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皇国 皇女の福利厚生

 最初の訪問地は南国プラーミァ。

 アルケディウスとちょうど反対方向に位置する火の国だ。


 遠い。

 はっきり言って、むっちゃ遠い。


 地球とは簡単に比較できないけれど、北海道から沖縄くらいのイメージではないかと思う。

 向こうの世界で、時速100kmの車で高速道路を飛ばして行ったとしても一日がかり。

 馬車で一日100km行ければ上等のこの世界において、街道を通って行こうと思えば何週間もかかってしまう。

 徒歩で行こうものなら一月はかかるだろう。

 野宿もありのレベルで。


 ただ、今回は大聖都とプラーミァの許可が出ているので、大聖都まではアルケディウスの皇族が新年の国王会議の旅程で使うコースと宿が。

 大聖都からはプラーミァが大聖都に行く為のコースが整備されているので使える。

 酷い野宿はしなくても済みそうだ。


 大聖都まで数日

 大聖都からプラーミァまで一週間弱。

 今月いっぱいまでプラーミァに滞在し、その後、隣国エルディランドへ。

 プラーミァからエルディランドまでも一週間前後。

 エルディランドの滞在はプラーミァより短くなるだろうけれど、その分、しっかりと国交を深めて、水の二月が終わるまでにはアルケディウスに戻る。


 ほぼ休みなし。

 けっこうハードな行程になりそうだ。


 特に移動時間が長いんだよね。


 私は皇王陛下が貸して下さった、乗り心地の良い王族用の長距離移動馬車に乗っているだけだから、比較的楽だけれど、馬で従っているリオン達は大変だと思う。

 普通の馬車に乗っている側近や雑用係さん達も。


 でも……


「何を考えておいでなのですか? 姫様?」


 一緒の馬車に乗っているのは、側近頭にして侍女のミュールズさんとアレクだけ。

 アレクは子どもだけれど、私の楽師で、時々音楽を奏でて貰うということでごり押した。

 身体が丈夫じゃないアレクに、普通の馬車は大変だと思ったのだ。


 護衛士のカマラはリオン達と馬に乗っているし、セリーヌ達は普通の馬車で後ろに従っている。


 ぼんやりとしていた私を気にしてくれたのだろう。

 ミュールズさんが、そんな声をかけた。


「ちょっと地図を見ていたんです。

 この地図、誰が描いたのかなって」

「地図、ですか?」


 旅にあたり、私達は王家所有の古地図を写させて貰ってきている。

 向こうの世界のメルカトルの世界地図の様に、かなり正確な地図だ。

 主要街道は後から描き加えられたもののようだけど。


 でも、考えてみれば不思議な話。

 大きな一つの大陸であることはまあ解っていても、一体だれが、どうやって測量して作ったのだろう。


 広い視点。

 空から俯瞰するような感じで無いと、こんな図は書けない気がする。


「古い七精霊の時代から伝わっているものですから。

 考えた事もありませんでしたわ」

「それに、大聖都が七国の形から考えるに、不自然に丸い形で。

 大きな大陸があって、七精霊がそれぞれに分けて国を治めていた。

 そこに後から神がやってきて大陸の中央に国を開いた、ってことなのかなあ? って」


 大きな雛菊の形のように、ほぼ平等の広さに分けられた七国。

 中央に丸く位置する大聖都。

 魔王城の島は、七国になるべく関与しないかのように大陸の外にある。


 考えてみれば何者かの。

 大きな意志が働いたかのような、不思議な構造だ――と思う。


 馬車に揺られていると、考える時間だけは十分にある。

 だから、ふと、そんなことを考えてしまったのだ。


「不思議な視点で姫様は世界をご覧になるのですね?」

「そうでしょうか?」


 国境は戦ごとに変わるふんわりとしたものなので、大聖都とのもの以外は大街道に小さなものがあるだけ。

 入国審査とかも厳しいものはないし、入国税のようなものを支払えば、基本誰であろうと止められる事は無い。

 森とかを通れば密入国も容易だろう。


「神の意志、精霊の意志。

 そんな風にしか考えておりませんでしたわ」


 ミュールズさんの言葉に、私は一般の人の視点とか、考え方はそんなものなのかな、と思う。


 せっかく他国に行くのだから。

 ちょっと、色々考えてみよう。


 ――と、そんなことを考えているうちに、初日の宿に到着した。


 新年の参賀の時に使うところと同じなので、まだ日は割と高い。


「ミュールズさん、今日、初日の宿で同行者全員に話をしたいので、夕食時、集めて頂けませんか?

 私の身支度やお風呂はその後で構いません」

「全員、でございますか?」

「ええ。できれば御者や荷運び、雑用の方も全員。

 長く、大変な旅になるので、一度ちゃんと話をして労いたいのです」


 今回の旅行、料理人は連れてきていない。

 私が基本料理をする。助手はセリーナ。

 できない時にはアル。

 それからアルの助手に、ゲシュマック商会から一人ついてきている人……ハンスさんというのだけれど……基本の調理法は納めているので、三人でローテーションを回していく予定だ。


 皇女が料理を? という注意は黙殺。

 私はそれを見込まれて、他国に招かれているのだから。


 ミュールズさんも、その点に関してはもう何も言わないでくれている。


「ミュールズさんにとっては、こういう食事、というのはお嫌かも知れませんが……」

「いえ。姫様のお心遣いであれば、ありがたく皆と頂戴いたします」

「ありがとう」


 リオンにエスコートして貰って館の中に入ると、事前に頼んでおいた材料が届いていた。

 肉と野菜、果物の生鮮食料品。


 アルが運んでいる品は、基本的に小麦粉や調味料など。

 他国用なので手はつけない。


 他国に入ればフェイの転移術は使えなくなってしまうから、生鮮食料品の仕入れは国境で行う事になっている。

 だから、ここにもってきて貰ったのは、ここで使う用、だ。


「さて、と」


 私は厨房で腕まくりした。

 袖を軽く折り上げると、ひんやりとした空気が腕に触れ、気持ちが自然と引き締まる。


 お姫様猫は、ここではお休み。


「セリーナ。お手伝い宜しく。野菜の下ごしらえ、頼んでいいかな?」

「お任せ下さい。姫様」


 流石に他国に入ると、毎日全員に手ずから食事を振舞うなんてできないから、ここで出来る限りの事はしてあげたいと思う。

 細やかな福利厚生だ。


 その日の夕食。

 本来なら、皇族が使うダイニングには、立食パーティ形式で様々な料理が並んでいた。


「良かったら、皆さん、今日は身分を気にしないで自由に召し上がって下さいな」

「わあっ! 良い匂い」

「これが……『新しい味』と呼ばれるゲシュマック商会の料理か……」


 私が二十人以上に給仕をする訳にもいかないし、食器も足りない。

 だから、苦肉の策ではあるけれど、各自が自分の食べたいものを取り分けて貰うビュッフェ方式にしたのだ。


 デミグラスソース風ハンバーグ。

 ブタの生姜焼きをメインに、鯛の塩焼き。

 ベーコンやソーセージ、パータトのカナッペなどが並んでいる。


 パータトサラダは取り分け式。

 飲み物は、今が旬のオランジュのジュース。

 デザートはクレープで、自分の好きな具を包んで食べられるようにした。


 料理の香りが、温かな湯気とともに部屋いっぱいに広がっていく。

 それはただの食事ではなく、心をほぐす、優しい誘いのようだった。


「おお! これは凄い」

「こんな上手い料理は生まれて初めてだ」

「以前御馳走して頂いたゲシュマック商会の本店よりもレベルが高いのでは?」


 みんな目を見開きながらも、嬉しそうに取り皿を持って料理の花畑を歩いている。

 なんだかんだで、皇女の旅に同行を許されているくらいだから、雑用係待遇の人も皇家に仕える準貴族。


 がっつくことなく、味わって食べて下さっているのはありがたい。


 リオンの部下の人達は、リオンが何度かゲシュマック商会に連れて行っているらしいから、引けを取らないと言って貰えてホッとした。


 こっちの世界で多少経験値は上がったけれど、私はあくまで保育士で、料理は専門じゃないからね。

 今は手際や段取りも、皇家の料理人さんやゲシュマック商会の料理人さんの方が、かなり上じゃないかと思う。


 その分、工夫や新アイデアで勝負する。


「これから二ケ月の長旅、皆さんには色々とご迷惑をおかけすることになるかと思います。

 でも、この味を。

 食事をした時の口福を、喜びを世界に伝えていきたいと思うのです。

 どうかお力をお貸し下さいませ」


 私が頭を下げると、一端、部屋の中のざわめきがピタリと止まった。

 空気が静まり返り、時間そのものが足を止めたかのような感覚。


 そして、ほぼ同時。

 ざざっと重い音が響く。


「?」


 顔を上げると、皆が跪いていた。

 立っているのはリオンとフェイ、アルと、本当に身内だけだ。

 ミュールズさんまで膝をついている。


 ヤバイ。

 かえって気を遣わせちゃった?


「ごめんなさい。そんなつもりでは無かったのです。

 食事を続けて……」

「我らが忠誠を、尊き心の聖なる乙女に捧げん。

 姫の旅は、我らが命を賭けてお守りいたします」


 そう使用人を代表して告げてくれたのはウルクスだった。

 同意するように護衛の士官たち、使用人達も頷く。


 それは、嘘や見栄の無い、本心からの思いに見える。


「ありがとう。無事旅が終わったら、この館でまた同じ席を設けましょう。

 長い旅になりますが、それを励みにどうか頑張って下さいね」


 声にならない歓声が沸き上がったのが解った。

 私の横に立つリオンが、褒めるようにポンポンと頭を撫でてくれる。


 少しは福利厚生になったかな?


 そこからは本当に自由に食事をして貰った。

 私も一緒に食べたよ。

 ミュールズさんには渋い顔をされたけれど。


 これから二ケ月を一緒に過ごすんだもの。

 できるだけ仲良くなっておきたい。


 護衛の人達は顔と名前を覚えた。

 ヴァルさん、ウルクス、ゼファードさん、ピオさん。

 リオンの配下の士官さん達。


 今回は少数精鋭と言う意味で、一般兵は連れてきていないそうだ。

 アーサーは彼らと一緒に行動を共にしている。


「私、こんなご馳走を頂けただけでも、姫様の護衛になって良かったと思います」


 ちょっと涙目で食事を頬張るカマラ。

 大げさな。


 でも、餌付けが成功したなら良かった。


「今度、私も厨房に入ってよろしいでしょうか? レシピを覚えたく存じます」

「助手として手伝って頂けるなら構いませんよ」

「どこまで役に立つか解りませんが喜んで」


 料理にもミリアソリスは興味津々な様子だ。

 クレープやハンバーグ、マヨネーズやケチャップが特に面白いらしい。


 まあ、貴重なレシピを教える以上、こき使うけれど。


 あと、フェイの助手扱いで王宮からも文官が一人ついて来てた。


「モドナック殿です。タートザッヘ様の弟子で優秀な文官でいらっしゃいます」

「姫君にはお初にお目にかかります。

 タートザッヘ様が絶賛する、姫君の料理の技と知識とお心映え。

 しかと拝見させて頂きました。ご心配や御不安がありましたら、なんなりとご相談下さいませ」


 モドナックさんは外見年齢三十代。

 銀髪にグレイの瞳。端正な顔立ちの働き盛りの男性に思えた。


 優秀だけれども、それほど頭が固いわけでもなく、融通の利く、そして子どもを下に見ない人だとフェイが褒めていた位。

 ミリアソリスさんとは同じ文官仲間で顔見知りらしい。


 ミリアソリスの旦那様が、モドナックさんの同期のような感じなのだとか。


 タートザッヘ様と皇王陛下が、私達の後ろを支える為に、話が分かる人をつけてくれたのだろう。

 国同士の取引とか、困ったことが起きたら相談させて貰おう。


「食材の仕入れとかはお願いね。アル」

「ああ、面白そうなものがあったら交渉して仕入れて来いってガルフからも頼まれてるからな」

「ハンスさんも宜しくお願いします。アルが子どもだと侮られないように手伝ってあげて下さい。

 交渉などで護衛が必要な時は遠慮なく声をかけて下さいね」

「ありがとうございます。またマリカ様と一緒に仕事ができるのは嬉しい限りです」


 ゲシュマック商会代表はアルと、その助手兼保護者扱いのハンスさん。

 ガルフの店の最初期からの従業員で、教育を受けてホールから営業へ、そして今は幹部職員候補として抜擢されている。


 昔、本店のホールで一緒に仕事をした覚えもあって、見知った顔は私も嬉しい。


 あとは御者兼使用人の男性が十人と、ミュールズさんの助手として掃除や洗濯、身の回りの補助を行う女性が二人。

 セリーヌと私とミーティラ様。アーサーとアレク。


 一時帰国のコリーヌさんを除いても、総勢三十人近く。

 けっこう大所帯だけど。


 うん、名前も大体覚えた。

 食事と紹介が一区切りしたところで、私は側に控えるリオンに声をかける。


「リオン。あれを」

「解りました」


 リオンは今回、私の婚約者の役なので、色々と、私の手足として実際に動いて貰う形になる。

 もう身内同然の、ここにいる人たちにはいいと思うのだけれども、この辺、お貴族様、皇女の難しい所だ。


「皇女からの、労いだ」

「いっ!」「こんな大金を?」


 リオンに配って貰ったのは、高額銀貨。一枚ずつ。

 十万円くらいかな?

 寸志というか、ボーナスだ。


「皆さんにとっても異国に行くのです。

 色々と物入りでしょうから。もし、皆さんの目から見て面白い、アルケディウスには無い。興味深い、というものがあったら教えて下さい。

 私の、皇女の目線では気付かないものもあるかもしれませんから」


 人の心を掴むのに、お金と手間は惜しむべからず。

 向こうの世界から、異世界に来ての私の信念でもある。


 それに現実問題として、庶民の生活の中にも、私が気付かないもの。面白いものがあるかもしれないし。


「無事に戻ってくるまでが仕事です。

 頑張りましょう!」


 私の声に、頼もしい笑顔と頷きが応えてくれた。

 みんなでまたパーティをする為にも、二ケ月間、頑張ろう!

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