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魔王城 閑話 ニムル視点 少年の夢 中編

 僕が魔王城に連れて来られて、もうすぐ一ヶ月が過ぎようとしている。


「もうマリカ姉達はプラーミァに着いたかなあ?」

「そうだね。きっと今頃、プラーミァ王宮で王様達に得意の料理を振舞っているんじゃないかな?」


 パータトのサラダを突きながら呟くエリセに相槌を打つ。

 豪奢な大広間。

 高い天井、光を受けてきらめく装飾、磨き上げられた床。

 皆で食べる食事にも、いつの間にかすっかり慣れた。

 いや、慣れてしまった、というか……。

 最初の頃は、皿を置く手さえ震えていたのに、今ではこの場の空気を当たり前のように吸い込んでいる自分がいる。


「ニムル兄ちゃん。ご飯終わったら麦畑の草取り手伝ってくれる?」

「ダメだよ。兄ちゃんには狩りの手伝いしてもらうんだ!」


 焼きたてのパンを頬張りながら僕を誘ってくれるのはヨハンとクリス。

 騎士貴族(リオン)皇王の魔術師(フェイ)と違って何ができる訳ではないのだけれど、今までこの城には自分達の兄より大きな男手ということで、頼まれるままに手伝っていたらなんだか懐かれてしまった。

 手を引かれ、袖を掴まれ、名前を呼ばれるたびに、胸の奥がむず痒くなる。

 こういう距離の近さを、僕は昔、知らなかった。


「ちょっと待って。お兄ちゃんはお勉強もあるんだから」

「大丈夫だよ。勉強は後でもできる」


 エリセは気遣って止めようとしてくれるけれども、別に構わない。

 どうせ、この島では時間はたっぷりあるのだから。

 時計に追われる感覚も、腹を空かせて眠れない夜も、ここには無い。

 それが時に、怖いくらいだった。


「ヨハン。クリス一人じゃ、オルドクスはいても狩りは危ないから先に手伝ってきていいかな?

 その後、必ず草むしりの手伝いにいくから」

「……解った。早く終わったら来てね」

「約束する」

「僕は、森でマリカ姉に頼まれた花を摘んでくるから一人で大丈夫」

「でも、シュウも気を付けて」

「じゃあ、私はアルケディウスに行ってくる。戻ってきたら一緒にお勉強しようね」

「ああ、待っているよ」


 言葉が交わされるたび、皆が当たり前のように『明日』を前提にしている事が、胸の奥をちくりと刺す。

 僕がいた世界では、『明日』はいつも保証されていなかった。


「いつもありがとうございます。ニムル様」


 僕達の話を聞いていたのだろう。

 魔王城からゲシュマック商会に出勤するエリセを見送った僕に、この島でただ一人の大人。

 子ども達の世話役であるという女性、ティーナが頭を下げて来た。


「どうしても私の目は息子や年少の子ども達に行きがちなので、城の外に出て作業する大きい子達を見て下さる方がいるのは助かりますわ」

「別にこれくらい、どうってことないから。

 小さい子の方は、お任せします」

「はい、お任せ下さいな」


 美女に頭を下げられるのは、気恥ずかしいが、本当に、どうってことはない。

 この島で住人として為すべき事をしろ、と言われるのであれば、最低限の仕事くらいは手伝うべきだと理解していた。

 この島での生活は魔術師になる為の試験。見ていないようで城の守護精霊や子ども達はきっと自分の事を見ている。下手したら皇王の魔術師(フェイ)は異国からでさえ、僕の事を知れるのかもしれないし。

 …………そう思うと、背筋が少しだけ伸びる。

 怠ける為の自由じゃない。試されている自由だ。


 王都で毎日仕事をしていたことに比べれば。その前の日々に比べれば、ここでの生活は毎日遊んでいるようなものだ。

 仕事が科せられているのは午前中だけで、午後はほぼほぼ自由時間。本を読む時間も勉強する時間も山ほどある。

 ……何より、年少の子ども達を見るよりは気が楽なのだから。

 泣き声や、甘える声や、頼られる視線。

 僕には、それが時々、重すぎた。


「では、皆様今日は手分けして、中庭の畑の草むしりと、ロッサの花摘みを致しましょう。

 庭のロッサが満開です。マリカ様に、ロッサの花からも出来る限りオイルを作っておいて欲しいと頼まれていますからね」

「はーい!」「わかった~」


 世話役の言葉に元気よく、手を上げ年少の子ども達が応じた。

 声が弾み、足音が軽い。

 彼らはこの城を『安全』だと信じ切っている。

 信じ切れる場所があるという事実が、僕には眩しい。


「じゃあ、僕達は外に行ってくる。

 クリス、ヨハン、シュウ行こう」


 食器を片付け、逃げるように僕は姦しくもあでやかな声から目を逸らす。

 年少の子ども達、彼らを……正確に言うなら彼女を見ているのは本当に苦手だった。

 嫌だった。


 セリーナの妹だという女の子。

 ファミー。

 彼女に罪は無い事は解っているけれど。


 無意識に服の下の固い縁を探しながら背を向けた。

 あの子を見ていると妹を……、死んだミアを思い出すから。

 甘い声も、笑い方も、くるりと首を傾げる癖も。

 同じものを、二度と見たくなかったのに。


「たっだいま~、鹿をやっつけたよ~~!」


 昼過ぎ、自慢げなクリスの言葉と共に、僕達は城に帰った。


「おかえり~」

「すごいね、今日もごちそうだね!」


 子ども達の賛辞を受けて思いっきりのドヤ顔をするクリスだが、彼にはその資格がある。

 驚異的な脚力と瞬発力で、守護の獣オルドクスと共に鹿を仕留めたのは僕の半分の年齢にも満たない彼の実力なのだから。

 手伝って、と言われたけれど僕がした事といえば、罠を仕掛けたことと、血抜きと解体の処理を手伝った事くらいだ。

 僕は『手伝った』だけで、彼らは『やり遂げた』

 その差は、思っている以上に大きい。


 この島の子ども達は外の世界の子ども、いや大人と比較しても皆、優れた能力を持っている。読み書きは完璧だし、計算もかなりなところまでできる。

 山のような書物と、勉強の為の環境も整っている。

 ゲシュマック商会の方法論にも似た時間割に従って、子ども達は自主的に勉強に取り組んでいるようだ。

 何より『能力(ギフト)』と呼ばれる異能力をほぼ全員が身に着けている。

 なるほど。

 この島で育てば皇女(マリカ)や、皇王の魔術師(フェイ)騎士貴族(リオン)のような天才が生まれる訳だ。

 生まれる、というより――『選ばれる』

 そういう空気が、ここには当たり前のように漂っている。


「あれ? ファミーは?」

「おにわでせーれーとあそんでる」

「精霊と?」


 台所に獲物を運び、中庭に行くと一人でくるくると、幸せそうにファミーが踊っていた。

 いや、多分、ファミーにとっては一人ではないのだ。

『精霊』が側にいるのだろう。まるで、手を取るように精霊に手を向けて、くるくる、くるくる。

 あんな所までミアにそっくりだ。

 少し、いや本気で苛立たしくなった。

 胸の奥の、触れてはいけない場所を、彼女は無邪気に踏み抜いてくる。


「ファミー様はどうやら、精霊が見える『能力(ギフト)』がお有りのようですわ」

「『能力(ギフト)』? 確か、不老不死を持たない者に現れる特殊能力……だっけ?」

「ええ。精霊を見る事は感受性の強い女の子には比較的現れやすい『能力(ギフト)』だとフェイ様が申しておりました」


 ファミーを見つめる僕の視線に気付いたのだろう。

 ティーナがニッコリと笑って教えてくれる。


 魔術師、精霊術師は精霊に愛され、力を借りる事ができる者のみがなれる職業。

 そして子どもの方が圧倒的に精霊に愛されやすいので、この不老不死社会で子どもが成り上がれる数少ない職業なのだ。

 あの子は、精霊が見える『能力(ギフト)』をもっている。

 それは魔術師への道が約束されたようなもので……。


 思わず手を握りしめた。

 爪が掌に食い込み、痛みが走る。

 痛い方が、まだ落ち着ける気がした。


 ファミーはきっと、この魔王城で精霊達に愛されて、守護精霊(エルフィリーネ)皇王の魔術師(フェイ)の英才教育を受けて何の苦労も無く『魔術師』になるのだろう。

 

「くそっ!!」

「ニムル様?」


 ティーナに不審がられることは解っていたけれど、取り繕えない苛立ちを吐き出した僕は、中庭に背を向けた。

 足が勝手に動く。

 息が浅くなる。

 部屋に逃げ込み、ベッドにうつ伏せた。


 個室だったのは助かる。

 僕はきっと、今、誰にも見せられない顔をしているだろう。

 歯を食いしばり、喉の奥が熱くなって、視界が滲む。

 怒りなのか、嫉妬なのか、悲しみなのか、自分でももう判別がつかない。


 エリセやフェイは良く言っていた。

 他人を羨み、憎むことは精霊の術士としては不適格だと。

 精霊を愛し、信じ、力を貸してくれる精霊に感謝と謙虚な気持ちをもって接する事が『魔術師』の基本なのだ、と。


 ああ、なら確かに自分は不適格だ。

 そもそも、自分は精霊を信じてもいないし、愛してもいない。

 精霊を見る『能力(ギフト)』ももってはいない。

 むしろ憎んでいるとさえ、言っていい。

 ミアを助けてくれさえしなかった世界を、精霊を。


 苛立ちが止まらない。腹立たしさが収まらない。

 どうして、どうして、こんなにも違うのだろう。


 あの子は、これほどまでに恵まれた環境で、その才能を認められ、精霊達に愛されて幸せに生きている。

 同じ歳の頃、同じ才能をもって生まれたのだろうに、ミアは幸せなことなど何一つ感じることのないまま、ぼろきれのように死んだというのに。

 

 世界の不平等を、残酷さを、ミアを助けてくれなかった精霊を、そしてミアには得られなかった幸せを掴んでいるファミーを、僕は呪いながら顔を枕につける。

 視界の中が、暗く滲む。

 喉の奥がひりつき、胸が苦しい。

 それでも、泣くのは嫌だった。

 泣いたら、負ける気がした。


 だから、僕は気が付かなかった。


 胸に下げた二つのペンダント。

 それが、二つ、それぞれに不思議な光を放っていたことに……。

 光が、僕を包んでいたことに……。

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