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地国 エルディランドの宴

 私達に与えられた麗水宮というのは一軒まるまるの宮殿だった。

 勿論、小規模では在ったけど、言ってみればコンドミニアム?

 庭には名前の通り、美しい水が流れる池と川があり、月明かりを受けて水面が薄く銀に揺れている。

 部屋も多数。

 小さな厨房も、お風呂も生活に必要なものは全て揃っていた。

 廊下の床板は艶があり、朱い柱の端々に金の飾り金具が光って、こぢんまりしているのにどこか贅沢な空気がある。


 二階建てで、二階に一際大きく豪華な寝室が有ったので、そこを私の部屋にさせてもらった。

 窓の外には池が見え、寝台の天蓋から垂れる薄布がふわりと揺れて、夜の湿り気を柔らかく運んでくる。


 精霊獣ピュールは宮の中で放し飼い。

 オルドクスと同じで、食事はするけれど食べ物のもつ力を取り入れているだけのようで、排せつとかしないから館を汚す心配も無い。


「外にはいかないでね。知らない人に捕まると困るから。夜には部屋に帰って来て。一緒に寝ようね」


 と言い聞かせれば解った、と返事をするように肩に乗って顔を舐めてくれた。

 温かい舌が頬を掠めるだけで、不思議と緊張が少し緩む。


「二階は女性部屋、一階は男子が使って」

「解りました」

「二階は原則、男子の立ち入りは禁止でお願いいたします」

「心得ております。夜は交代で護衛騎士が階段と部屋の外の見張りに立ちますので」


 荷物を運び、部屋の準備を側近達が整えてくれている間、私は今日の宴席やこれからのことについて考える。

 異国の匂いのする宮殿の空気の中で、頭だけがいつもの仕事に切り替わっていくのが自分でも少し可笑しい。

 まずは基本的な料理の指導だろう。

『新しい食』は知らないとみて、基本を教える。


 今日の宴席の料理を見てレベルを確かめて、醤油とお酒を使う和食、中華料理メインの料理を伝えて。

 リアやソーハも活用する。

 その過程で、第二王子に謁見させて頂いて、醤油、お酒の正式輸入を依頼。

 あとはお味噌と塩麹を作りたいから、種麹を分けて貰いたい。

 ソーハも使わせて頂いて、お豆腐とか作れないかな。

 にがりが無いから難しいかな?


 やりたいこと、やらなくてはならない事を木板に書き止める。

 木板の上で炭の字だけが増えていくのを見ていると、落ち着く反面、責任の重さもじわりと胸に沈んだ。


「姫様、用意が整いました」

「ありがとう」


 身支度を整えたり色々と準備している間に、日は落ちて宴の時間になった。

 外の庭からは水音が微かに届き、灯りの匂い――油と木と、少し甘い香の混ざったような空気が廊下に満ちている。


 今回は民族衣装じゃなくって普通の礼服を着る。

 プラーミァの時に注意されたのだけど、この世界には、向こうの世界で言う所の統一衣装である洋服と、その国々で着る民族衣装がある。

 民族衣装は礼服扱いで、日本で言うなら着物?

 正式な席に着るものだけど、複数の国の王族が集う宴の時はあまり民族衣装は着ないものなのだとか。

 浮いてしまいがちだから。

 プラーミァでは家族同然だったし、私の出自を表す意味もあるので気にされなかったけど、他国では気を付けた方がいいとフィリアトゥリス様が教えて下さったのだ。


「あと、贈っておいてなんですが、他国の民族衣装を宴で王族が着るのは止めた方がいいです。

 その国の支配を受け入れた、というような意味合いがあるので」


 つまり、求婚者がやたらとドレスとか贈ってきたけれど、それを下手に着ていたら


「相手の求愛を受け入れた」


 みたいに思われていた可能性がある、と。

 お貴族様めんどくさい。

 ホント、最初の国がプラーミァで良かった。


「ご案内申し上げます」


 優美な燈篭をもって先導してくれる使用人さんの後に着いて静かな廊下を歩く。

 燈篭の明かりが床に朱と金の揺らぎを落とし、影がふわりと伸び縮みする。

 エターナルライトの精霊術でばばーんと明るくしてしまう王宮が多いけれども、この宮殿は自然の灯りが生かしてあってムードがあるなあと思った。

 灯りの少なさの分だけ、漆塗りの柱や欄間の彫刻がじっと深い陰影を持って目に入ってくる。


 謁見の間とは違うけれども同レベルの豪華絢爛な部屋に、いくつもの丸テーブルが並んでいる。

 長い四角机にずらーっと並んで座るのが宴会のイメージだったけど、まるで中華料理屋さんのようだ。

 円卓の中央には回転台があり、まだ蓋のされた皿がいくつも置かれているのが見える。

 あ、ここは中華風の国だもんね。


 案内人に指示されたテーブルは最奥、大王陛下と恐れ多くも同じテーブルだった。

 同じテーブルに着くのは私を入れて四人。

 随員の席は無いので、リオンとカマラ、ミリアソリスは壁沿いに立つ。

 セリーナは私の食事の給仕だ。

 大王陛下と、王妃様と、もう一人の男性と……私。


(うわー、なんか嫌いなタイプ)


 悪いけど、第一印象はそうだった。

 中年、年齢は四十~五十代半ば。

 お父様と同年代っぽいけど、圧倒的にこっちの方が老けて見える。

 精悍さとか欠片も無い。

 丸々と太った体躯、脂ぎった手。

 黄色の豪華で精密な刺繍が施されているのに似合ってない服装。

 他の方達は統一衣装?

 民族衣装じゃない、基本形のチュニックを着ているのに一人だけ中華風の服を着ているのは本当に浮いている。


「マリカ姫は私の隣へ」

「ありがとうございます」

「お久しぶりですね。マリカ様」

「メイレン王妃様。ご無沙汰しております」


 王妃様と大王様の間に挟まれるように席に入れていた私は、自然とその人と顔を向き合う形になる。

 彼の私を見る粘つくような視線が嫌で、思わず顔を反らしていた。

 席から察するにこの人が大王様と王妃様の長男にして第一王子スーダイ様なのだろう。

 太った中年男にはトラウマがあるので、悪いけれど目を合せるのも嫌だ。

 喉の奥がきゅっと固くなるのを、深い呼吸で押し込める。


 顔を横に戻して大王様を見ると、葡萄酒のグラスを高く掲げておられる。

 私も真似してジュースのグラスを手に持った。


「我が国に、神と精霊の祝福を齎す聖なる乙女がご訪問下さいました。

 類まれなる英知と技術を持つ彼女は、我が国に新たなる光を与えてくれるに間違いはありません。

 聖なる乙女の来訪と、エルディランドの未来に祝福を。

 エルトゥルヴィゼクス」

「エルトゥルヴィゼクス!」


 中華風の部屋の中に、異国の乾杯の声は不思議な感じ。

 高らかに響いた精霊への祈りと共に、私達の新しい国での生活が始まったのだった。


 ちなみに、宴会の席の料理はいつもと同じ感じの中世料理だった。

 銀の蓋が持ち上げられるたびに湯気と肉の匂いが立つのに、期待していた香りとはどこか違う。


 メインは塩と胡椒をたっぷり使っただけの鳥の丸焼き、サラダはサーシュラと茹でたキャロの乱切りにと豆を合わせて塩をかけただけのもの。

 あ、この豆。大豆だ。

 こっちではソーハだっけ?

 向こうの世界と、うん、味も変わらない。


 焼きベーコンは、アルケディウスのものを使ったのか美味しかったけど、塩味だけの野菜スープ。

 せっかくお醤油があるんだから、スープに少し入れればいいのに。

 後は固焼きパンにチーズ。

 せっかくリア……お米があるのに使わないのかと残念になる。

 デザートは砂糖をたっぷり使ったサフィーレの甘煮。

 満漢全席が出てもおかしくない豪華な部屋にちぐはぐでもったいない。

 豪華さの器に、肝心の中身が追いついていない。そんな印象が拭えなかった。


「どうですかな? 姫君?」


 むしゃむしゃと、他の貴族達は楽し気に食べているけれど、大王陛下と王妃様の食の進みはあまり芳しくは無い。

 私の表情から美味しくないと思っている事はバレているだろうから、隠さず正直に感想を口にする。


「そうですね。

 美味しいですが、普通の、よく言えば古い味だと思います。

 せっかくお醤油やお酒、リアやソーハなど良い素材がありますのに、もっと活用なさらないのですが?」

「リアなど、味のないただの草の実であろう!」

「え?」

「スーダイ!」


 突然テーブルの向こうから、聞こえる苛立ちを孕んだ響き。

 頬張っていた肉を飲み込んで、初めて声を上げた王子は、私を睨み付ける。

 王妃様の諌めるような声にも耳を貸す風もない。


「肉の濃厚な味わい。菓子の強く頭に響く甘み。この美味に何の不服がある?

 そもそも。あんな草や豆に、いじくりまわして作ったものに、一体何の価値があるというのだ!

 ……まあ、酒精は飲んでやらんでもないが、あんな下らないモノを王宮の晩餐の席に乗せるなど、私が許さぬ!」


 唾を吐き散らかしながら騒ぐ王子に周囲は呆れた様に息を吐き出していた。

 食器の触れ合う音が一瞬だけ止み、空気が薄く張りつめる。


 程近い席にユン君がいて、隣に肩を竦める男性がいるからあの人が第二王子グアン様なのかもしれない。

 いつものことなのかな? これは。


 でも、があがあと喚き散らかす王子は


「黙りなさい。スーダイ。食事中。

 来賓を歓待する宴の最中です。行儀が悪い」

「……父上」


 重く、短い……大王陛下の声に言葉を失い、凍り付いた。


「私は、姫君と話をしているのです。

 お前の意見など聞いてはいません」


 王子に比べたら響きはないけれど、強さを宿す声に逆らえる者はいないだろう。

 口の中に広がる吐き出しきれなかった不満を飲み込んだらしい王子は私を脂ぎった目で見つめる。

 私は逃げるように視線を横の大王様に向けた。


「草の実、豆と侮られているのかもしれませんが、私にとってはリアもソーハも金貨を支払っても欲しい品でございます。

 よろしければ明日より、厨房で仕事をさせて頂いてもよろしいでしょうか?

 リアやソーハだけでなく、醤油、酒。エルディランドの宝を大切に生かす方法をお教えしたいと思いますので」

「ぜひに、お願いいたします。

 興味のある王子は姫君の技を見せて頂くと良いでしょう。

 今の味、今のエルディランドを良しと思うならそれでもいい。

 ですがより良くしたいと私は望み、その為に姫君をお呼びしたのですから。

 可能な限りをお教えいただき、それを広めたいと思っています」


 当てこすられ明らかに機嫌をそこね、顔を背けた第一王子であったけれど、他の席の人達の顔には好奇心や笑みが宿っている。

『新しい味』が求められていない、訳ではなさそうだ。


「精一杯、務めさせて頂きます。

 もし、よろしければスーダイ様も、明日の昼餐をご用意いたしますので如何でしょうか?」


 スーダイ王子の返事は無い。

 けれど、多分この人は来ると、そんな予感がしたのだった。

 その沈黙が、拒絶ではなく別の形の執着を孕んでいる気がして、背筋がひやりとした。

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