地国 『真実』の名
私達が地春宮。
王位継承者の宮に辿り着くと同時、待ちかねていたように。
いや、実際に待ちかねていたのだろう。
シュンシ―さんが中に声をかけるより早く、門番の人が知らせたらしく、自動ドアのように扉が開いた。
思わず息を呑む。
中には、最初にエルディランドに訪れた時のように、ずらりと使用人達が膝を付いていた。
年配の方もいれば、かなり若い人、子どものような子もいる。
共通しているのは、胸の前に手を当てる上位者に対する礼の仕草。
そして、心から主を心配する表情だった。
シュンシ―さんの後に続き、人々の間を進んで玄関ホールを抜け、廊下に入り、さらに奥へ。
奥の奥の階段を上った先に、一際豪奢な扉が私達を待っていた。
扉の前を守る騎士の目をシュンシ―さんが見ると、護衛士さんは側に置いてあったベルを鳴らしてくれた。
チリン、リン。
涼やかな音が響き渡ると、直ぐに。
「お入り頂いて下さい」
中から声が聞こえて、扉が開かれた。
朱と濃い茶色を基調とした部屋の壁や欄間には、精密な花や植物の透かし彫りが施されていて、美しいを通り越して感動してしまう。
当然だけど、麗水宮より細々とした点でワンランク上であると感じる。
いや、麗水宮も高級ホテルよりなお上の作りだから。
世継ぎの王子の宮だもん。
当然だ。
「マリカ様。
御親切なお申し出に甘え、危険な場所にご足労頂いた事、心から感謝申し上げます」
声をかけられて、私は我に返って前を向く。
入って直ぐは、多分、来客をもてなす為の場所なのだろう。
そこに二人の人物が待っていた。
そう、二人。
ユン君とウーシンさんの二人だけだった。
他に側仕えも、身の回りの世話をする人も誰もいない。
「いえ、私もスーダイ様の事が心配でしたから。
こちらこそ大変な時に面会を受けて頂き、ありがとうございます」
私は二人にお辞儀をした。
「人が払われている事を不審に思われるかもしれませんが、エルディランドどころか世界でも類を見ない緊急事態。
万が一の事を考えて、大王陛下や王妃様、第二王子や騎士団長などには入室を避けて頂いております。
……そんな危険な場所に他国の皇女を入れるのか? とアルケディウスに責められれば、頭を下げるしかないのですが……」
「そこはお気になさらず。
私は自分の意志で、スーダイ様のお力になりたいと思ってここに来たのですから」
確かに皇王陛下やお父様、お母様に話せば、見舞いも反対されたとは思う。
でも昨日の定時連絡の時には、魔物の襲撃があったことまでしか知らなかったし、ここまで事態が急変するとは思わなかったし。
ちなみに、スーダイ様を助けるために私ができることがあるのなら、やる。
例え皇王陛下達に反対されても、多分聞かない。
だから、あえて許可を取るのを忘れる事にした。
「ありがとうございます。どうぞこちらへ……」
「シュンシ―、お前は外に出ていろ」
「ですが……」
ユン君に促されて私達は奥へと進む。
それに反対するようにシュンシ―さんは、ウーシンさんに外に出るよう声をかけられていた。
心配なのだろう。
一瞬、逡巡の表情を見せたけれど、シュンシ―さんは静かに、
「はい。姫君。アルケディウスの皆様方。
どうか王子を宜しくお願いいたします」
そっと腰をかがめると、外へと戻って行った。
扉が音を立てて閉まると、誰ともなしに足を止めていた私達は、また歩き出し、奥の間に向かう。
この『王子の部屋』はさらに数室ある。最初に入った玄関と応接の間。
多分お風呂などがありそうな場所、個室がいくつか。
そして最奥に、王子の寝室はあった。
温かみのある朱みを帯びた木製の、でも流麗な文様の施された天蓋付きベッド。
淡い薄紫のカーテンの向こうから、荒い呼吸が聞こえていた。
「あちらに、スーダイ様が?」
「はい。ですが近付いてはなりません。
スーダイ様の周囲には、今、魔性の残滓と思われる黒い気が蠢いているのです。
万が一にもそれが姫君に、他者に移っては大変な事になります」
「黒い……気、ですか?」
「ええ。まだ推察でしかありませんが、スーダイ王子が魔性の襲撃の時、身体に傷を付けられましたよね?
その時に体内に何か、見えない極小の魔性の欠片が侵入したのではないかと考えています。
不老不死者故に、傷は直ぐに塞がった。
ですがそれ故に、体内に入り込んだそれは外に抜け出ることなく体内で暴れ、王子を操っているのではないかと思われます」
説明してくれたのはユン君だ。
お酒や醤油を作っているだけあって、エルディランドの方達は微生物の存在や発酵を理解している。
カイトさんが伝えたのだということらしい。
つまり、魔性が傷口からウイルスのように侵入、感染。
それによって王子は魔性に意識を奪われてしまったのかな?
ウイルスとかの概念は説明しても理解して貰うのは難しいと思うから言わないけれど。
「ですが、今まで魔性に傷つけられた人間がこのような状態になったことは、ほぼ無かったと思うのですが……。
エルディランドではあったのですか?」
「エルディランドでも今までありません。王族が傷つけられるということそのものも皆無でしたし」
昨年末の魔性のアルケディウス襲撃事件の後、魔性が不老不死者でも身体を傷つけることがあることは各国に周知されている。
アルケディウスでの最初の襲撃。
あと新年の大聖都の襲撃事件の時にも、けっこう怪我人は出た筈だけれども、こんなことは無かったと思う。
今迄無事だったのは単なる偶然?
それとも……
「……精霊の力の過剰反応、ではないでしょうか?」
「フェイ?」
今まで話を聞いていたフェイが、静かに自分の意見を口にする。
「精霊の力の、過剰反応?」
「はい。今までの襲撃の被害者は全て一般人で、精霊の力を体内にもっていません。
だから精霊を喰らう魔性の欠片が体内に入っても、言ってみればエサは無く、直ぐに消えてしまった。体内に入っても何も起こらなかった。
しかし、王子は『七精霊の子』
しかもかなり濃く、強い力を持つ人物で、精霊の力を少なからず体内にもっていると思われます。
体内に入った魔性の欠片は、その精霊の力を喰らい、暴れているのではないでしょうか?」
「……そんな、事が?」
フェイの言葉に、ずっと以前。
仮登録と言って、神殿で『神の欠片』と呼ばれるものを体内に入れられたことを思い出す。
あの時、私達も死にかけた。
けれど、もし似た状況だとしたら、スーダイ王子の命が真剣に危険だ。
「シュンシ―さん、そして大王陛下。
シュンシ―さんは精霊術士で、不老不死を得ていない子ども。
精霊の加護を身にもつ存在です。
大王陛下も王族ですから、普通の人間より精霊の力をお持ちでしょう。
精霊を喰らうという本能から、お二人に王子、正確には王子の身体を操る魔性の欠片が襲い掛かったことも、理由がつくと思います」
「……流石ですね。姫君の魔術師。
私達も同じ結論に達しています」
ユン君はそう言って褒めてくれる。
けれど、だとしたら、この状況はかなり厳しい。
体内に入った魔性の欠片を取らないといけないのだ。
増幅している可能性もある、目に見えないウイルスのような存在を。
「フェイ……取れる?」
私の質問にフェイは悔し気に顔を顰め、首を横に振った。
「取れる、と断言はできません。
それ、がどんなものか、『僕には』解らないんです」
以前『神の欠片』を入れられた時は、シュルーストラムが見つけて教えてくれた。
だからフェイは私達の中の神の欠片を見つけ、取ることができた。
でも、今回はそれがどんなものか解らない。増えているかもしれない、それらを全て取れるかどうかも解らないと言う。
そりゃそうだ。
向こうの世界でだって、ウイルスを全て見つけて取れとかできないもの。
身体の力を強めて、ウイルスが死滅するのを待つしかなかった。
「ですから、姫君にお願いしたいのです。
『聖なる乙女の祈り』を」
ウーシンさんは私を祈るように見つめている。
「私に……そんな明確な力は多分ございません」
「いいえ。姫君が森で見せた祈りは、精霊に呼びかけ、シュンシ―の障壁を強化させたではありませんか!」
足音を立て詰め寄ったウーシンさんは、もはや0距離。
だから、はっきりと見て取れる。
焦りと焦燥に溢れていることが。
回復の手段と期待するには、あまりにも弱い。
正しく溺れる人の前に投げ出された藁のようなものだろう。
でも、それに縋るしかないのだと、彼の心から主を心配し思う眼差しが語っている。
「その祈りの力があれば、王子の身体の中の精霊の力を強め、魔性の力を追い出す事が叶うやもしれません」
「ウーシン殿。少し落ち着いて下さい。
姫君も、そんな不確定なことを頼まれても困るだけです」
彼よりは少し冷静に、ユン君がウーシンさんの後ろから手を引いて、私から離そうとしてくれる。
けれどもウーシンさんは、
「落ちついていられるわけはなかろう!?
こうしている間にも王子の体内で魔性の欠片が何をしているのか、解らないのだぞ!」
その手をパシンと払いのけた。
「一刻の猶予もならぬというのに、我々にはなす術がない。
姫君の祈りに、もはや縋るしかないのだ」
「本当に落ちついて下さい。一刻の猶予も無いのは解っています。
だからこそ、確実な手段をとらないといけないのですよ……」
「え?」
次の瞬間、私は目を向く。
いや、驚きに目を見開いたのは、私だけじゃ多分無い。
ドサッ、という音と共に、ウーシンさんの身体が力を失って崩れた。
床に直撃、はしなかったと思う。
ユン君が、自分の一・五倍はありそうなウーシンさんの身体を片手で支えて、そっと床に降ろしたから。
「アンタ……今、一体何をしたんだ?」
「君なら見えたでしょう? マリク。
ちょっと煩くて話が進まないので、眠って貰っただけです」
「!!!」
今、ユン君がウーシンさんに何をしたのか見えたのは、リオンだけだったんじゃないかと思う。
多分、最高速で、きっと首元に手刀を入れて意識を刈り取ったのだと……?
「え?」
横を……見る。
リオンが凍り付いたように動きを止めていた。
本当に顔面蒼白、驚天動地。
信じられないモノを見て、信じられないコトを聞いたと言う顔で立ち尽くしている。
こんなリオンの顔を見た事ない。
ということは、やっぱりさっきの言葉は言い間違いや聞き違いじゃなくって……
「ユン様、今、リオンの事を……なんて?」
「姫君。
我が敬愛する『精霊の貴人』」
背中に冷水を浴びせられたよう。
私も、リオンと同じく凍り付いた。
「ここに連れて来られた随員で、貴方の素性を知らない者、もしくは知らせられない者はいますか?」
質問に質問で返してきたユン君は、胸に忠誠の手を当てながらも、私の背後にいる残り三人を厳しい目で見つめている。
フェイと、ミーティラ様、そしてカマラ。
柔らかく口角を上げているけれど、その眼には一切の迷いや躊躇いは見えない。
確固たる信念と決意と、実力が浮かぶ。
今まで、彼が子どもの姿と『エルディランドの騎士貴族』に隠して来た、信じられない程の『能力』も。
私の事を『精霊の貴人』と呼んだ時点で、彼は自分の正体を半分明かしたも同然なのだ。
眼の前の人物が誰かは解らないけれど。
私が、誰かの名を告げれば、即座に彼はその人物を眠らせる(物理)だろう。
「カマラ……。これから起きる事。ここでの会話を絶対に語らぬと誓えますか?
皇王陛下だけでなく、エクトール様にも。神であろうと語らぬと。
それができないなら、今すぐ私の護衛を辞して部屋を出て下さい」
「……誓います。我が忠誠はマリカ様の元に」
一瞬の躊躇いも無く頷いてくれたカマラに、私は感謝する。
辞する、と言っても、ユン君は間違いなく彼女を黙らせていただろうから。
「ミーティラ様もどうかお願いします。
お母様には後で必ず、ご報告しますから」
「私の今の任務は貴女の護衛。貴女の許可なしに重要事項を吹聴するようなことはしません」
「ありがとうございます。……大丈夫です。
魔王城の主 古の精霊国、エルトゥリアの守護精霊が私を呼ぶ前世。
『精霊の貴人』の名にかけて、ここにいる者は信用できます」
「え?」
本当に、今もこの人が誰かは解らないけれど、精霊の関係者。
私とリオンの前世を知る者なら、この誓いの意味は理解してくれる筈だ。
「解りました。
……シュルーストラム。
主と共にこの部屋全体に風、もしくは大地の障壁を。
一片の欠片も、言葉も、秘密も外に洩らさぬように」
『承知』
「シュルーストラム!」
私の言葉や、突然杖から顔を出した精霊に目を瞬かせたカマラやミーティラ様を無視して、シュルーストラムは――
「あの方は……一体?」
『フェイ』
静かな、でも反論を許さぬという強い声で名を呼び、首を横に振る。
「解りました」
フェイが呪文詠唱。
結界術を作動させたと同時、ユン君、いや、ユン君であった人はもう一度、
「マリク」
リオンの『名』を呼ぶ。
外見が変わった訳ではない。
髪の毛一筋さえも変わってはいない。
けれど、そこにいたのはもう、エルディランドの少年騎士貴族ユンでは決してない。
別人だと、私も、そしてここにいる全員が理解した。
「マリク。
この『星』の全ての移動、流動を預かる『精霊の獣』
己の力と名のもとに、自らの為すべき事を為しなさい」
厳しい口調。
命令するような言葉と裏腹に、リオンを見つめる瞳は穏やかで、暖かく。
そして……涙が出そうな程に優しかった。




