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火国 聖域の舞

 翌日、水の一月 最後の空の日。

 私はプラーミァの神殿に足を踏み入れた。


 外の陽光は強く、乾いた風が吹いていたのに、神殿の中はひんやりと静まり返っている。

 高い天井から差し込む光は白く、どこか水底のような青を帯びて見えた。


「お初に目にかかります。『聖なる乙女』

 私はこの神殿を預かります神殿長エクアトゥーリス。お見知りおきを」


 私達を出迎えてくれたプラーミァの神殿長は壮年の男性だった。

 兄王様より外見は歳上。

 褐色の肌、ショートカットの黒い髪、堀りの深い顔立ち。

 陽光の国に相応しい、鋭さと落ち着きを兼ね備えた佇まい。


 結構なイケメンだ。

 ……じゃなくって。


 場違いな感想を頭の中で慌てて打ち消す。

 今日は神事だ。集中、集中。


「本日は宜しくお願いいたします。

 全く勝手が解らないので不作法がありましたらお許し下さい」


 声が、ほんの少しだけ硬い。


「いいえ。姫君のお噂はかねがて、

 私も楽しみにしております。どうぞこちらへ」


 お噂。


 どんな、噂されてるんだろう、と思いつつ彼に促され、私はゆっくりと奥に進んだ。

 神殿の作りそのものは、どうやら大神殿ともアルケディウスともそんなに変わってはいないようだ。

 柱の配置、回廊の幅、祭壇の高さ。

 違う国なのに、同じ設計図を使ったような既視感。


 胸の奥が、ざわりとする。


 側に控えて私の身の回りの面倒を見てくれているのはフィリアトゥリス様。

 一応神事なので、他の側仕えに付いて貰う許可は下りなかった。


 禊をして、衣装を身に着けてから後は、周囲にいるのは完全にプラーミァの王族だけ。

 国王陛下と王太后様。フィリアトゥリス様。

 王妃様とグランダルフィ王太子様はお留守番だ。


 アルケディウス側からは唯一、リオンだけがエスコート兼、護衛として同行を許されている。


 それだけでも異例だ。


「そんなに緊張なさらないで下さいませ。

 失敗したり振り付けを間違えても何が起きるという訳でもございませんから」


 フィリアトゥリス様は緊張に強張った私に慰めるようにそう言って下さる。


 でも。


 だからと言って、はいそうですか、と安心はできないんだよね。


 ましてや他国での神事だし、事前練習はしないように言われているので完全にぶっつけ本番だ。

 衣装も真っ白でキレイだけれど、フィリアトゥリス様のものを突貫でお直ししてもらったものだから着慣れない。


 裾が、ほんの少し長い気がする。

 転んだりしたら、どうしようと思う。


 今はエスコートしてくれるリオンの体温だけが心の支えだ。

 繋いだ手から伝わる熱が、現実をつなぎ止めてくれる。


 アルケディウスと同じような隠し通路を進み、奥の間に辿り着くと、本当にアルケディウスとうり二つの場所に出た。


「わあっ……」


 思わず小さな声が漏れる。


 同じような透明な巨大水晶が浮かんでいた。


 天井から降り注ぐ光を受けて、ゆらり、と内部が揺らめく。

 無色透明のはずなのに、どこか奥に深淵を抱えているような存在感。


 二つの精霊石を見比べると間違い探しレベルでしか違いが分からない位そっくりに思う。

 床のタイルが薄い赤色であることくらいかな。


 横で、リオンが息を呑んだのが解った。


 そうか、リオンは『七精霊』の石を見るのは初めてだもんね。


 とはいえ、いつまでもボーっとしていることはできない。


『マリカ様、奥の間に着きましたら、まず精霊石の前に跪き、祈りを捧げます。

 それから、一歩下がり、精霊石に見せるような形で舞を始めて下さい』


 フィリアトゥリス様に教わった手順通りに動いてみることにした。


 跪く。

 石の前に、静かに膝を折る。


 この世界でもお祈りポーズは、向こうとほぼ同じ。

 跪き手を合わせる。だとは解っているので、その通りに。


 あ、どういう気持ちで祈ればいいのか、聞かなかった。


 うーん。


 とりあえずは自己紹介かな?


 私はマリカです。これから奉納舞をしますので宜しくお願いします。


 軽く目を閉じ、そんな祈りを捧げる。


 静寂。

 空気が重い。


 あれ? 周囲がなんとなくざわついて……って


「わっ!」


 目を開けてビックリ。


 今まで、無色透明だった水晶の内側が、小さく炎が灯ったように煌めいている。


 まるで心臓に火が入ったみたいに。


 アルケディウスの時とよく似ている。

 入り口付近の壁際で跪く国王陛下達もビックリ顔だ。


 どういうことだろう、と確認したかったけど、今は儀式の最中だ。

 多分、止めるのは良くない。


 王様達も、あの驚きようからして意味が解らないのだろうし。


 私が立ち上がると、斜め前に立つ神殿長が頷き、……楽師が音楽を奏で始めた。


 リュートだけで紡がれる優美な響きは、讃美歌というより日本の雅楽めいている。

 ゆったりと、波のように押しては引く旋律。


 私は、教えられた通り一番最初に、跪き、両手を胸の前でクロスさせる。

 始まりと終わりの仕草は変えず、省略するなと言われた定型の形だ。


 シュルーストラムの言葉を借りるなら、精霊に話しかける言葉の、はじまりと終わりの意味があるのだろう。


 そこから立ち上がり、静かに舞い始める。


 最初の一歩は、ほんのわずかに重かった。

 足裏が床に吸い付くようで、聖域そのものが私の動きを確かめているみたいだ。


 深く息を吸う。


 私はまだ、完璧な舞手ではない。

 回転も、踏み込みも、アドラクィーレ様のように洗練されてはいない。


 けれど。


 両腕をゆるやかに広げた瞬間、空気がわずかに震えた。

 風も無いのに、衣の裾がふわりと揺れる。


 楽師の音が、遠くなった気がした。

 いや、違う。


 音はそのままなのに、私の周囲だけ、薄い膜に包まれたような静けさがある。

 見えない何かが、集まってくる。



「あ、これ……」


 踊りながら気が付いた。

 練習の時もうっすらと感じていたのだけれど、聖域で踊るとはっきりと解る。


(私の力……、吸い取られている?)


 舞を舞っていると、私の体力、気力のようなものが奪われて行くのをはっきりと感じる。



 奪われている、というより。

 差し出している。

 触れられている感覚がした。


 足元から、肩口から、指先から。

 見えない小さな手が、そっと撫でて、光の粒を吸い取っていくような。


 怖い、はずなのに。

 不思議と拒絶する気持ちは湧かなかった。

 これは、奪うものではない。

 受け取るものだ。


 足を運ぶ。

 裾が揺れる。

 空気が、わずかに震える。


 指の先、足の先まで神経を払いながら。


 イメージするのは、最高の舞。

 アドラクィーレ様が見せてくれた高みにはまだ届かないけれど、けれどそこに少しでも近づけるように。


 祈りを込める。


 くるり、と、空に向けて回転させた指先から。

 地面に触れる足先から。


 私の力が引き出され蒸発して周囲に溶けていくようなイメージだ。


 はっきり言って疲れる。

 胸が熱い。

 呼吸が浅くなる。


 でも、舞を止める訳にはいかないし。

 今は、踊る事だけに専心した。


 精霊石はほとんど見ていなかったのだけれど、やがて、意識無くても気付かずにはいられない程、無色透明だった石の内側の光が、強さを増し始めた。


 虹のような多色を孕みながらも、ベースは炎の赤色。

 石の奥で、何かが目を覚まし始める。


 私の呼吸と、石の光の強弱が、わずかに重なった。


 まるで、心臓と心臓が、拍を合わせるみたいに。

 マッチの先のような小さな炎は、どんどん、どんどん大きくなってたき火程に大きくなった。


 熱を、感じる。

 音は無いのに、燃え盛る音が聞こえるような錯覚。

 今にも石から炎が飛び出しそうだ、と思った瞬間。


 一際大きく力を吸い取られた。

 視界が白に染まる。

 音が消える。

 重さが、消える。


 私という輪郭が、ほどける。

 膝ががくん、とこむら返りのように崩れて倒れる寸前。


 私は見る事になる。


「え?」

「マリカ!」


 今まで、見た事の無いような壮麗な外見をした男性のイメージを。


 炎を背負うような。

 王冠にも似た光を纏う。

 目は燃える赤。


 床に転がる筈だった私の身体には何の衝撃も感じなかった。


 飛び込んできたリオンが支えてくれた、からじゃない。

 私の身体、そのものがその場から、多分消えたから。


 音も無く。

 重さも無く。


 世界が、切り替わった。


 と思えたのは『帰ってきて』からのことだったけれど。

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