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地国 調理実習を見つめる瞳

 翌日から、私は仕事に入る。

 実習は風の刻から。


 だから地の刻が少し過ぎた頃に起こして貰い、動きやすい服装に着替えた。


 プラーミァからのお土産の朝果物で軽く朝食を済ませ、白いコックコートと三角巾を用意して、セリーナに持って貰う。


「行ってきます。

 多分、今日から交渉が始まると思うのでミリアソリス。

 レシピの写しや準備をお願いします。ミュールズさん、こちらのことはお願いします」


「お任せ下さい。いってらっしゃいませ」


 カマラ、リオン、ミーティラ様と一緒に麗水宮を出る。

 ノアールはお留守番して掃除や下働きをしながら、読み書きの勉強だ。


 フェイやアル達には街や周辺を見てきてくれるよう頼んである。

 この国の農業や商業の様子を確認し、カトラリーや調理道具の製造を委託する為だ。


 食材の仕入れもできればいいけれど、それは第二王子管轄のようなので、まずは第二王子の胃袋を掴んでから。


「本日は宜しくお願いします」


 出迎えの人に案内されてやってきたのは太礼殿。

 流石に今日は大勢の人達の出迎えは無かったけれど、代わりに案内された執務室には、大王様、第一王子、第二王子、そして王妃様までが待っていて下さった。


「到着して早々、お手を煩わせてしまい申し訳ありません。

 今日はこの国の副司厨長と第一王子、第二王子派遣の料理人にご指導を賜りたく存じます」

「了解いたしました。材料はお願いした通りご用意いただけましたでしょうか?」


 この国にどの程度の野菜や材料があるのか解らないので、とりあえず初回は昨日の晩餐会に使ったのとほぼ同じ材料を用意して貰った。


 鶏肉、キャロとサーシュラ、ソーハの実。

 ベーコンに小麦粉、それとは別口で卵と牛乳をお願いした。

 後はリアと……。


「容器を作る為に残していたところがありましたので持ってこさせましたが、何に使うのでございますか?」


 第二王子にお願いして持ってきて貰ったのは稲わらだ。

 米俵が藁で編まれている。捨てていないとは思ったけれど、良かった。

 これで予定通りにできそうだ。


「それは完成してからのお楽しみです。

 では、昼餐の時間をお待ち下さいませ」


 ひとまずご挨拶して私は部屋を辞したのだけれども——


「お待ち下さい!」


 背後から呼び止める声に振り返る。

 見てみると第二王子様とユン君。


「どうかなさいましたか?」


「できれば、どうか姫君の調理を間近で拝見させて頂けませんか?

 お邪魔は致しませんので……」

「えっと、それは厨房にお二人が入る、ということですか?」

「はい」


 どうしよう、と少し迷う。

 でも別に見られて困るものでもないし、護衛達も厨房の端にはいるし……。


「昨夜も申しました通り、一族の祖、カイトの無念は、物は作れても、それを生かしきる知識、技術を持たなかったこと。

 一朝一夕に得られるとは思っていませんが、少しでも知識を得て、広げ、その無念を晴らしたいのです」


 第二王子にこう真剣な目で頭を下げられては、ちょっと断れない。


「解りました。とりあえず、今日は見ているだけとお約束下さい。

 あと、必ず手洗いをお願いします」


「かしこまりました」

「ありがとうございます」


 そんなこんなで、調理実習を始めさせて頂く事になった。


「今日の料理は鶏肉づくしで参ります。

 前菜は鳥皮の甘煮とささみ肉のマヨネーズ焼き。

 サラダはサーシュラと茹で鶏のドレッシング和え。

 スープは鶏ガラスープを取って卵スープに。

 メインはチキンソテー。

 あとはご飯を炊いておむすびにします。

 デザートはパウンドケーキをお教えしますね」


 厨房に立つ料理人さんは三人。


 聞けばエルディランドも司厨長はアルケディウスに研修に行っているので、今指揮を執るのは第二位の方だそうだ。

 それに第一、第二王子家の料理人さんが各一人ずつ。


 他の王子も興味を持ったけれども、今回は遠慮したという。

 子どもで女から指導を受けることに、やはり色々と言いたい事はありそうだけれど、料理人さん達もそこはプロ。

 しかも上司が見ているので、あからさまな反抗は見えなかった。


「では、まず時間のかかることからやっていきます。鶏ガラスープから」


 肉を各部位に分けた残りの鶏ガラでスープを作る。

 持参したチスノークとインクヴェリア。

 向こうのニンニクと生姜、あとサーシュラの芯を入れて臭みを取り、灰汁取りを小まめにしながらサラダチキンや前菜も作る。


 この国にも玉ねぎはあるだろうか?

 葱もあると料理の幅が広がるんだけどなあ~。


 今まで鶏肉はほぼ丸焼きメインだったというので、鳥の解体は私の方が早かった。

 鳥の骨も終われば捨てていたらしい。


 もったいない。

 ローストチキンの残りの骨でも、そこそこいいスープができるのに。


 マヨネーズと、ビネガーは、どこの国でも驚いて頂ける。


「なんと!」

「このような味わいのソースが!」


 鶏肉の甘煮には醤油と酒を使い、茹で鶏は下ごしらえしてサラダチキンを作り、お酢とプラーミァから貰ったキトロンを合わせたドレッシングで和える。

 パウンドケーキはプレーンなものと、昨日サフィーレの甘煮を小さく切ったものを入れて二種類作る。


 部屋の中にだんだん、鶏ガラスープの力強い匂いが漂い始めて来る頃には、料理人さん達の態度は完全に変わっていた。


「な、何だ? このスープの力強い味わいは!」

「姫君! どうしてこんなに鶏肉が柔らかく、濃厚な味わいになるのですか?」


 ローストチキンが悪いとは言わないけれど、肉にはそれぞれ味わいの特徴があり、それを生かした料理をした方が美味しく感じられると思う。


「鳥皮は脂が多いので茹でるとさっぱり抜けて触感が楽しめます。

 鶏肉は砂糖を使う事で肉が柔らかくなるんです。甘味も付きますし」


 料理は計算と科学なのだ。


「あと、リアの美味しく、そしてやりやすい炊き方もお教えしますね」


 電気炊飯器がない時代なので、この世界の炊飯は鍋で直火炊きが基本。

 でも、この大きな厨房の分厚い鍋なら羽釜代わりに使えそうだ。


 お願いして、米俵を作る用の藁も持ってきて貰ったので、マンガで見てやってみたかった藁炊きご飯をやってみせる。


 昔、ドラマにもなった料理屋女将のマンガも私の愛読書だった。

 ドラマは今一だったけど。


 その中で藁だけでご飯を炊くというのがあったのだ。

 薪を用意するよりもやりやすそうで、今も印象に残っている。

 その後、近くの民俗資料館での竃炊きご飯を体験して、ああ、これはこういう意味だったんだと我ながら納得したものだ。

 私の知識のかなりな所が、ラノベやマンガや本の知識だけど、それを恥じた事は無い。

 マンガで得た知識も立派な知識だとにゃんこも言っている。


 で、お米の炊き方は、有名な唄がある。


「はじめちょろちょろ、中ぱっぱ。

 じゅうじゅう吹いたら火を引いて、最後に藁をひとつかみ。

 赤子泣いても蓋とるな」


 始めはゆっくり、お鍋の底を弱火で温めて。

 その後は藁をたくさんくべて、ガンガン強火。


 吹きこぼれが出て来たら、ゆっくり中火から弱火へ。

 本当に藁をくべる手を少し休めると、火が落ち着くみたいだ。

 それから弱火を維持して、最後強火で水分を飛ばして、美味しいおこげを作る。

 セリーナが助手をして藁運びなどをやってくれた。


 この世界での炊飯は二度目。

 上手くいくかかなり緊張したけれど、じっくり蒸らして蓋を開けてみれば驚くほどにピカピカ。


 綺麗に炊けた。


 うん、藁炊きご飯は固い薪を使うより、女性に向いている気がする。

 難点は……灰と煙を間近で浴びるので髪や手が灰かぶり(サンドリヨン)になってしまうこと、かな?

 それはまあ仕方がない。


 後は鳥のチスノークと醤油を使ったもも肉ソテーを作って、エルディランドで最初に作ったおむすび三種をパン代わりに添えて。


 昼餐用のメニューは完成だ。


 このメニューのデザートにパウンドケーキは合わないかとも思うけど、そこはまあ、それ。

 一番各国にとって社交の武器になるものだろうから。


 基本は大事。


 その後、氷菓や米粉を使ったクッキーやパウンドケーキ、お団子はこれからゆっくりとお教えしていけばいい。

 と、一通り集中して教え終わって、私はふと壁沿いを振り返る。


 第二王子とユン君は、まんじりともせずに私達の作業を見ていたようだ。

 調理実習開始から、本当に足の場所一つ変わっていない。


「第二王子様、ユン様。お疲れ様でございます。

 お味見など、いかがでしょうか?」


 私は手を軽く洗ってから、お皿に並べた小さく切ったパウンドケーキの端きれを指し出してみる。


「頂いてもよろしいのですか?」

「どうぞ。第二王子様の分はこれからお運びしますが、役得、ということで……」


 爪楊枝代わりの串を刺したパウンドケーキを口に運んだ途端、二人の眼が大きく見開いた。


「こ、これは……」

「素晴らしい。口の中でふんわりと解けるようだ……」

「アルケディウスの王宮でも人気の品です。色々入れたり上に飾る事で味わいも変わりますよ」

「甘味だけで、これとは……料理を食べるのが楽しみですね」

「第二王子様。そろそろ、用意ができたので運びます。

 向こうにお戻りくださいませ」


 担当料理人の言葉に頷くと、第二王子は私に静かに頭を下げる。


「本当に、見事な手順で魅入ってしまいました」


「お褒めに預かり光栄です」


 私は丁寧にお辞儀をして素直な賛辞に礼を返す。

 後は味を気に入って貰えると良いのだけれど。


 第二王子が退室したのを確かめて私は料理人さん達に声をかける。


「では、皆様、給仕をお願いいたします。

 私は着替えてから、ご挨拶に上がりますので……」


 丁度一の夜の刻が終わる、昼食時だ。

 今から着替えて身支度を整えれば、昼餐後の挨拶と感想伺いには丁度いいだろう。


「ありがとうございます。

 もしよろしければ、後ほど料理のコツや注意点などお教え下さいませ」

「解りました」


 どうやらエルディランドの料理人さん達も、他の国と同じ。

 今までにない調理技術でも、それが美味に繋がると解れば素直に受け入れてくれるようだ。

 ありがたい。


 あ、そうだ。


「ユン様、私が作った分の食事、召し上がって下さい」

「よろしいのですか?」

「はい。私はご挨拶に伺わないとならないので……」


 お盆をユン君に渡し、ざっと後片付けをして私は


「リオン、カマラ、ミーティラ様。お待たせしました」


 随員達に声をかけた。

 厨房を出ようとしたその瞬間——


「姫君」

「わっ! なんですか? ユン君」


 スッと、味見用のプレートランチを食べていた筈のユン君が、私の前に跪いた。


「貴女に感謝を。

 素晴らしい味の料理の数々。

 自分が作ったものを活用することができなかった……始祖、カイト。

 彼の無念を姫君は晴らして下さいました」


 どこか潤んだ瞳でそう言うユン君に、私は慌てて手を振る。


「そんな、大袈裟ですって。

 でも、これからまだまだ、もっと色々な料理を作りたいです。

 カイトさんの努力の結晶を、絶対に無駄にはしませんから」


 そうだ。

 私が作ることはできないと諦めていた醤油と酒という希望を、カイトさんは与えてくれた。


 彼の思いと努力は、もっと称えられるべきだ。

 できるなら世界中に広げていきたい。


「……ありがとうございます。やはり……貴女は美しい」


「へ?」


 ビックリして、固まった。

 リオンや随員達も驚きに目を見開いている。


 だって、だって。

 ユン君は私の手を取り、キスしたのだから。


 料理を終えたばかり。

 灰や食材の油で汚れた、キレイとはとても言えない、私の指先へと。

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