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皇国 星を変える『技』

 この世界には通信手段と呼ばれるものが殆どない。

 それは、単なる不便という言葉では言い表せないほどの隔絶だった。

 距離とはそのまま断絶であり、離れているという事実そのものが、世界を分断している。


 遠い昔は多少なりともあったのだそうけれど、神の時代になって殆ど失われてしまったのだそうだ。

 文明の痕跡だけを残して、本質が消えてしまった世界。

 理由は語られず、ただ「そうである」とだけ伝えられている。


 土地と土地を繋ぐ転移陣も、今は繋がりが切られていて、魔術師が繋ぎ直さないと使えない。

 刻まれた紋様はそこにあるのに、機能しない。

 まるで、魂を失った器のように。


 アルケディウスには声を伝える精霊石を使った通信装置が、大聖都に繋がる国境と王宮に一セットだけあるが、これは不老不死以前の貴重な遺物で他国にはあるかどうか解らないという。

 それは技術というより、遺産。

 再現できない奇跡の残骸。




 基本は早馬、緊急の連絡はのろし。

 煙と炎。

 風に揺れる旗。


 伝書鳩のようなものを使う所もあるが、確実性に欠けるので早馬が一番使用率が高い。

 馬の脚力こそが、この世界の情報速度だった。


 勿論、魔術による転移術が一番便利なのだけれど、使用できる魔術師は完全な絶滅危惧種で本人が隠しているのでなければ、世界全てにおいても片手しかいないのではないかと言われている。

 それは伝説に近い存在。

 知識として語られても、実在を実感することはほとんどない。


 だからうち二人を抱えるアルケディウスは、怖ろしいアドバンテージを各国に対して持っているのだけれど、


「各国に知れれば騒ぎの元になる。

 絶対に他言無用のこと」


 と言明されているので今のところは知られてはいないと思う。

 知られていない、ということ自体が、最大の防御だった。


 とにかく『通信手段』が人力による手紙、早馬しかない世界の現状で、これはちょっと在りえない状況。

 理屈が、現実を追い越している。




「えっと、お祖父様?」

『そうだ。どうやら無事に繋がっているようだな?』


 その声は、確かにここにあった。

 けれど、同時にここにはいないのもまた事実で。


「今、どちらに?」

『奥の院だ。そこは文官棟であろう?』

「はい。ということは本当に今、映像が繋がっているのですね?」


 信じているのに、確認せずにはいられない。

 なんてったってリアルタイム通信だ。

 この世界の常識が、目の前の現実を拒んでいる。




 テーブルの上に置かれているのは額縁に入った透明な鏡のみ。

 それはただのガラス板にしか見えない。

 冷たく、静かで、無機質な。


 大きさはそんなに大きくない。パソコンのディスプレイくらいだろうか?

 向こうの世界の記憶が、不意に重なる。


 背後には何もないし、手品を見ているようだ。

 仕掛けも、装置も、見えない。


 いきなりの映像通信?

 電話ふっ飛ばしてテレビ電話ですか?


 理解が追いつかない。

 順序が違う。

 文明の階段を、一段ずつではなく跳び越えている。




「……これは、なんですか? ソレルティア?」


 現実世界で似たようなものを見た事がある私でさえ、絶句なのだからティラトリーツェ様はもっとビックリなのだろう。

 その声音には、抑えきれない動揺が滲んでいる。


 不思議な輝きを放つ額縁の前で、ドヤ顔のソレルティア様に眼を見開いて問い詰めている。

 普段は冷静沈着な王宮魔術師が、子どものように誇らしげな顔をしているのが印象的だった。


「カレドナイトを素材とした通信道具の試作品です」




 カレドナイト素材の通信道具?

 そんなのできたの? ちょっと理解不能。

 頭の中で、知識と現実がぶつかり合う。


 ぽかんとくちを開ける私を楽しそうに見遣った後、皇王陛下の姿がフッと消えた。

 まるで水面に映った像が揺らぐように。

 代わりに姿を現したのは……。


「フェイ? 一体何を作ったの?」


 胸の奥が強く脈打つ。

 予感があった。


 私の質問にフェイはソレルティア様以上のドヤ顔で説明を始める。

 その表情は、普段の落ち着いた彼からは想像できないほど無邪気で、そして誇らしげだった。

 長い時間をかけて組み上げたものを、ようやく見せられる子どものように。



『第三皇子家にあった資料の中に、古い精霊国の資料がありまして。

 一つの鉱石から液状化させたカレドナイトを二つに分けて、特殊な加工を施すと不思議な波長で呼び合う性質から、遠隔でも声を届ける事ができるのだそうです

 国境にある通信道具はそうやって作られているのですが、それを応用して映像と声を同時に送れる道具を作ってみました』


 さらりと語られる言葉の中に、常識では測れない領域の話が含まれている。

 古代の技術。失われた理論。

 そして、それを再現したという事実。


「作ってみましたって、簡単に言うけどそんなに簡単にできるものなの?」


 自分の声が、少しだけ上ずっているのが解った。

 それは驚きと、そして理解が追いつかないことへの戸惑い。


『簡単に、と言いますけどそれ程簡単な話では無いんですよ。

 送信側と受信側両方に精霊術を使える術士がいないといけませんし、結構な大きさのカレドナイトが必要ですし。

 二つの鏡に同時に加工を施さないといけませんし、何より最初の起動にかなり大きな精霊力が必要なんです』


「大きなって……どれくらい?」


 その問いは、半ば恐る恐るのものだった。


『風の最大呪文 エイアル・シュートルデン10個を一気に放つくらい。もしくは王宮全部に灯りの魔法を灯すくらいですかね』


「いっ!」


 息を呑む。

 それがどれほどの規模なのか、完全には理解できなくても、その異常さは十分に伝わった。


 私は精霊術は齧ったくらいでしかないけれど、エイアル・シュートルデンはミニ台風を生み出す術だ。

 風が渦を巻き、大気そのものを兵器に変える術。


 基本人に向ける術ではないそうで、雑魚程度の飛行魔性なら一気に叩き落せる。

 それは台風クラスの威力という事。電力でいうなら何メガとかそういう感じ?


 この小さな鏡に、それほどの力が込められている。

 それはもはや道具というより、現象の固定化だった。


「提案された理論が理解できたので、術式を組み立てそれをガラスと額縁に刻むのは私を含む、アルケディウスの魔術師と頭脳者、技術者が手がけました。

 ただ、最後に必要とする精霊力が大きすぎて一気に精製し、カレドナイトに定着させるのはアルケディウスの杖持ち魔術師全員でかかっても不可能だと思っていたのですが、フェイができるからやらせてくれ、というのでやらせてみたらあっさりと。

 本当に天才というのは嫌ですね」


 ソレルティア様はそう言いながらも、その口元は完全に笑っていた。

 誇りと、そして純粋な喜び。


『まあ、だから事実上はアルケディウスの頭脳陣の総力をあげた技術の結晶ですよ』


「面白い作業でした。久しぶりに年甲斐も無くワクワクしましたよ」


 肩を竦めるようにソレルティア様は言うけど、顔は笑ってる。

 文官長 タートザッヘ様も同じく。

 知識の先へ踏み出した者だけが持つ表情。


 フェイの才能と成功、新しい技術の完成を我が事のように喜んで下さっているのだ。

 それは単なる成功ではない。

 時代そのものを前に進める一歩。




「これって、通信距離はどこくらいまで?」


 自分でも解る。

 この質問がどれほど重要な意味を持つのか。


『本格的な実験をまだしていないのでなんとも……。理論上は『星』の上ならどこまでも可能だと思いますが……』




 それって普通に凄くない?

 向こうの世界のスマホ並。圏外無しってことでしょ?


 世界の端から端まで。

 距離が意味を失う。


『送信着信とも精霊術士がカレドナイトに力を送り活性化させなくてはならない為、精霊術士が双方にいないといけないので精霊術士でなくも使える既存の通信装置よりは使い勝手が悪いですが、使いようはあるのではないでしょうか?』




 いや、使い勝手が悪い、どころではなくこれは真剣にこの世界の通信革命だ。

 世界の構造そのものを変える技術。


 王宮とかなら最低でも一人くらい精霊術士がいるだろうから、他国からリアルタイム通信が繋げるとなれば影響はとんでもない。

 政治。軍事。外交。

 すべての速度が変わる。


「大量生産できるの?」


『さっきも言った通り、ある程度の大きさのカレドナイトが必要です。

 後は高純度である程度以上の大きさのガラス。精霊力や加工はまあ、金銭的にはそれほどではないですけど、技術者の手数料も考えると実費金貨10枚前後でしょうか?

 カレドナイト別で。

 手順そのものは完成しましたから、複製品を作るとしたら技術者と僕達の手が開けば数日で』


 ハードルは高いように見えて実はそれほどでもない。

 少なくとも、この世界の価値基準においては。


 カレドナイトと金貨10枚で全世界対応のリアルタイム通信装置が手に入るのならかなり安い。

 安すぎると言っていい。


「これは双方向だけ? 例えばこのペアの鏡に、後から作ったカレドナイトの鏡は割り込んで通信できる?」


 この装置の本当の価値を考えた瞬間、自然とその疑問が浮かんだ。

 一対一の通信だけでも十分に革命的だ。

 けれど、もしそれ以上が可能なら——世界の形そのものが変わる。


『うーん、考えて無かったですが、『カレドナイト』の性質を利用しているのでできなくもない、かもしれませんね。

 その場合は新しく作る鏡と前に作った物の性質を変えるなどして……。もしくは一度に二つでは無く大量に設定するか。でもそうなるとカレドナイトの必要量と初期設定の精霊力の必要量も桁違いに……』


 フェイの視線が少し上を向き、思考の海に沈んでいく。

 その瞳は既に、目の前ではなく理論の向こう側を見ていた。


 あ、フェイが本気で悩み始めてしまった。

 こうなるとしばらく戻ってこない。


 多方面に連絡が出来れば汎用性はさらに上がると思うけれど双方向でも現時点では十分すぎる価値がある。

 いや、十分どころではない。

 これは間違いなく、世界の前提を書き換える技術だ。




「どうだ? 素晴らしいものだろう?

 秘蔵のカレドナイト鉱石を使ったかいもあったというものだ」


 その声に振り返る。


「お祖父様」


 振り返れば、いつの間に奥の院からいらしたのか。

 そこに立っていたのは、ガラスの中ではなく、現実の皇王陛下だった。


 その存在感は、映像越しのものとはまったく違う。

 空間そのものが、引き締まるようで。

 慌てて私もお母様も膝を折った。

 床の冷たさが膝を通して伝わる。


「これは、儂がフェイのアイデアを聞いて、正式に依頼を作成した。

 マリカ。其方の旅の助けとする為にな」

「私の旅の為、ですか?」


 予想していなかった言葉に、思わず顔を上げそうになるのを抑える。


「そうだ。子どもであるそなたの旅に、国の大人は着いてやれぬ。

 盗賊や魔性を心配してはおらぬが、貴族社会は魔境。

 しかも異国の王族と渡り合うのは簡単ではないと国王会議で其方も学んだはずだ」

「あ、はい……」


 その言葉は、事実だった。

 力だけではどうにもならない世界がある。


 親アルケディウスのプラーミァの兄王様でさえ、国の利益の為には油断できない。

 優しさと信頼があっても、それだけでは国は動かない。


 国と国民を背負っているのだ。

 いざとなれば皇女であろうと、強硬手段をとってくることが無いとは言えない。




「なればこそ、この鏡が役に立つと思うてな。

 判断に迷う何かがあった時に、指示してやれるし助けにもなれる。

 そしていざという時にはこの鏡そのものが交渉の道具になる筈だ」


「なるほど」


 その意味は、すぐに理解できた。

 これは単なる通信装置ではない。


 力そのものだ。


 他国に直接繋がる連絡手段など、在ると知れればどこの国も絶対に欲しがるだろう。

 それは国家の安全保障に直結する。


 私が侮られたとしても、即座に保護者に伝える手段があると知れば、国交問題になるし誤魔化す事もできない。

 大きな抑止力になる。


 何よりこの技術そのものをアルケディウスから譲り受けたいと思えば、私を無体には扱えない。

 この鏡一枚が、外交そのものを支配する。




「『食』と『新技術』。

 両方を上手く使えば其方なら身の安全を確保しつつアルケディウスに有利な交渉ができるであろう?」

「はい。やってみます」


 胸の奥で、何かが静かに燃える。

 信頼。

 そして期待。




「旅に出たら必ず定刻に、鏡を使ってその日の報告を聞く。

 監視の意味もある故、ゆめゆめ羽目を外しすぎたり、無茶をする出ないぞ」

「ありがとうございます」


 お祖父様とフェイ、加えてアルケディウスの頭脳陣が頑張って用意してくれたこの装置があれば、いろいろな問題が一気に解決する。

 距離の壁は、もう絶対ではない。


 心からの思いを込めて私は頭を下げた。

 額が床に近づく。

 感謝と決意を込めて。




「これがあれば、プラーミァのお母様に孫の顔を見せてあげられるでしょうか?」


 お母様の零れ落ちるような呟きに皇王陛下は眉を顰める。

 それは統治者としての表情。




「プラーミァにこの技術を伝えられるかどうかはもう少し検討してからだ。

 解るな。ティラトリーツェ」

「はい。その点はわきまえてございます」


 アルケディウスの皇子妃として即座に表情を切り替えたお母様だけれども、さっきの思いは本心だろう。

 母としての願い。


 今は難しくても、この技術がいつか一般化されて誰もが通信を当たり前にできるようになったら、色々な事が一気に変化するのではないだろうか?

 距離は孤独ではなくなる。


 ある意味不老不死よりも。


 私は星を変える、私のものではない『新技術』の誕生を、震える思いで見つめていた。

 それはただの装置ではない。


 未来そのものだった。

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