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魔王城 自分の為 誰かの為

 その週末、私は魔王城に戻ってきた。

 王都の喧騒から離れ、見慣れた石壁と、静かな森の気配に包まれた城を目にした瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張がわずかにほどけるのを感じた。

 ここは、私にとって帰る場所だ。


「どーしても、どうしても、どーしてもやりたいことがあるんです。

 お願いします。お付き合い下さい!!」


 半ば強引にお父様とお母様、それにフォル君とレヴィ―ナちゃんも連れて。

 普段の私ならもう少し説明をするのだけれど、今回はどうしても先に連れて来たかった。


 ヴィクスさんは仕事で着いてこれなかったけれど、ミーティラ様は一緒に来てくれた。

 ゲシュマック商会に食事に招かれたという態で家族そろって。

 あくまで自然な形で。

 余計な警戒をさせないために。


 長閑な春の昼下がり。

 魔王城の庭には柔らかな光が満ち、若葉の匂いを含んだ風がゆっくりと吹き抜けていた。


「わー。ティラトリーツェ様!」

「赤ちゃんも一緒だ!」


 子ども達は久しぶりの来客を笑顔で取り巻く。

 無邪気な歓声が庭に広がり、その場の空気を一瞬で明るく染めていく。


 理由も告げない私の強引な誘いに最初は困り顔だったティラトリーツェ様も、子ども達に囲まれれば柔らかいお母さんの笑顔で微笑んでくれる。

 その表情は、皇子妃ではなく、一人の母のものだった。


 安心した私は


「じゃあ、みんな。私はライオット皇子とリオン兄達とおでかけしてくるから。

 ティラトリーツェ様と双子ちゃんと遊んでいてね。ギルはアレ。お願い!」

「わかったー」

「ちょっと、マリカ? 何の為に私達をここに呼んだのです?」

「その説明は後ほど。夜までにもどりまーす」


 少しだけ申し訳なさを感じながらも、私は笑顔で誤魔化す。

 今はまだ、説明できない。




 フェイとリオンそしてライオット皇子を連れて、城下町を飛び出したのだった。

 石畳を踏む足音が、これから始まる話の重さを予感させる。


 アルケディウスの新技術、カレドナイトを使って精霊力で映像リアルタイム通信する装置は通信鏡と名付けられた。

 その名前はあまりにも単純で、けれど本質を正確に表していた。


 そのままだけど、シンプルイズベスト。

 私に異論はない。


 上質のガラスと、木材、カレドナイトが必要。

 それから精緻な魔術陣を彫り込む技術と、莫大な起動の為の精霊力を要する上に、受信者と送信者両方に精霊術士がいないといけないという条件付き。

 複数の条件が重なって初めて成立する、極めて高度な装置。


 現時点では対の鏡の間でしか通信できない。

 けれど二点間ならどんなに遠くても即時通信が可能。


 距離という概念を、無意味にする技術。


 実験としてフェイがビエイリークに持ち込んで通信して見たり、エクトール荘領に持って行って送受信をオルジュさんに頼んでみても無事通信できた。

 理論ではなく、現実として成立している。

 これは世界を震撼させる技術革命だと思う。


 ただ、最大ネックはベースとなるカレドナイト。

 今はある程度まとまった大きさのものは入手困難なのだという。

 それは技術ではなく、資源の問題。

 そして――




「実は魔王城の島にはカレドナイトの鉱山があるんです」

「な! カレドナイトの?」


 話しを聞いて絶句した皇子は実際のカレドナイト鉱山を見てさらに言葉を無くす。

 目の前に広がる光景は、想像を遥かに超えていたのだろう。




「こんな凄いものが、この世に存在したのか……」



 岩肌に埋め込まれたカレドナイトが、微かな光を宿している。

 静かに。

 確かに。

 まるで、この星そのものの欠片のように。


 私達もビックリしたけど、輪をかけた反応。

 皇子はカレドナイトの価値をよりリアルにご存知だからかな。きっと。




「こんな凄いものがあったから、カレドナイトの短剣なんてとんでもない物をお前は持ってたのか?」


「物心ついた時から一緒だったからな。特別なものだと知ったのは島を出てからだった。

 俺を守る為に『星』が下さった大事な守り刀なんだ」


 リオンは愛し気に腰に帯びたエルーシュウィンを叩く。

 その仕草は、道具に対するものではなく、長く共に在った存在に対するものだった。


 大聖都の戦いで力を使い過ぎた為、今は疲れて眠っているとリオンは言う。

 あの約束の後、私はエルーシュウィンと顔を合わせていない。


 鉱山に来たら元気を取り戻してくれるかと思ったけど、まだ無理のようだ。

 カレドナイトの輝きは変わらないのに、彼の相棒はまだ沈黙している。


 心配だけど今は待つしかない。


「……皇子に鉱山をお見せするように頼んだのは僕です。

 理由はカレドナイトを預かって頂きいざという時、使って頂きたいことと、皇子に『出所』になって頂きたくて」


 フェイの声は静かだった。

 けれど、その言葉の一つ一つには明確な意志が宿っている。


「出所?」


 ライオット皇子の低い声が、鉱山の静寂の中に響く。


「はい、魔王城……正確には精霊国の技術、遺物、知識を外に出す為に」




 フェイにお父様に協力を仰いでほしい、とこっそり頼まれたのは通信鏡の実験が終わった直後の事だ。

 あの時のフェイの目は、いつもの穏やかなものではなかった。


 詳しい事情は私自身今まで聞いていなかった。

 けれど、何をしようとしているのか、その方向だけは理解していた。

 ただ、なんとなくは察している。




「まさか、皇子の館にこのような書物が残されていたとはな?」


 タートザッヘ様が嬉しそうにページをめくっていた本は、魔王城に残されていた稀覯本の一つだ。

 慎重に扱われるその紙は、長い時を越えてここに存在している。


 精霊の力を便利に使って快適生活をしていた精霊国の技術マニュアル。

 そこには、単なる魔術ではなく、生活を支えるための体系化された技術が記されている。


 お風呂や通信鏡、光の精霊術を使った火を使わないランタン、炎の調整が簡単なコンロなど色々書き込まれている。

 それらはすべて、かつて当たり前に使われていたものだという。



「リオンに頼まれてた精霊術による結界術式もありました。簡略型ですが孤児院で実験させて貰っています」

「え? もう?」


 思わず声が出る。

 その早さは、予想を遥かに超えていた。


「登録の無い人間の無い人間の進入禁止、許可の無い人間の外出禁止。

 子ども達は当面、通いの子以外は孤児院から出られないようにしています。いいですよね?」

「仕事が早いね。うん。その辺は仕方ないと思う」


 大人の入館、外出にはフェイが作ってリタさんが管理する鍵が必要。

 単なる鍵ではない。

 精霊術と連動した識別機構なんだって。


 ローラさんみたいに駆け込んで来る人は通用門側で管理する門番の許可を得て入る。

 閉じるだけではなく、守るための仕組み。

 厳しいようだけれども子どもと職員の安全には代えられないし。


 そんな風に精霊術を使った応用魔術がエルトゥリアには色々伝えられている。

 それは失われた文明の断片。

 フェイはおそらくそれを再現しようとしているのだ。


「理論は大よそ理解し、再現できる目途は立っています。

 ただ全ての術式を焼き付ける為には強大かつ無色の『星』の『精霊』の許可というか力が必要なんです。

 おそらくそれが『精霊の貴人』が精霊国エルトゥリアの女王と言われる所以なのでしょうね」


 道具たる精霊石では無く、自然そのものの精霊ではなく、受肉した『星』の意志。

 それは単なる力ではない。

 承認。

 上位精霊の強大な力、許しがあって初めて、便利道具は作れるようになる。

 なるほど。


「あ、じゃあ、通信鏡を作る時の力は?」

「リオンに貸して貰いました。結界用の力も。

 王宮では僕がやった、ということにしていますが正直、到底無理です」

「封印が解かれて、力が有り余ってるからな。丁度いいから使って貰ったんだ」


 事もなげにリオンは言う。

 けれど、その言葉の裏にある意味は軽くない。


 そんなに大きな力を余してたの?

 私が見つめる視線とよく似た、でも違う眼差しでお父様もリオンを見つめている。

 父として。

 そして、理解者として。


「だから、他国で通信鏡を製作するのはまず不可能でしょう。

 マリカ。使用は皇王陛下がおっしゃったとおり、慎重に」

「解った」

「そして皇子。今後も僕は精霊国の遺物を再現させたいと思っています。

 魔王城の書物には今は失われた技術や、呪文が残っているのです。

 壊れている転移魔方陣の修復も視野に入れています。

 ただ、魔王城の書庫で見ましたとはとても説明できないので……」

「了解した。タートザッヘなどよほどの者であっても、俺の館の図書室や宝物庫の中身までは知るまいからな。

 辻褄合わせは任せておけ」

「ありがとうございます。そうできればアルケディウスはより発展していくでしょう」


 失われていた色々な精霊の術が復活するのは良い事だと思う。

 でも……


「リオンは……大丈夫なの? そんなに力を使って?」

「正直に言えば、使って貰った方が助かる。

 さっきも言った通り、一度封じていたものが解放されて前より強くなってるんだ。

 封じていた時とは別の形で息苦しい。道具作りとかに使って貰った方がいいんだ」


 ああ、そうか。


 苦笑するリオンを見て納得した。

 フェイが急に精霊術のアイテム作りなんて始めたのは、リオンを助ける為だったんだ。

 勿論皇王陛下の依頼とか、私の旅の為というのもあるだろうけれど。



「このカレドナイトの鉱山も人手と技術がない今、埋蔵量は相当なものだとは思いますが、マリカ以外は採掘できません。

 少しずつ、目立たないように採掘してお渡ししますので……」

「上手く理由を付けて活用しろ、ということか?」

「……はい。お願いできませんでしょうか?

「貴重なカレドナイトが入手でき、精霊の力で便利な道具が生まれ、アルフィリーガも娘も助かる。

 断る理由は無いな」

「ありがとうございます」


 フェイの提案に頷いて下さるお父様に私は思わず頭を下げた。

 その瞬間。


 ポンポンと叩かれた。

 というより撫でられたんだな。多分。


「マリカもアルフィリーガも、フェイも似た者同士過ぎるな。

 精霊の力を宿す者ってのは皆そうなのか?」

「え? 似てます? そんなに?」


 私達三人、性格も考える事も全然違うと思うんだけど。

 でも、私達を慈しみの籠ったお父様、ライオット皇子の目は頷いている。


「自分の事は二の次で、誰かの為に全力で後ろも振り向かずに突っ走る。

 どこからどう見てもそっくりだろう?」

「……返す言葉もございません」

「否定はしない」

「まあ、その通りですね」


 あ、やっぱり似てるのかも。


 異口同音。まったく同じタイミングで重なったセリフにお父様は呆れたように肩を竦め、真剣な眼差しでもう一度、ポンポンと私の頭を撫でた。


「何度も言っているが、自分の身をしっかりと護れよ。

 お前らがまた奪われるような事になったら目も当てられん」

「はい」「解りました」「解ってる」


 また三者三様、異口同音。


 絶妙のタイミングで重なった私達の返事に皇子は大笑いしている。

 その笑いは、深い安心と誇りを含んでいた。

 でもその眼差しは本当に我が子を見るように優しくて、その思いに応えたい。

 信じて自由にさせてくれるからこそ、応えなくてはならないと思わせたのだった。


 ちなみに私がどうしてもお母様を魔王城に連れて来たかった理由はもう一つある。


「ギル~。できた?」

「できたよ。はい、これ。ティラトリーツェ様」

「まあ! 私と子ども達の絵姿?

 とても上手だこと

「これを、プラーミァに行くとき持って行って、王太后様にお渡ししようと思います」

「マリカ?」


 これが私達からのティラトリーツェ様への出産祝い。

 新しい兄弟への贈り物、だ。


「もし良ければ手紙や贈り物もあれば、一緒に添えて頂けませんか?

 私達から、必ずお届けしますから」

「……ありがとう。ギル。ありがとう……みんな」


 抱きしめられたギルは本当に嬉しそうだ。

 小さな背中に込められた誇りと喜び。


 まだ通信機は許されなくてもこれくらいは許可されるだろう。

 皇子が私達を信じて力を貸してくれるように、私達もティラトリーツェ様の役に立ちたいのだ。


 お互いに助け合う。


 大好きな人の為に役に立ちたい気持ちは、大人だって、子どもだって変わらない。

 私達は家族、なんだからね。

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