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火国 投げられた石

 プラーミァの王宮は今、一人の人物の話題で持ちきりだった。


 アルケディウスの皇女の婚約者。

 姫君に言い寄る身の程知らずな貴族子弟を子どもの身でありながら、一切の躊躇なく蹴散らす少年騎士貴族。

 つまりはリオンだ。

 噂は廊下を走り、食堂を巡り、執務の机の上まで転がっていく。あちこちでひそひそ声が弾んでいた。


「流石、叔父上様が娘の婿にと見込み、育てた勇士だけあるとプラーミァ中の話題ですわ」


 フィリアトゥリス様がそう、教えて下さった。

 実に、楽しそうな笑みで。

 王子妃様が気軽に台所に入ってきていいのかと思うけれど。


「あら、マリカ様もお入りになっておりますわ。

 それに香辛料を使った新しい、本当に新しい料理と聞き及んでおります。

 情報把握は王族の務めです」


 と平気な顔だ。

 あ、話がずれた。


「リオンは悪くは言われていませんか?」

「御心配には及びませんわ。プラーミァは武を重んじる戦士の国です。

 身の程知らずにも姫君に求婚した者達を、実力で蹴散らす少年騎士貴族の活躍はロマンティックな美談でこそあれ悪く思う者は敗北者のみ、ですわ」


 そうならいいのだけれど、やはり少し心配ではある。

 私はプラーミァ出立を数日後に控え、最後の晩餐会に出す予定のスパイスカレーを炒めながら、リオンの事を考えていた。

 鍋底に油が広がり、香辛料が温まる気配だけで鼻先がむずがゆい。焦げる前に、火加減、火加減。


 プラーミァの予定滞在期間も残り数日。

 私の周囲は意外なまでに静かだった。求婚者が驚く程減ったからだ。


 逆に香辛料探しのフィールドワークから二日でリオンが倒したプラーミァの戦士は二桁を超える。

 ヘスペリオスを先頭に、大貴族の息子達がリオンの作戦にまんまと嵌って


「姫君に求婚したかったら、最低でも婚約者を倒す腕を見せて見ろ」


 王様に煽られた結果……王様曰く『相手の実力も測れぬ下級戦士共』がリオンの元に大挙して勝負を挑んだらしい。

 『相手の実力を測れる』某国王護衛騎士さんは


『私は嫌ですよ。今の彼と戦うのは。

 大聖都の時とは比べ物にならないくらい力が上がっている。

 本気で戦っても勝てる気がしない』


 と言っていた。

 大聖都の時は能力の大半を封印していたリオンだけれど、今はもう隠すことも無く本人が言う所の『人型精霊』の力を開放している。

 私には差は解らないけど。食事もするし、眠るし、怪我をすれば血も出るし。

 勿論、人を超える力をむやみに使うようなことはしていないけれど、その辺のちょっと強い、程度の敵は一蹴。

 剣も合わせて貰えずに地面に転がされる。

 多少は『使える』騎士貴族であっても、本当の意味では勝負にならず、リオンの全戦全勝だ。

 聞くだけで胃がきゅっとなるのに、本人はけろっとしているのが、なおさら怖い。


『貴様のような子どもに姫君の伴侶は務まらぬ。

 身の程を思い知らせてくれよう』


 そう言って、真っ先に戦いを挑んできたのはヘスペリオスだったけれど、当然、彼が身の程を知らされることになる。


「なっ!」


 開始の合図と同時、気が付けば鈍い殴打音と共に、彼はゴホリ、苦痛の息を吐きながら訓練場の床に尻もちをついていた。

 エリクスの時と同様、多分。

 それよりもっと早く、踏み込んだリオンの足が、ヘスペリオスの脛を払い、宙を唸った短剣は的確に彼の長剣を弾いていた。

 加えて、腹部に肘鉄を一発。

 呼吸が詰まるような速度と重さ。エリクスの時よりさらに早くて重いコンボは多分、リオンの怒りも籠ってる。

 私はそこにいなかったのに、目に浮かぶのが嫌だ。


「言った筈だ。俺は皇子に姫君を守る婚約者として認められた者。

 子どもだと思って侮るのは勝手だが、俺を倒せないような輩に姫君に求婚する資格は無いと知れ」


 エルーシュウィン、カレドナイトの短剣を隠すことなく突きつけた無能宣告に、ヘスペリオスが歯噛みしたのは解ったけれど、彼も一応騎士貴族。

 自分ではリオンに叶わないと解ったのだろう。

 その場は悔し気ながらも黙って引き下がって行った。


 ヘスペリオスの敗北を見ても、驚く事にリオンに挑む『求婚者』は暫く減らなかった。

 特にヘスペリオスに一番手を取られ、『婚約者』を奪われる、と焦っていたらしい中位、低位の大貴族、それから腕に覚えのある騎士階級がこぞって戦いを挑んできたのだ。

 一人残らず蹴散らされていたけど。

 プラーミァの熱に油を注いだみたいに、挑戦が挑戦を呼んだのだろう。


「戦士国プラーミァの騎士、戦士が相手にもならぬとは」

「流石、伝説の戦士 ライオットが選んだ婿候補。子どもであってもただ者では無い、ということか」


 リオンの評価がうなぎ登りに上がっていくのは嬉しい。

 三日を過ぎる頃には求婚者がほぼ全員蹴散らされ、贈り物攻撃もぱったり止まったのも助かる。

 静かな日常が返ってきたのも嬉しい限りだ。

 王様はリオンに攻撃を挑んで負けた者達をチェックしているとも聞いた。

 叛逆分子のあぶり出しにも一役かっている様子。

 一石三鳥、それ以上。

 でも……


「このまま、ヘスペリオス様が引いて下さるといいのですけれど」

「プラーミァの男は良くも悪くも諦めが悪いですからね。何か仕掛けてこないといいのですが……」

「ええ、それに……」


 ヘスペリオスも心配だけれど、私はグランダルフィ王子の事も気がかり、いや別の意味で心配だった。


「フィリアトゥリス様。答え辛い事とは承知しておりますが教えて下さいませ」

「なんでしょうか? マリカ様」


 カレーの下ごしらえが大よそ終わって、後は少し煮込む。

 そのスキを見計らって、私はフィリアトゥリス様に呼びかけた。

 今日はカレーの研究の為に厨房をお借りしているので、ここにいるのは私の護衛と書記官、あとはフィリアトゥリス様の護衛兼側仕えさんだけだ。

 余計な事を吹聴されることは無いだろう。

 鍋から立つ香りが、少しだけ心を落ち着かせてくれる。


「グランダルフィ王子は、今の状況、そして私の事をどう思われておられると思いますか?」

「マリカ様……」


 言いよどむ王子妃様に、でももう日程も残り少ないのではっきりと聞く。


「……そう……ですわね。

 求婚している姫君の滞在中、外聞が悪いので夜のお召しがなく、二人きりで話す時間はそう多くないのではっきりと言えるわけではないのですが……」


 フィリアトゥリス様はそう前置いて答えてくれる。


「正直に申し上げれば恋愛感情は、多分無いと存じます。

 従妹の姫として友愛を、優れた料理人であり賢者として敬意をもっているかとは思いますが、男女の思いではないと思っております」

「ですよね。国王陛下からの命令で、私をプラーミァと王家に留める為のもの」

「ええ、私にも最初、そうおっしゃっていました。」


 王様の意図は昨日聞いた。

 実績の無い王子にアルケディウスと『新しい食』という後ろ盾を付ける為の求婚。

 グランダルフィ王子は私に対して激しい求愛も、有無を言わさぬ贈り物攻撃もしてこない。

 私の護衛や助手に徹して、的確なサポートをしてくれる。

 フィリアトゥリス様が押さえてくれているとはいえ、それは相手を思いやるという意味でも国の王子としてと言う意味でも私はとても嬉しいし、敬意も感じる。

 プラーミァの求婚者の中では一番好印象だ。


「王子のお立場は本当に厳しいので。

 世界が動き出すこの機会に貴族、大貴族達を黙らせる有無を言わさぬ力は欲しいと願っておられるるのは間違いないと思いますわ」


 ただ、こんな可愛らしい奥様がいるのに、私みたいな子どもに求婚、結婚なんてグランダルフィ王子が可哀想だ。

 本質的に優しく、思いやりができているからこそ、王子に望まない結婚とか無理をさせたくはない。


「であるなら、結婚では無い形で王子が力を付ければ良いのではないでしょうか?」

「というのは……どのような?」

「それは……直ぐには浮かばないのですが……、貴族に下に見られるのであれば、例えば民や、側近に味方を増やす、とか……」

「民を味方を、ですか? 彼等を味方にしても、あまり益は無いように思うのですが。

 側近も、有能な人物はほぼ、既に主を決めているので……」

「民を味方にするのは無益ではありませんよ。今後世界に広がっていく『新しい食』

 支えるのは農業などに従事する民衆ですから」


 でも、そんなに簡単に味方を増やせたら苦労はない訳で、側近も飽和状態で……。

 とりあえず直ぐには良い案は出せなかった。

 口にした私自身が、まだ形にできていないのがもどかしい。


 その後完成した試作品のスパイスカレーは、手探りのもどき、の割には美味しくできた。

 ライスが無いのでナンだけれども、味見をお願いした王子妃様はとても気に入ったと言って下さる。

 香辛料は単品で使っても味を良くするけど、色んな種類が混じりあう事でより美味しい味になる。

 あと少し研究して、王様の許可が出たら帰国の晩餐会に出してみよう。

 鍋の中の赤みと香りが、私の背中を少しだけ押してくれる気がした。



 そんなこんなで一日仕事をして、部屋に戻った夜更け。


「……姫様、姫様……」


 私は、申し訳なさそうに呼びかける声に目を覚ました。


「どうしたの? もう朝?」


 割と寝つきと寝起きがいいのが自慢だからこういう風に起こされることは我ながら珍しい。

 目を擦りながら身体を起こすと、本当に申し訳なさそうに私を見るミュールズさん。


「いいえ。真夜中、夜の刻でございます。

 こんな深夜、在りえぬ無礼だと申したのですが、どうしても姫君の御裁可を仰がねばならぬ事態である、とリオン様達が……」

「え? リオン達が?」

「はい。申し訳ございませんが、アルケディウス使節団の居室まで足をお運び願えませんでしょうか?」

「解りました。すぐ行きます」


 リオン達がそういうならよっぽどの話なのだろう。

 私は身支度を手伝って貰い、大急ぎで居室の応接室へと向かった。

 勿論、カマラ、ミリアソリス達にも付き添って貰って。

 夜の廊下は冷えた空気が張りつめていて、足音がいつもより大きく聞こえる。眠気がすっと引いていった。


 行ってみて、ビックリした。

 これは、確かにリオン達が困って私を呼ぶのも納得する。


「ちょっと! 離して下さいませ! 大貴族の使者にいきなりのこの仕打ちは失礼ではありませんか?」

「まともな大貴族の使者は、こんな夜更けに男性の居室にやってくるようなことはしません」


 冷たい呆れたようなフェイの言葉に、その女、いや女の子はバツの悪そうな顔で顔を背けて見せた。

 明かりの中で、頬の赤みも、指先の震えも、やけに子どもっぽく見える。


 そう、女の子。


 アルケディウス使節団、居室。

 応接の間に転がされているのはまだ、年端もいかぬ女の子であったからだ。

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