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火国 香辛料を探せ

 残りプラーミァでの滞在期間も一週間足らず。

 一通りの基本調理、香辛料の使い方などの指導は終わったので、今日からはお願いしてフィールドワークに出させて頂く事になった。

 今回のフィールドワークは実際にプラーミァの森に行って、植物を見て、役に立つ植物が無いか探してみるということ。


 私の記憶に色々な香辛料は残っている。

 ターメリック、パプリカ、セージ、クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス。

 料理を美味しくする色々なスパイス。

 でも、哀しいかな、私の知っているのは瓶詰になったスパイスの使い方で、それがどういう風に生えていて、どういう風に加工すれば香辛料として使えるのかよく解らなかったのだ。


 アルケディウスで見つけた、というか教えて貰ったミント、セージ、ローズマリー、それから月桂樹の葉を乾燥させて作ったローリエは結構安定供給できるようになった。

 あと、今回の旅でグローブ、ニクズク、レッドペッパーも見つけたので、料理がグッとレベルアップすると思う。

 でも…………。


 最近、向こうの記憶が色々と蘇ってくる。

 本の内容がページをめくるように思い出せることが多くなっているのだ。

 思い出せるのは料理レシピとか、本の内容とかなのだけれど。

 学童の子ども達の自由研究を手伝った時に見た生活科の図鑑は、香辛料とオリジナルの植物が併記されていたので、特徴もなんとなく解る。

 そうして、欲も出て来る。


 カレーが食べたい。


 向こうのカレールーは完全再現できなくても、なんとかスパイスカレーのようなものはできないだろうか?

 お料理お父さんの本にはカレールーの作り方もあったんだよね。香辛料が揃ってカレー粉が作れればなんとかなるかもしれない。本格的なカレー粉はそれぞれの調合で数十種のスパイスを組み合わせるというけれど、最小三種類くらいでもなんとかなるそうだし。


「姫君が森に?」

「私が直接行かないと、解らないと思うのです。

 特に今の時期は実が生っていない花の状態だと思うので、カカオの時の様にこういう実です、とお願いする事も…………難しいかと。

 一日だけでかまいません。森に、できればあまり人の手の入っていない所に、連れて行って頂きたいのですが…………」


 願い出た時、王様は明らかに渋い顔をした。

 できれば行かせたくない、って顔だ。

 でも、スパイスの原産国は殆ど南国だから、プラーミァで手に入らないのなら多分他所では期待できない。

 今が二度とないチャンスなのだ。


「私、こう見えて野育ちなので山歩きには慣れていますし、護衛も魔術師も一緒です。

 ケモノなどに襲われないように十分に注意して参りますから」

「…………そういうことではない。お前が城から出ると…………、いや、口で言っても解るまいな」

「?」


 はあ、と大きなため息をつきながら王様は私を見る。


「グランダルフィ。護衛と森番を連れてマリカに付き合ってやれ。

 傷一つ付けるなよ。近付いて来るムシは全て払って構わん」

「承知いたしました」


 ムシ? ああ、南国だもんね。

 刺されないように長袖を着て行こう。

 なんて、私がノー天気に考えていると兄王様が、酷く真剣な眼をリオンとカマラに向ける。


「お前達も、マリカから目を離すな。

 マリカに無礼を働くムシがいたら、蹴散らして構わん。私が許可する」

「はい」「ありがとうございます」


 私の護衛達も頭を下げた。

 ムシが無礼を働く? どゆこと?


「一日限り、グランダルフィを側に置き、馬車の中でも同行する事が条件だ」


 とにかくも王様はとりあえず許可を出してくれた。

 馬車の中にはカマラとセリーヌ、フェイも一緒にいるし、リオンは馬で同行する。

 危ない事にはならないだろう。


「行く以上はそれなりの成果を出して来い。そして何より、身の安全に気を付けろ」

「かしこまりました」


 こうして一日限りだけど、プラーミァのフィールドワークに私は出発したのだった。


「南国の森は、なんだかこう、凄いですね…………」


 自分でも語彙の足りない感想だと思うけれど、カマラは解る、と頷いてくれた。


「私も野育ちで森には慣れているつもりでしたが、アルケディウスの森とは全く違います。足元から熱が湧き上がって来るようです」


 うん、そんな感じ。

 鳥や獣たちの声、森を渡る風の流れも全部違う。

 湿った空気が肌にまとわりつき、葉の匂いと土の匂いが濃く混ざる。

 正しく、亜熱帯の森だ。


「とりあえず、使えそうな植物が無いか探したいと思います。

 今回は一年草を中心に。花が咲いた草があったらとりあえず採取して持ってきて下さい」


 森番さんやグランダルフィ王子の護衛さん達も一緒に探してくれる。


「カマラは森に詳しいなら、採取に回って欲しいんだけど」

「…………ですが」

「ここはリオンと王子がいるから大丈夫。

 人目も多いし、変な人や獣が来たら直ぐに解るから」

「かしこまりました」


 自分で見たい、と言ったところで一人でひょいひょい森の奥に入って、なんてこと魔王城でもないからできっこないのは解っている。

 森に入る用にカマラのズボンなどを貸して貰って着て来たけれど。


「皇王妃様には見せられない姿ですわ」


 とミュールズさんは怒ってたっけ。

 護衛の人や皆にできるだけ迷惑をかけないように、勝手な行動は極力避けて邪魔にならないところに待っていて…………。


 あ!


「この花、カルダモンかも?」

「マリカ?」


 私はふと、割と近くにあった花に目を止め、手を伸ばした。

 白い房のようになった花に、特徴的な線の入った模様。

 昔、生活科の図鑑で見たのとよく似ている。


「ちょっと、待って下さい」


 私の声を聞きつけたのだろう。フェイが近寄ってきて草を眇める。

 まだ花の時期なので実は生っていない。


「可能性はありますね…………。調べてみましょうか?」


 杖を握り、草に手を触れたフェイが小さく呪文を詠唱すると、まるでビデオの早回しをしているように花が育ち、枯れ…………そして結実していく。


「うわー。凄い」


 緑色のぷっくりとした1~2cmくらいの実を一つ取って割ってみると、中は三つの部屋に分かれていて、中にまだあまり熟していないけど種がみっちり詰まっていた。

 甘くて、エキゾチックで、爽やかな芳香がする。


「こんなことできたんだ。フェイ?」

「植物に力を与えて成長を早める術です。僕は大地の術士ではないのであまり得意では無いですし、自然の摂理を捻じ曲げるのであんまり多用はできませんが、数本くらいなら精霊も許してくれるでしょう」


 うん、これは多分、カルダモンで間違いはない。

 私は花と実を摘んで用意してきた木小箱に入れる。それから草の根元にリボンを付けて目印にする。

 ちゃんとした結実期に採取して貰う為に。


「他にも、とりあえず何かを見つけたら取って来て下さい!」


 カルダモンの発見にテンションが上がる私の所に、それから次々と植物が運ばれてくる。

 大抵はよく解らないものだったけれど。


「これは、クミン、かもしれませんね」


 フェイが見つけてくれたのは、真っ白で小さくて細かい花がまるで花火の様に広がる可愛らしい草。

 葉っぱは細くてコスモスにちょっと似ている。


 同じように結実させてみると細い種。これもコスモスみたいだけれど、向こうの世界で瓶に詰められていたクミンシードそっくりだ。

 お城に帰ったら試しに使ってみよう。


「姫様、とても美しい花が咲いていますわ」


 カマラが指さして教えてくれたところに咲いていたのは、ピンクと白がとても美しい花。

 少し太い茎がにょっきりと生えていて、マジックの袖花の様にも見える。

 白やピンクの美しい花弁の下に、黄色く丸い、蘭のような花が顔を覗かせている。

 大きな葉っぱの足元に寄り添うように咲いているのが可愛い。


「これ…………ターメリックでしょうか?」

「ターメリック、ですか?」

「ええ、これも大事な香辛料です。フェイ。花ではなく、こちらの葉っぱの方を成長させて下さい」

「解りました」


 私は花を折り取るとフェイの術を見守る。葉っぱはやがて干からびた様に枯れて…………。


「リオン、その根っこを掘り出して貰えますか?」

「かしこまりました」


 リオンが用意して置いたスコップで根っこを掘り出すと、黄色みの強い生姜のような根っこが出て来た。


「ターメリックはこの根っこを使うのです。料理などに入れると黄色に強く色づいて綺麗ですよ」


 これもターメリック、ウコンで間違いないように思う。

 ターメリック、カルダモン、クミン、それに赤唐辛子があればカレーもどきはできるかもしれない。

 生姜とニンニクは持って来てあるし。


「戻ったらこの香辛料を研究させて下さいませ。面白い料理ができるかもしれません」


 なんだかワクワクしてきた。


「プラーミァの森は本当に強く、豊かですね。

 羨ましい程です。どうか、秋になって種が実りましたらぜひ送って下さい」


 香辛料の溢れる豊かで力強い森。

 魔王城もそうだったけれど、私には栽培する野菜としか思っていなかった植物が、森に自生している様子はなんだか感動する。

 今回は見本程度しか取れないけれど、王様にお願いして継続的な栽培をお願いできたら嬉しいな。


 そう思って王子を見たら…………はれ?

 なんだか不思議な顔をなさってる?


「姫君は本当に、宝石の眼をお持ちなのですね」

「へ?」


 すっと、私の首元に伸ばされた王子の手が、私に触れる。

 目元にもなんだか今迄の、幼子か親戚の子を見るようなものとは違う熱が感じられた。

 背中がぞわりと泡立つようだ。


「…………我々から見れば、ただの雑草ばかりの密林。

 飾りにもならない役立たずの土地とばかり思っていた森が、姫様の眼から見れば宝の山に見える。

 その紫水晶のような瞳には、一体どのような風景が映っているのでしょうか…………?

 ぜひ、一緒に見てみたいものですね…………」

「王子、ちょ、ちょっと待って下さい。王子!」


 こんな森の中で何が始まったんだ?

 わたわた、慌てる私に近付いて来る王子の顔。

 近い、近い、近い! わああっ!!


 と慌てた私は、ぐい、と後ろ手に強く引っ張られて王子から離れた。

 引っ張ったのはリオン。

 何も言わないけれど、引き寄せた私をそのまま胸元に抱きしめて王子を見据える。


 王子から離れられてホッとしたけど…………こ、これはこれでドキドキするかも。

 リオンの胸板が近い。心臓の音が聞こえてきそう。


 私を奪われて伸びた手の行き場を失った王子は、私達――リオンとフェイ、そして私――を見ると、小さく微笑んでおどけた様に肩を竦めて見せた。

 その後は森番や護衛達に色々と指示を始める。


「姫君、栽培経過を見たり、採取をした方が良い植物をお教え下さい。

 庭園に移植したり、森番に後日様子を見させますので」

「あ、はい。ありがとうございます」


 さっきまでの怪しい雰囲気は嘘のように、いつもと変わらない風景。

 なんだったんだ? 今の?


 とにかく私達はその後も色々調査して、もしかしたらこれはマスタードかな?

 パプリカっぽい? これコリアンダーかなぁ?

 なんていうのを見つけては印をつけて調査をお願いした。


 あと、もう一つ大収穫だったのはシナモン、と思しき木。

 地元の方から教えて貰ったのだ。

 皮をむくと不思議な香りのする木があるって。


 本当に昔の人は凄いなあ、と思う。

 ありとあらゆる植物に興味を持って、調べて有効な活用方法を見つけて来たのだから。


 プラーミァの森のフィールドワークは、かなりの成果を上げることができた。


「そろそろ、戻りましょうか。日が暮れる前に戻った方がいい」

「解りました」


 王子に促されて、私達は森を出た。

 王様が用意してくれた馬車に、収穫物を入れた籠と共に乗り込む。


 お城に戻ったら見本を乾燥して貰って、スパイスカレーもどきを作ってみよう。

 お米は無いけど、ナン風味ならできるかも。


 そんなワクワクの思いを乗せた馬車は――。


「え?」


 突然、止まった。


 隣に座っていたカマラが肩を抱き寄せてくれたから、籠も体勢も崩さずに済んだけど…………なに?


「来ましたか…………。姫様。

 私や護衛騎士が良いと言うまで、顔を出さないで下さい」


 馬車の外から聞こえてくるのは微かな馬の嘶きと焦り声、そして何やら言い争うような声。

 それを耳にしたグランダルフィ王子は立ち上がり、私に目配せすると外に出て行った。


「無礼者! 王家と国賓の馬車を遮るとは! 何のつもりだ!」


 父王様によく似た響くテノール。

 他者を従わせる強い声に、けれど怯む様子もなく相手は答えたようだった。

 耳を澄ませば聞こえて来る。

 あの声は…………覚えがある。


「これはこれは、グランダルフィ王子。奇遇ですな。

 私も偶然、側を通りがかりまして。どうか姫君にご挨拶を…………」

「何が偶然だ。待ち構えていたのだろう?」


 不機嫌そうな王子の問いを、何かを含んだ笑みが肯定したことが馬車の中からも解る。


「邪魔だ。どけ! ヘスペリオス」


 ぞくり。

 背中に怖気が奔った。


 馬車の中からは見えもしないのに、あの時舞踏会で出会った『大貴族の息子』。

 その舐めるような視線を、私は確かに感じたのだった。

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