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地国 灰かぶり姫への求婚

 調理実習を終えた私は、とりあえず近くの部屋をお借りして身支度を整える事にした。

 服を汚さない為のコックコートと髪の毛を守る為の三角巾はしていたけれど、調理場での作業は、特にご飯炊きは灰や煤の匂いが着いちゃうから。

 私は料理をするなら当たり前のことだし、あまり気にしないけど大王陛下にお会いするなら、気を配るように、ミュールズさんに留意されたのだ。


 もう食事は始まっていると思うので、本当に手を洗い、軽く着替えて髪の毛を湿らせただけだけれど……、ふと。

 私はさっきの事を思い出した。


 何の躊躇いも無く、私の指先にキスを落したユン君。

 まだ会って数日の彼に、あんな深い、熱の籠った眼差しを向けて貰える理由は私には心当たりがない。

 例えお米……リアを上手に料理できたから、だとしても、過剰、だと思う。


 指先に残る感触が、洗っても落ちないみたいに、じわりと意識の端に残っている。

 あの場の空気。厨房の熱。藁の煙。油の匂い。

 その全部の上に、あの一瞬だけ、静かな澄んだ間が降りた。


 キスの後、彼は何も弁明せず、静かな微笑みで私達を見送ってくれたけれど。

 彼は、一体、何を思ってあんなことをしたのだろう。

 まさか、彼も大王陛下や養父様の命令で私にモーションをかけようとしているのだろうか?


「うん、多分そんなところだよね」

「何が、でございますか? マリカ様?」

「あ、うん。さっきのユン様の行動。

 プラーミァの大貴族と同じく、アレだよね。私の知識と地位が目的の求婚かな? って」


 私なんかを恋愛感情を持って好き、と言ってくれる人がいるはずないもん。

 地位と、知識と、調理技術が目的に違いない。

 とりあえず、そう言う人はきっぱりとお断りし、どうしても煩い時はリオンに対処して貰う。

 それがアルケディウスの基本対応だ。

 でも……。


「そうでしょうか?」

「え?」


 侍女のセリーナは身支度を整えながら不思議そうに小首を傾げた。

 濡らした布で私の手を拭き、襟元を整える仕草がいつも通り丁寧で、だからこそ返って、その言葉だけが浮き上がる。


「私には、あの方の視線は恋愛感情とか、欲とか。

 そう言うものとは無縁に思えましたが……」

「そう?」

「私も、そう感じます」


 カマラまで同意、と頷き返す。

 いつもなら護衛としての冷静さが先に立つカマラが、ここは迷いなく断じる。そのこと自体が、少し意外だった。


「なんとなく似た感情を持つから解る気がするのですが、自分を救ってくれた相手への心からの敬意。

 高い技術と能力を持つ方への賞賛。そんな思いが伝わってくるのです。

 肉欲と脂ぎった眼差しで姫君を狙っていたプラーミァの貴族とは本当にまったく違うと思いますが……」


 カマラは捨て子だった自分を救ってくれたエクトール様を心から敬愛している。

 恋愛感情では無い、思慕。敬意。崇敬。

 それを彼から感じるという。


 よく解らない。

 彼にそこまで敬意を持ってもらえる何かがあっただろうか?

 ただ、私が見ていたのは「今日の料理」と「これからの仕事」ばかりで、彼の眼差しの奥までは、ちゃんと見ていなかった気がする。


「と、とりあえず、行きましょう。そろそろ食事も終わられる頃でしょうし」


 私は皆を促して部屋の外に出た。

 廊下にはまだ宴の余韻の匂いが残っていて、遠くから食器の触れ合う音や、笑い声の名残が微かに流れてくる。

 外ではリオンが待っていてくれて、エスコートをしてくれた。


「ありがとう。リオン」


 私がお礼を言っても、リオンは難しい顔をしている。

 その横顔の固さが、いつもの「警戒」とは違う種類のものに見えて、少し胸がざわついた。


「どうしたの? なんだか怖い顔しているよ」


 やっぱり、さっきのキスが原因だろうか?


「……すまない。あの方を見てるとなんだか、胸の奥がチリチリする。

 多分、嫉妬してるんだな。情けない話だけど」


 私の疑問にリオンは素直に謝ってくれたけど……あの方。

 リオンにしては珍しい表現だ。

 自分と同格と認める各国上位の戦士にだって、あんまりそう言う言い方しないのに。

 しかも嫉妬していると素直に認めてる。

 グランダルフィ王子の時は、比較的余裕で受け止めてた気がしたのだけれど。


「指先への口づけは古くから伝わる騎士の声の無い言葉、

 ……手の甲にそれを贈るのが騎士の礼儀、挨拶だとすればもっと深い心からの賞賛や、崇敬。

 絶対の忠誠を意味する。

 あの方は、マリカ……様に敬意と忠誠をもってるのは間違いない。

 肉欲とか、計算とか、そういうのが一切ない、打算無しの感情だっていうのは解ってる。

 だからこそ……もやもやするんだ。

 何か、思い出さなきゃいけない事があるのに、思い出せない。そんな感じで……」


 ……ホントに珍しい。

 リオンがそこまで気にする相手?

 そう言えば国に来た時からずっとリオンはユン君を気にしてたっけ。

 歩く足音の間に、リオンの呼吸が一つ重くなる。言葉にしない焦りが、肩の硬さに滲んでいる。


「……ユン君も精霊の関係者だったりする?」


 私は本当に小声で聞いてみた。

 セリーナはともかくカマラやミーティラ様もいる。

 聞かれちゃ拙い、とまでは言わないけれど精霊の話はあんまり大っぴらに言う事はできない。


「……可能性はあると思う。でも、解らないんだ。後でフェイやシュルーストラムとも話してみる」

「そうして」


 とりあえず、会食場に到着したので会話はそこで終わり。

 扉の前で一度、息を整える。

 私は気持ちを切り替えて、皇女モードに戻った。

 ここでの反応を見て、次の実習の計画を立てないといけないからね。

 気を緩めるわけにはいかない。


 でも、そんな私に降りかかってきたのは思いもよらない反応だった。


「お前を、私の妻にしてやろう!」


 はい?


 入室していきなり、かけられた声に私は目を瞬かせた。

 反射で足が止まり、背筋だけが先に伸びる。


「スーダイ!」


 声の主は第一王子スーダイ様。

 心から、本当に良い提案をしてやっている、という満面の笑みで私を見るスーダイ様は、大王陛下の諌めの声も耳に入っていない様子だ。

 椅子を蹴るように立ち上がり、私の側にやってくるといきなり顎に手をかけた。


「ん? 灰臭いな。

 だが、……まあ、いい」

「第一王子!」


 護衛士カマラは止めようと声をかけるけど逡巡が見える。

 相手はこの国第二位の王族だ。無理も無い。


「私には正妃がいない。

 第三皇子の庶子ではエルディランドの太王母には今はまだ役者不足だが。そこはなかなかに整った容姿と、調理の技術で将来に期待する。

 其方は、我が妻となり、その技術、知識をエルディランドの為に使うのだ!」

「きゃあっ!」

「スーダイ!」「スーダイ様!!」


 そのままいきなり、迫ってきた顔!

 手を腰に回し、多分キスしようとしたのだろうけれど、私が必死で顔を背けた瞬間。


 バチン!

 ドン!!


 ふいに身体にかかる圧力が消えて自由になった。

 息が戻るより先に、背中側の空気が変わる。

 見れば、私の前に守るように立ちふさがってくれる二つの背中。


 え? 二つ?


 一つはリオンだ。

 間違いない。王子を押しのけ、私を救い出してくれた。

 で、もう一つ、王子の足を払い床に転がしたのは……。


「ユン君?」


 入ってきた時には気が付かなかった。

 私が着替えている間に、第二王子の護衛に戻っていたらしいユン君が、リオンが押しのけた王子の腕を背後から引き、足を払って床に倒したのだと後でカマラは教えてくれた。

 本当に、目にもとまらぬ早業、コンビネーションだった。

 と。


「な、何をする? 無礼者!

 第一王子に向けて!」


 下はキレイな絨毯だ。本気で叩きつけられた訳ではないので衝撃も殆ど入っていないと思う。

 その証拠に、我に返ったと同時、怒りに顔を真っ赤にしてがなり始めた王子だったけれど。


「無礼はお前です! いきなり国賓の姫に無礼を働くなど恥を知りなさい。スーダイ」

「父上……」


 国王陛下に諌められて声を無くす。


「突然のご無礼をお許し下さい。マリカ様」

「い、いえ。少し驚きはしましたが……一体?」

「『新しい味』の真価を知り、愚か者が舞い上がったようです。

 真、教育が足りず……」

「父上とてこのような美食が毎日食せれば、と仰せでしたでしょう?

 であれば、この娘を妻としてエルディランドに留めれば金を支払うことも無く、レシピを得て、エルディランドの『食』を発展させることができると……」


 あー。

『新しい味』を気に入って下さったのはいいけど、それを本人の前で言っちゃう?

 正妃がいないって言ってたけど、ホントに女の人と付き合ったことないんじゃなかろうか?

 プラーミァの大貴族だって、表向きはちゃんと『貴女が好きです』って言ってくれてたよ。


「申しわけありません。第一王子様。

 私には婚約者がおりますし、国の事業を預かり、各国に『新しい味』をお伝えすることを仕事として任されております。

 例え、第一王子様の求婚であっても軽々に応じる事は叶いません。

 お許し下さいませ」


 ドレスの裾をもって優雅にお辞儀を返すけれどもスーダイ様の怒りは収まらない様子。

 怒気がそのまま熱になって、場の空気までざらつく。


「婚約者、などたかが騎士貴族であろう? それを王子と比べるというのか?」

「はい。最低でも婚約者リオンを、剣技でも知識でも上回る存在で無くば求婚は許さぬとは父ライオットの言葉にございます」

「ぐっ……」


 世界に不老不死を齎した勇者一行の最後の一人。

 生きた伝説 アルケディウス皇子 戦士ライオットの名は思う以上に力が強いと、旅に出て知った。

 プラーミァは特に皇子がプラーミァの血を引いている事もあるかもしれないけれど、英雄として崇められていて、その娘ということで私もかなり良く見て貰った。


『身分や地位を笠に着て無理を迫る奴がいたら、遠慮なく俺の名を出せ。

 それで黙らなかったら、実力行使して構わん』


 とお父様(本人)は言っていた。

 生粋の戦士であるが故に婿にも実力を求めると言えば、通るだろうと。

 実際、その通りの抑止力になって下さっている。

 まあ、プラーミァは戦士の国なので、実力行使に出た人も多かったけど、流石にこの王子がリオンに挑んで適う訳がない。


「……王子の強さは、腕力ではない……!

 ユン! お前が私に代わってこの婚約者を……」

「お断りします」


 きっぱり。

 王子が全ての言葉を紡ぐより早く、ユン君は一刀両断、切って捨てた。


「貴様! 王家の守護を預かる騎士団の師長の身でありながら、王子の命令に逆らうのか!」

「私は姫君の案内と護衛の命を大王陛下より賜っておりますれば。

 それに個人的にも、姫君に恩をお返しすると誓っております」

「こ、この……子どもの分際で生意気な……。父上!」

「本当に黙りなさい。スーダイ。

 恥を知れ、と言ったのがまだ解らないのですか?」


 呆れ果てた様に息を吐くと、大王陛下はわざわざ立ち上がり、私の側に来て、頭を下げて下さった。

 第二王子もそれに続く。

 どちらも第一王子のことはガン無視だ。


「愚かな息子のご無礼をお許し下さい。

 完全に教育を誤ったようです。今日の食事は大変に美味しゅうございました。

 特にサラダとスープ、デザートが絶品であったと思います。

 リアの調理も見事なもので、幾度が食しておりましたがここまで美味になると初めて知ったほどです。

 どうか愚かな息子に懲りず、滞在中可能な限りのご指導をお願いいたします」

「かしこまりました」

「姫君、私も改めて『新しい味』その実力に感涙致しました。

 我が一族のショーユとサケの真価を引き出して下さった事も。

 リアの藁を使った調理法も。

 我々がお力になれる事があれば、なんなりとお申し付け下さい」

「ありがとうございます。では……」

「お前達! 私を無視するなぁ!」


 その後は、大王陛下、第二王子と一緒に今後の実習や調査計画などを立てたのだけれど、第一王子は完璧に蚊帳の外。

 挙句の果てに煩いと大王陛下の命令で外に出されてしまった。


 絵に描いたようなバカ息子だけど、ちょっと気の毒でさえある。

 ……逆恨みとか、されないといいなあ。

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