表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/120

魔王城 魔王城の来訪者 前編 来訪者視点 死にに来た男

 俺はガルフ。

 長い事、商人をしていた。

 小さいながらも王都に食料を扱う店を構え、確かな顧客にも恵まれ、決して悪くない生活を送っていた。


 ……全ては、過去形だ。

 今の俺は、たった一人で森を歩いている。


 隠すつもりは無いので、正直に言おう。


 今、俺は――

『死ぬ為の場所』 を探して歩いている。


 勇者が魔王を倒し、全ての人間が不老不死を得た勇者歴元年から、今年で五百年。

 俺も五百と数十歳。細かい数字など、とっくに忘れてしまった。


 飢えも渇きも知らず、まるで朽ちることを忘れたような身体を、全人類が得て五百年。

 憧れた『不老不死』という奇跡を、心から喜べたのは――最初の十年にも満たなかっただろう。


 今では誰もが知っている。

 『全ての人間が不老不死を得るということは、不平等が永遠に固定される』 ということを。


 世界に満ちる幸福の総量は決まっている。

 幸せを手にできる人間はごく僅か。圧倒的多数の敗者の上に、一握りの勝者が君臨するのが世の習い。


 それでも、かつては世界が巡っていた。

 勝ち組が世代交代し、たとえ敗者として生まれても、いつかは上を目指せる『可能性』が、限りなく低くとも、確かに存在していたから。


 だが今は、もう違う。

 勝者は永遠に幸福の椅子に座り続け、敗者は永遠に搾取され続ける。


 そして――

 命以外の全てを、永遠に殺され続ける。


 俺はかつて店を構えていた、と言った。

 食料は誰にとっても必要な消耗品。

 丁寧に商えば食いっぱぐれはないと信じていたし、実際そうだった。


 全員が不老不死を得た世界で、ある日、誰かが気付くまでは。


「食料を摂取する必要は、もう無いのではないか?」


 その日を境に、食料品店は『無用の長物』に成り果てた。

 農家は換金手段を失い、料理人は仕事を失った。


 一つの産業の消失は、世界の歯車を大きく狂わせる。

 混乱と狂乱の日々が過ぎ去った後、気付けば――

 勝者と敗者との隔たりは、二度と覆せぬほど強固なものになっていた。


 職を失った俺は、同時に家族も失った。

 妻は俺を捨て、より豊かな富豪の元へ去っていった。


 それから俺は、最下層で五百年を生きた。

 そして……もう『いい』と思ったのだ。


 このまま永遠に最下層で生き続けるくらいなら、終わりにしよう。

 そう決めて、俺は死に場所を探した。


 最下層の者たちの間で語られる、噂のようで伝説のような話――魔王の城。

 荒れ狂う渦と波と断崖に囲まれ、船では決して辿り着けない場所。

 だが、この世のどこかに一カ所だけ、そこへ続く転移の門があるという。


 噂と伝承を辿り、俺がその祠に辿り着いたのは昨日のこと。

 そして確信した。


 この土地なら、俺は死ねる。


 遥か彼方――白亜の城が、静かに天を突いていた。


 俺は死に場所を求め、歩き続ける。

 道なき山道を踏みしめながら、「ここで胸を突けばいい」と、何度も思った。


 それで終われる。

 亡骸は獣が片付けてくれるだろう。


 ――だというのに。

 俺は歩くのをやめなかった。


 そんな自分の浅ましさに、思わず笑えてくる。

 どうせなら、せめて『人間らしい場所』で死にたい。


 やがて、その我儘な願いに応えるかのように、廃墟の街が見えてきた。

 そこで、終わりにしようと決意する。


 一軒の家に入り、崩れた石を足場に梁へ紐をかける。

 輪を作り、首を通す。

 空へ身を投げ、足場を蹴れば――それで終わりだ。


 意を決して、跳んだ。


「ぐ…あっ…!」


 縄が喉を締め上げ、激しい痛みが走る。

 視界に火花が散り、世界が白く染まり、そして黒に沈んでいく。


 ああ――これで終わる。

 ようやく、終われる。


 そう思った、その時。


「お止めなさい! リオン!!」


 透き通るような声が響いた。


 ――ダン!!


「うああっ!!」


 身体が引き摺り落とされ、地面に叩きつけられた。


「がほっ、ごほ、ごほ……!」


 一気に空気が喉へ流れ込む。

 我に返った俺の目の前に――


「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 女神かと思うほど眩しい、少女が立っていた。


「…あ、お、俺は…」


 酩酊する意識に翻弄されながら、俺は少女へと手を伸ばす。

 その瞬間、蒼い刃が俺の手を弾いた。


「動くな! 彼女に触れる事は許さない!」


 冷たい金属の衝撃で、ようやく意識が覚醒する。


 ナイフを構える黒髪の少年。

 まだ幼い顔立ちだが、目は鋭く研ぎ澄まされている。

 少しでも動けば、本当に喉を裂かれる――そう理解できた。


「止めなさい。リオン。

 ああ、ご無事で何よりです。どうかご無礼をお許し下さいませ」


 少年を退け、少女が前へ進み出る。

 深く丁寧に礼をする所作。清潔で端然と整った身なり。

 知性と意志を湛えた紫の瞳。


 『子ども』であるのに、俺の知るどの子とも違う。

 それどころか――貴族、いや王侯の娘と言っても遜色ないほどの気品があった。


「お前は…誰だ?」


「彼女に対して『お前』とは無礼な。よほど死にたいようですね」


 長い杖が俺と少女の間に割って入る。

 銀髪の少年が、氷のような視線で俺を見下ろしていた。

 こちらも子どもだ。だがわかる。

 こいつは本当に俺を殺せる。ためらいなく。


「フェイも止めるのです。

 失礼いたしました。私はマリカ。この島を預かる者でございます」


 優雅にお辞儀し、彼女は微笑む。


「ああ、いけません。

 お客様をおもてなしもしないなど、なんてご無礼を。

 どうかお許し下さいませ。今、お食事をお運び致します」


「食…事…?」


「姉さま。お待たせいたしました」


 呆然とする俺の背後を、さらに年少の少女が駆け抜ける。

 小さなトレイを渡され、マリカがそれを俺の前へ置いた。


 ――俺がさっき足場にした石の上へ。


「これは…なんだ?」


「食事でございます。粗末なもので申し訳ありませんが、お疲れでしょう?

 どうか召し上がって下さいませ」


 薄桃色の液体が入った小さなカップ。

 白い皿には、黄色に焼かれた生地と、その上で煌めく肉片。


 ごくり、と喉が鳴る。

 香ばしく、どこか懐かしい甘い匂いが鼻を満たす。


 ああ――食べ物の匂いを嗅ぐのは、一体何百年ぶりだろう。


 不要なはずの身体が、心が、空腹を思い出していく。

 気付けば俺は、震える手でそれに触れていた。


 桃色の液体を流し込む。


「ああっ!!」


 鮮烈な甘さが、全身を駆け抜ける。


 ――もう止まらなかった。


 カトラリーなど構っていられない。

 焼き物を掴み、かぶりつく。

 甘味、塩味、柔らかさ、歯ごたえ――

 全てが混ざり合って身体の隅々へ染み渡っていく。


 無言で、ただただ喰らう。


「…おいしい…」


 言葉が零れた瞬間、涙も一緒に溢れた。

 その一言を口にするのが、何百年ぶりなのかも分からない。

 『もう忘れた』と思っていた感情を、身体は覚えていたのだ。


「良かった。たくさん召し上がって下さいませ」


 少女は、まるで幸せを分け合うように俺を見つめていた。


「何故、貴方ほどのお方が死を選ぼうとなさったのですか?」


 食事を終えた頃合いで、静かに彼女が問う。


「貴方ほど…って、俺は最下層の元商人にすぎない。

 どこのご令嬢かは知らんが、あんたにそんなこと言って貰えるような相手じゃ――」


「いいえ」


 俺が顔を背けるより早く、彼女は即座に否定し、手を包み込む。


「私には解ります。貴方様は素晴らしい方です。

 凡人には辿れぬ道を越え、ここに至ったのですもの。

 どうかお話をお聞かせ下さいませ。私にできることは小さいかもしれませんが……お力になりとう存じます」


 重ねられた手は、小さくて、けれど驚くほど暖かい。

 人の温もりを感じたのも――きっと何百年ぶりだ。


 紫水晶のような瞳に見つめられ、


「俺の名は…ガルフ」


 いつの間にか、語っていた。

 過去の全てを、抱えてきた痛みの全てを。

 彼女は一言も遮らず、ただ静かに、最後まで聞いてくれた。


「だから…俺はもう、どうでもいいと思ったんだ。

 もう何も無い。だから……死のうと思った」


「そうですか……お辛い道を歩んでこられたのですね」


 彼女は祈るように手を組み、目を閉じる。


「ガルフ様」


「!」


 名前を呼ばれただけなのに、心臓を掴まれたような衝撃が走る。


「本当に、苦しく険しい道を歩みながら、それでも生きてこられた貴方様を、私は尊敬いたします。

 そして――感謝いたします。ガルフ様と出会わせて下さったことを」


「お、俺と…?」


「ええ。貴方と」


 彼女が祈った瞬間――

 梁に揺れていた縄が、粉のように弾け散った。


「ガルフ様の歩んできた道は、決して間違っていません。

 今までの困難も苦難も、ここへ辿り着く為の試練だったのです。

 私たちには、貴方が必要でした。だから精霊は貴方を導いて下さったのでしょう」


 そう言って、彼女は跪いた。

 俺の前に。俺に向かって。


「マリカ様!」「マリカ!!」


 側近たちの制止も振り切り、彼女は俺へと頭を垂れる。


「ガルフ様。強き意志と魂を持つ尊きお方。

 我々に――お力をお貸しくださいませ」


 小さな手が俺の手を取り、深く深く頭を下げる。

 そこに偽りなど、一片も無いと分かった。


「俺を……必要と……してくれるのか?」


「はい。心より――」


 胸の奥が熱を帯び、視界が滲む。

 最下層の俺に膝を折り、頭を下げる者などいるはずがないと思っていたのに。

 俺を『必要だ』と言ってくれる存在が、本当にいたなんて。


 遥か昔に置き去りにした熱が蘇る。

 どうせ一度は死んだ身だ。

 この腐った人生など、喜んで誰かへ預けよう。


 目の前の少女が神であれ、魔王であれ――

 俺を必要だと言ってくれるなら、全てを捧げる価値がある。


「…あっ」

「マリカ…様」


 俺は立ち上がり、彼女を立たせると、逆に跪いた。


「俺は薄汚い場末の商人にすぎません。

 ですが、貴方様が俺を必要だと言って下さるなら――

 全身全霊でお仕え致します。

 この命の全て……貴方様に捧げましょう」


「ありがとうございます。頼りにしています、ガルフ」


 


 『最下層の商人ガルフ』は、この魔王城の島で死んだ。


 そして――

 マリカ様に仕える者、商人ガルフがここに生まれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ