地国 懐かしのおむすび
プラーミァでの最後の宿を出立して半日ほど。
「随分走りましたけれど、まだ国境を超えていませんか?」
「もう国境は過ぎたと思いますよ。ただ、この辺はまだ戦用の土地なので、関所はもう少し先ですね。
この領地の、この辺でしょうか?」
多分、と私が差し出した地図にミュールズさんが指で線を引く。
戦用の土地は毎年勝った方が手に入れるので基本増えても減ってもあまり意味の無い森林地帯になっている。
馬車の車輪が土を踏み、森の匂いと冷たい風が窓の隙間から入り込んできた。
人の住む町は戦地に含めないことが決まりなので、ここ以上は取られないという最低ラインが決まっていて、そこに関所があるということらしい。
関所は街道沿いにあるので、森などを抜ければ関所を通らず他国に行くことも可能のような気がするけれど、その辺どうなっているのだろう?
…………と思っているうちに、街道の先に柵と見張り台が見えてきて、答えが目の前に現れた。
本当に街道を分ける関所があった。
私は国王会議において各国から関所を通る為のお墨付きのようなものを貰っているから、名前さえ確認すればフリーパスに近い。
普通の人は名前を登録して、入国税を払ってという形になる。
旅に出る人は、国の神殿から登録証を出して貰い、自分の身元の証明にするのだ。
向こうの世界のパスポートのような感じかな?
私達も一応アルケディウスの登録証を持ってきている。
オルデ、じゃなかったノワールも私の側近に召し上げた時点でプラーミァに仮登録してもらった。
だから外交官特権のような感じで荷物確認もほぼほぼ無しで、私達の馬車は無事、エルディランド入国の関所を通過する。
門を抜けた瞬間、空気の匂いがほんの少し変わった気がして、胸の奥が静かに高鳴った感じ。
関所から程近くにエルディランドから指定された宿舎がある。
本来は旅商人用の宿だけれども、今回は私達の為に一日貸し切りにしてくれているそうだ。
宿の外観は素朴で、派手さはない。けれど、扉の前には人が並び、こちらの到着を待っていた。
と、そこで私達はプラーミァの時と同じように、出迎えに来た一行と顔を合わせる事になる。
「アルケディウスに名高き、聖なる乙女には初めてのご挨拶をお許し下さい」
そう言って挨拶をしてくれたのは部隊を率いる指揮官だったけれど、びっくりすることに不老不死者じゃなかった。
若い、まだ少年と言っていい騎士だったのだ。
リオンよりは少し年上?
中学生から、高校生って感じかな?
鎧の擦れる音がまだ新しく、背筋の伸び方にも、若さと気負いが同居している。
「エルディランド、第二王子グアンの子にして騎士団を預かる者。ユンと申します。
姫君のご訪問を心待ちにしておりました。
これより先、エルディランドの王都までの護衛と道案内をさせて頂きます」
黒髪、黒い瞳。
他の随員も多少、色の濃い薄いはあっても黒っぽい髪と瞳をしていて、日本を思い出しホッとする。
視界のどこかが、安堵に柔らかみを帯びるようだ。
やはり、エルディランドは東洋系なのだろうか?
「アルケディウス皇女 マリカと申します。
お若いのに騎士団を預かるとは実力者なのですね。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「貴国の護衛騎士には叶いませんが。
勇者の転生を討ち倒した若き少年騎士の噂はエルディランドにも届いております」
私がそう言うと、ユン君は少し照れくさそうに笑って首を振る。
「貴国では、本当に子どもが取り立てられているのですね」
彼が鋭い目で見ているのはリオン。
そしてフェイやアルなど子どもの随員達。
視線が一人ひとりに丁寧に落ちていくのが、印象的だった。
「私が子どもですし、才能の有無に大人も子どもも関係ありませんから」
他国ではやはり、子どもの随員など珍しいのだろうな、と思ったのだけれど、
「いえ、アルケディウスでもそのように考えられているのだな、と思い嬉しくなっただけです」
彼の返答は斜め上だった。
それは揶揄でも驚きでもなく、純粋な安心と喜びに聞こえて、私は少しだけ面食らう。
「わが養父、第二王子グアンは子どもの育成に力を入れております。
製紙、印刷、醸造などの作業に従事する者は子どもや子どもあがりが多いのです。
養父グアンを育てた、製紙業の祖 カイトの教えから子どもを大切にするように言いつけられておりまして孤児は見つけ次第引き取り、一族の様に育てられています。
直弟子の一人であるグアンが今は一族の長を務めておりますが。
カイトは子どもの教育にも力を注ぎ、直に育てた子どもの中からはグアンを含め三名の子ども上がりが、王子に引き立てられているほどです」
「それは……とても素晴らしい事ですね」
本当に、心からそう思う。
胸の奥の、ずっと大事にしてきた場所が、温かく撫でられたみたいでなんだか嬉しい。
第二王子という方には元から接触を図る予定だったけれど、子どもを大切にし重用する方なら信用できる。
気が合う気がする。
それに、カイト……。
やっぱり製紙業の祖という人は日系の転生者だったのかもしれない。
今までの点と点が、静かに繋がっていく気配がした。
詳しく話を聞きたいものだ。
「私、エルディランドの事業にとても興味があります。
ぜひ第二王子と好を賜りたい、と願いましたらお取次ぎ頂けますでしょうか?」
「勿論、父も喜ぶと思います。首都に着きましたら早速日を選んで」
「宜しくお願いします」
「あと、こちらをどうぞ……。姫君が興味をお持ちだと聞いて大王が先んじてお渡しするようにと」
「これは……」
ドン、と運ばれ、私の前に置かれたのはなんと米俵だった。
時代劇とかでは見たことがあるけど、本物見たのは初めて。
俵の編み目はきっちりしていて、手で触れただけでずっしりと重い。
中身が詰まっている、その確かな感触だけで、なんだか心がワクワク、踊り出す。
「リアです。エルディランドでは比較的ありふれた植物ですが『サケ』『ショーユ』の醸造に欠かせぬもので、ソーハと共に近年本格的に栽培されております」
「見てもいいですか?」
「どうぞ」
俵はみっちりと編まれている。
リオンに目配せしてナイフで端を少しだけ開けて貰うと……
「うわー、本当にお米だ……」
ピクン、とユン君が顔を上げて私を見た。
「姫君はリアをご存知で?」
「あ、いえ。見るのは初めてです。ただ噂には聞いていたので……」
真っ白。精米もされているっぽい。
細長丸で私が良く知っているお米。
インディカ米じゃなくってジャポニカ種。うるち米だと思う。
凄いな。本当にあったんだ。
懐かしくて嬉しくて、つい手の中で転がして魅入ってしまう。
指先に当たる小さな粒が、遠い記憶をいくつも連れてくる。
「これは、頂いてもよろしいのですか?」
「はい。勿論どうぞ。この宿は一般用なので調理場などはございませんが、王宮には厨房がございますのでその時にでもぜひ、腕を振るって頂ければ大王様も父も喜ぶでしょう」
あ、そっか。
プラーミァ王家御用の宿舎と違ってここには厨房が無いんだ。
一般人は食事なんかしないのだろうし。
せっかくのお米が目の前にあるのに、待つなんて——そんなの、無理だ。
エルディランドへの道のりや、護衛についての打ち合わせを軽くして彼らは自分達の居住エリアに戻って行った。
うーん、どうしよう。せっかくのお米なのに……。
「ねえ、アル。
見本用にお鍋や調理道具、持ってきてたよね」
「ああ、あるぜ。じゃなくってあります」
「ちょっと持ってきてほしいの。大鍋と、あとコンロ。庭に組み立てて」
「解りました。少しお待ちください」
「セリーナ、ノアール。少し手伝って?」
「はい」「なんなりと」
一応、キャンプ経験もある。
鍋からご飯を炊くのも飯盒の応用と思えば……。
庭の地面は固く、風は冷たいけれど、そんなことはどうでも良かった。
今はただ、手を動かしたい。
私達が作業を始めて暫し……
「な、何をやっておいでなのですか? 姫君?」
離れの方から血相を変えてユン君達がやってきた。
「どうかしましたか?」
調理用の服に着替えて側近たちと野外炊飯をしてた私を見て目を丸くしている。
「どうか……とは、こちらがお伺いしたい事です。
庭から煙が上がっていると聞いて火事か、と……」
「あ、すみません。驚かせてしまって。せっかく頂いたリアなので早速調理してみたくて……」
庭に即席の竈を作って、そこに大なべをかけて鍋ご飯を炊いたのだ。
始めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな。
火加減はフェイに手伝って貰った。
火の息遣いが一定になってくると、鍋の中から小さな音がして、胸がそわそわする。
「姫君は、リアの調理の仕方を……ご存知なのですか?」
「なんとなく、ですけれど……。あ、そろそろいいかな?」
鍋から出て来たネバトロが茶色くなってきたので火から上げて蓋を取ってみる。
湯気がふわっと立ちのぼり、白い香りが一気に広がった。
真っ白でツヤツヤのご飯が無事できた。
うーん、夢にまで見たこの匂い。
たまらない。
「少し、待って下さいね」
炊けたご飯は少し蒸らしてからおむすびにする。
実は去年作った塩鮭が持って来てある。
サーマン、鮭そのものとはこっちの世界に来て、割と早くから出会った長い付き合いだ。
スモークサーモンや塩鮭など、加工品も色々展開できている。
今年は醤油が手に入ったのでいくらも作れるかもと期待の星だ。
塩鮭を焼いて、荒くほぐしておむすびの具に。
あとは塩おむすび、と醤油をつけて焼いた焼きおむすび。
三種のおむすびセットだ。
おにぎり、ではなくおむすび。
優しく、そっとごはんをむすぶ。
そう母から教わった。
指先の温度が米粒に移っていく、その感触が、胸の奥を静かに満たしていくようだ。
今度、ビエイリークに海苔も無いか探して貰おう。
本当はトン汁とか添えれば最高なんだけれど、お味噌はまだ、無いからね。
「ノアール。皆を呼んできて。
ユン様。もしよろしければエルディランドの方々もお呼びになって頂けますか?」
「え? あ、はい……」
ユン君の指示を受けて、同じように呆然としていたエルディランドの随員さんが走り出していく。
足音が遠ざかるのを聞きながら、私は手を止めずに形を整えた。
「エルディランドでは、このような形でリアを食べたりなさいませんか?」
「少しずつ、復活しつつあるとはいえ、まだエルディランドも食事というのは一般的ではありませんから……。
……ただ、僕ら一族の祖、カイトが救い上げた子等に、このようなものを振舞ったとは伝えられています」
うんうん。おむすびはご飯さえできれば手軽に出来て、炊き出しとかにも便利だもんね。
「私が今、この場で作ったものですが、良ければどうぞ。
私のエルディランド最初の料理。おむすびです」
アルケディウスの随員達は私の作る料理に慣れてるから、直ぐに興味深そうに手を伸ばして食べ始めた。
「うわっ……凄い」「美味しい!」
「このようなものは今迄食べた事がありません」
皆、初めてのご飯の味に驚いているみたいだ。
気に入ってくれて何より。
アル、リオン、フェイは少し冷静だけれど、でも嬉しそうに美味しそうに食べている。
その様子を見るだけで、こっちまで嬉しくなる。
「エルディランドの皆様も、よろしければどうぞ。見ての通り、目の前で作っておりますので毒など入っておりませんから……」
「………………ありがとうございます」
お盆に乗せたおむすびを指し出すと、躊躇いながらもユン君は手に取って口に運ぶ。
歯を入れた瞬間、彼の肩がほんの僅かに震えた気がした。
「いかがでしょう? お口に合いますか?」
ぽたん。
え?
お盆の上に、小さな丸い染みが落ちた。
「どうか、したんですか?」
おむすびを手にしたまま立ち尽くすユン君。
鮭の骨でも残ってたかな?
「い、いえ……とても美味しくて。
僕らの祖、カイトが作ったものもここまでの美味ではなかったろうな、と思っただけです。
ええ、本当に……美味しいです」
「それなら良かった。たくさん召し上がって下さいね」
私も作りながら一つ。
うん、炊き方にはもう少し精進が必要だけれど、なかなか美味しい。
やっぱり日本人にはご飯は幸せの味だね。
リアを分けて貰って、今年は絶対にいくらの醤油漬け作ろう。
この世界に来て初めてのご飯の味を堪能していた私は、ユン君の私を見る表情に気付いてはいなかった。
アルが後に
「泣き出しそうな程に大事なものを見る、リオン兄そっくりな目」
と表現した眼差しに……。




