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火国 獅子と子猫

 その日の夜。


 私は側近とアル達、ゲシュマック商会組を含めたアルケディウスチームを呼び集めて、今後の対策を練った。

 胸の奥に残る、あの晩餐会で感じた圧と熱。歓待の形をした『囲い込み』の気配を、ここでいったん言語化しておかないと、飲み込まれる――そんな焦りがあった。


 アルケディウス組と私はかなり離されているけれど、行き来は禁止されていない。

 女性随員はほぼ全員、私の側仕えなので、パッキリと男性と女性に分けられた形だ。

 大聖都の時もそうだったけれども、宮殿に泊まるクラスの国賓は大抵使用人なども連れているので、周囲に使用人用の部屋も用意されている為、かなり広い。

 広い、というより、広く作ってあるからこそ『分ける』ことができるのだ、と今は思う。導線を分断し、接触を管理するには、この構造が都合が良すぎる。

 王族のプライベートエリアも、王子王女の部屋の側には、使用人の部屋があるので、私の側仕え達はみんなそこにいてもらうことになった。


 三階の国賓用宿泊エリアは、今、アルケディウスの貸し切り状態。

 廊下の静けさが、逆に緊張を増幅させる。ここにいる間、私達は守られているのか、隔離されているのか――その境界が曖昧だ。

 リオンの部屋に運び込んだ通信鏡でアルケディウスに繋げての報告も兼ねている。


『無事、大陸の反対側からでも繋がることが確認できたな』


 皇王陛下は嬉しそうだ。

 精霊の力を用いた画期的なテレビ電話は、皇王陛下の声だけでは無く、側にいるであろうティラトリーツェ様のため息をも正確に拾う。

 その微かな息遣いまで届くのが、頼もしくもあり、怖くもある。距離は遠いのに、ここは近い。


『お兄様は相変わらずでいらっしゃるのね。

 アルケディウスや国王会議のお兄様は、まだ外を意識した国王顔をされておられるけれど、国にいらっしゃるときは無敵。

 精霊と民に愛されたお兄様を止められる者はお母様と、オルファリアお義姉様だけよ』


 大貴族の思惑とか派閥とか、意識はしても最終的には気にしない、自分の意志を権力と力で押しとおす一種の暴君だとティラトリーツェ様は告げる。

 それが結果的に国の為になり、民の為になるから、誰も文句は言えない。

 信奉者も多いが敵も多い。

 それがベフェルティルング国王陛下だという話に私は素直に納得する。

 納得してしまうのが、悔しい。けれど、あの『本気』の目を思い出すと、否定できない。


 宴に続く舞踏会では、兄王様は私を側に本当に離さず側に置いていた。

 近い。近すぎる。護られているのだ、と言われればそうなのだろうが、護りの輪の中心に置かれることは、同時に逃げ道を奪われることでもある。

 だから、私がお話できたのは、王家の方々と一部の重臣の方達だけ。

 一生懸命覚えた大貴族の方達の名前は役に立たなかったよ。


「あ、でもお母様の親書と、双子ちゃんの絵姿は王太后様にお渡ししましたから」

『そう……。ありがとう。お母様は何か言っておられた?』

「とても、喜んで下さったと思います。手紙は読んで……本当に幸せそうに微笑んでおられて……」


 オルファリア様と兄王様。

 王太后様は双子ちゃんの絵姿を見てティラトリーツェ様の幼い頃に瓜二つだとか、前王様の面影がある、と花を咲かせておられた。

 皇王陛下から場所を譲られ、鏡に姿を映したお母様も目を細めている。

 その微笑みは王太后様によく似ていて、やっぱり親子だなと思った。

 温度のある話題に触れると、張り詰めた空気が一瞬だけほどける。けれど、それが一瞬であることも、同時にわかってしまう。


『まあ、そのような私的な事は後で構いません。

 問題はお兄様の術中にいかに填まらないようにするか』


 ただすぐに、懐かしい故郷と家族の話に微笑む元プラーミァ王女から直ぐにアルケディウス第三皇子妃に戻ったお母様は私の為に考えを巡らせてくれる。

 優しさと責任が、切り替えの速さとして現れている。私はその背に、何度も守られてきたのだろう。


「と、言われても何か方法があるんですか?」


 フェイが眉を顰めながら問いかける。

 はっきり言って王様が暴走してしまえば誰も止められない。

 身分を気にするなと言われても、アルケディウスの随員達では口を挟んで止める事さえできないだろう。

 できるのは……。

 皆が一瞬、視線を交わす。誰もが同じ答えに辿り着き、同じ結論を口にするのを躊躇った。


『其方がやれ。マリカ』

「え?」


 声を挟んだのは皇王陛下だ。

 お母様はもう一度通信鏡の正面を皇王陛下に返す。

 鏡の向こうで、皇王陛下の目が一段鋭くなる。決断の目だ。


『他の誰もできないのなら、其方がやれ。マリカ。

 アルケディウスの時と同じように、小精霊として奴にひるまず意見してやるがいい』

「いいんですか?」

『其方がやるのが一番、角が立たぬ。

 ベフェルティルングも自ら呼び寄せた皇女で、知識を持つ料理人を無下にはできぬし、妹か娘の様に其方を可愛がっている其方が暴れれば、アレは逆に引くだろう』


 皇王陛下らしからぬ荒っぽいご意見だと、思ったけれど、そう言えば皇王陛下にとって兄王様は甥っ子だったのだと思い出した。

 子どもの頃から性格を知っている?

 それなら、どこまで踏み込めば止まるのか、その境界線も把握しているのかもしれない。――いや、把握していて欲しい。


『チョコレートを含む其方が知る範囲の南国の香辛料、料理レシピなどは教えてやっても構わん。

 どうせこちらでは生かしきれぬものだ。

 無論レシピ一つ、金貨一枚の原則は崩さず、だがな。

 チョコレートそのものの製法は安めにしてやっても良かろう。

 なんなら、金では無く定期的なカカオ豆の輸出契約でも構わん』

「よろしいのですか?」

『その商取引の為にゲシュマック商会を同行させたのだ。

 尋常でなく手間がかかるから作れるなら作ってみろ、というところもあるし、こちらはそのチョコレートを使った菓子のレシピでまだまだ有利に立てるであろう。

 前にも言ったが、せいぜい貸しを作れ。安くついたと思わせよ。

 其方の身の安全が第一だ』


 つまり、覚えている限りの知識で使えそうな植物探しちゃってもいいし、それを知られても構わない、と。

 プラーミァは香辛料でさらに潤うし、アルケディウスはその香辛料を輸入して使って新しい料理を作れる。ゲシュマック商会は外に名を売れる。

 一石三鳥+α。

 合理的だ。あまりにも。だからこそ、怖い。

 私は『資源』として守られている――そんな実感が、また胸の奥を冷やす。


『無茶を仕掛けられたら、この間の時の様にはっきりと断って暴れてやれ。

 兄だと思って我が儘を言うくらいで構わん。

 多分、負けてくれる筈だ。結婚もおそらく口で言う程無理強いはせぬ。

 無論、グランダルフィには全力で口説き落とせと命じているだろうが』

『いざとなったら、オルファリア義姉様にご相談なさい。あとは、グランダルフィの妻も味方につける事。

 お母様も、貴女がはっきりと拒否すれば無理に国に留めおくことはしないでしょう。

 王族の女性達を味方に付ければ、男達の暴走は止められる筈です』

「解りました」


 まさか暴れて良いと言われるとは思わなかった。

 でも、そういうことなら遠慮しなくても良くなる。

 背筋が伸びる。怖いのは変わらない。けれど、やるべきことの輪郭がはっきりした。


「無論、他の者にも可能な限り相談し、助力を仰げ。

 他の皆は、マリカを守りサポートしてやってくれ。

 ベフェルティルングはそれで対処できるだろうが、アレの足を引っ張ろうとする大貴族などはなりふり構わずマリカを狙ってくる可能性があるからな。

 そう言う輩は遠慮せず排除しろ。

 ベフェルティルングにも貸しを作れる」

「かしこまりました」


 お辞儀をするリオンに従うように他の随員達も頭を下げる。

 私一人に背負わせない、という無言の意思がそこにある。ありがたい。けれど、その分だけ、この場の重みも増す。


『マリカ』


 お母様の静かな声がした。

 遠い何かを懐かしむような声だ。

 その響きに、私は無意識に息を止めてしまう。


『多分ね、お兄様は貴女に私を見ているのよ。

 リュゼ・フィーヤ、というのは小精霊、という意味なのだけれど、遠くは『聖なる乙女』も意味するプラーミァにいた頃の私のあだ名です。

 私の部屋を使わせているというのなら、なおの事、お兄様は貴女と私を重ねているのかもしれないわ。

 違うと……勿論解っておられるでしょうけれど、お兄様に気安い口をきく者などもう他にはいないから、きっと口答えされることも嬉しいのだと思うの』

「お母様……」


 ……そっか。王様ともなれば、奥さんとだって敬語の会話だもんね。

 気安く話しかけろという最初のお言葉も、あながち冗談ではなかったのかも。

 今更ながらに気が付いた。

 孤独だ。王の座は、きっと。だからこそ、近づかれた時の『執着』が、より怖い。


『だからといって、アルケディウスのリュゼ・フィーヤ。

 マリカをプラーミァにくれてやるわけにはいかぬがな』


 兄思いで優しいお母様に比べると、皇王陛下は結構シビア。

 国同士の利益、そしてその先を見つめておられる。


『今回の訪問の目的は金では無い。

 金以上のものを手に入れる事だと心得てかかれ』

「はい!」


 まあ、そういうわけで、翌日から私は


「だから! 私服と汚れた手で簡単に厨房に入らないで下さいってば!!」

「お前、私をなんだと思っている!」


 猫を被るのを止めた。

 胸の内で震えていた子猫の皮を、えいっと引っぺがして床に置くみたいに。

 本気の本気で兄王様とやりあうことにしたのだ。

 嫌な事はイヤとはっきりという。

 それは失礼でも挑発でもなく、私が私を守るための最低限の線引きだ。


 で、大人げなくも兄王様はそれに付き合い、少し言い争い、大抵の場合は本当に先に折れて下さった。

 折れる、というより、折れてみせる。こちらが踏ん張るのを楽しむような、そんな余裕すら感じる時がある。

 やはり『妹』との気安いスキンシップを求めていらっしゃったのかもしれない。


 その様子は、


『獅子と子猫の取っ組み合い』

『兄妹喧嘩再び』


 なんて、お城の人達から、生暖かくも微笑ましく見守られる事になった。

 と私が知るのはもう少し後の事だけれど。

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