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火国 精霊神の微笑み

「つまり? 其方の舞で封じられていたプラーミァの守護精霊神が目を覚ました。

 力を与えてくれた礼に、その獣を預けてくれた、とそう言うのだな?」


 神殿での奉納舞を終えた日。


 まだ足裏に残る床石の冷たさと、舞い終えた直後の熱が身体の奥に残っている。

 宮殿応接室での事情聴取の場。重厚な扉は閉ざされ、窓から差し込む夕光が長い影を落としている。


 問われた私は、はいと頷いた。


 アルケディウスと通信鏡も繋いでの三者会談。

 皇王陛下と国王陛下。


 まるで鏡に映したように異口同音、息を吐き出すお二人は私を見やるけど、別に私のせいじゃない。

 悪い事は何にもしていない。


「始祖たる七精霊にして国を守護する『精霊神様』は長い間、眠りについておられたのだそうです。

 奉納舞は、その名の通り精霊神様に力を捧げる意味があって、今までの奉納舞で少しずつ力を取り戻して来られて、私が舞を捧げたことで目を覚ますことができた、とそうおっしゃっておいででした」


『精霊神』

 ご本人は自分のことを精霊『神』などとは名乗らなかったのだけれど、『神』や他の精霊と区別すべきだと思うから、そう呼ばせて頂く。


 精霊神様が封じられていたとか『神』と『星』の敵対関係とかは別に話す必要は無い事だ。

 今迄の奉納舞が殆ど意味を持っていなかったとかも、言う必要はあんまりない。


 全部を話すことが誠実とは限らない。

 守るべきことも、ある。


「不老不死者は『神』の力を体内に持っている状態なので、精霊神様に力が伝わりにくいのだそうです。

 男性と結婚した女性もまた、他者の影響力を身体の中に入れている。

『聖なる乙女』というのは多分、余計な仲介無しに力を神に与える、という意味で重要であったのだと思います」

「なるほど……な。叔父上……」


 縋るような目で通信鏡を見つめる兄王様に、皇王陛下の態度は厳しい。


『言うな。できぬ相談だぞ。ベフェルティルング。

 それを聞いた以上、マリカにはなんとしてもアルケディウスで舞をさせなければならぬ。

 アルケディウスの精霊神も同じ状況下にあるとすれば、目覚めて頂かねば』


「解っておりますが……、始祖たる精霊神の祝福と、精霊獣を授けられた乙女を他国に行かせるわけには参りません。

 我らだけならともかく、楽士や神殿の者も見ていたのです。

 神殿長などは『七精霊の祝福』を得た『聖なる乙女』の奇跡、と大喜びで大神殿に報告すると言っておりました。

『精霊獣』を神殿に置いておくようにとも、誠に煩く……」


 一番の問題になっているのは精霊神アレーリオス様が私に授けて下さった『精霊獣』なのだ。


 私の手の中で大人しくしているのは耳の小さなアンゴラうさぎそのものと言う感じだ。

 真っ白、ふわふわ、もふもふでとっても暖かく、可愛い。


 掌に乗せればほわりとした温もりが伝わってくる。

 額に不思議な虹色の石がついていなかったら普通の生き物にしかみえないけれど。

 この子はアレーリオス様が


『少年。マリカ。力を寄越せ』


 と私達から『星』の精霊の力をもっていって作った、アレーリオス様の目のようなものなのだという。

 私風に言うと、端末?


『連れていくがいい。

 お前達が他国に行った時に、他の精霊神との仲介をしたり助言をしてやれるかもしれん』


 そうおっしゃってた。


 この子を通じてアレーリオス様は外の様子を見ているのかもしれない。

 まだ試してないけど、アレーリオス様に繋がって会話とかもできるのかも。


 その辺は説明していないけれど、旅の助けに、と私に与えられたこの『精霊獣』は絶対に国外に出せない、と兄王様は言っておいでなのだ。


「やっと精霊神の復活が適ったというのに、精霊神最大の祝福を連れ出させるわけにはいかぬのです。

 マリカが去れば、精霊神と交流することはできなくなる。

 せめて『精霊獣』だけでも置いて行って頂きたい」


「でも……」


 私が精霊獣を王様に渡そうとすると。


「わっ!」


『精霊獣』はぴょん、と飛び跳ねて私の頭に飛び乗ってしまう。

 兄王様の手に、足蹴りスタンプを残して。


 精霊だから重さはそんなに感じないけど、要するに私からは離れないと言っているのだ。

 頭の上でふわふわとした気配が揺れる。

 小さな足が髪を踏みしめている感触がくすぐったい。


「これですから……。ホントにどうしましょう」


 精霊神様が復活したのは嬉しい。

 精霊獣を頂けたのもありがたい。


 でも、精霊獣をプラーミァが喉手で欲しがるのも解るわけで……。

 胸の奥がじんわり重くなる。

 嬉しいはずなのに、簡単には喜べない。


「怖れながら国王陛下」

「なんだ? リオン」


 今まで黙っていたリオンが膝をつき、王様を仰ぎ見た。

 その姿勢は騎士として完璧で、声は静かに澄んでいる。


「『精霊獣』がプラーミァに残れば、マリカ様の帰国はお許し頂けるのですか?」


「……本当はマリカ自身を返したくはないが、そうもいかない事は十分に理解している。

 神殿と国民を納得させる精霊神の祝福の結晶 『精霊獣』が残れば最低の面目は立つし、『精霊神』にこちらの思いを伝えられると思えば安堵もできる。

 そうだな。『精霊獣』がこの国に残れば、マリカの帰国は許そう」


「解りました。マリカ……様」


 王様からの譲歩を引き出したリオンが、精霊獣に手を伸ばした。


 精霊獣はちょっと迷った様子を見せたけれど、すんなりとリオンの腕に飛び降りた。


「精霊神に呼びかけてみるといい。

 マリカ様を困らせるのは、精霊神様も本位じゃないはずだ。何か考えてくれるかもしれない」


「解った。やってみる」


 リオンの腕でまあるい目をこちらに向ける精霊獣と私は向き合った。

 こういう場合の定番は、額の石に手を当てる、だよね。


(「アレーリオス様」)


 御名を他の人に知らせて良いのか解らないので心で呼びかける。


(「ご覧になっておられますか? どうしたらいいでしょう? この子、プラーミァに置いて行ってもいいですか?」)


 胸の奥が少しだけ震える。

 返事が来る保証なんてない。

 でも、きっと見ていると、なぜか確信している自分がいた。


 通じているか、通じていないのか解らない一方通行の呼びかけから暫し……。


「え?」「な、何!!」


 リオンの腕の中でむくむく、むくむく毛玉のお尻が真ん丸に膨らんでいく。

 そして……


 ポン!!


 微かな靄と、何かが弾けるような音と共に気が付けば。


「ふ、ふえた~~~!」


 二匹の『精霊獣』がリオンの腕の中に抱かれていた。


 瓜二つ、鏡写し、色も何も違う所はまったくない。

 ゲームの1Pと2Pみたいに色が違う所があればいいのに、何処からも区別がつかない。


 どっちがどっちだか、私にはまったく見分けがつかないよ。


 ぴょん、と同時にリオンの腕から跳ねた精霊獣達。

 一匹は、呆然としている私の肩に飛び戻っていた。

 そっか、こっちが私と一緒に来てくれた子か。


 とりあえず見分けがつくように私は髪の毛を結んでいた飾り紐を外して1Pちゃんの首元に巻き付ける。

 残る一匹は床に降りると、ぴょんこらぴょんこら、何かを探す様に部屋の中を飛び跳ねると。


 ぴょーん。


「え?」「母上?」


 王太后様の腕に飛び込んだのだ。


 柔らかな衣擦れの音と共に、白い毛玉が静かに収まる。

 まるでそこが最初から定められた居場所だったかのように、迷いのない跳躍だった。


「ああ、この中で王家の血を引く女性は王太后様だけでいらっしゃいますから」


 王妃様が納得したように頷く。

 その声音には驚きよりも、どこか腑に落ちた安堵が混じっていた。


 王妃様も、王子妃様も大貴族からお嫁に来た方らしいから、王太后様の所に行ったのか。

 でも国王様や王子様の所にいかないで、王太后様のところに行くなんて、アレーリオス様、女好き?

 ……いや、今そんな事考えてる場合じゃない。


「貴方は……私と、プラーミァと共に居て下さるのですか?」


 不安を浮かべた、迷うような視線と言葉で精霊獣を見つめる王太后様。

 その声は震えてはいない。けれど、胸の奥で何かを祈るような響きがあった。


 精霊獣は首を長くのばして頭を王太后様に摺り寄せる。

 頬にキスするように。


 以前保育園でうさぎ飼ってたことあるんだけど、けっこう伸びるんだよね。うさぎの身体。

 猫みたいに、みよーんって。


 じゃなくって。


 一瞬、瞬きした王太后様は精霊獣を抱いた腕に力を籠めると、強い眼差しで国王陛下を見る。

 その瞳はもう迷っていなかった。


「……ベフェルティルング。

 この精霊獣様は、プラーミァに留まってお力を貸して下さるようです。

 今、精霊神様の御名とお姿を私は賜りました。

 精霊神様のお手や力を煩わせる事はあってはなりませんが、願いや意志を多分、今のリュゼ・フィーヤのように伝える事はできるでしょう」

「母上……」


 国王陛下の声が低く震える。


「皇王陛下……」


 精霊獣を抱きしめたまま、王太后様は通信鏡の向こう、皇王陛下に跪く。

 その動きはゆっくりで、けれど決意に満ちていた。

 重ねた年月と、国を背負ってきた重みが、その背に宿っている。


「マリカ姫をこの度、プラーミァにお遣わし下さいました事、心から御礼申し上げます。

 プラーミァの食材を生かした料理、産品の新しい活用法、花の香り油の製造法という知識の伝達に留まらず、王子の迷い、憂いを晴らし成長に導き、子ども達の才能を見抜き救いだし、大貴族達の思い、反意を炙り出し、さらには精霊神を復活させプラーミァに加護を取り戻させて下さった。

 これは、もう貸し、借りなどという言葉では表せない大恩にございます」


 その一つ一つの言葉が、胸に沁みる。


 私は、そんな大それたことをしたつもりはない。

 ただ、出来ることをしただけだ。

 でも、それが国の行く末に関わっていたのだと、今更のように思い知る。


『王太后様』


 通信鏡の向こうで、皇王陛下の表情が僅かに和らぐ。


「明日、マリカ姫は予定通りエルディランドへと送り出します。

 そして、今後プラーミァは何が起ころうとも、どんな苦境にあろうともアルケディウスのお力になると誓いましょう」


「え?」


 思わず声が漏れた。

 目を瞬かせた私の横をすっとすり抜けて、国王陛下も王太后様の横に跪いた。


 王妃様、王太子様、王子妃様も。

 絨毯に膝をつく衣の音が、静かな室内に重なる。

 それはプラーミァ王家全てが、王太后様の意志に従うという表明であったのだと思う。


「一回、いや二回。

 プラーミァは『神』を敵に回そうと、他国と相争おうと、アルケディウスの味方をし力を貸す。

 どれほど長い時が経ても、国がある限りその時には必ずとお約束いたします。

 この国に与えられた恩義にはとても釣り合わないが、その心を示す事で我々の感謝をお伝えしたい」


 続けられた約束は国王陛下の言葉。

 それはプラーミァ国の総意となる。


 軽いものではない。

 何代にも渡って受け継がれる誓い。


 それが今、私の目の前で結ばれている。


「ありがとうございました……」


 胸の奥が熱くなり、視界が滲みそうになる。

 こんな形で、国と国が結ばれるなんて思ってもいなかった。


『王太后様、国王陛下……。

 こちらこそ御礼申し上げる。プラーミァとアルケディウスの友好が末永く続きますように。

 精霊の祝福を皆に(エルトゥルヴィゼクス)

精霊の祝福を皆に(エルトゥルヴィゼクス)


 二国の友好の誓い。

 重なった祝詞は、祈りのように室内を満たす。


 過去と未来を繋ぐ言葉。

 子孫達の誠実な思いを。


 私はそっと腕の中の精霊獣を抱き直す。


 可愛い獣は目を細めてこの光景を見ていた。

 とても嬉しそうに。


 まるで、この瞬間をずっと待っていたかのように。

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