大聖都 再会と新しい味
北の国から、南の国へ。
三日目に国境を越え、大聖都に入った。
ここから大聖都を突っ切り、二日ほどでプラーミァの国境に着く。
そこからさらに三~四日かけて、プラーミァの王都に着く。
だから、大聖都で一泊する予定で、ルペア・カディナの宿の予約の手配をしていたのだけれど、国境に入って間もなく使者がやってきた。
「聖なる乙女の来訪を歓迎いたします。
どうか大聖都で宿を取られるなら大神殿に。
会議用の離宮を開放いたします」
大神官、フェデリクス・アルディクスからの招待状。
というか、召喚状。
羊皮紙に刻まれたその文字は丁寧で、礼を尽くした文面ではあったけれど、その奥にある意志は明確だった。
断られることを想定していない、強い呼びかけ。
「これ、断らない方がいいやつ……かな?」
側近たちに相談したら、全員が一様に頷いた。
「はい。夕食を共にしないか。
というのは料理のレシピを教えて欲しい……というのと同意でしょうし、留学生の受け入れについて細かい事を聞きたいと言われれば断るのもどうかと……」
「今後他国への旅行の際も大聖都を経由する事も多くなるでしょうし、他国からの食料品輸入の関税や通行料に融通を効かせて貰うつもりなら、ここは貸しを作っておくのが上策かと存じます」
「普通の宿よりも警備面で安心できます」
メリットは多い。
けれど、デメリットも勿論ある。
「リオンはどう思う?」
魔王城の住人である私達にとって、大神殿と『神』はいわば天敵だ。
今は休戦協定を結んだようなものだけれど、その均衡は脆い。
「皆が言う通り、受けてやってもいいんじゃないか?
向こうの出方も探った方がいいし、エリクスの容体も気になるだろう?」
一ヶ月前の国王会議の途中で大けがをした偽勇者エリクス。
彼のその後も確かに気になるし、何よりあっちは、私達の正体を把握している。
……リオンが殺した……大神殿の裏のトップ。
大神官が戻ってくるまで、留守を預かる神官長は敵対行為を行わないと誓ったけれど……下手に機嫌を損ねられるのも面倒だ。
エリクスが、私の正式な婚約者と披露されたリオンにどんな反応を示すかは心配だけれども、まあ、今度はリオンが蹴散らしてくれるだろう。
エリクスを利用していた大神官も今はいないわけだし。
「解りました。お受けしましょう」
そういう訳で、大聖都の中央都市ルペア・カディナの国王会議用離宮で、一泊させて頂く事になった。
「ようこそ。お待ちしておりました。聖なる乙女。マリカ様」
「エリクス様もお元気そうで。お怪我はもう大丈夫ですか?」
「はい。姫のおかげです」
出迎えてくれたのは偽勇者エリクス。
小さな一団を従え、跪く彼とは一ヶ月ぶりの再会だけれど、随分と様変わりをしていた。
生死の境を彷徨ったことで少し痩せた印象があるけれども、むしろ精悍さは増したかもしれない。
甘えた偽勇者の雰囲気はなりを潜め、強い決意と意志がその眼に宿っている。
以前のような未熟な焦燥ではなく、確かに積み上げられた覚悟の光。
「今、僕は大聖都の守護騎士団、副団長を辞し、一人の騎士として修業を積み直しています。
自分はまだまだ勇者の転生を名乗るには修行が足りないと、解りましたから」
「とても、良い心がけであると思います」
それなら、勇者の転生であることも撤回した方がいいとは思うけれども、多分その辺はもう引くに引けない所もあるのだろう。
前向きに頑張っている子どもの思いに、水を差すつもりはない。
「今回は大聖都の要望で、皆様方に料理をさせて頂きますので、良ければ召し上がって下さいね」
「ありがとうございます。楽しみにさせて頂きます」
ふんわりとお辞儀をした私は、エリクスのエスコートを受けて居住区角に向かう。
横にはリオンとカマラがいるけれど、リオンはエリクスの手袋と態度を確認してからは何も言わずに任せている。
その沈黙は、信頼というより、監視に近いものだった。
「……彼とご婚約されたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。
まだ、正式なもの、ではないのですが。まだ若年故、正式な発表は成人してからということになっていますので」
「……では、まだ希望があると思ってもいいのでしょうか?」
エリクスの瞳に、小さいけれど確かな炎が燃え上がる。
それは執着ではなく、願い。
そして、諦めないという意思。
「リオンを上回るのは容易い事ではありませんよ」
「承知しております」
丁度、アルケディウスの居住区に着いたエリクスは、私の手を取ったまま、もう一度私の前に跪く。
「先のような、勇者を笠に着た求婚は行いません。
ですが、自らを高め、彼にも負けない男になったと自負できた時、どうかもう一度求婚することをお許し下さい。
僕にとって貴女は本当に救いの精霊、聖なる乙女、いえ、女神なので簡単には諦めたくないのです」
「御厚情感謝いたします。婚約と婚姻の許可はお父様の判断であるとしか申せませんが……」
「ライオット皇子にも認めて貰えるように努力いたします。
今は、ただ、選択肢の一つとして考えて頂ければ十分です」
そっと、恭しく。
私の手に触れるか触れないかのキスを落とすと、彼は去って行った。
その動作は以前よりも静かで、そして確かな敬意を伴っていた。
まあ、前に比べると少しはマシになった、かな?
「……やっぱり婚約者がいても虫は寄って来るか」
「エリクスは特別だと思うよ。普通の大人にはこんな子どもは対象外だって」
あからさまに不機嫌なリオンを、私は宥めた。
この時は、リオンの心配をまだ本当に、杞憂だと思っていたのだ。
諸国を回って、痛い程思い知ることになるのだけれど。
エリクスなんか、まだ可愛い方だった。
王族、大貴族の強引さ、半端ない。
――と、後で思い知らされることになるのだけれど。
とりあえず、私達は大聖都の区画で、一日の事だけれども腰を落ち着かせて、ここからプラーミァまでの準備を整える事ができた。
荷物の整理や洗濯とか。
馬をゆっくり休ませたりとか。
随員さん達は大忙し。
アルもいい機会だからと、葡萄酒の買い付けの交渉をしにシャトーに行ったのだそうだ。
シャトーから直接買えば、変なものを混ぜられなくて済むかな?
――で、私はその間。
「お久しぶりにお目にかかる。アルケディウスの聖なる乙女。
体調はもう大丈夫でいらっしゃいますか?」
「ご心配をおかけしました。グスターティオ様。
でも、私の事はどうぞマリカとお呼び下さい。聖なる乙女を名乗るには役者不足ですので」
大聖都の厨房で、料理人さん達と再会していた。
膝をつく大聖都の料理長グスターティオ様とは、国王会議最後の晩餐会の準備をご一緒した後、私はぶっ倒れ、その後ゆっくりお話する機会も無かった。
ザーフトラク様がフォローはして下さったようだけれど、ご心配はおかけしたと思う。
くすりと笑って頷くと、グスターティオ様は、ではマリカ様、と呼び直して下さり、
「また、アルケディウスの『新しい食』を学べることを光栄に思います。
夏の間、アルケディウスに大聖都から向かう予定であったので、一足早く姫君にお会いし、料理を学べるとは嬉しいかぎりです」
と、穏やかに笑いかけて下さった。
「グスターティオ様、自らがアルケディウスに?」
留学生、という言葉から、なんとなく若手が派遣されてくるイメージだったけれども、どうやらそうでも無いらしい。
プラーミァのコリーヌさんの例もあるように、各国、懐刀を送り込んでくるようだ。
「高額を支払って学ぶ以上、それなりの能力が無い者では無駄になりますから。
戻ってから部下に教える為にも、トップが行くのが筋でありましょう」
「そうですか。では、またアルケディウスでお会いできることを楽しみにしております」
「勿体ないお言葉。その節は宜しくお願いいたします」
深く頭を下げるグスターティオ様には立って頂いて、私達は料理の支度に入った。
今回は作り方を教えるだけ。
給仕その他はしないことを了承して貰っている。
だから、既に用意されている食材で、大聖都でも作りやすい料理をいくつか。
前菜はチキンのマリネ。
サラダはパータトのマヨネーズサラダ。
主菜は大聖都の赤ワインと鳥肉、シャロを使った煮込み料理。
パンはゆっくり発酵させている暇がないのでピザにした。
デザートはオランジュの氷菓とクレープ。
メニューとしてはちょっとちぐはぐだけれど、宿代代わりにはこんなものでしょう。
最初はアタリがきつかったグスターティオ様も、今は『新しい味』に夢中。
この不老不死世界で骨董品扱いだった料理を守り続けて来た人ほど、『新しい味』と食の復権は嬉しく思うらしい。
「毎日料理の事を考えていられるのは幸せな話だ」
とは、前に皇家の料理人さん達も言ってたっけ。
私は料理を作って、そのまま退場したので知らなかったけれど、神官長や高位神官、騎士達にそれなり以上の好評を博したらしい。
特にワイン煮込みが好評で、アルが、
「危なかったぜ。シャトーと直接契約で仕入れの約束したんだけどさ。
翌日から大神殿から大量注文が入ったんだって」
と教えてくれた。
これからも食べたいと思って貰えたのなら、まあ良かったと思おう。
ワインに罪は無い。
変なものが入っていないなら、私も料理に使いたいから。
そして翌日、出立前。
私とリオンは、大神殿。
神官長フェデリクス・エルディクスに呼び出された。




