地国 エルディランドの王子達
「エルディランドでは、あまり男女のダンスを楽しむという習慣が無いのです。
その代り、茶と酒と甘味で、ゆっくりと会話を楽しみます。
姫君も、どうか気楽にお寛ぎになって下さい」
料理が片付けられたテーブルには、その言葉の通り、お茶や葡萄酒などが並ぶ。
銀の茶器からは湯気が細く立ち上り、甘い果実酒の香りがほのかに広間へ広がっていく。
下位の席の人達は上位の人などにあいさつ回りを始めたようだ。
舞踏会、というより歓談会だね。
でも甘味、という言葉があったけれども並んだ菓子は金平糖めいた砂糖菓子だけで、後は何もなかった。
小皿の上にころころと並ぶ砂糖の粒は宝石みたいに綺麗だけど、種類はそれだけ。
うーん、シンプル。
あ、そうだ。
「大王陛下。
献上したい品があるのですが、よろしいでしょうか?
プラーミァで作ってきたチョコレートが些少ですがありまして。
エルディランドの方にも召し上がって頂きたいと思っていたのです」
「おお、それはありがたい。ぜひ、王子達にも『新しい味』を味合わせてやって下さい」
側に控えていたミーティラ様に頼んで、荷物からエルディランド用のお土産を持ってきて貰う。
木箱に布を張って高級感を出したチョコレートボックス。
蓋を開けると、柔らかな香りがふわりと立ち上る。
中身はプラーミァで実習の傍ら作ったトリュフとプラリネだ。
艶のある丸い粒が整然と並び、ほんのりとカカオの甘苦い香りが漂う。
勿論、この分はちゃんとお金を出して買い取ったよ。
「陛下はあまりチョコレートがお好きでは無かったかと思われますが……」
「いや、濃い、と思うだけで味そのものは嫌いではございません。ありがたく」
一つ、毒見をしてから大王陛下へ箱ごとお渡しする。
「うむ、やはりこの鮮烈な味わいは『新しい味』そのものですな」
「私も大好きなのです。頂きますわ」
大王陛下と王妃様が嬉しそうに口にするのを見ると、こちらのテーブルを伺う周囲の喉がごくりとなったのが聞こえるようだ。
怒られたばかりなので第一王子はまだ顔を背けているけれど、興味はこちらに向けられているのが解る。
カタン
席を立つ音がして。誰かが立ち上がった。
「ご挨拶をお許し下さい。
アルケディウスの聖なる乙女」
声をかけて来たのはユン君だ。
騎士団を預かると言っていたし『王子』の養子。
宴席に席を用意されるくらいだ。きっと彼も未来の『王子』候補なのだろう。
「ユン様、案内と護衛、ありがとうございました」
「こちらこそ、お世話になりました。
義父が姫君にぜひ、ご挨拶したい、と申しておりまして」
「貴方は……」
ユン君と、女性を従え丁寧なお辞儀をして下さる方に私は覚えがある。
「マリカ姫。
これは、現在我が国の国務の取りまとめをする第二王子でございます」
大王陛下がご紹介下さった事で思い出した。
「確か国王会議の時に、大王陛下と一緒においでになり本を渡して下さった方……」
「覚えていて下さったとは恐縮です。
私はグアン、製紙印刷と醸造を生業とする『カイトの一族』その長を務め、現在『第二王子』の地位を賜っております。
こちらはセリカ。私の妻です」
黒髪、黒い瞳。
逞しい体躯、理知的な瞳。
年齢は三十代前後に見えるけれど、落ちついた雰囲気は大人を感じさせる。
お父様とベクトルは違うけど、カッコいいと素直に思える男性だ。
奥方も綺麗なサラストの黒髪。和風を思わせる美人さん
「グアン様、奥方様。改めましてアルケディウスのマリカと申します。
グアン様とそのご一族の事業に、とても関心がございまして、ぜひ好を頂ければと思っておりました」
私は立ち上がり、正式な礼で挨拶をする。
「ユンから話を聞いております。
初めて見るリアを巧みに調理し、ショーユを使いこなして思いもよらぬ美味を作り出すと。
私も、お会いしたかった。
書物の発注と言い、料理の技術と言い。
貴女も我が一族の祖にして『精霊の眼』を持つ者。カイトと同じものを見る方ではないのかと……」
やっぱり、と心の中で思ったけれども、今は人目が多すぎる。
「グアン様、ユン様には先日お願いしたのですが、近いうちにお時間を賜れませんでしょうか?
醤油、酒をアルケディウスは輸出適うなら、可能な限り購入したいと思っております」
ニッコリ微笑んで目配せ、一礼。
ショーユ、ではなく醤油、サケではなく酒。
多分これで解って下さる。
その証拠にグアン様は、一瞬目を見開くと嬉しそうに頷いて下さった。
「……了解いたしました。王宮での仕事に区切りがつきましたらいつなりとお声かけを。
最優先で応じさせて頂きます。
もし興味があれば印刷の方も、ご案内させて頂きますよ」
「ぜひ!」
ミリアソリスに頼んで具体的な話を決めさせて貰おうと思った、その時だ。
「お前達! 私を差し置いて何を楽し気に話している!」
また煩い声が響いてきた。
「黙りなさい、と言った筈ですよ」
「父上も! 国賓に紹介するのであれば、第一王子である私を先にするのが筋ではございませんか?」
「国務も特に執り行わず日々遊び惚けてばかり。
あげく国賓に無礼な口を利く愚か者を紹介する言葉などありません。
姫君に名を覚えて貰いたいと思うのなら、自分から挨拶に来なさい」
大王陛下の正論オブ正論にぐっと唇を噛みしめた第一王子は、勢いよく椅子を蹴り飛ばすと、グアン様と私の前に割り込む様に身体を入れた。
重たい椅子が床を擦る鈍い音が広間に響き、周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。
あんまり近すぎて怖い。
私とグアン様達が後ろに下がったのをどう思ったのか、満足そうに笑うと彼は誇らしげに胸を張る。
「私がエルディランドの第一王子 スーダイ。
大王陛下と正王母の第一子にして唯一の男子。
この国のただ一人の正統王位継承者だ」
心の中でため息をつく。
……ケントニス皇子の時も思ったけど、こういう人が王位に付かずにすんでいたのだなら、不老不死世界でも良かったかもね。
さっきの会話からして仕事もろくすっぽしてない放蕩息子と見た。
でも、正王母ってことは、王妃様の子どもではないのかな?
「丁寧なごあいさつありがとうございます。
どうぞ宜しくお願いいたします。
王子様方もよろしければ、少し変わった菓子ですがいかがですか?」
とりあえずでも挨拶をした相手を無下にするのも大人げないので、返事を返した後、私はチョコレートをお二人に振舞う事にした。
パウンドケーキも焼いて来れば良かったかな?
でも旅行中に固くなっちゃうと思ったんだよね。
既に大王陛下と王妃様が召し上がっているのでどちらも、毒見などと口うるさい事は言わずに手に取って下さった。
口に頬張ったお二人。
どちらも一瞬で目の色が変わる。
「こ、これは……」
「これが、菓子なのか?
甘いのに……ほろ苦い」
「プラーミァ特産の果実で作るチョコレートというものだそうですよ。
チョコレートと同じものは難しくても、ただ、砂糖を固めただけの菓子とは違う、新しい菓子はエルディランドでは作れませんかな?
姫君」
「作れます。リアとソーハだけでも色々なお菓子を作ることが可能になるでしょう」
私は即答した。
実際、大豆とお米があれば、おもちにおせんべい、お米を干して上新粉を作ればお団子とか色々なお菓子ができる。
上新粉の作り方もあったんだよ。お料理お父さんには。
近頃は小麦アレルギーの子とかもいたから、米粉菓子も色々作られてた。
米粉は小麦粉と同様に使えるのでクッキーやパンも可能。
米粉ピザとかけっこう美味しい。
正直プラーミァの香辛料探しより『知っている』所なので、レパートリーに自信はある。
「どうです?
お前達。この味を知って晩餐会の甘煮で、こんな砂糖菓子で満足できますか?」
大王陛下は二人の顔を見て笑う。
それはしてやったり、といういたずら小僧のような楽しそうな顔だ。
大王陛下、結構お茶目な所あるよね。
「姫君」
「え? あ、なんでしょう?」
スッと、グアン様が膝を付いた。
まるで流れるような仕草で見惚れて止め損ねてしまった。
「明日より、姫君は王宮で調理の指導を始めると聞き及んでおります。
どうか、その場に我が一族の料理人も入れる事をお許し頂けないでしょうか?」
「ど、どうしてですか?」
「始祖、カイトの口癖でした。
『ああ、もっと料理を勉強しておくべきだった』
と。ユンからも姫君が旅先の設備もろくにない厨房で、見事な料理を作ったと聞き及んでおります。
リアやソーハ、ショーユやサケを使いこなすことが可能な知識をお持ちなら、ぜひお授け頂きたいのです」
……なんとなく、解る。
私は趣味で自炊してたけど。
カイトという男性が、日本の平均的な青年であればラノベや小説、漫画で製紙技術や印刷技術、酒の醸造知識や醤油作成などを見たことがあっても、料理ができないでもコンビニ、外食で全く困らなかった現代日本。
調理知識をもっていなくても不思議はない。異世界で、それを後悔したというのも有りうる話。
「それは……私は構いませんが、大王陛下がお決めになる事ですので」
「正当な代金の支払いをするならいいですよ。
材料費込 金貨五枚」
大王陛下の言葉に第二王子の返事は一瞬の躊躇いなく返った。
「かしこまりました。戻り次第急ぎ手配を致します」
「抜け駆けするでない。グアン! 父上、私も! 私もお願い致します!」
「興味が湧いたのなら構いません。
でも王子であろうとなかろうと、取るものは取ります。
価値のある仕事には、正当な評価と代金を。
安売りなどさせません」
うーん、どっちもタイプは違うけど、解りやすい。
特に第一王子はケントニス様タイプだ。
これは、けっこうちょろそう……。
「では大王陛下、明日から調理実習を始めてもよろしいですか?」
「姫君も長旅でお疲れでは?」
「プラーミァでの滞在が伸びてしまいましたし、私がここにいられる時間も限られております。
こちらの準備がよろしいようなら、明日からでも」
「だそうですよ。二人とも」
「承知いたしました。明日には必ず」
「娘! 大口を叩いた『新しい味』の神髄とやら、見せて見ろ!」
細かい手配と説明についてはミリアソリスに頼んでその場は終わった。
でも二人の王子、特に第一王子の変容に他の王子達も乗り遅れてはいられない、と思ったのだろうか。
お二人が下がると、次々に、挨拶にやってきた。
国務を預かる大臣クラスの王子から、各領地を預かる大貴族扱いの王子まで。
本当に絶え間なくやってくるので、プラーミァから事前に貰った情報が無ければ、完全にテンパっていたと思う。
そのせいで、グアン様やユン君とその後、ゆっくり話している時間はなくなったのだけれど、私はエルディランドでの仕事を前に、確かな手ごたえを感じたのだった。
◇◇◇
「父上、いかがでしたか?
アルケディウスの『聖なる乙女』は?」
「かつてとは別人のようで、けれど同じ魂をしていると解ります。
強き意思と優しさ、そして高き知性は変わっておられない」
「それはそれは……」
「彼も、前よりも良い目をしていましたね」
「勇者の転生はやはり噂通り、大聖都の者ではなく?」
「そんなのは一目見れば解っていた事です。五百年の時を無駄には生きて来なかったのでしょう。
それにあの方も『俺』のようにあちらでの世界を無駄には生きて来られなかった……」
「父上は無駄に生きて来られた訳ではありません。
きっと、この日の為にこそ……」
「ええ。『星』の仕打ちを恨んだこともありましたが、私がこの地に生まれたのも、彼女の為になる為であったのでしょう。
……頼みましたよ」
「はい。我が一族の全ては麗しの姫の御為に」




