魔王城 不思議の城と森
保育士にとって大切な仕事はいくつもある。
けれど、その中でも基本の『き』と言えば――生活習慣の指導だ。
ご飯を食べて、排せつして、眠る。
この三つができていれば、とりあえず人は生きていける。
それだけ単純で、それだけ難しい。
眠るなんて当たり前のこと、と思うかもしれない。
でも本当は――「眠るべき時に眠る」って、子どもには案外むずかしい。
身体と心のコントロールがまだできなくて、静かに休める、ということが理解できないし、実行に移せない。
だから大人は、眠りへ導くためにあの手この手を尽くすのだ。
幸い、今のところ寝具には困らなかった。
魔王城のあちこちにあった寝台から寝具を集め、
大広間の一角を子ども部屋にした。
全員を寝かしつけたあと、私はほっと息をつく。
静まり返った寝息の音が、胸の奥をじんわりと温めた。
――さて。次に考えるべきは『ごはん』だ。
本当なら、食事は寝床よりも優先されるべきこと。
けれど、この世界では少し事情が違う。
『不老不死』の中には『飢えや渇きで死なない』という特性が含まれているらしい。
だから、この子達も食べなくても死ぬことはない。
身体の中で、どういう風にして栄養が作られているのか解らないけれど。
水を飲まなくても、飢えなくても、生きてしまう。
……幸いなことに。
そう思った瞬間、自分で首を振った。
――全然、幸いなんかじゃない。
食べないで生きられるというのは、
『食べる喜び』も『分かち合う時間』も失うということだ。
それに、食べなければ身体はちゃんと育たない。
永遠の子どもたちは、永遠に『成長しない存在』になってしまう。
それは、あまりにも悲しい。
「ねえ? 前にくれたお肉――あれ、どこで捕って来たの?」
私が尋ねると、リオンが外を指さした。
「外だ。俺たちが狩ってきた」
「外って……森の中?」
「ああ。この辺は獲物が多いんだ」
「外、見てみますか?」
アルとフェイが誘う。
夜風に少し躊躇したけれど、私は頷いた。
ほんの少しだけ外を見に行くつもりで。
――けれど。
「うわぁ……すごい」
外に出た瞬間、思わず声が漏れた。
白い壁、漆黒の屋根。月明かりに浮かぶ城は、まるで絵本の挿絵のように美しかった。
『魔王城』と聞いて想像していた、禍々しいイメージとはまるで違う。
白亜の壁が光を放ち、周囲の森を淡く照らしている。
その森は深く広く、風にざわめく葉音が眠りの子守唄のように優しかった。
「この辺りは獣も木の実も多い豊かな森だ。
今くらいの人数なら、頑張れば食べる分くらいは確保できる」
「でも、出るのは難しい。俺たちでも気を抜くと迷うかもしれないな」
フェイとリオンの説明を聞きながら、私は小さく息を呑んだ。
確かに、ここは外界から隔絶されたような場所だ。
まるで『守られている』ようでもあり『閉じ込められている』ようでもある。
まあ、邪魔する存在がいないのだけでもありがたい話。
「私がごはん、作るね。材料を狩ってきてもらえる?」
「助かる。俺たちじゃ肉を焼いて塩を振るのがせいぜいだ」
「塩? あるの?」
「ああ、城の裏手に岩塩の鉱脈があるって、おじいが言ってた」
案内されて向かった洞窟の中には、茶色い結晶が光を返していた。
その一欠片を拾って舐めてみる。
……しょっぱい。確かに塩だ。
「本物の塩……! これで料理ができる!」
たったそれだけのことが、どれほど嬉しいか。
塩一つで、食卓は変わる。
それは味だけでなく、心の温かさにもつながるものだから。
「火を炊ける場所、あるかな?」
「あるだろ? 台所」
「……え、あるの? 台所!?」
思わず素で叫んでしまった。
案内されたそこは、古びてはいるが清潔で、
竈に調理台、水をためる大壺、鍋、皿、ナイフ――何でも揃っていた。
「これ……オーブン? すごい。完璧だよ」
「この間、水汲みに使った鍋もここから持ってきたんだ」
触れてみると、長い年月が経っているはずなのに、どこも錆びていない。
微かに曇っているだけで、拭き取ると、すぐに鈍い光が戻った。
「これも、魔法なのかな……。後で調べてみよう」
確認を終え、私は一番大きな鍋を抱えた。
「お湯を沸かして、掃除して……お肉をゆでて、スープを作ってみたいの」
残っている肉を早く調理しなければ。
塩と骨で煮込めば、きっと温かいスープになる。
「まて、水汲みは俺たちがやる。マリカ。今日はここまでだ。
お前は寝ろ」
「そうですよ。焦らず、少しずつ進めていきましょう」
「明日も仕事は山ほどあるしな」
三人に囲まれて説得されているうちに、
いつの間にかあくびが漏れた。
「ふわぁ……確かに、眠い……」
「魔王城に攻めてくる奴なんていない。安心して寝ろ」
「? そうなの?」
アルの言葉の意味は分からなかったけれど、
もう頭がぼんやりして考える気力もなかった。
子ども達の眠る大広間の端に布団を敷き、潜り込む。
ふわりと包み込む柔らかさに、身体が沈んでいく。
――異世界、一日目の夜。
思っていた以上に、私は疲れていたらしい。
明日は、あの子達の為に『ごはん』を作ろう。
きっと、それがこの世界で最初の「幸せの味」になる。
そんなことを思いながら、私は静かに目を閉じた。




