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皇国 新しい側近

 この世界には子どもを育てる、という概念が今まで殆ど無かった。

 世界のほぼ全てを五〇〇年間、同じ王が治め、同じ民が生きているのだから。


 国務会議の時に少し話を立ち聞きしたけれど、


『子どもを育てる事で自分達の居場所がなくなるかも』


 と思う大貴族は少なからずいて、影響力の大きい大貴族がそうなのだから、普通の貴族や準貴族も似た思考になる。


 去年、魔術師、騎士試験にいきなり二人の子どもがトップ合格して高位を得た事は世間を沸かせたし、私を隠し子として皇子が育て皇族に入れた事は大きな話題になったけれど、そこで子どもの躍進は止まっている。


 今、城全体を見回しても私達三人以外に「子ども」はいない。


 広い廊下を歩いても、庭を見渡しても、行き交うのは皆、成熟した外見の者ばかりだ。

 不老不死の世界では、若さは通り過ぎる一瞬ではなく、到達して固定される状態なのだから。


 大聖都でも、小姓の少年達は子どもの姿をしていても不老不死者だったし、各国の王家、側仕え、騎士などにも子どもはいなかったと思う。

 少なくとも私は見ていない。


 だから、ちょっと驚く。

 私の前に、


「文官と護衛」


 として紹介された中に、あどけない顔をした少女がいたことに。


 思わず視線が吸い寄せられる。

 場違いなほど柔らかな雰囲気。まだ成長の途中にある、しなやかで細い身体。

 この世界では滅多に見かけない『これから』の時間を持つ者の気配。


「皇王妃様? この方達は?」


 普通にご機嫌伺いと、旅程報告のお茶会に来ただけのつもりだった私は、突然現れた見知らぬ女性達にちょっと引く。

 いや、正確に言うと一人は知っているけれど。


「大聖都から戻ってから、私は其方に仕える側近を探していました。

 今後諸国を旅するようになれば、ミーティラ、セリーナだけでは難しいですからね。

 ようやく納得のできる人材が見つかったので、この場で顔を合わせたいと思って呼びました。

 一人は覚えていますか」


 勿論覚えている。

 大聖都までの旅と、あと王宮でもたくさんお世話になってる。


「ミュールズさん?」

「ええ、ミュールズの事は知っていますね。私の筆頭女官だった者です。

 引継ぎを済ませたので今日から正式に、其方の侍女として周囲の事を取り仕切ります」

「えっ? よろしいんですか?」

「皇王妃様からのたってのご依頼です。他国を巡る姫様について身支度や身の回りのことを手助けしてやってほしいと頼まれまして」

「でも、そ、それは……」


 私の躊躇いや戸惑いが見えたのだろう。

 皇王妃様の女官長、ミュールズさんは小さく微笑んでいる。

 その微笑みは柔らかく、それでいて長年宮廷の中枢に立ってきた者だけが持つ、揺るがぬ落ち着きを宿していた。


「セリーナも育ってきてはいますが、まだまだ他国の王族、貴族の中に出すのは難しいでしょう。

 姫様のプライベートについてはセリーナに。公式の面については私が受け持つ様にと仰せつかっております」


 ミュールズさんには悪いけれど、少しホッとした。

 ゲシュマック商会関連とかに付いてこられると正直困る。

 あそこは、私にとっては『前世の世界』と『この世界』を繋ぐ場所だから。

 魔王城のこともまだ話せない。皇王陛下にも内緒にしていることだし。


 一方で上流階級相手の準備とか、マナー、常識を教えて下さる方がいることは確かに外国で、しかも王族と関わる旅では間違いなく助かる。

 知らないことで失礼をしてしまう不安が、胸の奥で少しだけ和らいだ。


「こちらの文官はミリアソリス。

 私の弟、パウエルンホーフ侯爵カウルトゥスに頼んでおいた貴女の助手です」

「お初にお目にかかります。マリカ皇女様。

 ミリアソリスと申します。国の事業を率いる姫君のお手伝いができることを光栄に思います」


 跪き私を見つめるミリアソリスさんは、外見年齢二〇代~三〇代という感じに見える。

 長い銀の髪が光を受けて静かに輝き、淡いブルーアイは澄んだ湖のように透明だった。


 でも、人懐っこい可愛らしい笑顔で好奇心に瞳が輝いている。

 優しく元気なお姉さんという感じだ。


「助手、ですか?」

「秘書、と言い換えても良いでしょうか?

 こう見えて、ミリアソリスはカウルトゥスの元で情報収集、精査などを受け持っていた実力のある文官です。

 今回の旅程のように、文書を作らなければならない場面、ゲシュマック商会と共に食料の輸入交渉を行う際に計算や交渉をしなければならない時、子どもだからと侮られず貴方達を助けられる存在としてミリアソリスには側に着いて貰う予定です」

「そんな実力のある方が、私のような子どもに仕えてもいいのですか?」

「私からお願いしたのです。

 マリカ様は精霊に愛され、大いなる知識を授けられた『聖なる乙女』

 人々に力を与える『新しい食』の先駆者であるに留まらず、近年国の女性達を虜にした花の水、シャンプーなどの発案者だと伺っています。

 新しい物を生み出し、歴史が変わる、その瞬間を私は一番近くで見たいと願うのです」


 情報を集める能力と一般常識を持つ文官にして流行に敏感な女の方。

 この世界の一般的な知識や感性を持たない私には、確かにある意味一番必要な人材かも知れない。


 文書処理や計算も手伝ってくれる。

 自分一人で抱えてきた膨大な仕事の重みが、少しだけ軽くなる予感がした。


「そして、この子が貴女の護衛となるカマラ。

 こう見えても不老不死者なのですよ。

 子ども上がりではありますが…」


 最後に護衛、と紹介されたのは、私があどけなさを感じた女の子だった。


 外見年齢一六~一七歳。

 まだ少女、と呼べる年齢だろう。


 長くカールした淡いブロンドが肩にかかり、紫の瞳が光を受けてきらきらと輝いている。動きやすいようにか、ポニーテールに結んでいるけれど。

 不老不死者だと聞いても、その可愛らしさと初々しさが先に立つ。


「カマラと申します。

 大恩あるマリカ様にお仕え出来る事を光栄に思います」

「大恩?」


 意味が解らなくて、首を捻る。

 けれど、跪き私を見るカマラの視線には嘘偽りの無い敬意が浮かんで見える。


 何だろう?

 彼女に何か恩を感じられるようなこと、私やったっけ?


 児童保護法もまだ整備されて一年と経っていない。

 それで救われた子だというのなら嬉しいけれど……。


「覚えておられませんか?

 私はエクトール荘領の蔵人の一人でございます」

「えっ? エクトール様の?」


 正直、覚えていなかった。

 エクトール荘領にはそこそこの数の蔵人さん達がいた。


 でも、正式に名前を聞いたのは魔術師のオルジュさんだけ。

 あの時は、ただ必死で。余裕なんてなかったから。


「私は捨て子で、エクトール様に拾われ育った子ども上がりにございます。

 蔵を守る為に、戦いの技を身に着けオルジュと共に襲い来る魔物などを退治しておりました。

 ただ、ひたすらに闇の中、技術と誇りを守り続けていたエクトール荘領は、昨年、マリカ様によって見出されて以来、光の中へと歩み出しました。

 今やエクトール荘領は国中の精鋭が集い、酒造りに切磋琢磨するアルケディウスで一番活気あふれる場所となったのです」


 今年の夏、大麦の収穫を待って開始される酒造局の運営の為に、エクトール荘領に留学生が派遣されているのは聞いていた。


 でも、エクトール荘領から、逆にこちらに?

 向こうも忙しいんじゃないかな?


「荘領の蔵人の中にマリカ様に恩を感じていないものは誰一人おりません。

 マリカ様、いえ皇女様の御為に、何かお役に立てはしないかと話し合い、エクトール様の命の元、私が派遣されました。

 同じ女、しかも子ども上がりであれば異性の護衛騎士にはできぬ所でお役に立てるのではないか、と。

 マリカ様のお側に寄り添い、御身を守り、手助けするように命じられております」

「エクトール様が……」


 エクトール様と最後にお会いしたのは大祭の最終日。

 私が皇女であると国中に知れたあの日だ。


 エクトール様は私の『正体』を知っている。


 だから、腹心とも言える同性の護衛が必要になると察して、彼女を寄越して下さったのだろうか?


 胸の奥に、静かな温かさが灯る。

 信じてくれている人がいるという実感。


「幼く見えますが、腕はなかなかのものですよ。

 当面はリオンとライオットの元で護衛士として訓練、礼儀作法を学び、皇族の護衛としての能力が身に付いたら其方の側近として正式に付ける予定です」


 実力も確認済み。

 本当に気を遣って皇王妃様が私の側近を探して下さった事はありがたく思う。


「エクトール荘領の方は大丈夫ですか?」

「皇王陛下からの護衛も来ておりますし、オルジュ達もおります。

 もしお嫌でなければ、お側において下さいませ」


 エクトール様の紹介なら、最終的には魔王城の事も話せるようになるかもしれない。


「あ、お母様はこの件についてはご存知なんでしょうか?」

「内々には知らせてあります。今日、実際に引きあわせる事も伝えました。

 其方の側近ですからね。最終的な判断は其方に任せるそうです」


 なるほど。

 それで昨日の会話なのか。


「どうですか? 其方が不要と言うのであれば下がらせますが…」


 皇王妃様は気を遣って下さるけれど、不要だなんて言える筈がない。


 昨日も言われたばかりだ。

 一人で抱え込むな。と。


 それに私から見れば、大先輩達。

 一般常識や貴族、他国との関係とか社交のコツとか解らない事を教えて貰えるなら、それ以上ありがたいことはない。


「改めて伺いますが、私のような子どもに仕えてもいいと、本当に思って下さいますか?」

「勿論でございます!」


 間髪入れず、ハキハキと小気味の良い返事を返してくれたカマラ。

 その声には迷いが無く、真っ直ぐな信頼が込められていた。


 彼女とは良い友達になれるかもしれない。


「マリカ様にお仕えすることは、私自身にも十分な益があると確信しております。

 どうか引け目を感じることなく、私をお使い下さいませ」


 人好きのする笑顔の裏に、ミリアソリスさんは計算を隠しているようにも思える。

 でも、ギブアンドテイクだと言ってくれるのならむしろありがたい。

 色々と頼みやすくもある。


「ミュールズさん……」

「皇王妃様の周囲には私が育てた侍女、女官がしっかりと仕えております。

 ですが姫様の側にはまだ人が足りない。

 五〇〇年の時を経て、新しい事を始められる。こう見えてもけっこう楽しみにしておりますのよ」


 なら、これ以上ぐだぐだというのはかえって失礼だ。


 私は息を整え、三人の顔を一人ずつ見た。

 それぞれの瞳に宿る、決意と期待と覚悟。


 私一人では届かない場所へ。

 一人では支えきれない未来へ。

 一緒に来て欲しいと思った。


「どうぞよろしくお願いします」


 私は新しい側近に深くお辞儀をする。

 皇女が部下に頭を下げるものではない、と後で怒られたけれど。


 これは、私のケジメ。だからね。


 お世話になります。

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