表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
414/506

火国 ゴミと香辛料

 アルケディウスの使節団のうち女性はほぼ、私の側近なので下働きの人も含めて全員、私の居室。

 王族のプライベートエリアに部屋を持っている。

 だから、こちらの来客用エリアに女性がいたらそれは間違いなくお客だ。

 招かれざる。だけど。

 夜の空気が肌に張りつく。眠りの温度がまだ頬に残っているのに、目の前の状況がそれを剥がしていく。


「げ? 皇女? なんでこんなところに?」


 捕えられたという少女はペタンと、床に腰を下ろしている。

 後ろ手に手を縛られて。

 歳の頃は多分、十歳か十一歳。

 私と同じくらい。黒い髪、黒い瞳。

 年上だとしても、そんなにいくつも上、じゃないなあ。

 と思うくらいのまだ『女の子』

 サラサラストレートで顔立ちも整っている。

 かなりの美少女。

 灯りを受けた黒い瞳がぎらりと光って、怯えと虚勢が同居しているのが分かる。


 私よりスタイルはいい。

 細身だけれど、胸もうっすらと膨らんでいて、まだほぼほぼペタン。

 平野な私と比べれば丘陵地くらいにはなっている。

 いずれ豊満になるのかもしれない。いいなあ。

 そしてその胸を真っ赤で、装飾過多な割に布面積の少ないブラが覆っている。

 腰から下も紅いラッフルスカート。

 でもいっそ腰巻かと思うくらいスリッドが深くて、すんなりとした足が太ももまではっきりと見える。

 正直目のやり場に困る。これ。

 頭には長いスカーフ、ベリーダンスのダンサーとしか思えないようなドレスの女の子がどうしてこんな所に?

 寒さも羞恥も無視したみたいな格好が、逆に痛々しい。


「真夜中に、大貴族からの贈り物をリオンに届けに来た、とやってきたんです。

 心当たりはない。帰れ、と追い返しましたが、品物を渡さなければ罰を受ける。

 死ぬ、とナイフを首に当てるので、中に入れたらまあ、予想通り、リオンに垂れかかって」

「貴方の活躍に敬意を表した貴族からの贈り物だ。

 私自身も貴方の強さに惚れ込んだ。好きにしていい、と言われたので言葉通り、好きにしただけだ。

 拘束して、お前に引き渡す。お前はこういうの許せないと思ってな」

「馬鹿な奴。リオン兄に色仕掛けなんて無理な話なのに」

「俺に恋愛感情を持つ女なんているわけない」


 いや、リオンに惚れる女の子はいっぱいいると思うけど。

 とりあえずはそんな思いは胸にしまっておく。ライバルを意識させる必要は無い。

 三人の言葉にやっぱり、と頷く。

 リオンに力で叶わないから、別方面で貶めに来たということだ。

 そして、その「別方面」が一番汚い。


「こんな美少女が迫ってるのに、顔色も変えずに振り払って手刀なんてあんた本当に男なの?

 不能? 子どもだから女も抱けないの?」

「大貴族に仕える女性にしては言葉遣いがなっていませんね。礼儀作法などを学んではいないのですか?」


 私は少女に向き合った。

 同い年の女の子ってこの世界で初めてだけど随分荒っぽい態度と言葉遣いだ。

 でも荒いのは、強いからじゃない。たぶん、擦り切れている。


「覚えてはいるけど、どうせ死ぬのに、取り繕ったって意味がないでしょ?」

 ぷい、と彼女は顔を反らした。

 その仕草が妙に子どもっぽくて、胸の奥がきしむ。


「どうして死ぬ。などと? 私達は貴女を殺すつもりなんてありませんよ」

「嘘よ。貴族なんて私達を道具にしか思ってないもの。

 都合が悪くなれば、いらないとなればあっさり殺すでしょう? ずっと見て来たもの。

 とっとと、殺すか、まわせば?」


 ピキッ。


 私の頭の奥で音がした。

 まわせば? はきっと、回すでも舞わすでもない怖い言葉についたルビだ。

 そう、私はこういうのが許せない。

 この女の子が、ではなくこの女の子にこういう行為を強いる世の中が、許せない。

 心臓の奥に、冷たい怒りが落ちる。


「貴方の名前は?」

「…オルデ…って呼ばれてるわ」

「オルデ? 女の子に付ける名前じゃないでしょう?」

「名前じゃないもの。呼び名よ、呼び名」


 フェイが眉を上げた。

 この世界には今は使われてないけれど、昔の名残で日本語の英語の様に使われている古語がある。

 精霊を表す、エルとかアルとか、獣を表すリーガとか。

 名前にも良く使われているけど

「どういう意味なの? フェイ」

「ゴミを表す言葉ですよ」

「ゴミって…あの?」

「ええ」


 ちょっと待て! この間のウォル君の時も思ったけど子どもを何て名前で呼ぶの!?

 在りえない!

 喉の奥が熱くなる。悔しさと、むかつきと、情けなさが一緒くた。


「この仕事を成功させれば金貨一枚貰って、成人になっていいことになってるの」

「貴方の仕事の、成功…とは何ですか? 命令した主は?」

「…言えないわ。主の名前も知らないし。でも、失敗したらその場で死ね、って言われてる。戻って来ても殺すって…」


 顔を背ける少女に当たり前のようにリオンが言葉と視線を落とす。


「目的は俺の篭絡か暗殺だろう? 聞くまでも無い」

「な、なんで?」


 少女は青ざめたけどそれは私も解る。

 犯人も多分、なんとなく。

 ヘスペリオスか、リオンに蹴散らされた貴族子弟の誰か。


「俺の席が空けばその場に自分が入れるって思う奴か…」

「受け入れれば、それは皇女に対する浮気として追求できる。

 無敵の少年騎士も閨でなら油断して殺すことができるかもしれない。

 失敗しても自室で女の子が死ねば騒ぎにはなる。遺体の処理などで隠そうとしても隠し切れないでしょうから。

 子どもの死は罪にはならない。

 婚約者がいるのに女の子を連れ込んだとか、可愛がっていた娘を手籠めにされたとか…色々悪評を蒔く事は可能だと思ったのでしょう。

 浅はかさに腹が立ちます」


 フェイとリオンの言葉に私も怒りが止まらない。

 策の浅さじゃない。浅はかでも、刺さる相手には刺さる。だから余計に腹が立つ。


「女の子が死ねって命令して、素直に言う事を聞くと思ってる?

 逃げるとか、官憲に訴えて命乞いするとか考えてないの?」

「思って、いるのでしょうね。おそらく外の世界を知らない子ども達です。

 …オルデ。君はリオンに捕えられなかったら、リオンが君を閨に連れ込まずに無視したら、言われた通り死ぬつもりでしたか?」

「だって…そうするしかないでしょ? 戻って来ても殺す、って言われてるんだもの」


 身震いしながら目を閉じる少女。

 さっきも言っていた。

 ずっと見て来た。

 失敗したら、罰を与えられ、むごたらしく殺される。

 それに比べたら、自分で死んだ方がまだマシ、と?

 その「選択肢」の狭さが、胸を殴る。


 完璧に子どもをバカにしている。

 ふざけんな。


「…ごめんなさい。とりあえずはこう呼びます。オルデ。

 貴方は主の元に戻りたいのですか? 家族や大事な存在、モノがあるとか?」


 私の呼びかけに、意味が解らない、という顔をしながらも少女オルデの首は横に振られた。


「そんなものはないわ。

 同じように働かされている子どもはいるけれどライバルみたいなものだし。

 私は冴えない外見だって言われてたけど、パッと見が皇女に似てるから趣味があって成功しやすいかもしれないって言われて命令されただけで」


 話を聞くに後宮の様な所に閉じ込められていて、家人の下働きの下働きをさせられている。

 時によってはそういう事もされ、機嫌を損ねれば処分される。

 よほど気に入られない限りは二十歳になる前に館から姿を消す。

 と。

 うん、よーく解った。

 吐き気がするくらい、よく。


「では、オルデ、問いましょう。

 貴女は主の元に帰りたいですか? それとも主を変えて私に仕えますか?」

「へ? 私が? 皇女に仕える? 正気?」

「貴女は、リオンの所に好きにせよ、と贈られた贈り物なのでしょう? だったら私が貰います」


 目を瞬かせるオルデに続けた。


「悔しくは、ありませんか?

 自分が子どもであるというだけで、虐げられる世界が?

 死ねと言われて死なければならない世界が。

 その世界に自分の能力で抗いたいと思いませんか?

 自分が認められ、生きられる世界を作りたいと思いませんか?」

「あたしに、能力なんて…。あたしは…オルデだし…」

「いいえ、あります。今はまだ気付いていないだけです。

 私は庶出の厩育ちの皇女ですし、ここにいる者には奴隷や浮浪児上りだっています。

 やる気と機会さえあれば人は変われるんです」


 顔を背ける彼女に向けて膝を折り、手を握り、視線を合わせる。

 冷えた指先が、怖がりながらも私を掴み返してくる。その力が弱くて、でも必死で。


「私の側仕えとして働いてくれませんか。

 衣食住保証、給料は週に少額銀貨一枚。休暇は週一日。

 交代制。自分の給料を貯金して将来不老不死になることは妨げません。

 望めば読み書き計算は教えますし、それ以上の教育も与えます」

「待って! 私は婚約者の命を狙いに来た奴隷よ? それを雇って給料出すっての?」

「働いてもらうなら、それに相応しい給料は出します。子どもであろうと大人であろうと変わりません」


 カマラやミリアソリス。

 新人の側近たちは少し驚いたような顔をしているけれど、反対はしない。

 リオン達は言うに及ばずだ。

 私の性格や行動理念。

 子どもの保護については、繰り返し話して来た。

 理解して貰っている自信はある。

 だから、私は迷わない。


「貴女が主の元に帰りたい、というのであれば尊重しなくもありませんが戻りたくはない、というのであれば私が絶対に守ります」

「本当に…戻らなくてもいいの?」

「少し、仕事はして貰いますし、情報は貰いますが、絶対に相手の所には返しません。

 貴女の存在は私達にとって、重要かつ必要ですから」


 少女の眼が力を宿す。

 それくらいならできる。

 逃亡奴隷だから買い取れ、と言われるかもしれないけど、そのくらいの金額、私の裁量でなんとかできる。


「一緒に、世界を変えませんか?

 貴女の力が私は欲しい」

「誰かに、必要だ…。欲しいなんて言われたのは初めて…。

 閨でだって、そんなこと言われたこと無かった…」


 後ろ手に縛られたまま、オルデは立ち上がり膝を付き、頭を下げる。


「なら、行くわ。いいえ、共に参ります。どうか、お側にお仕えさせて下さい」

「ありがとう」


 綺麗な仕草。貴族に仕える者の立ち居振る舞い。

 どうやら本当に自暴自棄になってただけで、やればできる子のようだ。

 その「できる」が今まで全部、間違った方向に使われてきたのが腹立たしい。


「リオン、紐を解いてあげて」

「解った」


 紐から解放されたオルデは、ホッと安堵の息を吐き出している。

 あの表情は、罠とか嘘じゃない。

 心からのものだ。

 それが確信できたから、後は全力を尽くす。

 今はまだ、全ての子どもを助け、守ることはできないけれど、救いを求める子どもが目の前にいるのなら、私は躊躇うつもりは無い。


「セリーナ。オルデを着替えさせて、少し変装させて。

 アル。少し休憩したらオルデから情報を聞き出して欲しいの。

 主の名前は解らなくても、どの辺に家があるかとか、どんな外見をしてるかとかを総合すれば、この国の人には誰が犯人か解るかもしれない」

「かしこまりました」

「解った」

「フェイ。ミリアソリス。

 朝一でグランダルフィ王子とフィリアトゥリス様に面会を。

 お願いしたい事、お話したい事がある。って…」

「解りました」「お任せ下さいませ」

「何を考えている? マリカ?」


 次々と指示を出す私にリオンが声を潜めて尋ねる。

 夜の静けさの中、その声だけが妙に鮮明に響いた。


「お父様を見習っての辻褄合わせ、目的地へ向かう計画案作成。石の投げ方。

 カレー作り」

「カレー?」

「リオンにも、手伝って欲しいの。王子とリオンがこの作戦の要」


 頭の中で考えを巡らせる。

 到達目標は決まっている。答えの出ている方程式。

 後はそこに向けていかなる道を経るのが効率よく、なおかつプラーミァに残る『子ども達』に良い影響を残せるか。

 私は料理人ではなく保育士だ。

 相手が私達を侮って、あくびをしながら空を飛んでいるのなら、きっちり仕留めさせて頂こう。

 一石で何羽落とせるかな?

 葱をしょって来た鴨も逃がしはしない。

 怒りはある。

 でも、怒りだけじゃない。やるべきことが『私』には見えていた。


 目的は、少女の救出と、私達に攻撃を仕掛けて来た相手への『お礼参り』

 丁度いいから、ウォル君の件とグランダルフィ王子の件も一緒に片付けてしまいたい。

 それから…


「うん、なんとかなりそう。香辛料の意地を見せてあげましょう」

「?」


 首を傾げるリオンに、私はそう言って笑って見せた。

 不敵っぽく。

 これもこの国に残していく料理指導だ。


 香辛料は支えるだけじゃない。

 時には、鼻先を刺して目を覚まさせるものでもあるんだからね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ