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皇国 精霊術師見習い(仮)

 木の二月もあと一週間で終わりだ。

 窓の外には、まだ冬の名残を宿した冷たい空気が残っているけれど、陽射しの色は少しずつ柔らかさを取り戻していた。

 来週にはプラーミァへ出発。

 私達の旅の準備も最後の山場に差し掛かっていた。

 慌ただしくもどこか浮き立つような空気が、屋敷の中にも静かに満ちている。


「いかがでございましょうか?

 マリカ様。こちらが旅行用の上衣とドレス。

 こちらが、プラーミァの王宮謁見用の礼装と、外出用の夏服にございます」

「うわ~、すごくキレイ。お花が咲いているみたい」


 今日は旅行に向けた服の受け取り。

 シュライフェ商会のプリーツィエは、トランクのような箱に入れられた服を、一着一着、まるで宝物を扱うように丁寧に取り出して見せてくれた。


 布が空気を含んでふわりと広がるたびに、光を受けた糸が繊細に輝く。

 淡い桃色、若葉のような緑、空の青を映したような淡い水色。


 私の横で、キラキラと目を輝かせるエリセじゃないけれど、春夏物だから色合いも鮮やかで、本当に花畑にいるようだ。

 布からは、まだ新しい織物特有の清らかな匂いが微かに漂ってきて、これから始まる旅の現実感を静かに強めていた。


「お気に召して頂けましたでしょうか?」

「ええ。とても気に入りました。

 枚数も多くて大変でしたでしょう? リオンやフェイの分もありましたし」

「いえいえ、とても楽しい仕事でございました。

 ご満足いただけましたのでしたら、これ以上の喜びはございませんわ」


 柔らかく微笑むプリーツィエの目には、職人としての誇りと、仕事をやり遂げた充足感が宿っていた。


 私の服の代金はお母様が支払うので、私からはお礼としてレシピを二つプレゼントする。

 シュライフェ商会は、少し前に店に社員食堂のようなものを作りたいのでレシピを買い取らせて貰えないかと言ってきた。

 なのでゲシュマック商会から料理人を一人貸し出して、あんまり難しくなく女性受けするレシピを教えていた。

 スープとピザとかサラダとか。

 忙しい針子達が短い休憩時間でも食べられて、体をきちんと支えられるものを中心に。


 今回プレゼントしたのはパンケーキとソーセージの作り方。

 色々と応用も効くし。

 甘いものとしっかりした食事の両方があれば、きっと皆の毎日は少しだけ楽になる。


「いつもありがとうございます。

 美味な料理を安心して食べられるようになって、針子達の作業効率も上がっております」


 本当に嬉しそうにレシピの書かれた木板を抱きしめるプリーツィエ。

 胸元にしっかりと抱きしめるその仕草は、単なる商取引の対価以上の意味を持っているように見えた。


「少し、シュライフェ商会に甘いのではありませんか?

 マリカ様のレシピはどれも金貨一枚以上で取引されておりますでしょう?」

「いいんです。シュライフェ商会には色々と我が儘を聞いて貰っていますし。」


 ミリアソリスさんは眉根を上げるけれど、私的には食を大切にしようとする人達は応援したい。

『食事』を誰もが家で当たり前にできるようになるのが理想だから。


 特別な人だけのものじゃなくて。

 誰かが誰かの為に作る、温かいものとして。


「それからプリーツィエ。

 以前頼んだ通り、この子。エリセのドレスをお願いできますか?」

「心得ております。エリセ様。どうぞこちらへ」

「本当にいいの? マリカ姉……じゃなくってマリカ様」

「うん、エリセはゲシュマック商会の仕事を頑張って貰っているし、お父様も仕事を頼みたいって言ってるしね」


 採寸の為に前に促されたエリセは少し、不安げな顔で私を見た。

 期待と戸惑いが入り混じった表情。


 エリセに様付けで呼ばれるのは嫌だけど、ケジメ上仕方ない。

 その代り、きっちり妹分としての立場は作るし守る。

 側近の皆にもエリセは、私が養女になる前からの大事な妹分と伝えてある。

 私達が留守の間、侮られたりしないように。

 この世界では立場が、その人の安全そのものになることもあるのだから。


「皇家と会っても恥ずかしくない礼装と、しっかりとした魔術師としての服をお願いします」

「解りました。エリセ様は、どのような服がお好みですか?」

「よく……解らないので」

「では、どのような色がお好きですか? エリセ様は優しい茶色の髪をしておられますから、温かみのある赤や紅色などが似合いそうに思うのですが」

「赤、好きです!」

「では、今回は赤色をベースに作ってみましょう。

 サラファンはこっちのお色で……」


 プロだけあって色のコーディネートや話の持って行き方は流石。

 最初は緊張していたエリセも、少しずついつもの調子が出てきたようだ。

 頬にうっすらと血色が戻り、瞳に自分の未来を想像する光が宿り始める。


 自分の好みを伝えての注文ができてきている。

 それはきっと、小さな一歩。

 誰かに与えられるのではなく、自分で選ぶという一歩。


「私は来週から留守にしますので仮縫いなどはゲシュマック商会へお願いします」

「かしこまりました」


 プリーツィエが請け負ってくれたので、後は私も楽しみに待つ事にしよう。

 きっと、エリセに似合う素敵な服になる。


 その姿を見るのが、今から待ち遠しかった。




 正直な話、実質二ヶ月国を離れる今回の旅行で、私が一番心配なのはエリセの事だったりする。


 ゲシュマック商会のことについてはガルフがいるので心配していない。

 魔王城についてもエルフィリーネとティーナ。

 オルドクスがいるので最低の安全は守られていると信じられる。


 アーサーはリオンの従卒として、アレクは私の楽師として旅に同行する。


 でも、精霊術士として一人でゲシュマック商会の仕事を支えなければならないエリセは、ガルフやリードさんが後見してくれるとしても頼る存在がいなくて可哀相な話になる。

 表向きは立派な術士でも、まだ子どもなのだ。


 仕事の分担の面から考えても、仕事を分け合える魔術師、精霊術師の育成は急務だ。


 だから


「ニムル、顔を上げて下さい」


 翌日、私はゲシュマック商会の応接間で一人の少年と向き合っていた。


 少年と言っても私より年上。

 確か今年で十五歳になるだろうか?


 ゲシュマック商会が最初期に保護した身寄りのない子どもの一人である。

 静かな部屋の中で、その存在だけが、確かな重さを持ってそこにあった。


「はい、姫君」


 柔らかい金髪が揺れて、俯いていた顔が私を見上げる。

 蒼い水晶のような瞳。

 その奥には、不安と緊張、そして、それでも消えない強い意志が見えた。


「貴方が、精霊術士……魔術師を目指している事は随分前から聞いています。

 その思いに、変わりはありませんか?」

「はい。できるなら、僕……私は魔術師になりゲシュマック商会や皆の為に役立つ存在になりたいと思っています」


 蒼い水晶のような瞳には確かな決意がある。

 揺れてはいる。けれど折れてはいない。


「エリセ、フェイからも貴方が魔術師となる勉強に真剣に取り組んでいる話は聞いています。

 基本的な知識も身に着いたようだ、と。

 ですから、貴方に最後の修行を科したいと思います」

「修行……ですか?」


 小首を傾げるニムルに私はええ、と頷く。


「貴方にはこれから、とある場所に行って貰います。

 そこで過ごして下さい。期間は最短一週間、最長で私達が旅から戻ってくるまでの二ヶ月。

 王都に戻って来る事は叶いません。

 その間の貴方の態度や行動を見て、魔術師になる資格があるかどうか、最終的な判断を下したいと思います」

「とある場所、というのは、どこでしょうか?

 そこで、私は何をすればいいんですか?」

「何も」

「え?」

「私達からは何をしろ。という命令は下しません。

 むしろそこで、貴方が何を思い、何を考え、何をするかが全て試験。

 魔術師、精霊術士として資質を試されていると思って下さい。

 貴方が精霊の友たる資格がある、と、認められれば術士としての道が開かれるでしょう」

「もし、不合格の場合には?」

「かの地から出る事は叶わなくなるか、かの地の秘密を口止めする術を受ける事になります。

 勿論、術士になるという願いは、生涯叶わないと思っていいでしょう。

 今回の研修は通常なら決して在りえぬ精霊術士への最短コース。

 ここで認められなければ、他の道から精霊石を手に入れ術士となれる可能性はほぼありませんから」


 私の説明にニムルは目を剥くけれども嘘はついていない。

 これは、現実だ。

 夢を持つ者に与えられる、優しさと同じだけの厳しさ。


「どうしますか? 試練を受けに行きますか?」

「……行きます。僕は、どうしても魔術師になりたいんです」


 返事は直ぐに返った。

 迷いは見えない。


 その声はまだ少年のものだったけれど、その中には確かに、自分の未来を選ぼうとする意志があった。


「解りました。明日、フェイを迎えにやります。それまでに身支度を整えておいて下さいね」

「はい!」




 ニムルが部屋を出た後


「魔術師と言うのは、そんなに簡単になれるものなのですか?」


 側で話を聞いていた護衛士カマラが首を傾げる。


「勿論、簡単ではありませんよ。

 ただ、私達が育った郷であれば、ほんの少し魔術師になれる確率が上がるだけ」


 色々と心配はある。

 魔王城に大きな子を入れるのは初めてだ。


 ニムルが秘密を守れるか?

 魔王城に残っている子ども達と上手くやって行けるか?

 精霊に選ばれる才能があるか?


 でも、信じてあげたい。


 あの子もこの一年で随分成長した。

 エリセも兄のように慕っている。


 何より夢を持っている。

 その夢を、保育士として応援してあげたい。


「後はあの子次第。

 無事に戻り、魔術師になれることを願いましょう」


 ニムルの為にも、エリセの為にも、そして主を待って眠っていた精霊石の為にも。

 心からの思いで私は呟いた。


 それは、まだ誰にも見えない未来へと踏み出す、

 一人の子どもの最初の一歩を見送る祈りだった。

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