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皇国 幸せな子ども

「ちょ、ちょっとリオン、どうしたの?」


 私は自分でも止まらない、というような顔でケラケラと笑い続けるリオンの背を叩く。

 叩いた手のひらに伝わる体温。しっかりとした筋肉の感触。


 普段は絶対に見せない無防備な姿。

 守護騎士としての威厳も、冷静さも、全部どこかへ置いてきてしまったみたいだ。


 ちょっと、お姫様猫が剥げた気がするけど、気にしないことにする。

 ここにいる人になら、まあいい。

 リオンもカッコいい騎士モード剥がれてるし。


「くくっ…すまない。

 いや、その子どもが、あんまり知人によく似ていたもので…」


 まだ笑いの余韻を残したまま、リオンは言う。

 喉の奥に残る震えを抑えきれていない声。


「知人?」


 リオンが知っている顔に似てて、大笑いする程の親しい人?

 お父様以外に、そんな人いたっけ?


 因みにお父様にレオ君は全然似てない。

 実子であるフォル君の方がよっぽど面影がある。


 まだ笑い足りないような顔でリオンはアリシアさんに、というかその子に手を伸ばす。

 指先が、ほんの少しだけ慎重に動く。


「その子を少し抱かせて貰えないか?」

「あ、はい。いいですけど、人見知りが激しい、というかあんまりだっこそのものも好きでは無いみたいで。

 授乳とかの時も最初は凄く暴れて…」


 アリシアさんは少し心配そうにレオ君を見下ろす。

 守るように抱いていた腕に、わずかな緊張が宿る。


「大丈夫だ。もう少し近くで、そいつの顔を見て見たくてな」


 低く、穏やかな声。

 けれど、その奥にあるものは――。


 わかりました。と赤ちゃん、レオ君を渡してくれるアリシアさん。


 リオンはリグや双子ちゃんけっこう抱っこした事あるから、大丈夫かな…と思ったのだけれど、

 アリシアさんの手からリオンに移った途端、レオ君は大泣きを始めた。


「ぎゃああああ!!」


 小さな身体からは想像もできないほど大きな泣き声。

 空気を震わせるような、必死な叫び。


 まるで火が付いたように。


 でも心配そうなアリシアさんとは対照的にリオンはまったく怯まない。

 腕の中の小さな命を確かめるように抱き直し、器用に縦抱きする。


 ポン、ポンと背を叩きながら。


「…ほらほら、泣くんじゃない。

 マリカ達が困るだろ」


 そう囁いた。

 声音は優し気なのに微妙な凄みがある声にビックリしたのか、それとも別の理由があるのか。


 解らないけれど、リオンのその一言が耳に届いた途端。

 ぴたり、本当に、驚く程はっきりとレオ君は泣くのを止めた。


 まるで。

 命令されたかのように。


「あら、凄い」

「いや、ホント。この子、一度泣き出すといっつもなかなか泣き止まないんだよ」

「騎士さまに何か感じるものがあったのでしょうか?」

「そうかもな。でも、ホイクシ達を困らせてるのか。

 ダメだろ。

 こんな恵まれたところで面倒を見て貰ってるのに手間をかけさせたら…」


 リオンの腕の中で身を固くするレオ君。


 懐いている、訳じゃないみたい。

 むしろ手足を縮こませて、緊張しているっぽい?


 逃げるでもなく。

 泣くでもなく。


 ただ、じっとしている。


「リオン、そんな小さい子に何言ってるの?」

「小さくても赤ん坊はこっちを見ているし解ってる。ちゃんと話しかけないとダメだって行ったのはマリカだろ?

 じゃなくって皇女ではありませんでしたか?」

「まあ、言ったけど…」


 確かに魔王城で、ティーナの子どもリグが産まれた時、みんなにそんなことを言った。

 読み聞かせとか語り掛けは大事なんだ、とも。


 でもリオン、なんであんなに楽しそうなんだろう?


 リグの時とは全然違う。

 親友の子、って嬉しそうにだっこしてた双子ちゃんの時ともまた違う…。


 凄く、楽しそうな笑い顔をしている。


 まるで――。

 長い時を越えて再会したみたいに。


「いいか? いい子にしてホイクシ達に面倒や心配をかけるんじゃあないぞ」


 言い聞かせるように背中を叩くとリオンはアリシアさんにレオ君を返した。

 アリシアさんの身体にぺたり、と甘えるように貼りつくレオ君はリオンの方に顔を向けようともしない。


 やっぱ、懐いてるんじゃないよね?

 何だったんだろ。

 今の。


「リオン?」


「何でもありません。単に云い含め、祝福したただけですよ。

 お前は幸運だ、ここに託された幸せを噛みしめるように、と。

 ここなら、絶対に何の憂いも無く成長できるのだと、ね」

「うん、まあ、そうして貰うつもりだけど」


 アルケディウスも、世界も広くて全ての子どもを見つけて助けてあげる事はまだ難しい。

 だからこそ、救える子どもを救う事に私は躊躇うつもりはない。


 絶対守る。


 その為の孤児院で、その為の保育園だ。


「そうだ。皇女様。

 不審者を中に入れない。

 子どもを外に出さないで守る、ということなら精霊術の結界を作って貼るのも一つの手かもしれません」


 さっきまでの柔らかな空気を引き締めるように、リオンが静かに言った。

 もう完全に騎士の顔に戻っている。


 笑っていた時の無防備な青年の姿は消え、そこにいるのは皇女を守る知的な守護騎士の眼差しだ。


「結界、ですか?」


 私はその言葉を反芻する。

 結界――。


 目には見えない壁。

 侵入を拒み、守るための境界。

 ファンタジーでは定番だけど。


 騎士モードに戻ったリオンが思い出した、というように提案してくれる。

 結界かあ、そう言えば魔王城にもあったっけ。エルフィリーネが作ってかけてくれてあるの。


 あの時感じた安心感。

 守られているという確かな実感。


「ええ、古の時代の王宮などには、許されたものしか出入りできない、中にいた者が外に出ると解る結界が貼られていたと聞きます。

 それを応用すれば孤児院なども守りやすくなるのでは?」


 リオンの声は落ち着いている。

 けれど、その提案には明確な意志があった。


 守る、という意志。


「実現できれば素晴らしいですが、今そのような技術が残されているのでしょうか?」


 通信機とかと同じく今は失われた技術のような気がする。

 あれば王宮などで使っているのではないだろうか?


 でも――。

 リオンが言うのなら。


「知識、技術に優れた者なら今でも不可能では無い筈。

 王宮魔術師に後で相談してみましょう。良い案を出してくれるやもしれません」


 静かな確信。

 リオン語で言うなら『フェイなら多分なんとかできる』か。


 了解。


「リタさん。

 不審者対応については、護衛兵を増やすとか考えますので、当面子ども達は門の外には余り出ないようにしてください」


「解りました。十分に気を付けて子ども達を守ります」


 リタさんの返答は力強い。

 この人なら大丈夫だ。


 心からそう思える。


「ローラさんは気に病まずに。今はお嬢さんを元気に育てる事だけ考えて体調を戻して下さい。

 アリシアさんもレオ君を宜しくお願いします」


 私は職員一人一人に声をかけて労った。


 これから国を開ける事も多くなるから、私が孤児院に来れる事はあんまり多くないかもしれないけれど。

 ここは私にとって魔王城にも匹敵する原点で、夢の形だ。


 絶対に守りたい。

 いや、守って見せる。


「ありがとうございます…。あの…マリカ様」


 私におずおずと迷うような声をかけるローラさん。

 腕の中の赤子を抱きしめながら、不安そうに視線を揺らしている。


 何か言いたい事とか頼みでもあるのかな?


「なんですか?」

「この子に、マリカ様のお名前を頂けませんか?

 もしくは名付けをして頂けたら、この子の一生の宝になるかと思うのです」

「名付け? 私が? いいのですか?」


 思わず聞き返してしまう。

 名前は、その人の人生と共にあるもの。


「どうか、よろしくお願いします」


 ローラさんはそう言うと私に赤ちゃんを預けてくれる。


 生後まだ一か月未満。

 すやすやと私の手の中で安心しきって眠る女の子は柔らかいオレンジかかった金髪をしている。


 小さな身体。

 温かい重み。

 微かな呼吸の動き。

 命の重みが嬉しくも愛おしい。

 でも、名前かあ。


 私の名前短いから、あやかる、って言ってもマリとかリカになっちゃうんだよね。

 既にリタさんがいるから、名前が似過ぎるのも今一。

 ここはお母様を見習って花の名前にさせて頂こう。


 この世界は雛菊の花によく似ている。

 うん、オレンジ色の髪の色にもきっと合うだろう。


「デイジー、ではどうでしょうか?

 雛菊の花の古い呼び名です。素朴な花ですが人々の心に安らぎをくれる。

 そんな子になるように…」


「デイジー。ステキな名前をありがとうございます」


 ローラさんの目から涙が溢れる。


 とりあえずお母さんが気に入ってくれて良かった。

 デイジーちゃんは、お母さんによく似ている。

 きっと将来は美人さんだ。


 この子が、レオ君が、みんなが、ちゃんと、幸せに大きくなれるように。

 その名の通り綺麗な花を咲かせられるように頑張ろうと、私は改めて心に誓ったのだった。


 子ども達と職員皆に見送られて、私達は孤児院を出た。

 門を出る瞬間、振り返る。

 小さな手が、いつまでも、私達に向けて振られていた。



 その後は、ゲシュマック商会で皆と打ち合わせの食事をしながら楽しく過ごして、帰りに実習店に戻って少し仕事をこなして。

 第三皇子家に帰り着いたのはもう夜も大分遅くなってからだ。


 夜の空気は冷たく、星が静かに瞬いている。


「今日はありがとう。リオン」

「明日は、出かけないんだな?」

「うん。王宮での調理実習だから大丈夫。

 週末には向こうに帰るけどリオンは戻れる?」

「なるべく小まめに戻れるようにする。やりたい事もできたし。

 今夜もフェイと一緒に帰って、さっきの結界の事を調べてくる。次に会う時までに報告するさ。

 上手く行きそうなら、明日フェイに城で報告させる」

「やりたい事?」

「気にしなくていい。

 お前とお前の行く道を守る。そう決めた俺のやりたいこと、だからな」


 馬車の中で、皇女と騎士に戻る前。

 リオンはそう言って私に微笑んでくれた。


 その笑顔は孤児院で爆笑していた時とは違って、胸の内に秘密と想いを隠したいつものリオンの狡い笑みだと解っていたけれど。


「解った。リオンを信じてるから」


 私は今は聞かない事にする。言った通り。リオンを信じてるから。


 話せる時が来たら、きっと聞かせてくれるだろう。

 あ、でも、これだけはと釘をさすのは忘れないよ。


「でも、一人で抱えて、またどっかに行くのは無しだからね!

 リオンは私の大事な護衛騎士なんだから。護衛対象を置いてどこかに一人で行ったりしないで!

 ちゃんと、私達を守って!」


 エルフィリーネにも『アルフィリーガをよろしく』と頼まれた。

 私にリオンを物理的に助ける事なんて多分できないけれど、それでも側にいる。


 絶対に離れない。それくらいはできると思うのだ。

 少し、困ったような顔をしながらもリオンは頷いて約束してくれた。


「ああ、約束する。一人で終わらせようなんて考えない。

 俺は何が有ろうと最後までお前を守るから…」


 馬車が第三皇子家に付けばリオンとマリカの時間は終わりだ。

 ここからは皇女と護衛騎士。


 止まった馬車から、わたしはゆっくりとタラップを降りた。

 リオンにエスコートしてもらいながら。

 見れば、玄関先にお母様が迎えに出て下さってる。


「お帰りなさい。

 少しは気晴らしになりましたか?」

「ただいま戻りました。ありがとうございました。お母様」


 多分今回の孤児院視察はお母様が、私を気遣って入れてくれた仕事だと解っているから素直にお礼を申し上げる。


 実際、久しぶりにリオンと一緒に出掛けて、一番気になっていた孤児院を見て来れたのは嬉しかった。

 アルやエリセ達とも会えたし、また元気が出てきて頑張ろうと思える。


「リオンも、今日はありがとう。

 また宜しくお願いしますね」

「はい。我が忠誠は常に皇女の元に」


 リオンは私をお母様の元に戻すと、そっと身を下げて跪く。

 流れるような仕草に見惚れ、私は息を呑み込んだ。

 いつまでも、リオンを見ていたいけれど、私達が中に入らないとリオンは下がることができない。


 お母様に促されて、私は館に戻る。

 次はいつまた一緒に出かける事が出来るだろう。


 別れたばかりだというのに、もう私はそんな事を考えていた。

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