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火国 チョコレート製法伝来

 改めて、翌日から、私の仕事が始まった。

 昨日までの『獅子と子猫』の取っ組み合いの空気がまだ肌に残っている気もするけれど、仕事は仕事だ。

 まず、第一にチョコレートの作り方をお教えする。

 これは一日がかり+熟成期間が必要な為だ。

 作り方を知って終わり、ではなく、作った後に『待つ』工程まで含めて製法だということを最初に印象づけておかないと、結局、早まった評価で『いまいちだ』と切り捨てられる可能性がある。


 チョコレートの作り方はカカオ豆の産地であるプラーミァが一番念願していた事らしく、もう真っ先に要望された。

 でも、教えて自立生産されてしまうとアルケディウスで使えなくなるし、作れなくなる。

 だから、交渉はしっかりしろと皇王陛下から命令されていた。

 歓迎と圧力が同居する場で、私は『技術』と『契約』を一つに結びつけなければならない。

 辛抱強く交渉して製法を教える代金として金貨五枚。加えてアルケディウスに定期的な豆の輸出を約束して貰い、契約を交わしお教えする事になったのだ。

 こちらの文官であるミリアソリスとモドナック様が文書を整え、国王陛下と皇王陛下の名代として私が正式に契約を交わす。

 王族の名代で契約を結ぶ、ということは、私が単なる料理人ではない――政治の場の当事者であることを、周囲にも示してしまうことでもある。

 新技術の製法の代金としては安めらしいけれど、カカオ豆の産地であるプラーミァからの提供が無ければどのみちチョコレートは作れないのだから妥当なところだと思う。


「これで、皇王陛下に足元を見られずにすむ」


 国王陛下はご満悦だったけれど、皇王陛下曰く


「作れるモノなら作ってみろ」


 だからね。

 このやり取りの裏側にあるのは、ただの意地ではなく、国同士の主導権だ。作れないなら従うしかない。作れるなら並ぶことができる。――その境界線の話。


 で、その足で製作に入る。立ち合いは国王陛下、王妃様、王子様と皇子妃様。

 こちらからはモドナック様とミリアソリス。あと私の助手にセリーナ。

 王太后様と、アルケディウスの文官長に当たる大臣さん、それから陛下が選んだ大貴族の代表さん。

 コリーヌさんとこちらの料理人さんに一緒にやって貰う形で説明する。

 あと、フェイにも手伝って貰って。

 顔ぶれが重い。重いけれど、ここまで揃えて貰えたなら、これは『見世物』ではなく『国家事業』として扱われるということでもある。


「杖持ちの高位魔術師を料理に使うのか?」


 大貴族のお一人が顔を顰めていたけれど、


「手伝って貰わないと、時間がかかるんです。とんでもなく、本当に、半端なく。

 普通に作ろうと思っても一日、美味しく作ろうと思うと時間をかければかけるほど、なんですよ」


 私はなるべく丁寧に、しかし誤魔化さずに告げた。

 『手間がかかる』ということは、価値を支える根拠にもなるけれど、同時に『量産できない』という弱点にもなる。だからこそ、最初に理解して貰わないといけない。


 ちなみに台所に入る時には手洗いは徹底して貰う。

 食べ物に触る時もだ。

 不老不死社会ではあまり気にしなくても良いことかもしれないけれど、最初にしっかりとそういうものだと習慣づけておきたい。

 たとえ病が少なくても、不潔は味を落とすし、厨房の秩序も崩す。『新しい味』を根付かせるのは、結局こういう基本からだ。


 ここからはチョコレート作りの説明再び。

 見ている方達には丁寧に説明したけど、ここではざっと。


 オーブンでカカオ豆を焼き、皮を剥く。

 焙煎の香りが立ち上がった瞬間、周囲の空気が少し変わった。これだけで『甘いもの』とは別の、深い匂いがする。

 ここでフェイに力を貸して貰い、風の術で皮と豆を完全に振り分ける。


「魔術を使わない場合はここは手作業です。皮が残らないようにしてください」


 その後は微細化。

 カカオマスを作る為のすりつぶし作業だ。これがかなり大変。

 めっちゃ大変。

 実際にやってみればわかる。腕が、手首が、指が、じわじわと悲鳴を上げてくる。


「アルケディウスでは魔術が使えない時には鉢と棒ですりつぶしたり、こういう手回しの破砕機を使って作っています。

 それでもかなり大変です」


 持ってきたのは刃を付けた手回しのミキサーもどき。

 記憶を頼りにシュウに作って貰って、それをアルケディウスの工房で改良して貰った。

 刃のついた棒を手回しで動かして中に入れたものを細かくするのだ。

 野菜のみじん切りなどにも使えるので便利だけれど、それを使ってもホントに大変。

 時計の応用で風の精霊に自動化をお願いできないと、数時間がかりだ。

 回すたびに抵抗が返ってきて、腕に熱が溜まる。材料が少しずつ滑らかになっていくのは嬉しいけれど、同時に『これを産業にする』重みがじわじわと現実になる。


 ……まあ、私一人ならギフトでももっとずるをしちゃうのだけれども、今回はこちらで作れるように教えないといけないから手作業で。


 で、細かくしたカカオマスを半分に分ける。

 半分には熱をかけてカカオバターを抽出する。カカオバターをとった残りがココアだ。


「なるほど、ココアというのはこのような過程で作られるのか?」


 粒とか気にしないで済むので味見にはお勧め。

 王様達も喜んで飲んでいた。

 苦味の奥に甘い香りが残ると、表情が変わる。『未知』を飲み込む顔だ。


 そして残った半分のカカオマスに砂糖や、ミルク、カカオバターを加えて滑らかになるまで潰し練る。

 ここからの精錬コンチェと呼ばれる行程にもフェイ、というか精霊に力を貸して貰った。

 均一になるまで混ぜ続ける、その単調で終わりの見えない時間が、味を作る。


「魔術を使わない場合はここからの行程も手作業です。

 外注をかけて手伝って貰ったりもしていますが、最短で一刻、時間をかけて混ぜ合わせれば混ぜ合わせる程美味しくなります」


 比較の為に、魔術を使ったものと手作業のものを両方作っておいた。

 魔術で風の精霊に手伝って貰うと、コンチング半日の行程が二刻くらいかな?

 一日お願いするとかなり美味しくなる。

 『時間を短縮できる』というのは魅力だけれど、それをどう使うかは国の文化と価値観次第だ。


「最後にチョコレートを溶かして温度調節して出来上がり、ですね」

「温めたり冷やしたりしていたが、あれの意味は?」

「ただ溶かして固めるより、チョコレートが艶やかになるようなんです。

 熱しすぎると分離してざらざらになってしまうので、様子をよく見て……。

 細かいタイミングはカンというか、溶け具合から判断して……」


 この世界には温度計なんてないからテンパリングは本当にカンでやるしかない。

 それでも何度もやっているうちにいいタイミングはなんとなく掴めて来たので、それはレシピにメモしてお渡しして置く。

 艶とか、溶け具合とか、器具に付いて来るチョコの固まり具合、とか。

 言葉で説明しきれない部分を、できるだけ『観察ポイント』として知らせ、渡す。結局、現場の目が育たなければ再現はできない。


「最終的にこれを三日ほど寝かせて完成です。

 こっちができたてのもの。こっちが熟成させたものです」


 魔術でいろいろ短縮したけれど、それでも半日がかり。

 完成したプレーンな板チョコをアルケディウスから持ってきたチョコレートと食べ比べて頂く。

 味の違いが分かる筈だ。

 作りたての一枚と、時間を経た一枚。その差が『手間の意味』になる。


「なるほど。このできたてのものも悪いわけではないがざらつきも残るし、後味が軽いな」

「はい。ざらつきは熟成後も残るので、それをなるべく感じさせないようにする為に、いろいろと加工しております」


 木の実に絡めてプラリネにしてみたり、トリュフにしたり、パンケーキやパウンドケーキに混ぜ込んだり。

 『完成品としてのチョコレート』ではなく、『素材としてのチョコレート』に道を作る。そうすれば、ざらつきや癖も武器になる。


「しかし、相当な手間がかかるな。

 手間に相応しい美味ではあるのだが……」


 チョコレートを噛みしめながら王様は顔を顰める。

 砂糖、ミルクもかなり使うしね。

 個人的にはカカオ70%前後が美味しいと思う。

 でも、この世界でそれをやるなら、砂糖の価値も、ミルクの価値も、一緒に引き上がる。国が動く理由になる。


 あんまり牛乳を使う習慣が無かったプラーミァ。

 隣のエルディランドから水牛を輸入して牧場を作ったのは、つい最近。

 王様がアルケディウスの訪問から戻ってからすぐの事だとか。

 ココナッツミルクを使うヴィ―ガンチョコレートもある筈だけれど、それはもう少し普通のチョコレート製法に慣れてからの方がいい。


「はい。ですので皇王陛下は今までの様にアルケディウスに外注されるか、自国でチョコレートの研究をされるかは兄王様のご判断にお任せする、とのことです」


 アルケディウスは少しずつ研究も重ねているので数が少なくても質で勝負できる。

 特に料理に精霊術を使う事を躊躇わないのでアドバンテージが高いのだ。


「……奴は料理に術を使うのを渋るだろうな?」

「さようでございますね。術士としての寿命も近いと噂されておりますし……」

(『奴?』)


 兄王様と大臣さんのひそひそ話がちょっと耳に入った。

 そうか。王国だもの。宮廷魔術師さんはいるよね。

 氷室の維持とかエターナルライトとか。

 どんな人なんだろう。

 奴、というからには男性だね。

 術士としての寿命については、伸ばしてあげる事もできる可能性があるから少し気になるけれど。


「こちらの宮廷魔術師様はどのような方なのですか?」

「水系の術を得意とする男だ。子どもあがりで王宮に入って十年ほど。

 そろそろ引退も近いと言われている」


 彼も気になっていたのだろう。

 私の代わりにフェイが聞いてくれた。

 水系の術を使う、ということはシュルーストラムの管轄内だけれども直接の眷族では無い。

 しかも十年で寿命、ということはソレルティア様程、杖に愛されているわけじゃない、ってところかな?

 子どもが成り上がれる唯一の職業が魔術師だからエリート意識とか高い人もいるのかもしれない。

 フェイもオルジュさんも、ソレルティア様も料理や生活に術を使う事に躊躇いないから気にしたことなかったけれど。


 シュルーストラムは


『我らは人の役にたつ為に生み出されたものだ。

 生活を助ける術に抵抗は無い。

 ただ、人が怠ける為に術を使う事は好まぬがな』


 怠けると助けるの境目は精霊の判断だから判断が難しい所だけれど、少なくともフェイやエリセに料理の手伝いを頼んで、シュルーストラムやエルストラーシェが怒ってボイコットなんてことはなかった。


 まあ、余計な口出しはしない方がいいような気がする。

 プライド高そうだし。

 とりあえずは様子見。様子見。


「まあ、チョコレートの製法については理解できた。

 我々が豆を送る度にこの手間をかけさせていたというのなら、ご苦労だったな」


 兄王様の労いに私は深く頭を下げる。


「いえ、国王陛下の御威光のおかげで『新しい味』が生まれたのです。

 私達もしっかり、味わっておりますので」

「ふ、口が上手くなったな」


 面白げに兄王様は笑っていたけれど、これはおべんちゃらではなく本当。

 兄王様が私の戯言のような話をちゃんと調べて、カカオを見つけて加工して送ってくれたからこそ、チョコレートはこの世界に生まれたのだ。

 その事実が、プラーミァの『獅子』の強さでもあり、怖さでもある。


「まあ、チョコレートの加工については考える。

 カカオ豆については今後主力産業にすることにしてもう手配はしているからな。

 アルケディウスに委託するにしろ、国で研究を始めるにしろ、この美味を捨てるつもりはない。

 しっかりと育てていく」


 国の未来を見据える王様の目は頼もしい。

 今まで、五百年何も変わらなかった世界は、少しずつ変わり始めている。


『新しい食』をきっかけに農業、加工業に需要が生まれ人が戻り、新しい雇用が生まれる。

 税を払う為に遊びの戦に行くしか無かったり、路地に寝そべるしかやることが無かった人達が働き、生活する事ができるようになれば、人々の生活や意識も変わって来る。

 やがては、路地裏でやることが長く放置されたり、余裕がなく捨てられた子ども達にも居場所が見つかるようになるだろう。


 アルケディウスは既にその形が見えてきている。


 プラーミァも続いてくれればいいなあ、と私は心から思った。

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