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皇国 子ども達の決意

 木の二月の最終週。

 私達の旅行の準備も、いよいよ最後の大詰めに入っていた。


 旅程は二ケ月。

 行先はプラーミァとエルディランド。


 南の海に抱かれた母の祖国と、遥か東方に位置する文化と技術の国。

 どちらも遠く、どちらも、この世界の新たな扉を開くために欠かせない場所だ。


 なるべく国を回る回数を減らす為に、一番遠い二カ国を回ることになったのだ。


 同行者は護衛のリオンと、その部下である士官四人。

 リオンの従卒扱いのアーサーも加わる。


 王宮魔術師フェイ。

 私のお抱え楽師アレク。


 私の側近三人と、侍女のセリーヌ。


 プラーミァ近辺の地理や人間関係に詳しいという事と、最初の長期旅行になるので、ミーティラ様も同行して下さることになったのは心強い。


 他に雑用や馬車の御者などを含めて、二十人前後の大所帯だ。


 ――小さな旅ではない。

 これは、アルケディウスの外の世界へと踏み出す、最初の本格的な一歩。


 それにゲシュマック商会から、アルが同行してくれることになった。


 今日は、その打ちあわせの為、実習店舗にアルとガルフ、リードさんが来ることになっている。

 護衛士カマラや、文官ミリアソリスさんも同席するので、あまり親しくは話せないけれど、一週間以上ぶりだからとても楽しみだ。


 やがて定刻通り。


「お久しぶりでございます。マリカ様。

 この度はゲシュマック商会に新たな商圏をお授け下さいましてありがとうございます」


 扉が静かに開き、ガルフがリードさんとアルを連れてやってきた。

 磨かれた靴音が応接室の床に響く。

 商人としての顔を纏ったガルフの声音は、いつもより一段、低く整えられている。


 ちょっと余所余所しい挨拶が、少し寂しいけれど――仕方ない。

 ここは公の場で、私達はそれぞれの立場を背負っているのだから。


「わざわざ呼び立ててしまってごめんなさい。

 でも今回の旅行はゲシュマック商会の力を借りないと成り立たないのです。

 力を貸して下さいね」


 許される範囲内では、しっかりと便宜を図るからね。

 私が片目を閉じて合図をすると、ガルフはその意図を正確に理解してくれたようで、ニッコリと穏やかに頷いてくれた。


 言葉にはしない。

 けれど、それで十分だった。

 実習店舗の奥、応接室で早速商談と打ち合わせを開始する。


 机の上には既に資料が整えられ、茶の湯気が静かに立ち上っている。

 その温もりとは裏腹に、これから交わされるのは、国と国を繋ぐ現実の話だ。


「今回の旅行では、かなりの量の食材をゲシュマック商会から出して貰わないとなりません」


 小麦粉とバター、お酢、マヨネーズ、ジャム、酵母などの調味料と野菜類が主となる。

 各国の食材の生産状況を調べる為にも、可能な限り現地調達するつもりだけれども、見本にしたり、現地調達できない時の為にも多めに持って行く。


「いざとなれば、フェイが転移術を使えばいいことではあるのですが、他国に知らせる訳も行かないのでカモフラージュ用にある程度は持っていくことになるでしょう。

 後は麦酒です。申し訳ありませんが。今回は各五樽はどうしても回して欲しいのです」


 『新しい食』のデモンストレーションも重要な役割だから、アルケディウス特産の麦酒は欠かす事ができない。


 この世界に、新しい味と、新しい価値を示すための象徴。


「調味料と小麦については前々から準備を重ねていたので大丈夫です。

 麦酒については、王宮納品分と、店舗分、後は契約店舗から融通致しましょう」

「ありがとう。買い取り価格は高めにしておきますから」

「御厚情感謝いたします。しかし、こうなると本当に麦酒蔵の増設は急務ですな」


「ゲシュマック商会も新しい蔵を稼働させ始めたのでしょう?

 調子はどうです?」


 私は思い出したので聞いてみた。


 今年の秋の大麦の収穫に合わせて、皇王家直属の酒蔵局を始めとした麦酒蔵が開設予定だけれど、それに先立ってゲシュマック商会は春から新しい蔵を稼働させた筈だ。


 ゲシュマック商会には、去年の秋に入手した大麦の備蓄があるから。


「魔術師がいないので温度管理に手こずっているようです。

 当面は細かい温度調節が難しいラガーはもう少し様子を見ることにし、エールの製造から始める事にしました。

 王都の外れに名水があったのでそこの近辺の土地を買い取って。

 お戻りになる頃には王都産の麦酒の第一号をお目にかけられるかも知れません」

「楽しみにしています」


 やっぱり魔術師……精霊術士の育成は急務だなあ。


 ニムルを魔王城に連れて行って、本格的な修行を始めて貰っている。

 あの子は自分自身の力と、精霊達と本当の意味で手を取り合うことができるだろうか。


 良い結果が出るといいんだけれど。


「ゲシュマック商会からは食材の管理や買い付け担当としてアルを派遣します。

 基本的に全権利を預けますので何でも遠慮なくお申しつけ下さい」

「よろしくお願いいたします」


 恭しくお辞儀をするアルの礼儀作法は非の打ちどころがない。

 ――けれど。


 ちらりと横を見れば、やっぱりミリアソリスは眉を上げている。


「皇女に同行する商会の代表が子どもなのですか?」

「ミリアソリス!」


 思わず声を強める。

 多分、ここは主として私がしっかりと伝えておかないといけないところだ。


「外見が子どもで在るからと言って、商会の信頼を受けて仕事をする代表を侮って貰っては困ります。

 それに彼もまた、お父様が助け教育を与えた子どもの一人ですよ

「……申しわけありません。皇女様。アル様も大変失礼を……」


 流石、お祖母様が付けて下さった皇族、侯爵家に仕える文官

 表向きだけかもしれないけれど、主や取引相手を立てる対応ができるのはありがたい。


「いえ、不安を感じられるのも当然の事かと存じます。

 働きぶりで信頼を頂けるように努力してまいりますので、どうぞよろしくお願いします」


 アルの真摯な対応に、ミリアソリスの不安、不満も薄れたようだ。

 同じ商業対応の文官として、その後は下に見ることなく対等に接してくれた。


 アルは食材担当、そして仕入れ担当としてかなりの金額を預かっていくことになる。

 しっかりとした護衛を皇国側から付ける事。

 食材の保冷管理に魔術師が手を貸す事など。


 具体的なところまで話を煮詰めて、その日は解散となった。

 後日、魔王城でアルに私は側近の無礼を謝ったのだけれども。


「別にマリカが謝る事じゃねえし、あれくらい無礼でも何でもないだろ?

 貴族じゃなくったって、子どもが大人の仕事をするのかって、不安に思って確認するのは当然だ」


 アルはケロッとした顔で笑ってくれた。

 その笑顔には、もう昔の怯えた影はない。

 自分の立場と責任を理解し、それでも前を向いて立っている者の顔をしている。


 そして。


「マリカ。覚悟、決めようぜ」

「アル?」


 新緑の若葉のような瞳で、真っ直ぐに私を見つめていた。


 揺らがない光。

 迷いを越えた者だけが持つ、静かな強さ。


「今まではさ、悪い貴族や大人も勿論いたけど、ガルフがいたし、皇子も皇王様も味方で色々助けてくれた。

 でも、旅の間は、手伝ってくれる大人はいても、助けてくれる大人はいない。

 俺達が自分の力で解決していかないとならないんだ」


「うん、そうだね」


 アルの意見に、私は素直に頷く。

 周囲は全て、五〇〇年の時を生きる大人。


 ミリアソリスの態度なんてチュートリアルってくらいの、厳しい目で見られる事が多くなるだろう。


 特に私とアルは、リオンやフェイのように解りやすい強さを持っていない。

 だから、多分――狙われやすいと解っている。


 子どもだからと舐めてかかり、情報と技術を得ようとしてくる大人達。

 その視線を、圧力を、期待を、敵意を。

 全部受け止めて、それでも前に進まなければならない。


 ――逃げることはできない。

 逃げるつもりも、ない。


「パチン」


 頬を叩いて、覚悟を決めて、気合を入れて。

 胸の奥で、小さく燃えていた火が、確かな炎になる。


「子どもの実力見せてやろうね」

「ああ。兄貴達に負けてらんねぇからな!」


 私はアルと――

 パチン、と。

 手を叩きあわせたのだった。


 その音は、小さく。

 けれど確かに。


 新しい世界へ踏み出す、最初の誓いの音だった。

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