また何にもない所からうねうねっと、金の触手が湧きだして、身を固くした私の横をすり抜けて、スーダイ様の両手両足に絡みつく。
そして、固定されたスーダイ様の額にペタッと貼りつく触手にまるで静電気のような光が流れた。
「くっ……、うくっ……!」
王子の声が苦痛を帯びてくぐもる。
以前、アーレリオス様にやられた時と同じなら苦しいかもな、と思ったけれど多分治療しているんだから私達より辛いかも。
心配になる。大丈夫かな?
苦し気な唸り声と荒い呼吸がしばらく続いたあと。
「うあああっ!」
まるで、電撃が奔った様に身体を大きく痙攣させて、王子が一際大きな悲鳴を上げた。
と同時にしゅるしゅると触手は消えて、王子は空中に浮かぶ。
『終わったぞ。
多分、回復した筈だ』
私は慌てて駆け寄って……じゃなくて空中を泳ぐように近付いた。
「大丈夫ですか? スーダイ様」
「王子?」
「だ、大丈夫だ。気分は……悪くない。
それに……視力も……戻った」
息を荒げながら顔を上げるスーダイ様は、ニッコリと微笑んで下さった。
「感謝する。其方達のおかげだな」
「え? あ、はい。じゃなくっていえ。
全ては『精霊神』エーベロイス様のお力です」
ちょ、ちょっとドッキリ。
別に一気に痩せた、とかじゃないけれど、なんだか少し精悍な感じになった気がする。
引きしまった、というか凛々しくなったと、いうか?
目元にも力がある。
強さとか逞しさも宿った?
「お初に、お目にかかります。我が祖、エーベロイス様。
エルディランド第一王子 スーダイと申します」
精霊神様に向けて膝を付く王子。
王子様だけに礼儀作法は叩きこまれているのだろう。
無重力なのに、なんだか様になってる。
『うむ。我が力が及ばぬ中、よく子等を守り、よく国を護った。礼を言うぞ』
「もったいない、お言葉。ありがとうございます」
『今後も励むが良い。子ども達を守り、導くのだ。
私は軽々に姿や力を表すことはできぬが、其方達をいつも見守っているぞ』
「はっ! 必ずや」
いや、ホント。
精霊神様、王子に何かした?
王子がなんだか凄く、かっこいいんですけど。
『聖なる乙女、そしてその騎士にも改めて礼を言おう。
この恩義はいずれ返す。
其方らの旅と、志に大地の祝福を……』
「あ、ああっ!」「わっ!」「うわあっ!!」
空間がチリチリと弾けて、一気に瞬いた。
弾ける光は純白。
でも同時に優しい大地の黄色を宿していて、私にはそれが、大地の精霊の笑い声、祝福に感じられたのだった。
そうして、私達は舞い戻る。
現実世界に、三人と一匹と……。
「え?」
ぴょん♪
「また増えてる~~~」
もう一匹増えた、精霊獣と共に。




