表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/521

皇国 新しい服と未来への希望

「仮縫いは進んでいますか?」

「お母様」


 軽いノックの後、側仕えやミーティラ様と一緒に応接室に入ってきたのは私の義理の母親にしてアルケディウスの第三皇子の妃。

 ティラトリーツェ様だ。

 扉が開いた瞬間、空気がすっと整う。背筋が伸びるような感覚は、相手が誰かを身体が勝手に理解してしまうからだろう。


 私は軽くお辞儀をするだけだけれど、側仕えやシュライフェ商会の人達は皆、跪いている。

 皇族相手では仕方ないだろう。

 こういうところ、私はいまだに慣れない。慣れたくないのかもしれないけれど。


「顔を上げて作業を続けなさい。時間がもったいないわ」


 お母様の許しを得て針子達は採寸と仮縫いを再開させる。

 布が擦れる小さな音、針が布を通る気配、巻き尺の軽い音。作業が再開しただけで、部屋の空気が『仕事』に戻っていく。


 私は下着姿で動けないのだけれど


「プリーツィエ、頼んでいたあれはどうなりましたか?」


 くいくいと、

 仮縫いを指揮していたプリーツィエ様は呼びよせられてお母様の方に行ってしまった。


『あれ?』


 え、今の話、私が知らないやつだ。

 視線だけで追いかけたら、すぐ横から小さく咳払いをされて、私は慌てて姿勢を正す。


「はい、デザインはいくつか考えてまいりました。

 特にこれなどは、マリカ様の細くてしなやかな二の腕と指先を美しく見せられるのではないかと気に入っております」


 羊皮紙を広げる音。

 覗き込みたいのに、覗き込めない。今の私は針の射程圏内だ。


「いいわね。夏の戦の頃には季節的に丁度いいでしょう。

 神殿でしか披露しないのは勿体ないくらいだわ。このまま進めて頂戴。マリカの出立の前に仮縫いを済ませて夏の戦の前までには完成品を納めるように」

「かしこまりました」

「え? それも私の服なんですか?」


 つい口が先に出た。


「針が刺さります。まだ動かないで下さいませ!」


 お針子さんに注意されるけれど、私は気になって顔をお二人に向けてしまう。

 いやだって、今の流れ、完全に『私の知らない私の予定』なんだけど。


「はい。夏の戦における『聖なる乙女』の奉納儀式、その衣装を仰せつかっております。

 今年はアルケディウスにおいて『聖なる乙女』が舞いを納める、アルケディウスの勝利は間違いない、と皆噂しております」


「いっ!」


 喉の奥で変な声が鳴った。


「これ! 変な声を出すんじゃありません」


 お母様の叱る声がぴしゃりと落ちる。

 でも、無理だ。だって、私が舞うって、今さらさらっと言ったよね?


 嬉しそうにデザイン画と思われる羊皮紙を胸に抱くプリーツィエ様。

 あ、そう言えばそんな話があったっけ。

 戦勝を願う儀式と、戦の後に皇子妃が神殿で舞を披露する。

 夫しか立ち会えない神聖な儀式だとか。


 去年の秋の戦の時に、第二皇子妃メリーディエーラ様が見せて下さったのは真っ白で、花嫁衣裳のようにキラキラヒラヒラでヴェールにサークレットも眩い凄い衣装だった。

 え? あれ、私が着るの?


 頭の中で想像が勝手に暴走する。

 白。光。ひらひら。きらきら。

 そして、私。舞う。

 ……いや、待って。


「それって、どうしてもやっぱり私がやらないとダメな事ですか?」

「当然。未婚の王族、皇族の姫がいる国なら、必須の公務です。姉妹がいる時にはどちらか、ということもありますが

 私は七歳の頃から嫁ぐまではやりましたよ」


 七歳から。

 さらっと言うなぁ。


「舞は神殿の奥で行われるので、一般市民は見る事が叶いませんが、王宮の馬車から神殿に入られる時には姫君の麗しい姿を拝する事ができますので多くの民が楽しみにしている事でしょう。

 私も、そのような重大式典の衣装を任されるなど光栄の至り。

 命を賭けて素晴らしい衣装を仕上げて御覧に入れますわ」


 目をギラギラとやる気に輝かせるプリーツィエ様はちょっと怖いくらいだ。

 でも、スケッチを見る限り舞を舞うだけあって、そんなドピラピラって訳でも無くて、すんなりと動きやすそうで、でも長いリボンがヒラヒラと流れて凄くキレイ…。

 って、違う。私が舞うんだ。


 思わず胸の前で小さく拳を握ってしまった。

 緊張なのか、観念なのか、よく解らない。


「私、振り付けなんて存じませんが。儀式の舞ですから指の動きとか足さばきとか決まっているのでは?」 

「旅行の前に舞の基本を教えます。基本の動きを中心に、どのような振り付けにするかはそれぞれに任せられているので動きやすい形に貴女が直しなさい。

 曲は神を称える曲と決まっていますから、覚えて旅行中も欠かさず練習して、本番には間違いなく舞えるようになるのですよ」

「そんな! せっかくの旅行なのに!」


 旅行と言っても仕事だから、そんなに遊んだりしている余裕はないと思うけれど。

 ちょっとくらい観光とかしたかったのに毎日踊りの練習なんて悲しすぎる。

 しかも振り付けからなんて。

 せめて、舞踏会用に覚えたダンスみたいに一から十まで全部決まっていれば気が楽なのに。

 振り付けって大変なんだから。


 毎年秋から冬にかけてのどこの幼稚園、保育園でもある『発表会』『お遊戯会』の悪夢を思い出す。

 曲目を決め、衣装を作り、踊りを覚え、教える。

 保育士にとってはあれは正しく『クルシミマスお遊戯会』だ。

 保護者が楽しみにしているのは解るし、やりとげるとホッとするけれど。

 場合によっては20人×3種類の衣装を一カ月でデザイン、作成用意とか死ぬ。絶対。


 ……あ。

 今、私の顔、絶対に引きつってる。

 今回は衣装準備はしなくてもいいのだけれど。


「諦めなさい。もう決まっている事です。

 旅行には楽師を連れて行ってもいいですから、しっかり練習して恥ずかしくない舞を披露するのですよ。

 神殿でしか舞わないからと、手を抜く事の無いように。

 戦勝を願う式典で、皇族(私達)が確認しますからね」


「えええっ!!」

「だから、姫様、動かないで!!」


 お母様の言葉は容赦はないけれど、まあ、人に教え、舞わせるのではなく自分が舞うのならまだ気が楽だ。と思う事にする。

 ……うん。そう。たぶん。きっと。


「お母様、頑張ったら、褒めて下さいますか?」


 言ってから、ちょっと子どもっぽいかなって思った。

 でも、言ってみたかった。


「しっかり頑張れば、当然褒めますよ。

 自慢の娘の晴れ舞台、私も楽しみですから」


 自慢の娘。

 その言葉が胸の奥にすとんと落ちた。

 あ、もう、ずるい。そんなの言われたら頑張るしかない。


 お母様がそう言って下さるのなら、頑張るしかないか。

 踊りそのものは嫌いじゃないし、振り付けを考えるのも考えようによっては楽しい。

 ステキなドレスを着て踊りを踊れる。


 発表会前の子ども達のワクワク気分を私も楽しめると思って練習に励むとしよう。


「あ、そうだ。

 楽師を旅に連れて行ってもいいのなら、戻って来ての戦勝を願う式典で、アレクをデビューさせてもいいですか?

 プラーミァでの旅で王宮に上がる礼儀作法とか教えますから」


 言いながら、頭の中ではもう段取りを組み始めている。

 誰に何を教えるか。どこで練習させるか。護衛はどうするか。

 こういう時の私は、たぶん前世の仕事モードが顔を出す。


 アレクは魔王城に集められた孤児の一人で音楽の天才。

 特にリュートが大好きで毎日練習して、今は名手と言っていい。

 彼を王宮で、そしてアルケディウスでデビューさせるのが、今年の私の目標の一つだ。


 あの子の音楽の才能を小さな世界に閉じ込めておきたくない。

 そう思ったのが私が世界の『環境整備』をしっかりと意識した最初。

 子ども達が幸せに生きられる世界を作りたいと願うきっかけであったのだから。


「構いません。

 ただし扱いは慎重に、しっかりとした護衛を付けて。

 あの子の才能が世に出れば欲しがる者は引きも切りませんよ」


 お母様の眼は厳しいまでに真剣だ。

 その目に映る現実は、私が想像するよりずっと冷たい部分を持っているのだろう。


 勿論万が一にも傷つけられたりすることがないように細心の注意を払う。

 最初に私のお抱えだとしっかり広めて、力づくで奪おうなんて考えさせないようにする。


 アレクは足が悪いし、身体も強い方じゃない。

 しかも歌で人の心を魅了させる能力(ギフト)がある。

 外に出すと決めた以上、責任をもって私が護ってあげないと。


「はい。十分に注意致します。

 プリーツィエさ…プリーツィエ。

 リオンの採寸の時に、後二人、礼装を頼みたい子どもを連れて来ていいですか?

 男の子。代金は私が持ちますから。

 それから次の私の仮縫いの時に、妹分の魔術師見習いを連れてきます。その子にもドレスを作ってあげたいのですが…」


 口が勝手に回り出す。

 こういう『やりたいこと』が出てくると止まらない。

 だって、想像しただけで楽しいんだもん。


「納期の決まっているマリカ様、リオン様の方を優先させることをお許し頂けるのであれば喜んで。

 子供服に関してはどうか、このプリーツィエとシュライフェ商会にお任せ下さいませ」


 前にエリセも綺麗なドレスが着てみたいと言っていた。

 八歳で、まだ遊びたい盛りなのに毎日ゲシュマック商会の魔術師として、頑張ってお仕事してくれているのだから、それくらいのボーナスはあってもいいと思う。


 この春からリオンの従卒になることが決まって仕事を始めたアーサーにもちゃんとした服が必要だろう。

 プリーツィエ様とシュライフェ商会なら、今まで頼んだ服からしても、きっとステキに作ってくれる筈だ。


「宜しくお願いします。

 楽しみにしていますから」


 アーサーにアレク、エリセ。

 私の可愛い子ども達が可愛い服を着る姿を想像するだけで胸が躍る。


 ステキな服を着て喜ぶ子ども達の笑顔も楽しみで。

 頑張る子ども達が華やかな舞台で、喝采を浴びるのも楽しみで。


 ……そういう意味でなら、発表会やその準備も嫌いじゃなかったな。


 今は遠い、向こうの世界を私は思い返していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ