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火国 南の国 プラーミァ

 緑と光が濃い。


 朝の眩しい光の中、走る馬車の中から見る、それが私のプラーミァ国の印象だった。

 窓越しに差し込む光は強く、輪郭を持っているかのように感じられる。


 照りつける南国の太陽は、もう確かな夏の雰囲気を宿す。

 光そのものが熱を持ち、世界を焼き上げているようだった。


 山全体、街道沿い一体全てに、むく、むくと湧き上がるような緑が萌えていて、波のように押し寄せてきそうだ。

 葉の一枚一枚が力を持って広がり、生命の密度が北方とは明らかに違う。


 あちらこちらに見えるヤシの木。シュロのようなものも見える。

 背の高い幹が空へ伸び、その先で葉が大きく広がり、強い光を受け止めていた。


 温暖湿潤、正しく向こうの世界で言うなら赤道近く、南国の雰囲気がそこにあった。

 風は重く、しかし豊かで、生き物の匂いを含んでいる。


(でも、向こうと違って、赤道近辺が一番暑いじゃないんだよね。

 なんだか不思議な感じ)


 私は窓の外の風景を見ながら、頭の中でこの世界の地形を思い描いていた。

 目に見える風景と、知識の中の世界が重なり合わない感覚が、どこか奇妙だった。


 この世界も宇宙に浮かぶ一つの星。

 球体であるのは間違いないのだけれど、その性質は違っていて北の極点近くは寒く、南の極点近くは暑い。

 向こうの世界とは逆転した気候分布。


 太陽があり、月に似たものもある。

 昼と夜があり、季節があり、重力があり、生命がある。


 地学天文学は学校で習った知識程度しかないけど、この世界では本当にどんな仕組みになっているのだろうか?

 同じように見えて、根本が違う。

 それを証明するかのように、窓の外の世界は見知らぬ輝きを放っていた。


 プラーミァの本国に入り、二つか三つほどの領地を抜けて後、私達は大きな城塞都市に辿り着いた。

 プラーミァ国王都 ピエラポリスだ。


 遠くからでも解る巨大な外壁は、白に近い淡い色をしており、強い日差しの中で眩しく輝いていた。


 あ、ずっと私達は王都、って呼んで来たけれどアルケディウスの王都もプランテリーアという名前がある。

 緑の野、という意味があるのだとか。


 中にいる分には気にする必要もないことだけれど、外に出れば識別のために必要となる。

 世界は思っていたより広く、そして多くの名を持っている。


 で、この国でもやはり、民を様々な脅威から守る為に王都は城塞で囲まれているようだ。

 不老不死の時代になったとはいえ、守りは必要なのだろう。


 いくつかあるらしい門の一つで手続きをして中に入ると、アルケディウスとは違う、異国の街並みが広がっていた。


 建物は集合住宅風の建物がみっしりと建ち並ぶ。

 石と漆喰で作られた壁が、太陽の光を反射して明るい。


 殆どは四角いアパート風の形であるけれど、窓や扉が多くの家で開け放されていて開放的な作りだ。

 風を遮るのではなく、取り込むための建築。


 ちょっと写真で見たインドっぽい?

 ハワイやシンガポールとは違う感じだ。

 あっちが近代的過ぎるから比べられないけど。


 同じ集合住宅でも気密性の高いアルケディウスとはまた全然違う。

 閉じる文化と、開く文化。

 同じ人間の国でも、こんなにも違うのだと改めて思う。


 色合いはほぼ白からクリーム。

 強い日差しを受けても眩しすぎず、柔らかく光を返す色合いだった。


 所々に差された紅色が鮮やかな南国のイメージを一層際立たせている。

 柱の縁や窓枠、扉の縁取りに施された赤は、まるで生命の色のように建物に温もりを与えていた。

 壁面は滑らかで、丁寧に磨かれているのが解る。

 砂埃の多い土地でありながら、どの建物も清潔に保たれている。


 白い円筒のような建物は神殿、なのだろうか?

 周囲とは違う、独特な雰囲気を醸し出している。


 表面には細かな彫刻が施され、陽光を受けて淡い影を落としていた。

 過剰ではない装飾が、静かな威厳を感じさせる。


 と思ったら、大神殿とよく似た建物もあった。

 アルケディウスとほぼ同じ容だから、こっちが神殿なのだろう。


 形は似ていても、表面の装飾や色合いには明確な違いがある。

 同じ信仰でありながら、文化の違いがそこに現れていた。


 そんなことを思いながら窓の外を見ていると視線が感じられるようになった。

 最初は気のせいかと思ったけれど、違う。


 街の人達がワイワイ声を上げながらこちらを見ているのだ。


 街の人達の肌も日に焼けてみんな褐色。

 陽光の下で健康的に輝いている。


 髪は黒、茶色、赤系統が多い印象だ。

 長く伸ばした髪を布でまとめている人も多い。


 目の色も、黒、茶色、赤など濃い色が多い。

 光を受けると、宝石のように深く輝いて見えた。


 で、ほぼ全員その瞳をキラキラと輝かせてこちらを見ている。

 子どもの姿は見えないけれど、まるで子どもの様に。


 衣装もまた独特だった。

 白や生成りを基調とした軽やかな布を身体に巻き付けるように纏い、動きに合わせて柔らかく揺れる。


 肩や腰にかかる布は風を含み、強い日差しを和らげる役目も果たしているようだった。

 布の縁には細い刺繍が施されており、簡素でありながら上品だ。


 無駄がなく、清潔で、美しい。

 うーん、他国の王族の来訪とかが一大イベントなのは解る。

 解るけれど。


 なので、ちょっと手を振ってみた。


「キャアアア!!!」

「へ?」


 なんだか目が合った女性からとんでもない歓声が響いた。

 その声は驚くほど澄んでいて、熱を帯びていた。


 そして、なんだか、どどっと外の気配が動いたのだ。

 空気そのものが揺れたような感覚。


「今、お姫様が手を振って下さったわ!」

「本当か?」「俺も見た? 本当に子どもですっごく可愛いぜ!」


 騒めく熱気が馬車の中まで伝わってくる感じ。

 窓越しでも、彼らの興奮が解る。


 視線は好奇心だけではなく、歓迎の感情をはっきりと含んでいた。


「姫様、軽はずみな行動はなさらないで下さいませ」


 ふと、ミュールズさんに怒られた。

 静かな声だけれど、明確な注意だった。


「外に向けて手を振るのも軽はずみ?」

「ここから城まで、ずっと手を振り続けていられるのならいいですが、私はやって貰った。

 私はやって貰っていないという不公平に繋がりかねませんよ」


 やるなら最後まで、やらないなら最初からか。

 王族の振る舞いには一貫性が必要なのだ。


 解らなくも無い。

 なら、まあアルケディウスを思えば、王城までそう遠くは無いでしょ。


 私はにこやかな笑顔で外に向けて手を振り続けた。

 腕は少し疲れてきたけれど、それでも止めなかった。


 向こうの世界で、私だって天皇陛下の行幸を見たのは一度きりだったけれども、こうして転生しても忘れられない思い出になってる。


 遠くから見ただけでも、その存在は特別だった。

 私みたいのでも、誰かにとってそんな特別な思い出になればいいと思う。

 馬車の外で、何人もの人が笑顔で手を振り返してくれていた。


 その表情は純粋で、温かかった。


 妙な熱気の宿った下町を、体感一刻もないくらいで通り抜けた私達は、アルケディウスで言う所の市民区画を抜けて、貴族区画に入った。

 門を一つ越えただけで、空気の質が変わるのが解る。


 この辺の構造はあんまり変わらないのかもしれない。

 都市の中心に向かうほど、整然とした空間になっていく。


 貴族区画にはやはり大小の家が並んでいる。

 街の建物よりも明らかに敷地が広く、壁も高い。

 街と違って一戸建てが多いのは貴族、大貴族の館であるからだろう。

 どの館も外壁は白く磨かれ、汚れ一つ見当たらない。

 表面は滑らかで、陽光を柔らかく反射していた。

 白は熱を遮りながらも、明るさを失わない為の色選択なのだと思う。


 どの家も大きな庭があって華やかな花が咲き誇っている。

 庭はよく手入れされ、雑然とした印象が一切無い。


 アルケディウスはまだ春だけど、もうこちらは夏に入っているという感じ。


 華やかな蘭、ブーゲンビリア、ハイビスカス。

 濃い色の花弁が、白い壁との対比で一層鮮やかに見える。


 南国の花々に加え、ロッサも美しい。

 心なしかこっちの方が色鮮やかな気がする。

 光の強さが違うからだろうか。


 葉も花も、生命力そのものを誇示しているようだった。


 やがて貴族区画を抜けると一際広い庭に出た。

 周囲の建物が途切れ、視界が一気に開ける。


 眩しいような色彩の花々が、前にも増して美しく咲き誇っている。

 空間そのものが、王の領域であることを示していた。


「うわー、綺麗」


 思わず声が漏れる。

 それほどまでに完璧な空間だった。


 国王の庭園なのだから当然かもしれないけれど、見渡す限りの広い庭は完璧に手入れされていて、雑草など欠片も無い。

 人の手によって完全に制御された自然。


 南国の色鮮やかな花が咲き乱れ、ヤシの木が揺れる。

 強い日差しの中でも、庭は整然としていた。


 その奥に聳え立つ宮殿に私は息を呑んだ。

 魔王城、アルケディウス、そして私が見る三つ目のお城はまた完全にベクトルが違う。

 魔王城が威圧、アルケディウスが威厳なら。


 これは――調和。


 ハワイの王宮…は私は見たことないけれど。

 この華やかさはアレだ。


 インドのマハラジャの宮殿。


 でも極彩色って感じでは無くて、白地に黄色で装飾が描かれた外観は華やかでもどこか落ち着いた印象さえ感じさせる。

 色は抑えられているのに、存在感は圧倒的だった。


 白い壁には繊細な模様が描かれ、柱には緩やかな曲線の装飾が施されている。

 過剰ではない装飾が、洗練された美しさを生み出していた。


 基本は横に広がる平屋風のイメージだけど、両側には尖塔が聳えてバランスがいい。

 水平の安定と、垂直の威厳。

 しかも、その尖塔のてっぺんにだけ、丸い赤い屋根がついているのがとても可愛らしいのだ。生意気な言い草だけど。


 赤はアクセントとしてのみ使われていて、全体の調和を崩していない。


 私の貧弱なイメージで言うとインドとヨーロッパ風建築を品よく混ぜた感じ。

 重厚さと軽やかさが同時に存在している。


 とにかく極彩色! ど派手! って感じじゃないのが凄く好印象だった。

 清潔で、整然としていて、強い。


 やっぱりその辺、戦士の国だからだろうか。

 華やかな庭園の一角にはかなり広い、何もない空間が広がっていた。


 バランスが今一つ悪い気がするけれども、芝生さえ貼られていない踏み固められた土は、ここが閲兵や戦闘訓練の為の空間なのだと知らせてくれる。

 装飾の美と、戦の実用。

 その両方が、この国の本質なのだろう。


 多分、正門の上のバルコニーのようなところから、新年のアルケディウスのような参賀や閲兵を王族の方が行うのかな。

 私がそんなこんなで豪華絢爛なお城に見惚れているうちに、城の玄関に辿り着く。


 ゆっくりと馬車が止まり、外から扉が開かれるとリオンはスッと横に退き、やってきた大人に場を譲る。

 プラーミァの第一王子 グランダルフィ様だ。


「どうぞ、姫君。

 プラーミァの王城です。アイトリア宮殿と呼ばれております」


 王子にエスコートされて、馬車から降りると本当に、正面玄関直前に着けてくれたことが分かった。

 白い石で作られた階段は滑らかで、丁寧に磨かれている。

 足元からも、この国の清潔さと秩序が伝わってくる。


「美しいお城ですね」


 素直な感想を述べると、王子が照れくさそうな笑みで応えてくれる。


「ありがとうございます。不老不死時代になってから何度か改築が行われました。

 国の事業として民を雇う必要がありましたから」


 なるほど。

 豪華絢爛なお城って、王族の権威誇示ばっかりの意味合いでもないんだ。

 民が王城の建築に関わる事で親しみも沸くし、雇用も発生する。

 国と民の繋がりを形にしたもの。


 エジプトのピラミッドとかもそういう意味合いがあったっていうしね。


 小さな階段を上がり、屋根のついた吹き抜けの廊下を少し歩くと大きな黒塗りの扉が待っていた。


 黒い扉は光を吸い込むような深い色で、表面には精緻な彫刻が施されている。

 植物の文様と幾何学模様が組み合わされた、規則正しい装飾。


 みっちり施された彫刻に見とれる間もなく開かれた扉の先は


「うわあっ!」


 金と、赤と、白と青。

 眩しいまでに美しい、大広間だった。


 外観の清潔な白とは対照的に、内部は熱と力を象徴する色で満たされている。

 そして目を見開く。

 外観からは想像もつかない、高い天井と南国そのもの鮮やかな色合いの空間の中で。


「来たな。待っていたぞ。リュゼ・フィーヤ」


 まったく色あせずに光り輝く、国王陛下が立っていた。

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