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火国 火の国の王子

 私が勝手に兄王様、と呼んでいるのはプラーミァ国王 ベフェルティルング様。

 私のお母様ということになっているティラトリーツェ様の兄上で、火の国プラーミァを納める七国で一番若い王様だ。


 若いと言っても勿論、この世界は不老不死で、大人の大半は五百年前から生きている人達だから、ベフェルティルング様も五百年以上国王をされている。

 ただ、単に即位した歳が当時二十七歳であったというだけのことなのだけれども、未だに他の国からは若い王様扱いされているらしい。

 それだけ、即位した当時の印象が強烈だったということなのだろう。


 身長は多分190cm以上。

 周囲から頭一つ確実に高くてアルケディウスでもかなりの長身である、お父様とお母様よりもなお高い。

 並び立てば、自然と視線が見上げる形になるほどの体躯だ。


 奥様である王妃オルフェリア様も、妹であるお母様も170cm越えの長身なので、家系なのだろう。多分。

 母上であらせられる王太后様は普通というか小柄であらせられたけど。


 日に焼けた褐色の肌、茶色い髪、燃えるような紅い瞳が印象的で、鍛え上げられた無駄のない細マッチョな身体は、正しく戦士の国を率いる若く強い指導者だと感じさせる。

 熱を帯びたようなその存在感は、遠目に見ているだけでも周囲の空気を支配してしまうほどだった。


 一度見たら簡単には忘れられないタイプの『強い』目をした方だ。


 で、一瞬ベフェルティルング様かと勘違いしてしまったけれど、プラーミァ国王が例え国賓で姪だとしても、こんなところに来る筈は無い。

 私に膝なんかつく筈は無い。

 では、目の前に跪くプラーミァからの出迎えとは?


「あの…貴方様は?」


 私は三人並ぶ男性の、最前列にいるベフェルティルング様そっくりの青年に声をかけた。

 跪いた姿勢のまま顔を上げる彼の動きは滑らかで、まるで儀礼そのものが身体に刻まれているかのようだった。


 頭に日よけであろう薄絹をかけ、黒い輪っかのような冠で止めているのはどこか、ハワイやシンガポールよりもどこか中東めいている。

 さらりとした貫頭衣を纏い柔らかな腰帯で結ぶ民族衣裳。

 布は風を含み、南国の空気の中でわずかに揺れている。


 冠の飾りや、腰帯の装飾からしてもこの方が身分が一番高いのに間違いない。

 装飾は過剰ではないのに、確かな威厳を感じさせた。


「お初にお目にかかります。アルケディウス皇女 マリカ姫。

 我が従妹の君。私はグランダルフィ。プラーミァの第一王子です」


「え? すみません。王子に大変失礼を…」


 慌てて膝を折ろうとした私をグランダルフィ王子は、慌てた様に手を振って止める。

 その仕草には、形式よりも感情を優先する率直さがあった。


「お止め下さい。マリカ皇女。

 敬愛する叔母上と叔父上の愛娘にして希代の料理人。

 アルケディウスの『新しい食』を支える親族と会えることを、私も楽しみにしていたのです」


 私の手を取り、にこやかに笑うグランダルフィ王子。

 その笑顔は真っ直ぐで、まるで太陽のように隠し事を知らない明るさを持っていた。


 若いな、と思う。

 二十代、にはなっていない。十代の印象。

 ベフェルティルング様を十歳若返らせたら、って感じだ。

 だが、その瞳の奥には、年齢以上の確かな意志が宿っていた。


「グランダルフィ王子。ご無沙汰しております」


「久しいな。元気そうで何よりだ。ミーティラ。コリーヌも良く戻った」


 立ち上がり、プラーミァに所属を持つ二人に労う様子は正しく王子、人の上に立つ方だ。

 自然な仕草なのに、そこに立っているだけで場の中心が彼になる。

 誰もが無意識に視線を向け、言葉を待ってしまうような力があった。


 様になってる。

 ついでに背が高い。この方も180cmくらいありそう。

 近くに立つと、自分が随分と小さく感じる。


「ここまで来れば、プラーミァ 王都 ピエラポリスまでは半日ほどです。

 明日の朝、早くに出れば、暗くなる前には到着するでしょう。

 我々が先導、ご案内します。

 今夜はゆっくりこの館で身体をお休めになって下さい。

 城に到着すれば、多分毎日お忙しくなるでしょうから。

 父上はじめ、城の皆が貴女の到着を今や遅しと待っております」


 言葉の端々に、歓迎と誇りが滲んでいる。

 プラーミァの王子として、国の顔として私を迎えているのだと伝わってきた。


「解りました。お心遣い感謝いたします」


 スッと私にエスコートの手が差し出される。

 迷いの無い、堂々とした動きだった。


 ちらり、とリオンの方を見やった私は、彼が頷いたのを確かめて王子の手を取る。

 出迎えに来てくれたプラーミァ国王の息子を、無下にはできない。


 王子の手は剣を取る戦士の手。

 リオンやお父様とよく似て、固くしっかりとしていた。

 日々武器を握り、鍛錬を重ねてきた者だけが持つ手だ。


 リオンのそれより、大きく、強く。お父様のそれより細く繊細だったけれど。

 まだ完成しきっていない若さと、既に備わっている強さが同居している。


 彼は身長差50cm近い子どもの手を、恭しくとってゆっくりと、私と歩幅を合わせて歩きだしてくれた。

 その配慮は自然で、無理が無かった。


 プラーミァは私的に南国、ハワイやシンガポールの感覚で、実際、気候風土はその通りなのだろうけれど、建物や服装は中東やインドも混ざっている気がする。

 見慣れない形の屋根、白い壁に刻まれた細やかな装飾、影を作る為に深く取られた庇。

 光を避け、風を通す為の工夫が随所に見て取れた。


 宿として指定された館は、小さくても秀麗で、精緻な細工の施された装飾も為されている。

 規模は大聖都の宿舎より小さいが、作りは遥かに繊細で、美しさに重きを置いているのが解る。


 美しくて居心地のいいところだった。

 足を踏み入れた瞬間、外の熱気とは違う、柔らかな空気が肌を撫でた。


 中庭にはプールめいた美しい池があり、少し涼やか。

 水面が光を反射して、天井や柱に揺れる模様を映している。

 見ているだけで、体感温度が少し下がったような気がした。


 プラーミァの気候に合わせてか、風通しのいい作りをしている。

 廊下は壁の無い吹き抜け。

 外と内の境界が曖昧で、風が自然に流れ込んでくる。


 気密性が高いアルケディウスとは本当に色々と違う、異国を感じさせる作りだ。

 守るための建築ではなく、生きるための建築。

 そんな印象を受けた。


 で、


「…王子がいらっしゃっているのなら、私が今日は食事作った方がいいかな?

 多分、これはそれを期待されているっぽい?」


 私は台所に用意されていた食材を見てミュールズさんと顔を合わせた。

 整然と並べられたそれらは、明らかに客人の料理人が使うことを前提として用意されている。


「そのようですわね。

 コリーヌ様にお願いする手も無くはないですが、今は王子にご報告をと、離れに行ってしまわれましたから」


 王族の為の宿舎は基本、王族が宿泊する本館と使用人達が寝泊まりする離れに別れている。

 距離は遠くないが、明確に領域が分かれている。


 でも王子達は本館では無く、離れに籠ってしまっているので、使用人も含め、私達は今日は本館で過ごすしかない。


 これはつまり、本館を私に完全に預けた、ということだろう。


 信頼か、それとも試されているのか。


「肉、小麦粉、ナーハの油、エナとパータト、シャロ。

 砂糖に胡椒。南国フルーツも。

 あ、これはナツメグかな? こっちはクローブっぽい?」


 小さな木の実と乾燥された小さな蕾に触れてみた。

 指先に触れた表面は固く、しかし内側に強い香りを秘めているのが解る。


 知らない、ではなく使った事のない香辛料もいくつか見かける。

 見た目だけでは判断がつかないものも多い。


 もしかしたら、唐辛子とかはあるかもしれない。

 私の知識は植物としての香辛料じゃないから判断が難しいけれど。

 完成品としてしか知らないものを、素材の状態で見極めるのは思っていた以上に難しかった。


「これだけあれば、サラダ、ハンバーグ、スープ、デザートくらいはできそうです。

 明日から王宮に入れば、随員の皆にはなかなか食事を振舞えなくなるでしょうから、今日は作ってみましょうか?」


「よろしいのですか?」


「簡単なものだけです。ミュールズさん。私の荷物からエプロンと三角巾をもってきたら、身支度の準備を。

 あと、王子によろしければ夕食をご一緒に、とお伝えください」


「かしこまりました」


「セリーナはいつものとおり、私の助手。ミリアソリスも手伝って下さい」


「はい」「了解いたしました」


「後、ミーティラ様、お願いがあるんですけれど」


「何かしら?」


「外にあった木から、アレを取ってきてほしいんです」


「あれ?」


 説明すると、ミーティラ様はすぐに理解して外へ向かった。

 こういう時の察しの良さは流石だと思う。


 二人を助手に私は材料の大半を使って料理を多めに作る。

 手を動かし始めると、不思議と緊張が薄れていく。


 天然酵母を使ってパンを作るには時間が足りないから、ピザで場を濁すのはいつものこと。

 手早く生地を伸ばし、具材を乗せていく。


 あとは野菜たっぷりスープ。

 出汁はベーコンと野菜の甘みを引き出して。

 鍋の中で素材の香りが混ざり合い、優しい匂いが立ち上る。


 お肉はハンバーグに。

 ナツメグかな、と思った丸いクルミのような固い種子はでも触ってみるとそれほどではなくって、簡単にすりおろすことができた。

 削った瞬間、甘く鋭い香りが広がる。


 匂いからしても、うん。多分間違いない。ナツメグだ。

 こっちでも香辛料として使っていたのだろうか?


 クローブは煮込み料理とかに使いたいところだけれど、今回は見送り。


 ハンバーグはナツメグを入れると、グッと味のグレードが上がる。使う量には気を付けないといけないけど。

 試食の段階で、今までとはレベルの違う味わいになっているのが解った。


 やっぱり香辛料の力は凄いな。

 同じ素材でも、まるで別の料理になる。


「セリーナ。私は着替えて王子をお迎えして来るから、合図があったら指示通りに温めて出して。食事が終わったら、残った料理はみんなの賄いに」


「かしこまりました」


 料理と汗で汚れた服で王子と食事はできない。

 私は大急ぎで着替えだけして、王子を本館のダイニングに出迎えた。


 と言ってもここはプラーミァの館だけれどね。

 ここでは私は客であり、同時にホストでもある。


「王子、この度はわざわざお出迎えに来て頂きありがとうございます」

 

 借り物の宿だけれども、ホストとして私はやってきた王子を随員達と出迎えた。


「ゆっくりとお休み頂くべきところを申し訳ありませんが、父上が絶賛するアルケディウスの『新しい食』が味わえるとなれば遠慮はできません。

 ご相伴させて頂きます」


 やっぱりこれで正解か。

 ニコニコ笑顔でやってきた王子は、ありあわせのもので作った簡単ディナーではあるけれども、本当に嬉しそうに召し上がってくれた。

 

「素晴らしい味です! 特にこのハンバーグ、ですか? 肉料理が素晴らしい!

 父上がアルケディウスからレシピを買い取ってきたので、時折プラーミァの王宮でも作られるのですが、ここまで美味にはなりませんよ」

「用意して頂いた香辛料のおかげかと思います。適量を使う事で肉の臭みが消え、香りが引き立つのです」

「しかも、このデザートも、柔らかいパンも。

 菓子と言えばただ甘い、疲れをとるだけのもの。パンも固い皿代わりとおもっていましたが、アルケディウスの料理を食べると違うと違うと解ります」

「過分のお褒め、ありがとうございます」

「私は、アルケディウスのチョコレートの大ファンなのですよ。父上と母上が国王会議で新作のチョコレートを食べて来たと聞いて羨ましかったのなんの」

「今回、持ってきておりますので」


 美味しいものを食べると口が滑るのか、王子は思う以上に饒舌で、鮮やかに笑いかけて下さる。

 でも、汚らしい食べ方では無い。こういうところも、兄王様そっくりだな。


 パンケーキはミルクの代わりにミーティラ様に取って来てもらったココナッツミルクを使った。ココナッツの果肉を加工したもの

 チルド冷蔵のような形でミルクはもってきたけれど、風味は劣ってしまう。

 ココナッツミルクを使う事で、アルケディウスで作るものとは違うけれども、かなり美味しいパンケーキができた。プラーミァに乳牛がいるかどうかは解らないけれど、チョコレートミルクにもたしか使える筈だから、かなりできることは広がる筈だ。


 綺麗に完食、ハンバーグとパンケーキはお代わりまでしてくれた王子は

「本当に素晴らしい料理でした。このような腕の料理人を抱えているなどアルケディウスが羨ましい。しかもそれが、こんなオルキスのように美しい姫君とは」


 食事を終えると、ゆっくり立ち上がり、見送る為に大扉の前に立った私の元にやってくると手を取り、

 その動きは先ほどまでの朗らかな王子のものではなく、どこか決意を帯びたものへと変わっていた。


 指先から伝わる体温が、妙に熱い。


「貴女がやはり欲しくなりました。父上の命だから、ではなく、僕自身の意志で、貴女自身が」


「!」


 心臓が跳ねる。

 その言葉は冗談の響きを持っていなかった。


「麗しのマリカ様。我が従妹姫。

 どうか私と結婚して下さい」


「え?」


 一瞬、意味が理解できなかった。

 頭の中が真っ白になる。


 騎士の礼で手を取りキスをした。

 唇が触れた瞬間、そこから熱が移ったような錯覚を覚える。


「正式な求婚は後ほど。王宮についてから致します。

 叶うなら、麗しの従妹姫。私の妻となりプラーミァへ」


 その紅い瞳は、真っ直ぐに私だけを見ていた。

 逃げ場を与えない、炎のような視線だった。


「わ、私はアルケディウスの皇女ですし、結婚には両親と、皇王陛下の許可がいります。

 それにそれに、婚約者もおりますので!!」


 言葉がもつれる。

 それでも必死に拒絶の理由を並べる。


「そうですね。ですが、皇子妃と騎士の妻。

 どちらが貴女に相応しいかは自明の理であると思いますが?」


 護衛として後ろに控えるリオンを余裕の目でみやる王子の視線は熱い。

 挑発でも侮蔑でもない。ただ、確信があるだけの目だった。


 紅い瞳が燃えるようで、火傷しそうだ。


 エリクスの時とは違う。

 これは、遊びでも、憧れでもない。


 大人の本気。


 こ、怖い!!


 身体の奥が、ぞくりと震える。

 捕まえられる。

 そう、本能が警鐘を鳴らしていた。


「まあ、いきなり、強引な求婚は嫌われると解っておりますから、今はただ、私の意志表示とお流し下さい。

 ただ、諦めはしません。貴女はプラーミァにぜひ欲しい。

 父上が強く願う気持ちがよく解りましたから」


 立ち上がり、深淵な笑みと優雅な礼を残し去っていくグランダルフィ王子。

 その背中は迷いがなく、既に未来を見据えている者のものだった。


 本当なら玄関まで出てお見送りしなければならないところなのだろうけれど、腰が抜けて動けない。

 膝に力が入らない。


 身体が、言うことを聞かなかった。

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