火国 街へ行こう
チョコレートの製作、料理指導、香辛料の研究、ココナッツ――じゃなかった、ココの実の使い方研究など。
毎日慌ただしく仕事をしているうちに、一週間があっという間に過ぎていた。
気が付けば、朝も昼も夜も関係なく、調理場と研究室と客間を行き来する日々だった気がする。
明後日は安息日。
一日、仕事は無し。
自由に過ごしていい日、になっている。
この世界の安息日は、本当に『何もしない日』として大切にされている。
職人も、商人も、役人も、兵士も。
普段は休みなく動き続けている人達が、一斉に立ち止まり、心と身体を休める日。
だからこそ、その一日は特別で――そして、私にとっては絶好の機会だった。
で、私は側近と、アルケディウスの皆に集まって貰い相談していた。
「街に行きたい」
だって、せっかく外国に来たのに、ずっと一週間、王宮に籠りっぱなしで、まだ王宮以外に何も見てないんだもん。
街並みはおろか、貴族区画さえ行ってない。
いや、王宮は立派ですよ。
本当に立派。
細工とか見てて飽きないし、本とかも読ませて貰って勉強になってる。
この国の歴史書や、植物の記録、香辛料の扱い方を書いた古い文献まであって、読み始めたら止まらないくらいだ。
庭園も、常夏のプラーミァの春。
柔らかな陽光の下、色鮮やかな花々が咲き誇り、甘く濃厚な香りが風に乗って漂ってくる。
花盛りで、とっても綺麗で、歩いているだけで心がほどけていく。
来週は庭園の花を使った花の水とか、ハイビスカスのお茶とかやってみたいと思ってる。
蒸留器も一台持ってきてあるから、ロッサのオイル作りとかも。
プラーミァには譲ってもいいって言われているし。
この土地の植物と技術を組み合わせれば、きっと新しいものが生まれるはずだ。
…………でも。
「でも! せっかくだもの。
街が見てみたい。市場とか街並みとか、買い物とかしたい!」
思わず身を乗り出して訴える。
この国の匂いを、音を、人々の暮らしを、自分の目で見てみたい。
「我が儘をおっしゃらないで下さい。
皇女が街中をフラフラと歩くなどできるわけありません」
パシッと、容赦なく言い放つミュールズさんに、側近、その他、皆同意するように頷く。
反論の余地すらない、完璧な正論。
「見知ったアルケディウスならともかく、俺達も地理がおぼつかない異国の街にマリカを歩かせるのは不安だな」
リオンが腕を組みながら、静かに言う。
その声は穏やかだけれど、護衛としての責任の重さをきちんと背負っている響きだった。
「王都ですから治安は他の町などに比べると良いでしょうが、それでも、やはり人さらいや盗賊などがいないとも限りませんし。
姫様は子どもです。囚われたり脅されたりしたら取り返しのつかない事になるやもしれませんよ」
リオンの言葉をカマラが引き継ぐ。
彼女の眼差しは真剣そのものだった。
リオンとカマラは私の護衛だから、二人が付いてきてくれないと城の外に出る事さえできない。
「勿論、皇女だってばれないような服装をしていくから。
お忍びで……ね?」
こっそり、という意味を込めて声を潜める。
「無理ですよ。そもそもお忍びという行為そのものが、マリカには成立しないんです」
「なんで?」
「子どもですから。子どもが一人、もしくは護衛を連れて歩いていたら目立つでしょう?」
あ。
そうか。
私は気付く。というか、思い出す。
そもそもが自由に歩ける子どもが殆どいない世界だから。
子どもは家か施設か、あるいは保護者の元で守られている存在。
子どもが出歩いていたら、それだけで目を引き、下手したら奴隷商人などに攫われかねない。
プラーミァは準市民登録もまだ無いだろうし。
現代日本の感覚のまま考えていた自分の甘さを、今さらながら思い知らされる。
「街を馬車で通過した時、民に手を振った事で顔を覚えられている可能性もあると思いますよ。
数百年ぶりの国賓。他国に嫁いだ王女ティラトリーツェ様と英雄ライオット皇子の娘。
外に出たら、大騒ぎになること間違いなし、ですね」
フェイの言葉は淡々としているけれど、突きつけられた現実は重い。
あうー。
フェイの言葉は容赦ないけど、紛れも無い事実だ。
目立たない市民の格好をして、フェイやカマラにも普通の服装をして貰えば大丈夫だろう、と簡単に思ってたけど。
そう簡単にはいかない。
「ああ、せっかく南国に来たのに、お土産を買う事も、街並みを歩く事もできないで終わるのかあ~」
がっくり。
肩から力が抜ける。
南国と言えば海。
青い海、白い砂浜、きらきらした波。
でも王都から大陸最南端、海沿いの街まで一週間近くかかるというし、水着も無いから泳ぐのは諦めていたけれど。
ショッピングも観光もなしかあ。
せっかく異国に来たのに、厨房と客間と研究室の記憶しか残らないなんて、ちょっと寂しい。
「……陛下に聞いてみましょう」
「! ミーティラ様?」
プラーミァ出身、この国の事を一番よく知っている方の否定では無い言葉に、私達は目を剥いた。
希望の光が差し込んだような気がした。
「いいんですか?」
思わず身を乗り出して問い返してしまう。
期待してはいけないと思っていた分、その一言はあまりにも意外だった。
「褒められた事では無いのは重々承知していますが、この国の王族方々は割と気軽に街に出るのです。
お忍び、は無理ですが、飾らない安息日の街並みを楽しむ事、くらいはできるかもしれません」
ミーティラ様は穏やかな声でそう言いながらも、その瞳の奥には現実的な判断を下す側近としての冷静さがあった。
王族同伴で、護衛もちゃんとつけていけば。あるいは。
慎重な前提付きの許可。
自分で言っておいてなんだけど、できるんだ。
まあ、アルケディウスでも第三皇子は普通に街歩きしてたけど。
あれはあれで特別だったのか、それともこの世界の王族は案外身近な存在なのか。
「多分、王子か王子妃と一緒に、ということになりますが良いですね?」
「あ、はい。勿論」
断る理由なんてあるはずがない。
「では、陛下にお伺いの文書を出しておきます。
明日は城で調理指導、でしたか?」
「はい。新しい香辛料の使い方と、調味料の作り方、あとコーヒーの焙煎をやってみようかと」
香辛料類が色々見つかったけれど、使い方を間違えると危ないものもある。
例えばニクズク、ナツメグは肉の臭みを取るのには最適だけれども、ある程度の量を取り過ぎると中毒症状を引き起こす。
トウガラシの揮発成分は目や喉を痛める可能性がある。
コーヒーのカフェインも適量であれば、眠気を覚まし、身体を元気づけるけれど、過剰摂取はカフェイン中毒に繋がる。
まあ、不老不死世界だとそこまで危険性は無いかもしれないけれど。
それでも、注意するに越した事は無いから。
知識を持つ者の責任。
それを怠るわけにはいかない。
「ミュールズ様と相談して、手配しておきます。返事は結果の報告時か、夕食の時になるかと思いますが」
研究と注意点の指導をしながら、夕食の作成も行う予定。
レモンドレッシングのサラダにペペロンチーノ、ミートローフって感じかな?
酸味と香り、辛味と旨味のバランスを考えながら頭の中で組み立てる。
酵母はこっちだと何の果物で培養すればいいだろう?
確かバナナはいけた筈。マンゴーやパイナップルは向いてなくって……。
と、それは後で仕事中に考えよう。
「解りました。大丈夫です。お願いします」
「……ミーティラ様、後で、王都の地図を見せて頂けませんか?
概要でも把握しておきたいので」
「リオン?」
肩を竦めるリオンはどこか、諦めたような様子で笑っている。
けれど、その目は既に護衛としての準備を始めている目だった。
「お前が本気で望む、のなら希望に沿うのが俺達の務めだ。
なんとかならないか考えてみる」
「私も全力で姫様の願いをサポート致します」
「ありがとう!」
リオンとカマラ、二人がやる気になってくれたのなら、実現の可能性もグッと高まる。
別に街に出たい、というのは我が儘ばかりじゃない。
一般の人達の生活の様子を見る事で、どう食品扱いを展開させていったらいいか考える。
商業ギルドや一般の店も見て、今後に向けて話を通す。
現場を知る事は、何よりも重要。
その為にもこれは重要なミッションなのだ。
……ということにしておいてほしい。
よし。
美味しい料理を作って、王様にしっかりプレゼンして許可を貰おう。
私は、ぐっと拳を握りしめた。
――そして。
「別に構わん。好きに行ってこい」
私の気合いは、すこーん、と空振りしたけれど。
王様からの許可は、実にあっさりと降りた。
「え? いいんですか?」
自分で言っておいて、再び驚く。
拍子抜け、という言葉がこれほどぴったりくる瞬間もない。
だけどミートローフを機嫌よく頬張る王様は、朗らかに頷いて下さる。
「無論、しっかり護衛を付けてグランダルフィを連れて、だがな。
ティラトリーツェの娘、リュゼ・フィーヤの噂は街にも広まっている。
お前が降りて顔を見せれば民も喜ぶだろう」
「王子と一緒、ですか?」
「宜しくお願いいたします。姫君」
王子が席の向こうから微笑む。
柔らかな微笑み。けれど、その奥にある意図を私は感じ取ってしまう。
ああ、そういう意図も。
「でも、王子が街に出て危険とかは無いのですか?」
「王都でプラーミァの王族を害せるやつがいるならやってみろ、というものだな」
「その辺はご安心下さい。こう見えても私も護衛も、その辺の賊などにやられるようなやわな訓練はうけておりませんから」
溢れる自信。
揺るぎない確信。
流石、戦士国の王子様だ。
王様もにやりと怖い笑みを浮かべている。
確かにこの王様を怒らせた上で敵に回したら絶対に死ぬ。
不老不死だろうと、死んだ方がマシだという目に合わされると思う。
「無論、好き勝手に歩かれたり城壁の外に出られたりしては困るが…行きたいのはどこだ?」
「できれば市場と、商業ギルド、あとプラーミァの服飾店を」
市場でこの国の特産とか工芸品を見たい。
それからココの実や、果物、香辛料の輸入に付いてアルと一緒に商業ギルドにお願いして、できれば食料品扱いの店を出して貰う様に話す。
食料品が一般化すればカトラリーや、調理器具も必要になるだろうから、木工、鉄工ギルドにも話を通しておかないといけない。
プラーミァの王宮の厨房はけっこう整ってはいたけれど、それでも泡だて器や編みしゃくし、笊などは無かった。
念の為に持参したものを使っていて、王城の料理人さんに羨ましがられた。
チョコレートを作った時に使った手回し式ミキサーは、苦労して発明したものだから、権利問題をしっかりした上でアルケディウスで作って輸出したいと思うけれど。
日用雑貨は輸入して高くつくようでは、食生活が定着しない。
生活に根付くためには、手の届く場所にある事が必要。
あとは、服飾のお店。
プラーミァの衣装を誂えている時間は無いけど、お母様達へのお土産に何かを買っていきたいと思う。
綺麗な布とか、アクセサリーとか。
プラーミァは染め物を民族衣装に多く使っているように思えた。
深く鮮やかな色彩。重ねられた模様。
バティックとか更紗のイメージ?
アルケディウスとはまったく違う風合いだ。
お土産にできたら、お母様はきっと喜ばれる。
私が観光したい、という我が儘だけではないのだ。
……ということにしておく。一応。
「それくらいなら問題なかろう。
だが、服やアクセサリー、ギルド関連は向こうを呼び寄せればいいのではないか?」
「自分の目でお店に並んでいるものを見て、この国の一般の方の生活様式や特徴などを知りたいのです」
知識ではなく、実感として知りたい。
「では、私も同行いたしますわ」
「フィリアトゥリス」
会話に割って入った声に、王子はあからさまに顔を顰めた。
王子妃フィリアトゥリス様が、ニッコリと満面の笑顔でそうおっしゃったのだ。
「マリカ様の行きたい場所は全て、王子より私の方が、顔が効きます。
特に服飾関連についてはお役に立てる自信がありますよ」
当たり前だけれども王子妃様はこの国のファッションリーダー。
お茶会で見せて頂いた服や、毎日の服装を見ても、失礼ながら若いだけあって王妃様以上のセンスと着こなしだと思う。
「王子はマリカ様に今流行の刺繍や、ドレスの形の違い、染め物や織物の種類についてご説明できますの?」
「う…、それは…」
王子にとってみれば、多分護衛を口実に接近、私を口説くきっかけにしようとしたのだろうから、フィリアトゥリス様の同行は迷惑でしかない。
でも、私はフィリアトゥリス様がいてくださった方が安心できる。
本当に、この国の事を教えて貰えるから。
「ありがとうございます! フィリアトゥリス様!!
一緒にお買い物ができるなんて。凄く楽しみです」
主賓である私が手を握りお礼を言えば、フィリアトゥリス様との同行は決定される。
困り顔の王子に、国王様は諦めた様に手を振った。
「二人を頼むぞ。グランダルフィ。しっかりとエスコートしてやれ」
「父上……」
かくして安息日。
私達のプラーミァ市街観光が実施されることになったのだった。
楽しみ楽しみ。




